第五話 襲撃現場
凄惨な現場だった。
家は屋根が吹き飛び、半壊している。あちこちに焦げ跡があるが、消火が早かったらしく付近に類焼してはいないようだ。
もともと墓地の横に建てられた墓守の家であるため周囲に民家はないものの、墓地ごと囲むように広がっている林に燃え移れば大惨事だっただろう。
「襲撃されたって聞きましたけど、この様子だと家の中から攻撃されてますよね」
「そうみたいだね。壁の外側に目立った跡はないし、屋根だけ吹き飛んでるから」
分析するクローナとミュトの言葉を聞きながら、キロはアンムナの家を眺める。
奇妙な事にミュトが言う通り壁の外側には争った形跡がない。焦げ跡も屋根付近に集中しており、襲撃によって起きた火災の産物だと推測できる。
「アンムナさんが中に犯人を招き入れたのか……?」
「――そう考えるのが妥当だけども、いささか気になる点があってね」
横合いから声を掛けられて振り向くと、そこには初老の騎士がいた。
家の周囲を探索してきたのか、靴には泥が付いている。
「家の中央から少し窓に近付いたあたりが爆心地らしい。その辺りだけ絨毯が丸々残ってたよ」
キロはアンムナの家の間取りを思い浮かべ、首を傾げる。
初老の騎士が証言した場所にはアシュリーが安置されている。アンムナが最大の警戒を持って相手を注視する位置だ。
初老の騎士は家の扉を開けてキロ達を手招いた。
「今日、アンムナさんを訪ねただろう。アシュリーはどこに置かれていたかな?」
キロは窓際を指さす。確かに、絨毯が丸々残っていた。
だが、部屋を見回してもアシュリーの姿はない。
初老の騎士はやはりか、と呟くと苦しげに呻いた。
「シールズの仕業だな、こりゃあ……」
初老の騎士の言葉を聞いて、キロはすぐにフカフカに声をかける。
「フカフカ、部屋の中に張ってあったっていう特殊魔力はどうなってる?」
フカフカが部屋をぐるりと見回し、首を振った。
「無くなっておる。使い切られた、と考えるのが正しいのであろうな」
「どういう事ですか?」
キロとフカフカのやり取りに、クローナが疑問を挟む。
キロはアンムナの家に正体不明の特殊魔力が張ってあった事を告げた。
「誘拐事件の時も、シールズは一度アンムナさんの家を訪ねてから籠を置いて行っただろ。シールズの特殊魔力は事前に出口を設定しておかないと使用できないんだと思う」
「フカフカさんが見たのはシールズが張った出口用の特殊魔力だったって事ですか。それじゃあ、アシュリーさんがここにいないのは……」
「連れ去られたって事だろうな」
シールズが特殊魔力を用いた空間移動でアンムナに奇襲をかけ、アシュリーを持ち去ったのだとすれば、シールズにはアシュリーを保管しておける場所ができたという事だ。
シールズの犯行がアシュリーを持ち出すだけでおさまるとは思えない。またかつてのように誘拐事件を企てる事だろう。
悪い情報ではあるが、収穫もあった。
キロは収穫を確かめるべく、クローナに翻訳を頼んで初老の騎士に向き直る。
「シールズが関与した疑いのある窃盗事件を洗って、事前にシールズ本人が下見に訪れていないかを調べる事はできますか?」
「調べるまでもないね。事前に下見に訪れているらしいとの報告は上がってるから」
――さすがに一ヶ月も経っているといろいろと調べがついてるんだな。
だが、事前に特殊魔力を張っている事は知られていなかったらしく、キロが説明すると、初老の騎士はフカフカを見て感心するように頷いた。
「シールズを捕える時には重宝しそうな情報ですな。まずは居場所を掴まないといけないが……」
これが難しい、と初老の騎士はため息を吐く。
「何はともあれ、アンムナさんから話を聞かないとダメですな」
「新米騎士さんに連れてこられたので治療院には寄れなかったんですけど、アンムナさんの容体はどうなんですか?」
クローナが心配そうに訊ねると、初老の騎士は苦い顔で首を振った。
「酷いやけどを負っていてね。いま治療関係の特殊魔力を持ってる者を呼びに行かせているけれども……素直に治療を受けるとは思えない。君達を呼んだのもそのためだ」
アンムナがアシュリーに寄せる執着を知る初老の騎士が苦い顔を外に向ける。
事情を知らないミュトが答えを求めるようにキロを見た。
しかし、キロがミュトの疑問に答えるより早く、ミュトの肩に乗っていたフカフカが耳を動かし、顔を上げる。
「何やら、外が騒がしいな」
初老の騎士が苦い顔のまま家の外に出ていく。
キロはクローナと顔を見合わせ、ミュトの手を引いて外に向かった。
すでに日は落ち、林に囲まれている事もあって周辺は暗い。
騎士達が視界を確保するために浮かべている魔法の光に照らされて、影を纏った黒い木々が揺れ動く。
ざわつく騎士たちの視線の先に、キロは異様な風体の男を見つけた。
右腕と首から胸にかけて包帯が巻かれ、上半身には服を着ていない。厚手のズボンには焦げてできた穴が大きく空いている。
