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複数世界のキロ  作者: 氷純
第二章 地下世界の帰路

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第五十三話  青空

 光り輝く特殊魔力の壁を前に、一番驚いていたのはミュト本人だった。


「……なんで?」


 ミュトが呟く。原因に心当たりがないようだ。

 長い間一緒に旅をしてきたフカフカにとっても初めての事らしく、困惑した様子で首を傾げ、落ち着きなく尻尾を左右に振っている。

 耳を澄ませたフカフカが顔を上げる。


「ロウヒが去っていく」

「ひとまず、やり過ごしたって事か」


 だが、ロウヒが去っていくのなら、特殊魔力の壁を輝かせている犯人はロウヒではないという事になる。

 最初に気付いたのは、クローナだった。


「これ、光虫の光ですよ」


 キロは壁を注意深く見る。

 密集しているため良く分からなかったが、確かに光虫だ。


「どういう事だ?」

「ボクにもさっぱり」


 申し訳なさそうに眉を八の字にして、ミュトが壁を見つめる。

 その時、光虫が左右に割れた。

 左右に割れた光虫が作る道の向こうに、人影が見える。

 ゆっくりと歩いてくる人影へ横から炎の渦が襲い掛かるが、人影に衝突した瞬間ただの風となって吹き抜けた。

 次第に人影の詳細が見えてくる。

 地下世界では珍しいスカート姿、首には赤い色のマフラーを巻いている。

 近づいてくる人影の着ている服が女子制服だと気付いた瞬間、キロは懐中電灯を取り出した。

 人影が黒髪をかき分ける。その下から現れた顔を確認して、キロは懐中電灯に張られたプリクラと見比べる。


「……懐中電灯の持ち主だ」


 何が起きているのか、全く分からなかった。

 しかし、壁が映し出していた光虫と女子高校生の姿は、特殊魔力の壁が消失すると同時に消え去った。

 ロウヒの縄張りを見下ろしながら、キロは思考を巡らせる。


「一つ言える事は……」


 ミュトが洞窟道の壁に手を突いてロウヒの縄張りに落ちている光虫を見つめ、呟く。


「ボクの特殊魔力は、破壊不可の壁を生み出す効果以外に何かがあるって事、かな」


 ミュトの言葉に、フカフカが静かに頷く。

 キロはミュトとフカフカに視線を向けつつ、思考を巡らせ続けていた。

 ミュトの特殊魔力の正体も確かに重要だ。

 だが、さらに重要な事がある。


「……フカフカ、水の音は聞こえるか?」


 のどの渇きを覚えながら、キロはフカフカに訊ねる。

 目的はのどを潤す水の確保ではない。


「いや、聞こえぬな。この洞窟道は一本道のようであるが……妙である。上からの音が完全に途絶えておる」


 キロは立ち上がり、洞窟道の奥を見た。

 そこかしこで光虫が羽を休めており、洞窟道には光が灯っていた。奥に行くほど、光虫の数は増していくようだ。


「懐中電灯の持ち主は、光虫を大量に引き連れていたんだよな?」


 キロが確認の意味を込めて全員に問うと、息をのむ音が返ってきた。


「まさか、ここにいる光虫って」

「どういう理屈か知らないけど、さっきの光景を見ただろ。上を目指していた懐中電灯の持ち主がこの道を通った可能性は低くない」


 キロは懐中電灯を片手に歩き出す。

 誰も止めはしなかった。

 キロ達は洞窟道を登る。

 ミュトの肩で耳を動かしていたフカフカが、怪訝そうに道の奥を睨んだ。


「魔物の気配は一切ないが、奥から音が返ってこぬのが気にかかる」

「行き止まりじゃないの?」


 ミュトが問うと、フカフカは尻尾を乱暴に振る。


