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旧作2-1  作者: 智枝 理子
Ⅶ.騎士と竜
50/53

05 王国暦六〇三年 リヨン 七日

 咆哮。

「!」

 飛び起きて窓の外を見る。

 今の声、かなり近かった。

「エル、行くよ」

 すでに準備を始めているアレクに倣って、手早く準備を済ませる。

 部屋の外で待機していたガラハドと一緒に外に出ると、ツァレンとシール、ローグバルとパーシバルが馬を準備して待っていた。

「アレン、エルを頼む。シールはローグバルとパーシバルを守るように。以上」

 アレクが言いながら馬に乗って、ガラハドと共に馬を走らせる。

「エル。乗りな」

 ツァレンに手を引いてもらって、ツァレンの馬に乗る。

「ローグバル、パーシバル。私の前には絶対に出るな。出たら斬る」

「おいおい、びびらせてどうするんだよ。良いか、二人とも。シールより前に出ればドラゴンに食われるぞ。お前らに何かあったらシールの首が飛ぶんだ。言うことを聞けよ」

「わかりました。早くレクス様を追いましょう」

「わかってないだろ」

「構わない。主君の邪魔をするなら斬るだけだ」

「はいはい。それじゃあ、行くぞ」

 シールを先頭に、ローグバル、パーシバル、俺を乗せたツァレンの順に馬を走らせる。

 

 しばらく進んだ先で、アレクとガラハドがケウスと戦っているのが見えた。

「おぉ。先手必勝だな」

「先手?」

「鹿を三頭捕まえて、広場に置いておいたんだよ」

「餌って、そういうことか」

「あぁ。……でもなぁ。麻痺毒を仕込んでおいたはずなのに、思った以上に効果が低いなー」

 毒を仕込んでいたらしい。

「言ってくれたら、強力な奴を作ったのに」

「材料もないのに?」

「防腐剤の材料も余ってるし、山ならいくらでも材料は探せる」

『いくらでも作れるわよぅ』

 ケウスが暴れてる。

 アレクとガラハドが優勢だ。

 ……まずいな。

「ツァレン、降ろしてくれ」

「何するんだ?」

「魔法を使う」

「魔法?でもなぁ……」

「このままじゃ逃げられる」

 ケウスはすでにアレクから一度、逃げてる。つまり、状況が不利だと考えれば、また逃げる可能性が高い。

「エル。主君に加勢したい。この二人の足止めを頼めるか」

「良いよ」

 ローグバルとパーシバルの方に向かって闇の魔法を使う。

「わっ」

「くっ」

 馬がその場に跪いて、二人が落馬した。

 そこに、影を縛る魔法を使う。

「なんだ、これ。動けない……」

「魔法っ……?」

「俺が出来るのはこれだけ。守るなんて無理だからな」

「構わない。守るのは私の仕事だ」

 馬を走らせたシールが、ケウスが振り上げた尻尾を斬りつける。

「良いなぁ。楽しそうだ」

「ツァレンは行かないのか」

「主命は、エルを頼む、だ」

 俺の傍を離れられないのか。

「早く降ろして」

「俺の手が届くところに居ろよ」

「ん」

 ツァレンに馬から降ろしてもらって、地面に闇の魔法陣を描く。

 この辺りは木陰だから、闇の魔法も集めやすい。

 目を閉じて、集中……。

『ドラゴンを縛る気か』

『あたしの力も使ってねぇ』

 良い案だ。

 頷く。

 真空の魔法で地面に吸いつかせて、闇の魔法で縛る。

 これで行こう。

 集中して……。

『エル。急いだ方が良い』

『そぉねぇ』

 一際、大きなドラゴンの咆哮が響く。そして、ドラゴンが大きく羽を広げた。

 まだ充分な力が集まってないのに……。

 でも、やるなら今しかない。

 飛び立とうとしたドラゴンに向かって、真空の魔法を混ぜた闇の魔法を放つ。

「おぉ。こりゃあ、すごいな」

 真空と闇の魔法で縛られたドラゴンが、闇の魔法の拘束から逃れようともがく。

 そこに雷が落ちて、ドラゴンが大人しくなった。

 今の雷はシールの魔法か。

 行ける。

 更に魔法の出力を上げて、ドラゴンを地面に吸いつかせる。

「うわぁ……」

「ドラゴンがひれ伏してる」

「すごいじゃないか、エル」

「長時間は無理」

 かなり集中力が要る。

「心配するな。すぐに終わるさ」

 ドラゴンのブレスを盾で受けながら、アレクが走る。

 そして、その脳天に向かって剣を振り降ろした。

 刃は金剛石に例えられるほど硬いドラゴンの鱗を貫くと、ドラゴンに大きな傷をつける。ほとばしる鮮血を盾で受け止め、もう一撃、ドラゴンに攻撃してからアレクが地面に足を付けた。

