06 王国暦六〇三年 リヨン 二十五日
「エル!会いたかったよ!」
走って抱き着こうとしてきたロニーを蹴り上げる。
すると、蹴りを腕で受け止めたロニーが笑った。
「そんなに喜ばなくても良いのに」
「どこが喜んでるって言うんだよ」
でも、ようやくかわせた。
今日は捕まらずに済んだ。
「主君への挨拶が先じゃないのかよ」
「主君はまだ帰還されてないよ」
「横に居るだろ」
紺のローブに身を包んだアレクを指す。
「主君はツァレンたちと一緒に帰還予定だからね」
「じゃあ、俺も一緒だ」
「可愛いエル。絶対に見間違えないよ」
「お前の一番大切な主君は見間違えるのか」
「もちろん、絶対に見間違えないよ」
アレクがまだ帰ってないことになってるから、見えないふりをしてるって?
「報告は?」
「順調」
「流石だね。エル、おいで」
今ので報告が終わり?
あれ?
「陛下に帰還の報告をしに行かないのか?」
「正式な報告以外、する必要はないよ」
ツァレンたちが紫竜ケウスを王都に運び込むのは、リヨンの二十九日の予定らしい。アレクも、その日に帰還することになっている。
「怒られないのか」
「順調だから大丈夫だよ」
ロニーがなんとかしてるってことか?
そのロニーは、少し離れて付いてきてる。
「なんで?」
「仕事だろうね」
アレクの護衛?
近衛騎士がまともに仕事してるとこ、初めて見たかも。
「ローグバルを近衛騎士にするのか?」
「まずは従騎士からだよ」
「誰に任せるんだ?」
「私が育てるよ」
「アレクが?」
「私の騎士を目指すのだから、一から面倒を見てあげないとね」
皇太子の従騎士になるなんて。
「揉めないのか?」
「意外だね」
「何が?」
「エルが、そういうことを気にするなんて」
それぐらい想像がつく。
「ドラゴン退治ですら、誰が倒すかで揉めるって言ってたのに。皇太子が異国の人間を従騎士にするなんて言ったら、揉めるに決まってるだろ」
「そうだね。でも、彼は竜殺しの立役者で、その証としてドラゴンを持ち帰るんだよ。誰も文句なんて言えないだろう」
立役者。
竜殺しに関わったメンバーは、アレク、ツァレン、シール、ローグバル、ガラハドの五人だと正式に発表された。
実際は、アレクとガラハドの二人で倒したようなものなのに。
……まさか、最初から全部、計算済み?
シールに与えた主命は、ローグバルを試す為のもの?
「無理難題を出しやがって」
「私の騎士になるのなら、これぐらいは出来ないと。さぁ、お風呂に入ろうか」
アレクのメイドが立ってる。
「どうぞ、こちらへ」
※
風呂なんて久しぶりだ。
気持ち良い。
「補習が大変だね」
大してやることがないとはいえ。一か月以上、授業をサボってたからな。
「誰のせいだと思ってるんだよ」
桶でお湯をすくって、アレクの頭からかける。けど、ちっとも動じずに、アレクがこちらを見た。
「楽しかったかい」
「楽しかったよ」
帰りは、アレクとガラハドとパーシバルの四人で、のんびり旅をしてきたから。
商人の荷馬車に乗せて貰ったり、鍛冶屋の街で剣を打つ体験をさせて貰ったり、森で野宿をして精霊とお喋りをしたり……。それから、誕生日を祝って貰ったり。
たくさん寄り道をしてきた。
「すごく楽しかった」
「良かった。私も、良い思い出になったよ」
……思い出。
そっか。
きっと、こういう旅はもう出来ないんだ。
アレクは次の国王になるから。
……本当に?