「行き止まりならば音が反響するであろう。この道の奥はまるで音を吸収しておるようだ」


 不可解でならない、とフカフカは何度も首を傾げる。

 奥に辿り着けば分かる事だ、とキロは率先して先を目指す。

 進むにつれて、光虫の数が多くなる。

 フカフカの尻尾の明かりさえ必要ないほど、光虫が群れていた。

 しかし、光がある地点でぱったりと途絶えている。

 洞窟道の先に、黒い空間があった。光虫の光を吸収しているようだった。

 キロとクローナはつい足を止める。


「行き止まり、ではないみたいだね。なんだろう?」

「音を吸収していたのはこの壁であるな」


 ミュトとフカフカが首を傾げる。

 だが、キロとクローナは黒い壁に見覚えがあった。


「……これ、遺物潜りと同じモノですよね?」


 クローナが黒い壁を見つめて、キロに問う。


「悪食の竜に食われてこうなったのか、それとも懐中電灯の持ち主が何らかの方法で作ったのか。さて、困ったな」


 キロは腕を組んで黒い壁を見つめた。

 どこに通じているか分からない以上、迂闊に飛びこむわけにはいかない。

 かといって、ロウヒの縄張りに戻ってもう一度命がけの逃走劇をするのも怖い。

 クローナに意見を聞こうとした時、ミュトがキロの持つ懐中電灯を指さした。


「それ、少し光ってない?」

「え?」


 電池はすでに無くなっていたはず、とキロは懐中電灯を見下ろす。

 注意深く観察しなければわからないほど淡く、懐中電灯全体が光を放っていた。


「念が解消されそうになってる」


 近くに遺体があるのかとキロは周囲を見回すが、見当たらない。


「壁に埋まっているかもしれませんよ?」

「この辺りの壁はかなり古いから、多分、土の中じゃないよ」

「となると、この黒い空間の向こうに……?」


 全員の視線が黒い空間に向く。


「その懐中電灯だけを投げ入れればよいのではないか?」


 フカフカが懐中電灯を照らし、黒い空間に放り込む仕草をする。

 良い案に思えるが、キロは首を振った。


「懐中電灯の念を解消すれば帰還の道が開くけど、懐中電灯そのものを起点として開くんだ」

「扉が開いても、傍らに我らがいなくては意味がないのか」


 フカフカはお手上げだというように尻尾から力を抜き、だらりと下げる。

 キロは黒い空間を睨み、深呼吸する。


「覚悟を決めるしかないか」


 キロが呟くと、クローナがキロの片手を握った。


「もちろん付いて行きますからね」


 にっこりと笑うクローナに、キロは苦笑する。


「分かってるよ。もう、置いていくなんて言わないから」


 キロがミュトに顔を向けた時、


「えいっ」


 という小さな掛け声と共に、ミュトがキロの腕に抱き着いた。

 腕に抱き着いているミュトを見下ろすと、フカフカが見上げてくる。ミュトの首に巻き付いている状態だ。

 キロの視線を不可解そうに見つめ返し、フカフカが口を開く。


「我らも付いて行くと言ったではないか」

「抱き着く必要まではないんじゃないかと――クローナまで抱き着くな」

「ミュトさんが良くて私が駄目という事はないはずです」

「なんで張り合ってんだよ」


 キロはため息を吐き、クローナとミュトを交互に見る。


「忘れ物がないなら、行くぞ?」

「地図を届けられなかった事だけが心残りかな」


 ミュトが鞄に視線を落とす。

 死亡した地図師の男の地図が入っているはずだ。

 しかし、すでに割り切っているのか、ミュトは顔を上げた。


「――行こう」


 キロ達は黒い空間の中へ一歩を踏み出した。

 体が全て黒い空間を通ると、視界は闇に染まっていた。

 ――地面の感触がない?


