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複数世界のキロ  作者: 氷純
第三章 世界の岐路

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第一話  一か月ぶりの世界

 窓から空を見上げて固まるミュトとフカフカをよそに、キロは司祭にどう説明した物かと頭を掻いた。

 悩むキロの袖をクローナが掴み、駄馬を指さす。


「とりあえず、この駄馬を外に出した方がいいですね」

「そうするか」


 司祭に断わりを入れて、駄馬を外に連れ出す。

 元々地下世界にいた駄馬であるせいか、人間用に作られた小さな扉も器用にくぐって見せた。

 外に連れ出される駄馬を見て、ミュト達が慌てて付いて来る。


「サングラスを掛けておけよ」


 キロが指摘すると、ミュトはポケットからサングラスを出して装着した。

 興味深そうに駄馬を眺めながら、司祭も後を付いて来る。

 外に出ると、雲一つない快晴だった。

 久しぶりに見る空に、キロとクローナはほっと安堵の息を吐く。

 はるか遠くに見える山や、青々とした芝生、腕をいっぱいに伸ばしても誰の迷惑にもならない広い世界。


「上をあんまり気にする必要がないのは楽だな」

「ですね。いきなり温泉が降ってくることもないですし」

「キロ君もクローナも、いったいどんな場所にいたんだい?」


 事情を知らない司祭が不思議そうに首を傾げるので、キロはクローナと代わる代わる遺物潜りを成功させてからの地下世界生活を語る。

 羊と一緒に柵に入れても喧嘩する事はなさそうだ、と駄馬を入れてやる。

 駄馬は足元の草をぼんやりと眺め、臭いを嗅いでフンっと鼻を鳴らす。食べられる物かどうか調べているらしい。

 ――地下世界には生えている草なんかほとんどないもんな。

 駄馬は周りのヒツジが草を食べる様子を注意深く見つめ、恐る恐る草をはむ。

 気にいったのか、そのままむしゃむしゃと食べ始めた。

 ――慣れない物食べて腹を壊さないといいけど。

 キロは少し心配しつつ、もっと心配な一人と一匹に視線を移した。

 ミュトはきょろきょろと左右を見回し、眉を寄せている。フカフカも同様に尻尾をせわしなく動かしていた。


「どうかしたのか?」

「――広すぎて目が回る」

「同感であるな。慣れるまで少しかかりそうだ。我らは家に引っ込むとしよう」


 頭を押さえたミュトがフカフカを肩に乗せたまま家の中に戻っていく。

 司祭がキロに歩み寄った。


「彼らは何者かな? イタチの方も喋っているようだったけれども」

「彼、じゃなくて彼女、です。ミュトと言って、地下世界で知り合ったんですよ。肩に乗ってるのは尾光イタチのフカフカです」


 紹介すると、司祭はミュト達を振り返る。


「キロ君と同じ異世界の人間、という事かな」

「俺とはまた別の世界なんですけどね」

「キロ君は元の世界に帰れなかったのか。またしばらくこちらの世界で暮らすのかな?」

「そうなりますね。媒体になる遺品も見つけないと」


 形としては振り出しに戻ったようなものだ。

 キロはため息を吐くが、司祭は朗らかに笑ってキロの肩を叩いた。


「何にせよ、また会えてうれしいよ。今日は泊まっていきなさい。土産話も聞きたいからね」


 気安く誘う司祭に、キロは頭を下げる。


「お世話になります」


 キロの言葉が聞こえていたのか、クローナも軽く頭を下げた。

 教会に戻ると、ミュトは窓際に陣取って空を見上げていた。

 司祭に土産話を語るクローナから離れて、キロはミュトの隣に椅子を持って行く。


「どうだ、空の感想は」

「今までいた世界がとても小さく思えるよ。ボクの世界にも昔はこれがあったのかな」


 残念そうに言うミュトに何と声を掛ければいいのか分からず、キロは言いよどむ。


「……悪食の竜にまつわる壁画の内容が事実なら、きっとあの世界にも空があったんだと思う」


 結局、真偽は分からずじまいだったが、ロウヒの言葉や翻訳の腕輪の翻訳結果などを鑑みるに、壁画の信憑性はかなり高い。

 だが、キロには一つ気になる事があった。