「アレクは、皇太子になりたかったか?」
「なりたくてなるものでも、請われてなるものでもないよ」
「聖剣が選ぶものだから?」
「そう。私が皇太子になることは、生まれた時から決まっていたんだ」
「決まってた?」
「それが私の運命」
……運命。
「運命なんて信じてどうするんだ。俺は信じない。自分の生き方は自分で決める」
アレクが笑う。
「エルらしいね」
「アレクはどうなんだ」
「皇太子なんて滅多になれるものじゃない。二度と廻って来ないこの運命を、私は楽しむよ」
「そんなこと言ってたら、何度生まれ変わっても、ラングリオンの皇太子にされるかもしれないぞ」
「それは困ったね」
……困ってるように見えない。
「ケウスは、どうしてブラッドドラゴンになったんだ?」
「ドラゴンの言語ぐらい、解っただろう」
「何かを奪われたって言っていた」
「そして、取り返したとも言っていたね」
「人間がドラゴンから奪えるものって、何?」
ドラゴンが執着するようなものなんて想像がつかない。
「滅びゆく種族。他の種族にとって、人間は滅びない種族に見えるのだろうね」
ドラゴンに比べたら、圧倒的に弱くて寿命も短いのに。細かく世代交代を繰り返すことで繁栄し続けている。
「ドラゴンだって、卵を産んで世代交代するはずだろ」
「卵を孵化する為には大きな魔力が必要なんだよ」
「大きな魔力?」
「つまり、精霊の力が。精霊から祝福されなければ、ドラゴンは生まれることが出来ないんだ」
「じゃあ、ドラゴンがずっと生まれていないのは精霊の祝福がないから?」
「もしくは、ドラゴンが卵を産むことをやめているのか」
「滅びを受け入れているってこと?」
「どうだろうね。長寿の彼らがどういった一生を過ごすかは、まだ解明されていないから」
ドラゴンの寿命は長く、二千年以上とも言われている。
単純に、今は子育てする時期じゃないと言われたらそれまでなんだろう。
「他に聞きたいことは?」
「え?」
「質問ばかりするから」
そんなつもりはないけど。
「俺は、アレクにとって何になる?」
「弟だよ」
「フラーダリーにとっては」
「子供だよ」
「それは、いつまでも変わらないのか」
「変わらないよ。家族の関係は変わらない」
変わらないのか。
「エルの父親も、母親も。変わらないよ」
昔のことは思い出したくない。
だって……。
「エル。私の元から離れないで」
離れる?
「どういう意味?」
「遠くへ行っても、必ず帰って来ると約束して欲しい」
意味がわからない。
「王都を離れる予定なんかない。卒業したら魔法部隊に入るって言っただろ。それに、兵役が終わったら王都で薬屋をやるんだ」
「薬屋?意外だね。ずっと魔法部隊に居るんじゃないのかい」
「フラーダリーの手伝いはしたいけど、戦うのは嫌いだ。魔法使いになんてなりたくない」
魔法の怖さは知ってる。
あれが、簡単に生き物を殺せる力だって。
……だから。
やるなら、魔法に頼ることなく、誰かを癒したり助けたりするような仕事がしたい。
「そうだね。エルに向いてるのは薬屋だね」
「本当に、そう思ってるのか?」
「思っているよ。その為に、勉強を頑張って来たんだろう」
そうだけど。
「薬屋をやるぐらいなら研究所に入れって言われるかと思った」
「言わないよ。研究所に入れば意にそぐわない研究をしなければならないからね。ドラゴンの防腐剤のように」
「あれは、」
「毒なんか作らせて、すまなかったね」
……作って良かったのか迷ったのは事実だ。
でも、必要なことだったのは解ってる。
アレクが俺の頭を撫でる。
「やりたいことが見つかって良かった。応援してるよ」
「ん……。ありがとう」
薬屋は、俺が養成所で学んだことを生かせる仕事だから。
店を出す場所も決めてる。
……あそこにするって。
「だから、遠くになんて行かないよ」
兵役が終わって、開店資金が溜まったら始めるつもりだ。
「旅は楽しかっただろう」
珍しい。
そんなに心配?
でも、アレクは卒業後ずっと、あちこち出歩いてたから。旅の楽しさを俺より知ってるんだろう。
「心配しなくても、どこに行こうと帰る場所は決まってる。王都だ」
「約束だよ」
「命令じゃないのか」
「弟に命令なんかしないよ」
弟じゃないのに。
「それに、エルは命令なんて聞かないだろう」
聞かないけど。
「わかったよ。約束する。どこへ行っても必ずここに帰るって」
「良かった」
アレクが微笑む。
遠くに行くつもりなんてない。
ここには、俺が必要としているものがすべてあるから。
家族も。友人も。俺を必要としてくれる人も。
だから、すべて捨てて、やり直して……。
また、同じことが起こったら……?
