第六話 キロの提案
ガラス細工のように剣が砕け散る。
武器を失った騎士が撃ち出した石弾が風船のように破裂し、粉となって地面に積もる。
あまりの実力差に、この場の光景を戦闘と表現する者はいないだろう。
「――止めなくてよいのか?」
アンムナと騎士の戦いとも呼べない何かを眺めるだけのキロに、フカフカが問いかける。
横を見れば、ミュトも困ったようにキロを見つめていた。
「あんなもの、俺に止められると思うのか?」
「お前が一番アンムナと親しいのであろう? キロの他に、誰が止められるというのだ」
「いくら親しくてもアシュリーさんには敵わないからなぁ。それに、親しいからこそ止めたくないとも思う」
キロの脳裏に浮かぶのはクローナが横たわる病室で聞いたアンムナの昔話だ。
あの時のアンムナの顔を思い出せば、アシュリーを取り戻したいという気持ちを止める事が絶対に正しいとキロには思えなかった。
直接アンムナから聞かされていないクローナの意見はどうだろうかとみてみれば、複雑そうにアンムナと騎士達を見つめている。
視線に気付いたクローナがキロに向き直った。
「とりあえず、アンムナさんはやけどの治療を優先するべきだと思います。アシュリーさんだって、大事に思われる事は嬉しくてもアンムナさんが無理をするのは喜ばないでしょうから」
キロは夜空を仰ぎ、ため息を吐き出す。
――止めるにしても、戦って止めるのは無理だと思うんだけど。
それなりの実力を身に付けた自負はあるが、目の前の一方的な展開に割り込んでいけるとは思えない。
だとすれば、戦う以外の方法でアンムナを止めるしかない。
考え付かないわけではなかったが、躊躇してしまう。
アンムナのために自らを危険にさらす義理があるのだろうか、と思ってしまう。
――いや、俺のためにもなるか。
キロはそれとなく頭を振って自らを無理やり納得させ、槍を片手に動作魔力を練り、歩き出す。
不用意にアンムナへ近付いたために吹き飛ばされた騎士の一人を受け止め、地面に降ろし、キロはアンムナを見据えた。
アンムナが肩を竦める。
「キロ君まで邪魔をするつもりかい? 参ったな。君なら僕の気持ちもわかってくれるはずなんだけど」
「えぇ、分かっているつもりです。だから、邪魔はしませんよ」
キロが言葉を返すと、受け止められた騎士が慌ててキロから離れ、剣を向ける。
砕けてしまっていた剣を見て苦い顔をした騎士は手元に残った剣の柄を放り投げ、魔法を使う体勢を作った。
邪魔に入られると困る、とキロは足に魔力を込め、アンムナと同様、地面に対して奥義を発動し石畳を爆散させる。
面食らった騎士が体勢を崩しながらも距離を取った。
キロの行動を見て、アンムナがくすくす笑う。
「発動速度はまだまだ遅くて実戦では使えないだろうけど、及第点かな」
「ありがとうございます。それはともかく、本題です。治療院に戻ってくれませんか?」
キロの質問にアンムナは首を傾げる。
「邪魔をしないと言ったのはキロ君だろう。嘘はいけないよ」
「嘘はついてません。俺から提案があるんです。シールズを探して闇雲に犯罪組織を潰すよりは効率的な提案です」
ほう、とアンムナは興味を引かれたように耳を傾ける。
やはり、アンムナが最優先しているのはアシュリーをいかに早く取り戻すか、と言う一点なのだとキロは再確認しながら、提案を口にする。
「俺が囮になって、シールズをおびき出します。具体的には、シールズが所属する窃盗組織の捜査に俺が加わった事を喧伝し、窃盗組織の面子を潰しつつシールズが俺のところに派遣されるように画策します」
「そうか、一度シールズのいる組織とやりあったキロ君なら、そういう手が使えるのか」
思い付かなかったな、と感心するように何度も頷いたアンムナはにっこりと笑った。
「では、キロ君はキロ君で動いてくれ。二手に分かれた方が効率がいいからね」
「それは通用しません。奇襲をかけてきた事からも分かる通り、シールズはアンムナさんと正面切って戦うつもりがありません。アンムナさんがシールズを探して動いていると知られれば、雲隠れされてお仕舞いです」
実戦経験豊富な騎士達が手も足も出ないほどのアンムナの実力を、弟子だったシールズが知らないはずはない。
だからこそ、問答無用で特大の火球を用いた奇襲を仕掛けたのだ。
物理攻撃をことごとく無効化するアンムナの奥義でも、熱までは防ぎようがないと知っているからこそ、シールズは火球を選択している。
キロに反論されたアンムナは口をつぐみ、吟味するように顎へ指を当てた。
キロはその隙を逃さず、言葉を挟む。
「それに、俺達ではシールズの相手は荷が重い。シールズをおびき出したら、アンムナさんに捕縛してもらいたいんです」
ここぞとばかりにアンムナの立ち位置を定めるキロに、アンムナは苦笑した。
「シールズを捕えたなら、あとは尋問してアシュリーの居場所を吐かせる、と。概要は分かったけど、シールズの特殊魔力が勘定に入ってないね。捕えても特殊魔力で逃げ出すだろうから、尋問する暇はないよ」
話がまとまりかけていたところに根本的な問題をぶつけられ、騎士達が落胆の溜息を吐きながら戦闘態勢を継続する。
しかし、キロはミュトの肩に乗るフカフカを指さした。
「こっちにはフカフカがいますから、シールズが特殊魔力を使って逃げだすことはできませんよ」
フカフカは魔力食動物である尾光イタチだ。シールズを捕縛した後、特殊魔力を吸いだしてしまえば、空間転移を行う事はできなくなる。
キロが説明すると、アンムナはフカフカに視線を向けて確認する。
ミュトの肩の上で尻尾を振ったフカフカは、鼻を鳴らした。
「不味ければ吐くぞ。我は美食家なのだ」
「無理矢理でも食べてくれ」
「高くつくぞ?」
「だそうです、アンムナさん」
「僕が払うのかい? まぁ、そういう事になるか」
苦笑を深めたアンムナは小さく唸ると、良いだろう、と小さく呟いた。
「キロ君の提案に乗ろう。ただし、条件がある」
「条件、ですか?」
作戦の内容の確認ではなく、条件と言う言葉を出してきたことを訝しみつつ、キロは問い返す。
アンムナは騎士達に離れているよう手振りで示し、キロに向き直った。
「キロ君がシールズに捕まったり、ましてや殺されたりすると僕は非常に困るんだ。加えて、シールズの特殊魔力は奇襲に向いた効果を持っている。僕でさえこの様だからね」
包帯が巻かれた右腕を擦り、アンムナは自嘲気味に笑う。その満身創痍の体で手玉に取られた騎士達が苦い顔をした。
騎士達の反応などお構いなしに、アンムナは続ける。
「少し手合わせしよう。僕が助けに入るまでの短い間にキロ君がシールズに倒されてしまう事がないよう、確かめるためにね」
そうなるのか、と内心で頭を抱えながら、キロは槍を構えた。