「……アンムナさん?」
キロが名前を呼ぶと、異様な風体の男、アンムナは気安い調子で片手を挙げた。
「やぁ、なんだか物々しいね。腕の立つ騎士ばかりこんな所でたむろして、街の警備はどうなっているのかな?」
見るからに重症であるにもかかわらず、飄々とした態度で歩いてくるアンムナの前に、初老の騎士が立ちふさがる。
「治療院を抜け出して来ましたかな?」
「アシュリーが気になってね。シールズ君はどこにいるのかな?」
アンムナは口元に笑みを浮かべながら周囲を睥睨する。口元に浮かべた友好的な笑みとは裏腹に据わった目を向けられた騎士達が、思わずたじろいだ。
「やはりシールズの仕業でしたか。こちらで行方を追いますんで、アンムナさんは治療院に戻ってくれませんかな?」
「あぁ、分かったよ。でも、アシュリーを連れて行かないといけない。寂しがるからね」
アンムナがアシュリーの名前を口にするたび、徐々に空気が張り詰めていく。
ここにアシュリーがいない事を知られれば、アンムナがどう動くのか、初老の騎士には想像がついているらしい。
アンムナの据わった目を見返しながら、キロは誘拐事件の最中に聞いたアンムナの言葉を思い出す。
――アシュリーが誰にも触れられないよう、見張っていてくれないかな。彼女に触れる者がいたら、牢を破ってでも殺しに行きたくなるだろうから。
アシュリーを誘拐したシールズは確実にアンムナの逆鱗に触れている。
自力で自宅まで歩いてきているとはいえ、満身創痍のアンムナとシールズをぶつける事態は避けたいと初老の騎士は考えているのだろう。
そう初老の騎士の思考を読んだキロだったが、事実はいささか異なるようだった。
アンムナがゆっくりと首を振り、踵を返す。
すぐさま、初老の騎士は片手を肩の高さに挙げつつ、アンムナの背中に声をかけた。
「どちらへ行かれるのですかな?」
アンムナが足を止め、肩越しに振り返る。
据わった目に明確な殺意を宿しながら、アンムナは形だけの笑みを浮かべた口を開く。
「もちろん、シールズ君を殺しに行くんだよ。君達の反応を見れば、アシュリーが誘拐された事くらい分かるからね」
いつも通りの口調で、近所へ買い物に行くように告げるアンムナに、初老の騎士が緊張を高める気配がした。
「アンムナさん、シールズの居場所をご存じで?」
「まさか、知るはずないだろう。でもね、ここカッカラにも犯罪に手を染めるグループはいるんだ。そいつらを殺して聞き出すよ。情報が得られなかったら、ラッペンに向かおうかな。オークションといえばラッペンだからね」
乱暴な計画を語って、アンムナが顔を前に向けた直後、初老の騎士が挙げていた片手を振り下ろす。
瞬時に騎士達がアンムナの行く手を塞いだ。
「……何のつもりかな?」
アンムナが振り返らずに問う。
「アンムナさんに暴れられたら困るんでね。人死にだけで済むとも思えん。冷静になって、治療院に戻ってくれませんか?」
「アシュリーが誘拐されたんだよ? もう少しっていうこの時に、誘拐されたんだ。冷静に考えて、すぐにでも取り戻すべきだよ。邪魔しないでくれるかな」
アンムナの返答に、初老の騎士はやれやれと首を振る。
成り行きを窺うしかないキロ達をちらりと見て、初老の騎士は部下へ号令をかけた。
「アンムナさんを捕えろ。魔力切れを起こすまでの長丁場だ、心してかかれ」
騎士達が一斉に剣を抜き、構える。
それぞれが腕の立つ者だけあって隙もない。
ほう、とフカフカが感嘆するほどに、騎士達の実力は高かった。
対するアンムナは構えるでもなく自然体のままだ。
ため息を吐いたアンムナが初老の騎士を振り返る。
「この場に僕を止められる実力者がいない事くらい、君ならわかるだろう。クローナ君もまだまだのようだからね」
「え、私ですか?」
突然名前を出されたクローナがうろたえる。
アンムナが、ほらね、と肩を竦めた。
その瞬間、騎士達の中から三人が一斉にアンムナへ走り込んだ。
無力化を図ろうとする騎士達の三本の剣が腹を向けてアンムナへと吸い込まれる。
切るのではなく、叩く、相手を殺さず捕縛するための攻撃がアンムナに叩き付けられたかに見えた。
直後、金属質の高い音が鳴り響き、三本の剣が粉々に砕け散る。
目を剥く三人の騎士はアンムナの腕の動きに気付いて即座に離脱を図った。
しかし、騎士達の動きはあまりにも遅かった。
アンムナの足元が弾け、石畳の道を構成していた石が破片となって吹き上がる。
後方に飛び退いていたために直撃は避けられたものの、騎士達は襲い来る石の破片から本能的に顔を庇った。
体に無数の石の破片を打ち付けられ、騎士達が地面を転がり呻く。
一瞬の攻防に、騎士達が息を呑む気配がした。
初老の騎士が剣を抜きながら、ため息と共に声を出す。
「今のがアンムナさんの奥義だ。物理攻撃は一切効かない。奥義が使えなくなるまで魔力を削るぞ」
初老の騎士の言葉に、キロ達を連れてきた新米騎士がポツリと、反則だ、と呟いた。