「フカフカ、明かりを!」


 落下するような感覚はなかったが、地面の感触がない異常に気付いて、ミュトがいち早く叫ぶ。

 ミュトの指示に答えてフカフカが尻尾を光らせた。


「何、これ……」


 ミュトが小さく呟いた。

 フカフカの明かりで、キロ達は互いの顔を認識できる。

 にもかかわらず、周囲には何もなかった。

 空も、地面も、何もない。ただただ真っ暗な空間が広がっている。

 どこまで続いているのか分からない。


「帰り道はないんだな」


 キロは後ろを確認して、呟いた。

 どうやら、遺物潜り同様の片道切符らしい。


「フカフカ、遠くを照らしてみてくれるか?」

「……うむ」


 流石のフカフカも動揺しているらしく、反応が鈍い。

 尻尾を正面に向けるが、光の中には何も映らなかった。

 少なくとも、フカフカの尻尾の明かりが届く範囲内には何もないのだ。

 月のない夜の海に立っているような感覚に不安を覚えたクローナがキロの腕を強く抱きしめる。


「キロさん、壁画の何も描かれてない空間って……」


 クローナに言われずとも、キロの頭の中には壁画の絵が駆け巡っていた。


「悪食の竜に食べられたのか?」


 何もない空間。真っ暗な、空虚な世界。

 これが虚無なのだろうか、とキロが頭の片隅で考えた時、懐中電灯の明かりが次第に強くなっている事に気が付いた。


「フカフカ、周りを照らしてくれ。遺体があるかもしれない」


 フカフカが尻尾をゆっくりと巡らし周囲を照らすが、遺体は見つからない。

 懐中電灯の明かりが強まり、フカフカの尻尾の明かりがなくても互いの顔が認識できるようになる。

 直後、懐中電灯を起点に黒い空間が開いた。


「念が解消された?」


 なんで、とキロは口の中で呟く。

 状況がまるで呑み込めなかった。

 クローナが顎に手を当て、考え込む。


「考えられるとすれば、懐中電灯を取り返したい、というような願いですけど」


 周囲に遺体がないのが気になりますね、とクローナは眉を寄せる。


「空と一緒で距離の概念を食われてる、とか」

「我らが遠近を認識しておるのだ、それはなかろう」


 キロの思い付きをフカフカが一瞬で否定する。

 フカフカは鼻を鳴らし、ふむ、と一つ息を吐く。


「人の匂いがする。懐中電灯とやらも、持ち主の名残に反応したのであろう」

「一番それらしい仮説だな」


 悩んでいると、ミュトがキロの腕を引っ張った。


「それより、早く帰還の扉って言うのを潜ろうよ。ここにいたら餓死しちゃう」

「……餓死?」


 ――そうか、死因は餓死か。

 懐中電灯の持ち主の特殊魔力を考えれば、そう簡単に死ぬはずはない。

 だが、帰り道のない状況でこの虚無の世界に放り出されたのなら、餓死せざるを得ないだろう。

 問題は、懐中電灯がなぜ虚無の世界に直通ではなかったのかという点だ。

 ――アンムナさんに聞くのが手っ取り早いか。

 遺物潜りの開発者の顔を思い出しつつ、キロ達は帰還の扉へ向かう。


「こんな短時間に二回も世界を渡る事になるとはな」

「この場合、帰り着くのは私の世界ですよね?」


 クローナがキロに問う。


「多分、そうだ。俺達が地下世界に旅立って少し時間が経った後のクローナの世界だな」


 地下生活のせいで完全に体内時間が狂っているため、正確な日付は分からない。

 キロ達が帰還の扉を潜る際、クローナが小さな声で言った。


「ただいま、それとお帰りなさい、それから」


 くすりと笑ったクローナは、ミュトとフカフカに視線を移す。


「――空のある世界にようこそ」


 懐中電灯を起点とした黒い空間に足を踏み入れた瞬間、ガタン、と派手な音がして、キロは足を踏み外し、尻餅をついた。

 打ち付けた尻を擦ろうとしたキロは、どこか懐かしい木の香りに気付いて顔を上げる。

 ひっくり返った木の机が転がる食堂で、見覚えのある司祭が口を半開きにしてキロ達を見つめていた。


「……お、おかえり、で良いのかね?」


 困惑気味に挨拶してくる司祭は、キロとクローナを見回し、ミュトに目を止めて首を傾げた後、どうした物かと考えるように駄馬を見つめて眉を寄せた。


「随分、仲間が増えたようだけれども――」


 司祭が言いかけた時、床にうちつけた額を片手で押さえながらミュトが顔を上げ、キロに詰め寄った。


「キロ、空はどこ⁉」

「窓の外」


 キロが指差した先にあるガラス窓を認識した直後、ミュトは駆け出した。

 すぐに窓に取り付き、勢いよく開いて上を見上げる。


「わぁ……」


 小さく呟いて、ミュトは青空を見上げたまま動かなくなった。

 彼女の肩の上で同じように空を見上げているフカフカの尻尾が心地よさそうに左右に揺れていた。


これにて第二章は終了となります。

第三章は、早ければ来月頭から開始できると思います。

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