「悪食の竜に空を食われたんだとすれば、何で地下世界と虚無の世界は分かれていたんだろうな」

「――どういう意味?」


 キロの言葉の意味が分からず、ミュトは首を傾げる。


「いくら悪食の竜に空を食われても、ミュトの世界での出来事だろう。悪食の竜に食われた空間が別世界になっているのがおかしい、と思ったんだよ」


 虚無の世界に移動する際、キロには確かに遺物潜りと同じ世界を渡る感覚があった。

 ――悪食の竜に、虚無の世界に、遺体の在り処、念の正体……分からないことだらけだな。

 キロはクローナを振り返り、声をかける。


「クローナ、明日にでもアンムナさんを訪ねて報告しよう」


 司祭に大ムカデ退治を話して聞かせていたクローナがキロに視線を移す。

 少し考えた後、クローナは困ったように司祭を見た。


「ギルドの方は何か言ってきてませんか?」

「キロ君達が帰ってきたら訪ねてくるように言ってくれ、と言伝を預かってるよ。明日出発するつもりなら、いまからでも顔を出してきなさい」

「なんか、慌ただしくてすみません」


 キロが謝ると、司祭は軽く笑った。


「夕食の準備でもして待っているよ」


 腰を上げたキロ達を不思議そうに見上げるミュトを促して、外に出る。


「シールズの動きも気になるし、最新の情報は必要か。俺達が地下世界に出かけてから、どれくらい経ってるんだ?」

「一ヶ月ほどだそうですよ。地下世界で過ごした時間と同じだけこちらでも経ってるみたいですね」


 司祭に確認したらしく、クローナからすぐに答えが返ってきた。

 ――一ヶ月あればいろいろ状況が変わってそうだな。

 積極的にシールズと戦うつもりはないが、情報は得ておいた方がいいだろう。


「それはそれとして……」


 キロはクローナと共に左にいるミュトを見る。


「――目、目が回る」


 左右に壁がないため距離感がうまくつかめないらしく、ミュトがふらふらしていた。

 フカフカはすでに慣れたらしく、呆れたようにミュトの後頭部を尻尾で叩く。


「しっかりするのだ。まったく、距離を正確に目測できる特技があだになったようであるな」


 見かねて、キロはミュトと手を繋ぐ。


「とりあえず、慣れるまでがんばれ」

「ごめん。じきになれるとは思うんだけど」


 申し訳なさそうにミュトが返事をする。

 キロの右にいたクローナがわざとらしく頭を押さえてふらついた。 


「キロさん、私も久しぶりすぎて感覚が」

「気のせいだろ」

「気のせいだとしても手を繋ぎたいです」

「最初から素直にそう言え」


 ほら、と開いた片手をかざすと、クローナはキロの手を取り、嬉しそうに歩き出した。

 ミュトとフカフカにギルドについての説明をしている内に、ギルドの建物の前に辿り着く。

 すれ違った見覚えのない冒険者に舌打ちされつつ、キロはクローナ、ミュトの二人を連れて中に入った。

 ふらふら揺れるミュトの肩に嫌気がさしていつの間にかキロの肩に移っていたフカフカが、尻尾を揺らす。


「これがギルドか。ふむ、良い面構えの輩が多いが、早い話が傭兵であろう?」

「傭兵とは微妙に違って、都市国家の所属なんだとさ。その辺の仕組みはクローナに聞いてくれ」


 キロの姿を見つけたのか、受付の見慣れた男が慌てたように立ち上がる。

 受付の男に手招きされて、キロ達が進むとギルドにいた冒険者達の視線が集まった。

 黒髪のキロに加え、白髪のミュトの組み合わせが珍しいのだろう。

 受付に辿り着いたキロ達に受付の男は椅子に座るよう促した。


「帰ってきたんですね」

「まぁ、いろいろありまして」


 キロが返すと、受付の男は足元に置いてあった鞄から翻訳の腕輪を取り出した。

 久しぶりであるため、キロがクローナの世界の言葉を話せない事を忘れていたらしい。

 翻訳の腕輪を装着した受付の男は、キロとクローナを見てにっこりほほ笑んだ。


「とてもいいところに帰ってきてくれて、うれしい限りですよ」


 受付の男の笑顔の裏に厄介ごとの気配を感じて、キロはため息を吐いた。


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