 そこへ、ドラゴンがすかさず首を振り回してアレクに噛みつこうと動く。けど、ガラハドがその頭に向かって、強力な一撃を叩きつけた。

 ドラゴンが怯んでる。

 ガラハドが引き付けている間にドラゴンの首元へ移動していたアレクが、首の付け根に向かって剣を振った。

 ドラゴンの弱点として知られる場所。

 すでに何度も攻撃を受けた場所から、真っ赤な血が吹き出した。

 ……鮮やかな赤。

『エル。集中しろ』

 そうだ。魔法に集中しないと。

 まだ、ドラゴンは死んでない。

 ぐったりと頭を落としたケウスに向かって、アレクが言葉を紡ぐ。

 古い言葉。ドラゴン王国時代に使われていた言語だ。

―「紫竜ケウス。何故、人間を食った」

―「人間も肉を食うだろう」

―「草木では満足できないか」

―「満足できぬこともある」

―「何故、二度も同じ村を襲った」

―「奪われたものを取り返しただけだ」

―「何を」

―「人に語る必要はない」

―「答えよ。私は人の王だ。そして、大精霊と契約する者」

―「地上の支配者よ。人間が滅びゆく種族に関わる必要はない」

 滅びゆく種族。

―「では、滅びよ」

 アレクが紫龍ケウスの首の付け根、すでに何度も抉られたドラゴンの心臓を貫く。

「ケウス……」

 鮮血が飛び散り、紫竜がその瞳を閉じた。

 ……ドラゴンの死。

 もう、魔法を止めなきゃ。

「エル、」

 魔法を解除してふらついた俺を、馬から降りたツァレンが受け止める。

「大丈夫か?」

『無理しないでねぇ?』

 別に、無理なんかしてない。

 ただ……。

『後ろの二人の魔法も解いてやれ』

 そうだった。

 二人の方を見て、魔法を解く。

「動ける……」

「エル。魔法の使い過ぎじゃないのか?」

「平気」

 少しふらついただけ。

 ケウスの方を見ると、アレクがドラゴンの眉間を斬って、その傷口の中から宝石を取り出した。

 そして、輝く宝石をローグバルとパーシバルの方へ投げる。

「カーバンクルだよ」

 ドラゴンの額に眠る宝石。カーバンクル。

 竜殺しの証。

『防腐剤はぁ、早めに、ねぇ?』

 そうだった。

「アレク!」

 荷物の中から防腐剤を出して、アレクに向かって投げる。

「額の傷から流し込んで」

「ガラハド。頼んだよ」

「御意」

 ガラハドが、額の傷口に防腐剤を注ぎ込む。

 あの防腐剤は、腐敗を防ぐ為に体内に回す毒だ。

 ……でも。

 こんなもの、本当に作って良かったのか?

「エル。あまり無理をしてはいけないよ」

 アレク……。

「無理なんかしてない。……逃げられたら、また山登りしなくちゃいけないだろ」

「それも楽しそうじゃないか」

「さっさと終わらせて遊びに行くんだろ?」

「そうだね。でも、少し待ってくれるかい」

 アレクが振り返る。

「シール。おいで」

「はい」

 シールがアレクの前に行って跪く。

「主命は」

「ローグバルとパーシバルを守ること」

「エルに押し付けたね」

「はい」

 アレクが剣を掲げる。

「レンシール。言い残すことは」

 え?

