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旧作2-1  作者: 智枝 理子
Ⅶ.騎士と竜
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04 王国暦六〇三年 リヨン 六日

 竜の山は特殊な場所だ。

 ラングリオン、ティルフィグン、クエスタニアの三国に囲まれながら、ドラゴン保護の為、オービュミル条約によって、どの国にも所属しない土地として定められている。

 人間の管轄外にある自然の楽園。

 もしくは、無法地帯。

 と言っても、国境の警備は厳重で、竜の山への出入りは三国によって厳しく監視されている。

「竜の山を越えて、ラングリオンを目指すのですね」

「あぁ」

 関所でのやり取りは、ツァレンに任せている。

「ご滞在は、どれぐらいの予定でしょう」

「帰国ついでに簡単な生態調査をするんだ。子供たちの勉強がてら、中腹辺りまで登って帰る予定だ」

「では、長くても十日ほどですね。なるべく野宿は避け、山小屋をご利用下さい」

「あぁ」

「それでは、身分証の提示をお願い致します」

「エル。こっちに来い」

「ん」

 未成年の出入国には厳しい制限がある。保護者の同伴、もしくは、保護者が指定した代理人が同伴していなければならないのだ。

 俺の場合は、ツァレンがフラーダリーの指定した代理人になっている。

 ツァレンと俺の身分証、それから、代理人の証明書を見せて、クエスタニアの関所を通過する。

 続けて、ガラハド、ローグバルとパーシバルが身分証と証明書を見せた。

 ガラハドが二人の保護者代理人になってるらしい。三人が無事に通過した。

 次は、アレク。

 ろくに従者を連れていない皇太子が簡単に関所を通過出来るのか?

 ……と思ったら。

 身分証を見せた後、何の咎めもなく通過した。

 なんで?

 最後にシールが通過。

 これで、全員、クエスタニアから出国した。

「エル。おいで」

 アレクの馬に乗る。

「どうやったんだ?」

「普通に身分証を見せただけだよ」

 本当に?

「クエスタニアにも知り合いが居てね。ここを通過することは連絡済みなんだ」

 要は、スパイを仕込み済みってわけか。

「あの兄弟は?」

「二人は孤児になってしまったからね。近隣の都市で、ガラハドが彼らの後見人となる書類を発行して貰ったんだ」

 孤児。

 二人の親は……。

 

 ※

 

 ゆるやかな山道を馬で進んでいくと、遥か上空を赤いドラゴンが飛んでるのが見えた。

 あれは……。

「ルーベル?」

 アレクも空を見上げる。

「赤竜ルーベルだね」

 竜の山に棲む最も古いクレアドラゴンだ。

 ここはドラゴンが縄張りとするドラゴンの為の山。

「なんで、竜殺しなんて請け負ったんだ」

「人間を襲うブラッドドラゴンを放っておくわけにはいかないだろう」

「ドラゴン退治なんて、誰かに任せれば良いのに」

「別の争いが起こるよ」

「別の?」

「カーバンクルを求めた貴族や騎士の争い」

 カーバンクルは、竜殺しの証。

 ドラゴンが持つ特別な宝石だ。

 ケウスがブラッドドラゴンになったことを公表すれば、竜殺しという偉業に誰が挑むかで揉めるんだろう。そうじゃなくても、命知らずな人間や貴重な素材を求めた人間が次から次へと群がりそうだ。

「面倒だな」

「そういう面倒も仕事の内だよ」

「大変だな」

「エルが……」

 アレクが言葉を切る。

 あれ?

