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複数世界のキロ  作者: 氷純
第三章 世界の岐路

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第四話  アンムナへの奇襲

 以前にも世話になった手足が長い娘のいる宿を訪ねると、ちょうど居合わせた顔見知りの常連客に大歓迎された。

 声を聴き付けて何事かと店の奥から顔を出した宿の娘が慌てて厨房に声をかけ、すぐに料理を用意させる。


「久しぶりだね。泊まり? 一部屋……だとクローナちゃんにはつらいかな」


 宿の娘はキロとクローナを見た後、傍らにいるミュトに目を止めて首を傾げる。


「そっちの白い女の子はどっちの恋人?」

「旅の途中で知り合ったミュトさんです。恋人ではないですよ」


 さらりとクローナが返したことに宿の娘は目を丸くする。


「クローナちゃんが顔を赤らめずにこの手の話題に付いて来るとは……。この一ヶ月に何があったのか聞きたいところだね」


 宿の娘は探るような上目使いでクローナを見つめながら、台帳を開いて差し出す。

 クローナがキロを見た。


「私と二人で一部屋にしますか?」

「選択肢がおかしいだろ。とりあえず、二部屋空いてるなら二部屋で。男女で分けよう」

「ミュトさんもそれでいいですか?」


 クローナが水を向けると、ミュトは宿併設の酒場を横目に見てごくりと喉を鳴らす。


「ここ、高い店じゃないの?」

「割と一般的な部類だと思いますよ」


 なおも不安そうなミュトにクローナが首を傾げる。

 キロはミュトの視線を追って、不安の正体を見抜き、苦笑する。


「道中に森を見ただろ。この世界では木製の家具は珍しくないんだよ」


 草や木が限られた場所でしか産出しない地下世界人のミュトにとって、木製の家具はどれも高級品に見えるらしい。

 同様に豊富に野菜が使われた食事も高級に見えるらしく、司祭が作った食事にも恐縮してばかりだった。

 キロに説明されても染み込んだ価値観は簡単にぬぐえないらしく、ミュトは不安そうにキロの服の裾を掴んでいる。

 クローナがミュトの様子を見て、宿の娘に一部屋だけ借りる旨を告げた。


「知らない場所で不安になる気持ちも分かるので、一番安心できる人と寝泊まりした方がいいですよね」


 二部屋借りてもクローナがミュトと一緒に寝泊まりするだろう、とキロは言いかけたが、言葉を舌に乗せる前にフカフカの尻尾で叩かれた。

 キロ達のやり取りで関係性を察したのか、宿の娘はニマニマと笑いながらクローナに何事か耳打ちする。

 突然真っ赤になったクローナが飛び退き、警戒するように宿の娘を見た。

 カウンターに頬杖を突きながら、宿の娘はニマニマ笑う。


「まだ刺激が強すぎたかな?」

「……そ、そういうことするお客さんもいるんですか?」

「年に一組か二組、ってところかな」


 ちらちらとキロを窺うクローナの反応を楽しむ宿の娘は、台帳に必要事項を記入し終えて立ち上がる。

 部屋のカギを取ってくると言って厨房に引っ込んだ宿の娘と入れ替わりに、宿の主が現れた。

 キロ達を酒場のテーブルに手招き、宿の主はサラダを机に並べる。


「話は聞いてるぞ。シールズとやりあったんだろ?」


 オークション会場での戦闘の事を言っているのだろう、とキロは一つ頷いた。

 宿の主はキロの前の椅子に腰を下ろし、腕を組んだ。


「また狙われるかもしれないから注意しろ、とこの店にも注意書きが回ってきてる。今のところ誘拐はしてないらしいが、派手に盗みをしてるらしいじゃないか」


 クローナが申し訳なさそうに手を挙げ、宿の主の言葉を遮る。


「私達は一ヶ月ほど外にいたので、シールズさんの情報はあまり知らないんです。ギルドで少しは聞きましたけど、捜査に加わってないので」

「そうなのか。まぁ、下手に首を突っ込めないよな。またキロが狙われるかもしれないし、そっちの白いのも危ないだろうから」


 話の矛先が向けられたことに気付いて、慎重にサラダを味わっていたミュトが顔を上げる。

 首を傾げる彼女に、キロはシールズの特殊な趣味を語り聞かせる。

 見る見るうちに渋い顔になったミュトは、気味悪そうに店の外を見た。


「どこの世界にも悪い人はいるんだね」


 フカフカがミュトの肩の上で尻尾を揺らし、何をいまさらと言いたげにミュトを見た。


「遺体を飾る酔狂な輩もいるのだ。趣味と性格は別であろう」

「誰の事?」

「気付いていなかったのか。アンムナの事である」


 硬直したミュトがぜんまい仕掛けの人形のようにゆっくりとキロを見る。

 気まずさを覚えて、キロは視線を逸らしながら頷いた。


「内緒な」


 どう反応していいのか分からずおろおろするミュトに苦笑して、キロはフカフカに視線を移す。


「アシュリーが本物の遺体だって、良く分かったな」


 フカフカが鼻を鳴らした。


「これ見よがしに特殊魔力で囲ってあれば、我でなくとも怪しむ」


 そういう事か、と納得しかけたキロは、パンに伸ばしかけた手を止める。

 ――特殊魔力で囲ってあった?

 アンムナは特殊魔力を持っていないはずだ。

 では、アシュリーを囲んでいた特殊魔力は誰の物なのか。

 動きを止めたキロを見上げて、フカフカは首を傾げる。


「キロよ、何か気がかりな事でもあるのか?」

「アンムナさんは特殊魔力を持ってないはずだ」

「ほう、そうであったか。確かに体内にある魔力は見えぬから、我でも判別は出来ぬが」


 フカフカはなおも不思議そうにキロを見上げている。

 アンムナの交友関係の狭さを知らなくては、疑問に思う事はないだろう。


「だが、キロよ、アンムナ本人の魔力でないとすれば、あの特殊魔力は誰が張ったものだ?」


 ――アンムナさんの家に出入りできる特殊魔力持ちって言えば……。

 脳裏をよぎった答えにキロは立ち上がる。

 同時に、宿の入り口から見覚えのある青年が駆け込んできた。


「――キロとクローナはいるか⁉」


 名を呼ばれて振り返ったキロとクローナを見て、青年はほっとしたように胸を撫で下ろした。

 見覚えはあるが名前を思い出せず、キロは内心首を傾げるが、隣にいたクローナが青年を指さして口を開く。


「キロさんに投げ飛ばされた新米騎士さんの片方!」

「あんた、相変わらず容赦なく抉ってくるな」


 口元を引き攣らせた新米騎士は、キロを見た。


「こっちは無事みたいだな。付いてきてくれ」


 キロはクローナと視線を交わす。

 新米騎士は翻訳の腕輪を持っていないため、質問するのはクローナの役目だ。

 クローナはキロの視線を受けて頷くと、新米騎士に声をかける。


「何事ですか?」


 新米騎士は躊躇する素振りを見せたが、すぐに広まるか、と何かを諦めるように呟く。


「アンムナさんが何者かに襲撃された。特大の火球で家ごと吹き飛ばされたらしい。アンムナさんは今、治療院に運ばれてる」


 絶句したキロ達は、すぐに宿から飛び出した。


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