「アレク、何をするつもりだ」

「私のすべては主君の為に」

「それだけか」

「はい」

「やめろ!」

 剣を振り降ろそうとするアレクの腕を止める。

「何やってるんだ。シールは加勢しただけだろ」

「そんな命令はしていない」

「ちゃんと二人の面倒だって見てただろ」

「殿下。エルの言う通りだ。命令違反はしてないぜ」

 ガラハド。

「そうだったかな」

「ローグバルとパーシバルから離れるなって命令じゃなかっただろ?」

「その意味も含んでいたんだけどね」

「アレク」

 アレクがため息を吐いて、ようやく剣を鞘に納める。

 良かった。

「立て、レンシール」

「御意」

 アレクがシールの顔を殴る。

「しばらく顔を見たくない。……ツァレン」

「はい」

「シールと共に、このドラゴンを王都まで運ぶように」

「は?」

「御意」

「御意」

「こんな巨体、どうやって運ぶんだよ」

「こんな無法地帯に置いて置くわけには行かないだろう」

「まさか、最初から運ぶつもりで防腐剤を作らせたのか」

「そうだよ。ローグバル、パーシバル。君たちはこれからどうするんだい」

 二人共、その場に跪いている。

「恐れながら。御名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「殿下。もうばれてますよ」

「私の名など、クエスタニアでは知られていないだろう」

「恐れながら……。ラングリオンで皇太子が選ばれたという祝報は、クエスタニアの田舎にも広く伝わっております」

「だってさ」

 国を代表する人物の名前だからな。

「仕方ないね。私の名は、アレクシス。ラングリオンの皇太子だよ。皆も名乗るように」

「御意。皇太子近衛騎士、銀朱のツァレン」

「同じく、青藍のレンシール」

「俺は、ガラハドだ」

「大陸中にその名をとどろかせた豪傑、最強の傭兵、ガラハド様ですね」

「ガラハド……。そっか。確か、ラングリオンで主君を得たって……」

「その通りだ。俺は殿下に負けたから、もう最強じゃないんだよ」

 ガラハドは主君を一人に定めないことで有名で、誰に雇われようと、半年以上、同じ場所に留まることはない傭兵だったらしい。

 なのに、なんで守備隊の隊長をずっとやってるのかと思ったら。アレクに負けたからだったのか。

「エルも自己紹介したらどうだい」

 自己紹介って。

「紹介するようなことなんて一つもないぞ。俺は、エルロック。王都の養成所に通ってる学生だ」

「学生?」

「なんだよ。文句あるのか」

「弟って……」

「エルは私の弟だよ」

「紛らわしい言い方はやめろ。俺は王族じゃないし、大切な相手でも何でもない」

「大切な弟だよ」

 アレクが微笑む。

 大事にしてもらってるのは解るけど。

 ……何を言っても無駄か。

「さぁ。自己紹介も済んだところで。ローグバルとパーシバルはどうするんだい」

「皇太子殿下、こちらを」

 ローグバルが、カーバンクルをアレクに差し出す。

「親の仇だろう。持っていて構わないよ」

「最も相応しい持ち主の元にあるべきです」

「なら、もらっておこうか」

 アレクがケウスのカーバンクルを受け取る。

「殿下、お願いがあります」

「何かな」

「どうか、パーシバルをラングリオンへ連れて行って頂けないでしょうか」

「え?」

 パーシバルが、驚いたようにローグバルを見る。

「そして、私にツァレン様とレンシール様を手伝わせて頂きたいのです」

「兄貴、どういうことだ」

「パーシバル。殿下と共に行ってくれ」

「一緒にラングリオンに行くって言ったのに、なんで?」

「私には目的が出来たんだ」

 目的、か。

「やらせてやったらどうだ?」

「良いよ。許可しよう」

「ありがとうございます」

「君のことはなんて呼べば良いかな」

「どうか、ローグと」

「わかった。ローグ。二人を手伝うのなら、二人への敬語と敬称は止めるように」

「御意」

「君がラングリオンへ入国出来るよう、関所に通達しておこう。二人と共に来るんだよ」

「御意」

「パーシバル。君はどうするんだい。共に行くと言うなら、私は歓迎するよ」

「俺は……」

 パーシバルがローグバルを見る。

「私は、お二人と……。二人と共にケウスを運搬しながらラングリオンへ行く。だから、先に行ってくれ」

 ローグバルは本気でアレクの騎士を目指すつもりなんだろう。

 その為に、シールが受けた主命を手伝うことにしたんだ。

「わかったよ」

 パーシバルがアレクを見る。

「アレクシス様。どうか、お供させてください」

「良いよ。準備が出来たらすぐに出発しよう」

「御意」

「はい」

「エル、おいで」

「ん」

 アレクと一緒に馬に乗る。

「三人とも、年末までには王都に帰るように」

「は?」

「御意」

「御意」

「御意」

 嘘だろ?

「本当にやらせるつもりか?」

「主命だからね。ガラハド、パーシバル。行くよ」

「御意」

「はい」

 アレクを先頭に、ガラハドとパーシバルが馬を走らせる。

「エル。お腹は空いてるかい」

「甘いものは食わないぞ」

「朝食がまだだったからね。山小屋に寄って何か食べよう」

「ツァレンたちも誘えば良いじゃないか」

「理由がないね」

 誘う理由なんて、いくらでも作れるはずなのに。

「なんで皆、アレクに従うんだ」

「近衛騎士は主君に忠誠を誓っているからね」

「なら、ガラハドは近衛騎士じゃないだろ」

 ガラハドを見る。

「俺が忠誠を誓ってるのが殿下だぜ」

「叙勲したのは陛下なのに?」

「陛下もご存知さ」

「なんで、皆、アレクの騎士になりたがるんだ」

 ガラハドが笑う。

「殿下の魅力がわからないのはお前ぐらいだぞ、エル」

 魅力?

 アレクの強さのことか?

 ドラゴンとの戦いで、アレクは傷一つ負っていない。

 最強と呼ばれた傭兵、ガラハドにも勝てるんだから敵なしだろう。

 返り血を浴びて汚れたアレクの袖を見る。

「良く、素手でカーバンクルを取り出せたな」

「エルには無理だね」

 無理も何も。

「戦いたくない」

「でも、さっき、手伝ってくれたじゃないか」

 だって。

 ケウスはローグバルとパーシバルの仇だから。

 これ以上、被害や犠牲を増やさない為には、ケウスを討伐するしかなかった。

 ……本当に?

 アレクが俺の頭を撫でる。

「エル。もうすぐ誕生日だね。何が欲しい?」

 欲しいもの……。

 そうだ。誕生日が来たらお願いしようと思ってたもの。

「ワイン」

「成人したらね」

「ちょっとぐらい良いだろ?」

「姉上に怒られるよ」

「アレクまで子供扱いするのか」

 アレクが笑う。

「大切な弟だからね」

 いつまで経っても、変わらない。

 

 


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