 振り返って、アレクを見る。

「俺が、何?」

「卒業後の進路は決めたかい」

「決めたよ」

「魔法部隊に入るんだね」

「なんでわかったんだ?」

「エルは姉上が好きだから」

 なんでわかったんだ。

「否定しないのかい」

「アレクには嘘も隠し事もしないよ」

「エルは可愛いね」

「からかうな」

「困ったことがあったら、いつでも会いに来てくれて良いからね」

 いつでも、なんて。

「桜の庭の上を書斎にしようと思ってるんだ。好きな時に花を見においで」

 桜の庭……。

 あそこは、城門から入ってすぐの場所だ。

「わかったよ」

 フラーダリーと同じ。

 アレクも、どこまでも俺を甘やかす。

 二歳しか違わないのに。

 ……まだ誕生日が来てないから、今は三歳か。

 どれだけ年を重ねようと、年齢がひっくり返ることはない。

「眠いかい」

「少し」

「毎晩、何をしてるんだい?」

「卒業制作だよ。出来たらアレクにもプレゼントする」

「それは楽しみだね」

 夜しか作業が出来ないせいで、あまり捗らないけれど。旅の間に試作品を完成させておきたい。

「レクス様、エルを預かりましょうか」

 ツァレン。

「問題ないよ。もうすぐ山小屋に着くからね」

「御意」

 出発前に見せて貰った地図を思い起こす。

 確か、今日泊まる予定の山小屋の先に、少し開けた場所があったな。

「広い場所にはケウスが降りてるかもしれない」

「そうだね」

「居たら、戦うのか?」

「日暮れに挑むようなことはしないよ。万全の体制を整えてからだね」

 なら、今夜もゆっくり出来そうだ。

 

 ※

 

