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旧作2-1  作者: 智枝 理子
Ⅶ.騎士と竜
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01 王国暦六〇三年 ベリエ 十九日

 もうほとんど花が散った木を見上げる。

 アレクもフラーダリーも居ないから、結局、満開の時には来なかった。

 あたたかい春の陽気と花の香りだけが残っている。

 あぁ。

 つまらない。

『ツァレンが来た』

 え?

 振り返ると、本当にツァレンが居た。

「なんで?アレクと一緒に行ったんじゃ……」

「俺は留守番」

「嘘だろ?」

『アレクの近衛騎士がぁ、どぉして残ってるのよぅ』

 皇太子となったアレクは今、大陸中の国々を巡り歩いている。

 なのに、近衛騎士のツァレンを同伴しないなんて。

「南部は行って来たんだぜ。でも、ガラハドと交代したんだ」

「なんでガラハドが行ってツァレンが行かないんだよ」

「ガラハドは、北部で顔が利くからな」

 ガラハドは元傭兵の王都守備隊三番隊の隊長だ。

 あちこちで名の知られた傭兵だから、各国の要人とも会ったことがあるのかもしれないけど。アレクの直接の部下じゃない。

 ただ、アレクが勧誘して連れて来たから、アレクの命令があれば従うのかもしれない。

「俺は王都の情報収集の為に残ってるんだよ。何かあったら主君に報告しなきゃいけないからな」

「そんなの近衛騎士の仕事じゃない。近衛騎士の仕事は主君を守ることだろ」

 こんなところに居て良いはずがない。

「何かやったのか?」

 アレクが怒るようなことを。

「なんだよ。俺が主君に捨てられたって言いたいのか?」

「違うのか?」

「そんなわけないだろ。だいたい、少しは喜んだらどうなんだ」

「喜ぶ?なんで?」

「主君もフラーダリーも忙しくて寂しいんだろ?代わりに、俺が遊んでやるよ」

「別に、寂しくなんかない」

「ってことは、また去年の夏みたいにふらふら遊び歩いてるってわけか」

 去年の夏は……。

 家出をして。フラーダリーに心配をかけてしまった。

「そういや、エルが帰らないって、フラーダリーが嘆いてたな」

「え?」

「あんまり親を泣かせるんじゃないぜ」

 嘘だ。

 しばらく魔法部隊の宿舎に寝泊まりするから、家には帰らないって言ってたのに。

 ツァレンがにやりと笑う。

「嘘だよ。ずっと魔法部隊の宿舎で働き詰めだ」

 ……嘘かよ。

 からかいやがって。

「エルは単純だな」

「うるさいな」

「でも、間に合ったみたいで良かったぜ」

「何が」

「俺はお前を引き留めに来ただけだからな」

「なんで」

「すぐに居なくなったら困るからさ」

「だから、なん……」

「エル」

 え?

 絶対に聞き間違えない声に、後ろから包まれた。

「ありがとう、ツァレン。エルを引き留めておいてくれて」

 フラーダリー。

 だめだ。

 急すぎる。

「本当に。桜が満開の時に来なくてどうするんだよ」

 だって。

―じゃあ、毎年皆で見に来ようね。

 今年は、一緒に見る人が居なかったから……。

「またな。エル、フラーダリー」

「うん。またね」

「……ん」

 手を振って、ツァレンが去って行く。

 まだ、心臓が落ち着かない。

 平静を保てない。

「エル。久しぶり。元気にしていたかい」

 会いに来たわけじゃなかったから、何の心の準備もしてない。

 落ち着け。

 呼吸を整えて。

 もう少し、落ち着いて。

 大丈夫。

 振り返る。

「久しぶり」

 上手く笑えてると良いけど。

「久しぶり。会いたかったよ」

 フラーダリー。

 会いたかった。

 会いたくてたまらなかった。

「仕事中だろ?こんなところに居て良いのか?」

「一月以上会ってない子供が会いに来てくれたんだ。これぐらい許されるだろう」

 子供。

 いつまで経っても変わらない。

「会いに来たわけじゃない。桜、今年は見忘れていたから。ここなら咲いてると思って」

 ここの桜は王都で一番、遅咲きだから。

「珍しいね。じゃあ、グラム湖にも行ってないの?」

 マリーたちに誘われたけど。

「気分が乗らなかったから、行かなかったんだ」

「風邪でも引いていた?」

「見ての通り、元気だよ。心配されるようなことはない」

「アレクが居なくてつまらないのかな」

「別に」

 フラーダリーだって、ずっと忙しい。

「来年は皆で見ようね」

 フラーダリーが俺の頭を撫でる。

 いつまでも子供扱い。

「来年は卒業してる」

「そうだね。卒業したら一緒に暮らせるね」

 養成所を出たら寮生活も終わって、あの家でフラーダリーと暮らすことになる。

「ちゃんと家に帰って来る?」

「もちろん」

「本当に?」

「信用されてないね。エルが居るなら毎日、家に帰るよ。年末はちゃんと暦通りの休暇を取る予定だし、家族で一緒に過ごそう」

 フラーダリーが俺の頬にキスをする。

 ……頬が熱い。

「卒業が楽しみだね」

 フラーダリーにとって、俺は、いつまで子供なんだろう。

 卒業すれば、すぐに成人の年齢になるのに。

「フラーダリー」

「何だい」

「キスして良い?」

「いいよ」

 目を閉じて頬を向けたフラーダリーを見つめる。

 普通の親子でも、こういうことってするのかな。

 ……するんだろうな。

 フラーダリーもきっと、家族と普通にしていたんだ。

 でも。

 俺がしたいのは、そういうのじゃない。

 好きだって気付いてから、どれぐらい経ったかわからない。

 好きだって気付いてから、どれだけ我慢してきたかわからない。

 俺にとって、フラーダリーは親なんかじゃない。

 このままでは居られない。

 フラーダリーの首に腕を回す。

 そして……。

 腕を解いて一歩後退ると、目を開いたフラーダリーが俺の額にキスをした。

「そろそろ戻らないと。エル、来てくれてありがとう。嬉しかった」

「ん。……いってらっしゃい」

 出来なかった。

 何も。

 

 


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