―大丈夫。
フラーダリー。
信じてる。
※
「まだ寝ないのかい」
「もうすぐ出来そうだから」
一番相性が良かったのは亜麻糸だった。
真空の魔法を込めながら、魔法陣のように編んでいく。
「器用だね」
「半分は魔法なんだ」
「どういう原理だい」
「そんなに難しくないけど……」
どう説明したら良いかな。
「なら、研究発表会に参加しないとね」
「来れるのか?」
「皇太子の名で視察に行くよ」
そういうことも出来るのか。
「ツィガーヌも聞きたいな」
「良いよ」
ちゃんとした演奏なら伴奏が必要だ。
また、ユリアが引き受けてくれたら良いけど。
「出来た」
出来上がった袋に手を突っ込む。
人間が触っても平気だな。
「何か大きいもの……。そのブランケットを貸してくれ」
「ブランケット?」
アレクから大判のブランケットをもらって、袋の中に入れる。
「面白いね。まるで吸い込まれているみたいだ」
「吸い込んでるんだよ」
「どんな風に?」
「圧縮して収納できる。圧縮収納袋だ」
「エルは名前のセンスがないね」
「悪かったな」
「圧縮可能なものが、かなり持ち歩けるってことかな」
「あぁ。色々試してみないとわからないけど。布はかなり縮むと思う」
すべて仕舞い終わったブランケットを、引っ張り出す。
「あぁ、素晴らしいね。まさに錬金術。魔法を知らない人々が魔法を使えるようになるシステムだ」
こんな小さな袋から大きなブランケットが出てきたら、みんな驚くだろう。
「でも、欠点があるんだ」
「エルにしか作れないんだね」
俺にしかってわけじゃない。
「真空の精霊の力を安定的に借りることが出来ないと難しいってだけだよ」
『そんなのぉ、エルにしか無理よぅ』
真空の精霊は地上にほとんど存在しない精霊で、滅多に契約してくれないことで有名だ。
ユールみたいにあっさり契約してくれることなんて、まずないらしいから。
アレクに圧縮収納袋を向ける。
「試作品第一号」
「くれるなら、一番、完成度の高いものが良いな」
それなら、一番最後に作ったやつかな。
これから、クラス全員分とフラーダリーとアレクの近衛騎士と……。かなりの量を作る予定だから。
「デザインの希望はあるか?」
「何でも良いのかい」
「ある程度、融通はきくよ」
「なら、花にして貰おうかな」
「瑠璃色のビオラで良い?」
アレクが少し驚いた顔をする。
「何故、そう思ったんだい」
「好きだと思ったから」
なんとなく、イメージが固まっていた。
「良い?」
「もちろん」
「じゃあ、発表会で献上する」
「楽しみにしているよ」
今日は、ここまで。
「寝るかい」
「ん」
荷物を片付けて、ベッドに入って灯りを消す。
こうしていると昔を思い出す。
アレクがフラーダリーの家に来る時は、いつも一緒に寝てたから。
寮でも良く泊めて貰ってたっけ。
アレクは、いつでも一緒に居てくれた。
「アレク」
「なんだい」
「外に出たくなったら言って。いつでも連れ出すから」
「もう、簡単に外には……」
「約束する」
もう、子供じゃないから。
守ってもらってばかりで居たくない。
「アレクも俺を頼って」
城での生活が窮屈になったなら。
皇太子を辞めたくなったら。
いつでも俺がアレクを手伝うから。
だから、また一緒に旅をしよう。
「ありがとう、エル」
……信じてくれない。
アレクに向かって小指を出す。
「それは……」
あれ?知らない?
「砂漠の風習かい」
「そう。約束の証」
俺の真似をしたアレクの小指に小指を絡めながら、約束の詩を歌う。
小指の約束
嘘吐いたら
赤い風に焼かれる
指切った
「約束だよ」