 夕食後。アレクはツァレンとシールを連れて出かけてしまった。

 先に寝てて良いって言われたけど、まだ寝る気分じゃなかったから、台所に行く。

『今日は、ここでやるのぉ?』

「あぁ」

 広いテーブルがある方がやりやすい。

 テーブルの上に研究の材料を広げていると、パーシバルが来た。

「うわぁ。また、変なことやるんですか?」

「変なことじゃない。錬金術だって言ってるだろ」

「この前と全然違いますね」

「違うよ」

 この前、パーシバルが見たのは防腐剤の精製だから、全く別物だ。

「コーヒーでも淹れるか?」

「え?いや……。やりますよ」

 パーシバルがコーヒーの準備へ向かう。お湯を沸かし始めたかと思ったら、いきなり、コーヒー豆をフィルターを付けてないドリッパーに入れた。

「ちょっと待て」

「え?」

「豆は挽いてから使うんだよ」

 コーヒー豆を測って、ミルに入れる。

「あー、やりますよ」

「やり方、知らないんだろ?」

「ええと……」

「覚えろ」

「……はい」

 豆を挽いて、布フィルターをセットしたドリッパーに入れる。

 それから、沸かしたお湯を軽く注ぐ。

「こうやって、少し蒸らすんだ」

 状態の悪い場所で保管されてる豆でも、香りは立つ。

 それから、ゆっくりとお湯を注ぐ。

「エルロックさんって、レクス様とどういう関係なんです?」

「弟だって言ってただろ」

 レクスが。

「騎士じゃないんですよね?」

「違う。レクスとは血も繋がってない」

「そうなんですか?……複雑っすね」

「す?」

「あ。口調、気をつけてんのに」

「なんで気をつけるんだ。口癖なら、口癖で良いじゃないか」

「でも、ラングリオンの騎士様には敬語を使わなくてはいけません」

「俺は使ってないぞ」

「エルロックさんは、一番偉いレクス様の弟様だからでしょ?」

「俺は騎士でも貴族でもないから敬語なんて必要ないんだよ。良いから、普段通りの話し方で喋ろ」

「……そうっすか」

 ようやく理解したらしい。

「お前、どこまでレクスに付いて行くつもりなんだ?」

「どこまでって……」

「ラングリオンに知り合いが居るのか?」

「居るわけないっすよ」

「なのに、ラングリオンに行くのか?」

 俺たちはクエスタニアを出国し、ラングリオンを目指す。

 でも、二人の目的はケウス討伐であって、その先のことを決めてるようには見えない。

「俺は、レクス様に付いて行くだけです」

「レクスの騎士になりたいってことか?」

「えっ?騎士っ?いや、俺みたいなのが騎士になれるわけないっす。剣の技術もまだまだだし……」

「馬には乗れるんだろ?」

「そりゃあ……。兄貴ほどじゃないけど」

「なら、騎士になれるだろ」

「なれませんって」

「なりたくないのか」

「なりた……、なりたくないとは言ってないっすよ」

「どっちだよ」

「だから……。兄貴だけでも、レクス様が拾ってくれたらありがたいっす。俺たちはもう、クエスタニアには帰らないつもりなんで」

「故郷を捨てるのか」

「故郷は、もう……」

 パーシバルが俯く。

―この子たちの親がドラゴンに食われたんだ。

 クエスタニアに未練はないってことか?

 出来上がったコーヒーをカップに注ぎ、広げた道具を少し片付けた場所に置く。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 一緒に席に着いて、コーヒーを飲む。

「何があったのか、詳しく教えてくれないか?」

 ケウスが何をしたのか。

 アレクは、あまり教えてくれなかった。

 余程、酷い状況だったんだろう。

「俺も……。何があったか、わかんないっす。突然、ドラゴンが襲って来て。しかも、最初の時は村に騎士が居たのに何もしてくれなくて。村はボロボロにされて……。なんとか凌ぎきったと思ったら、また、来て……。二度目の時は騎士も居ないし、逃げ込めるような場所もなくて……」

 ……想像以上に酷い。

 一度目の襲撃で村は壊滅状態になったんだ。それでも、生き残った村人で再建を目指していたところへ、間を置かずに二度目の襲撃があったんだろう。

「もう駄目だって思った時に、レクス様たちが来て、助けてくれたんです」

 随分、タイミングが良いな。

「それで、ケウスを追い払ったって?」

「はい。すごくカッコ良かったし、強かったっすよ!突然、現れて、ケウスに攻撃したと思ったら、あっという間にケウスを追い払って、しかも、仇討ちまで約束してくれたっす」

 ドラゴンが地上に降りることなど滅多にない。降りたとすれば、かなり目立っただろう。

 アレクはケウスの不穏な動きを目撃し、現地へ調査に向かった所でケウスの襲撃を発見し、村を救出したってところか。

 でも、何度も同じ場所を襲うなんて……?

「襲撃の予兆はあったのか?」

「よちょう?」

「普段と違うこと。一回目は、村に騎士が居たんだろ?」

「騎士は、いつも巡礼にいらっしゃる神官様に付き添ってただけっすよ」

「いつも?」

「はい。神官様の護衛をしてるんっす」

「村の客はそれだけ?」

「そうっすね」

 居たのは、普段から来てる客人だったらしい。

 単に偶然居合わせただけか?

「騎士が居たのに、なんで助けてくれなかったんだ?」

「俺らも、助けてくれると思って頼みに行ったんすよ。でも、神官様を守るのが仕事だって……。神官様を連れて隣街に逃げたっす。しかも、味方を連れて来てくれるのかと思ったら、助けは何もなくって……」

 あり得ない。

「そんな奴は騎士じゃない。……敵に臆することなく同胞の盾となる。相手がドラゴンだろうとなんだろうと、ラングリオンの騎士なら市民を置いて逃げたりなんかしない」

 パーシバルが頷く。

「それ、レクス様にも言われました。レクス様たちは、ラングリオンの方なのに。本当に、俺らの為に戦ってくれたって……。おかげで、俺も死なずにすんだっす」

 でも、パーシバルの両親は……。

「その後は?」

「レクス様たちに守って貰いながら、皆で近くの街に逃げたっす」

「受け入れて貰えたのか」

「教会は必ず助けてくれるんで」

 騎士は村を助けなくても、教会は人の保護をしてくれるらしい。

「三度目の襲撃はなかったのか?」

「ないっすよ。あそこには、襲うようなものなんて何一つ残ってない。家も、人も、教会も、家畜も、何も……」

 完全に焼き払われて、破壊し尽くされたのか。

「村の皆は、街で暮らすって……。でも、俺たちはレクス様と一緒にケウス討伐に行きたいってお願いしたっす。それで、ガラハド様に後見人をお願いして、付いて行くことになったんっすよ」

