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旧作2-1  作者: 智枝 理子
終章
52/53

Rêve de Lis

 オービュミル大陸の東。

 ラングリオン王国とラ・セルメア共和国の間では、国境に関する争いが長く続いていた。

 しかし、王国暦六〇二年、コンセル。

 ついに、この争いに対して一つの指針が示される。

 曰く、現在の国境ラインの維持に努め、武力による解決を試みないこと。

 この取り決めによって両国は停戦に合意、協定を結ぶこととなった。

 

 最も、ここで仮決めされた国境は、ローレライ川周辺にラングリオン領とセルメア領が入り乱れるという、両国の戦争の歴史を物語る非常に複雑なものであり、互いに納得して決めたものではない。それぞれの国が主張する国境とは全くかけ離れたものであった。

 それでも、争いや小競り合いの度に橋が封鎖される状況を憂えた商人ギルドの働きかけによって、武力衝突の回避を明言する運びとなったのだ。

 

 しかし、問題を先送りにしただけの甘い協定など、長く持つはずがなかった。

 

 王国暦六〇三年、ベリエ。

 ラングリオン王国ジュワユーズ地方の南、ローレライ川北に位置するセルメア領に対するラングリオン軍の国境侵犯、及び、橋の街の包囲によって停戦協定は破られた。

 それは、ラングリオンの皇太子が選ばれた祝いの年。

 皇太子とセルメアの大統領の会談という、両国の平和の象徴とも言える催しが行われた後に起きたことだった。

 この件を発端に、燻っていた国境を巡る戦火は一気に広がり、およそ二年に渡る国境戦争が始まったのだ。

 

 しかし、ラングリオンによる国境侵犯には複雑な事情があり、セルメアにも非があった可能性が指摘されている。

 それには、橋の街近郊に新しく作られたズラティー村の成立過程の説明が必要だろう。

 

 ズラティー村が作られた場所は、停戦協議中にセルメアが一方的にラングリオンから奪った土地だ。

 橋の街の制圧に成功していたセルメア軍は、両国の会談開始から間もなく、ラングリオン領への侵攻を開始した。それに対し、平和への協議中に争いは避けるべきと考えたラングリオンは退避を選択。その結果、侵攻を許した土地が、そのままセルメア領となったのだ。

 本来なら、協議中に変更のあった土地は元の国へ帰すべきだが、元々、住民がおらず、軍の駐屯地として利用していた砦があるだけの場所であったこと、また、他の土地についてセルメア側の譲歩がすでにあったこと等から、セルメア領へ編入される運びとなった経緯がある。

 停戦協定成立後、セルメアは新たに得た土地の開発に乗り出した。

 しかし、新しい村の開発は非常に難航した。

 それもそのはずだ。この地は、ラングリオンでも古くから川の亜精霊が多発する危険地帯として知られており、人が住むには適さない環境だったのだ。故に、ラングリオンが手放したとも言える土地だった。

 新しい村は橋の街に駐留するセルメア軍に被害の多さを訴えたが、セルメア軍は要衝である橋の防衛に注力する為、開発中の村に戦力を割くようなことはしなかった。

 もちろんこれは、常に国境ラインににらみを利かせるラングリオン軍との衝突を回避する為でもある。セルメア領が拡大する結果になったとはいえ、停戦協議中の進軍は決して褒められた行為ではない。これ以上の衝突は避けたいというのが国の意思だった。

 その結果、亜精霊の襲撃を受け続ける村は、見かねたラングリオン軍によって助けられることになる。

 つまり、村づくりが行われた当初から、セルメアが放置した開拓民たちを守る為、ラングリオン軍は国境侵犯を繰り返していたのだ。

 これをセルメア軍が知らなかったはずはない。

 

 ベリエの某日、セルメアは、ラングリオンが一方的な国境侵害を行ったと声高に叫んで進軍した。

 しかし、実際はこうだった。

 ズラティー村から発せられた救援要請の狼煙を確認したラングリオン軍が、いつも通り、村人を救援する為に一部隊を村へ派遣しただけ。

 それを、突然の侵攻だと言われたのだ。

 

 最も、セルメアの進軍を確認したラングリオン軍も、黙って見ていたわけではない。

 ズラティー村へ派兵して村を占領すると、すべての村人を捕虜としてセルメア軍と戦うことを選んだ。

 かつて停戦協議中に進軍を許した為に領地を奪われた経験に基づき、先手を打った形だ。

 また、セルメアが口封じに村人に危害を加える可能性を危惧した為でもある。何故なら、彼らはセルメア軍の進軍が明らかな言いがかりであることを知る貴重な証人だ。実際に、その後の調査で、彼らはセルメア国民であるにも関わらず、ラングリオン軍が日常的にズラティー村へ助けに来ていたこと、占領時に破壊や非人道的な行為を一切していないことを証言している。それだけ、両者は日頃から友好関係を築いていたのだ。

 ただし、セルメアは、ズラティー村の占領は一方的な侵略に違いないと主張している。同朋である村人に軍が危害を加えるなど有り得ないと。

 

 このように、複雑なねじれが黙認され続けた結果、起きてしまったラングリオン軍によるズラティー村の占領後。

 援軍として来た公爵軍と共にセルメア軍を押し返したラングリオン軍は、そのまま橋の街を包囲すると、捕虜と引き換えに橋の街を明け渡すよう要求した。

 セルメア軍は交渉に応じず、停戦協定を破棄。包囲するラングリオン軍に攻撃を開始した。これを持って開戦となったのだ。

 と言っても、戦場となったのは、元々、ラングリオンが建設した橋の街。地の利を生かしたラングリオン軍は手際良く橋の街の奪還に成功した。一方、本隊の到着が遅れたセルメア軍はローレライ川を挟んだ南へと撤退することになったのだ。

 その後、両者は捕虜交換に合意し、すべての捕虜が帰国することが出来たと言われている。

 しかし、並行して各地で起きた暴動は次々と国境を巡る戦火に呑まれていった。

 

 王国暦六〇五年、ヴェルソ。

 長引く戦争に、ラングリオンの歴史で初めて魔法使い部隊が投入された。

 魔法部隊は要衝である砦の奪還作戦に加わったが、結果は敗北。魔法部隊を率いていた隊長が戦死した。

 しかし、この直後、ラングリオンは砦の奪還に成功し、そこから国境を巡る争いは一気に解決の方向に向かうことになった。

 

 たった一人の魔法使いによって。

 

 ※

 

 ラングリオン王国の王都。

 セントラルの西には、建国当初から存在する墓所がある。

 馴染みの花屋で花束を買った彼は、真新しい墓の前に立った。

 百合の花が彫刻された墓前には、若くして命を落とした彼女を偲ぶ白百合が溢れている。

 その中に紛れ込ませるように自らの花束を落とすと、彼は短剣を取り出し、墓に文字を刻んだ。

『エル』

 彼女と共に生きることが夢だった。

 なのに、幸せにすると誓った人の魂はもうここにない。

 手にした刃を自らの胸に向ける。

『だめだ』

『だめぇ』

『止めるんだ』

『駄目よ』

『止まってー』

 震える刃が、服の中に隠された鎖に当たる。

―エル。

 彼の婚約者の遺品であり、ラングリオン皇太子が彼に与えた証。

 剣花の紋章の鎖に。

―元気だった?

 そのまま膝を追って項垂れた彼を、むせかえるような白百合の香りが包む。

「見ての通り。……だよ」

 また、すべて失った。

 それでも。

 生きることから逃げるなんて、誰にも許されない。

 

 


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