 両親も故郷も奪われた。

 ケウスは、この兄弟の仇だ。

「わかった。俺も協力するよ、ドラゴン退治」

「えっ?駄目っすよ」

「なんで」

「レクス様の大切な方を危険な目に合わせるなんて」

 何が大切だ。

「ただの弟だって言ってるだろ」

「弟だろうと何だろうと同じっすよ。レクス様の愛しい方じゃないっすか」

「は?」

「だって、レクス様が騎士として守りたい人だって……。だから、俺、ルプカナで待ち合せてたのはレクス様の恋人なのかと思ってたんっすよ」

 そういえば、パーシバルは俺が女じゃなくて驚いてたっけ。

 ……アレクの奴。

 どういう説明してるんだ。

「あいつの言うこと、まともに聞くなよ」

「え?」

「適当なことばっかり言ってるんだから。騙されてるんだぞ」

「騙されてる?」

「レクスなんて騎士、聞いたことないだろ?」

「え?……ラングリオンの人なんて知るわけないっすよ」

 それもそうか。

「レクス様って、あんなに強いのに騎士じゃないんっすか?」

「上級騎士だよ」

「なら、やっぱりすごい人じゃないっすか。もしかして、アレン様とシール様、ガラハド様も?」

「アレンとシールは、レクスの近衛騎士だ」

「近衛?……騎士を守る騎士?」

「騎士は貴族階級でもあるからな」

「やっぱり、レクス様は貴族なんっすね。高貴な風格が漂ってるっす」

 貴族っていうか……。

 駄目だな。喋り過ぎた。

「ガラハド様も強いっすよねぇ。しかも、最強の傭兵と同じ名前なんて。かっこ良過ぎっす」

 ガラハドはどこでも有名だな。

 でも、同一人物とは思ってないらしい。

「あれ?ガラハド様は、近衛騎士じゃないんっすか?」

「近衛じゃない。騎士だとは思うけど……」

 肩書きは王都守備隊三番隊隊長だ。でも、守備隊の隊長になるには、騎士の叙勲が必要だったはず……?

「ガラハドは名誉騎士だよ」

「レクス様っ?」

 アレクが台所に入ってきた。

「おかえり。誰が叙勲したんだ?」

「ただいま。ガラハドは剣術大会の優勝者だからね。国王陛下から名誉騎士の叙勲を賜ったんだよ」

 陛下が叙勲したなら、誰も文句は言えないな。

「エル。そろそろ寝よう」

「ん」

 お喋りのせいで何も出来なかった。

 片づけよう。

「あ、カップは洗います」

「出来るのか?」

「皿洗いぐらい出来るっすよ」

 パーシバルがカップを洗いに行く。

 これは出来るらしい。

「何か手伝うかい」

「平気」

 何の作業もしてないから、仕舞うだけ。

 洗い物を終えたパーシバルがこちらを見る。

「レクス様、エルロックさん。おやすみなさい」

「おやすみ、パーシバル」

「おやすみ」

 パーシバルが台所から出て行った。

「仲良くなったんだね」

 ……仲良くなったのか?

 怖がられてないのは確かだけど。

「どうするつもりなんだ?」

 ローグバルとパーシバルを。

「ケウス討伐後も付いて来ることを望むなら、王都まで連れて行くよ。ガラハドが面倒を見るだろう」

 市民証を発行した後、ガラハドに丸投げするつもりか。

 その為に、後見人をガラハドにしてあるのかもしれない。

「で?どこ行ってたんだ?」

 ツァレンとシールを連れて。

「ちょっと餌をやりにね」

「餌?」

 

 

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