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旧作2-1  作者: 智枝 理子
幕間
45/53

Maître de Eirlion

 王国暦六〇三年、ヴェルソの三日。

「アレクシス。前へ」

「はい」

 多くの市民が見守る中、見晴らしの良い王城のバルコニーで国王と王子による儀式が始まる。

 ラングリオンの聖剣の儀式だ。

 本日、成人を迎えたラングリオン第二王子・アレクシスが、聖剣エイルリオンを掲げた国王の前に跪く。

「アレクシス。礼節を重んじ、正義と寛大な心によって行動せよ。裏切りと欺きを恥とし、自由、平等、博愛の精神の元、同胞を守る盾となり、敵に臆することなく、気高く勇ましくあれ。神から賜りし剣に相応しく在ることを誓うか」

「はい。誓います」

「立て」

 現在の聖剣の持ち主である国王が、立ち上がった王子に聖剣エイルリオンを渡す。

 王族しか触れることの出来ない特別な剣を受け取ると、アレクシスは皆が見えるバルコニーの正面に立ち、聖剣を天に向けて掲げた。

 以前行われた第一王子・フェリックスによる儀式は、ここで終了している。

 しかし、アレクシスの儀式は終わらない。彼が持つエイルリオンの持ち手から、光る緑の蔦が生え始めたのだ。

 その光景を目にした人々から歓喜の声が上がる。

 蔦は聖剣に絡み付きながら伸びると、天に向けられた剣先で清らかに輝く美しい花を咲かせた。

 聖剣が新たな主として、アレクシスを選んだ証拠だ。

「皇太子殿下の誕生だ!」

「アレクシス皇太子殿下!」

「聖剣の新たな主!」

「我らの皇太子!」

 皇太子の誕生を祝う歓声と拍手が鳴り響く。

 

 その片隅。

 城の脇にある塔の上から、彼の義姉もまた、彼に拍手を送った。

「おめでとう。アレク」

「あれで、皇太子に決まったのか?」

「そうだよ。王家に伝わる聖剣エイルリオンがアレクを主として認めたんだ。アレクが、次の国王に決まったんだよ」

 まだ鳴りやまない喝采を見渡した後、エルロックは踵を返す。

「会いに行ってくるのかい?」

「直接、おめでとうって言ってくる」

「そうだね。私からも、おめでとうを伝えてくれるかい」

「ん。わかった。伝えたら、すぐに戻るよ」

「しばらく会えなくなるかもしれないから、ゆっくり会っておいで」

「会えなくなるって?」

「ラングリオンは大陸を主導する立場にある国なんだ。その皇太子となったアレクは、各地の視察と顔見せの為に大陸諸国を巡る旅に出るんだよ」

「旅に……」

 

 ※

 

 儀式の為に城の警備は厳重になってるって聞いてたけど。城に入ってアレクの部屋に行くまで、誰にも止められることはなかった。

『誰もエルを止めないのねぇ』

『特に監視を受けている様子もないな』

 全然、警備が厳重になってるように見えない。

「よぉ、エル。主君に会いに来たのか?」

 頷く。

「ツァレンは、ずっとここに居たのか?」

「まさか。主君の儀式は、すぐ側で見てたぜ。見逃すなんて考えられないからな」

 儀式で花が咲くのは、聖剣の持ち主が変わる時だけ。

 自分の主君の儀式なら、見逃したくないだろう。

「入って良い?」

「良いぜ」

 本当に?

 アレクの部屋の前を守っている近衛騎士のツァレンまで止めないなんて。

「もう少し、ちゃんと仕事した方が良いんじゃないのか?」

「何言ってるんだ。仕事をしてるから、許可のあるエルを通してるんじゃないか」

「俺が危ない奴だったらどうするんだよ」

「それでも、主君の許可があれば良いんだよ」

「王子の騎士の癖に」

「それは違うな」

「違う?」

「俺の主君は皇太子殿下だからな」

 つまり……。

「皇太子近衛騎士になるのか」

「そういうことだ」

「おめでとう」

 ツァレンが笑う。

「ありがとう。主君も直ぐにお戻りになるはずだ。部屋で待ってな」

「ん」

 

 アレクには近衛騎士が四人居る。

 グリフとロニー、ツァレンとレンシールの四人だ。

 王族の近衛騎士としては人数が少な過ぎるらしいけど。そもそも、アレクは近衛騎士の誰よりも強いから、そんなに必要ないんだろう。

 

『アレクたちが来た』

 扉が開いて、グリフとロニーと一緒にアレクが戻って来た。

「おめでとう。アレク」

「ありがとう。エル」

 アレクが微笑む。

「来てくれて嬉しいよ」

「ツァレンが通してくれたから。……良いのか?一般人を通すなんて」

「エルなら、いつ来ても歓迎するよ」

「皇太子になったのに?」

「何か変わったように見えるかい?」

 アレクを見る。

「いつも通り」

「だろう」

 皇太子になったとしても、アレクはアレクだ。

「グリフ、ロニー。おめでとう」

「ん?おめでとう?」

「私たちにまでお祝いを言うの?」

「だって、皇太子近衛騎士になったんだろ?」

 二人が笑う。

「そういや、そうなるな」

「肩書きなんてどうでも良いよ。何があっても私がアレクの騎士であることに変わりはないからね」

「二人とも、アレクの近衛騎士なんだな」

「当然だろ」

「当然だよ」

 二人共、いつもアレクと一緒に居たから、関係が変わったように見えない。

「騎士に興味があるなら、いつでも私の従騎士にしてあげるからね」

「冗談じゃない」

「可愛がってあげるのに」

「騎士になんか絶対にならないからな」

「アレクシス様、そろそろお召し替えを」

 アレクのメイドが呼びに来た。

「わかった。グリフとロニーは外で待っていてくれるかい」

「御意」

「御意」

 二人が部屋の外に出る。

「エルは、姉上と一緒だったのかな」

「あぁ。フラーダリーと一緒に魔法部隊の塔から見てたんだ」

 国に正式な部隊として認められた魔法部隊は、今、城の入口にある塔を宿舎として使っている。

 つまり、王城正面のバルコニーを眺める上での特等席。

 だから、儀式の様子は良く見えた。

「フラーダリーも、おめでとうって言ってたよ」

「じゃあ、ありがとうと伝えておいてくれるかい」

「ん。伝えておく」

 こんなに近い場所で働いているのに、アレクとフラーダリーが城内で直接会うことはないらしい。

「これから旅に出るんだろ?」

「聞いたのかい」

「フラーダリーが言ってた。皇太子は、顔見せの為に大陸中を巡るんだって」

「そうだね。まだ詳しい日程は決めていないけど、公爵に挨拶へ行った後、大陸南部へ行く予定なんだ」

「もしかして、その為に南部の勉強をしてたのか?」

 皇太子に選ばれた時に備えて。

「南部に関することは、養成所ではあまり学べないからね。移動の間、外交官からも学ばせて貰うつもりだよ」

 養成所には、異国の文化等を扱う専門家はあまり居ない。養成所を出てから学ばなければならないことの一つなんだろう。

「面白い話があったら、帰った時に聞かせて」

「もちろん」

「いつ頃帰る?」

「コンセルの終わりぐらいかな。南部を回った後は、北部の国々を訪問しなければならないから」

 大陸中を回るとなれば、半年はかかる計算になるのか。

「途中で帰ることはないのか?」

「北部を回る前に少し寄るかもしれないね。でも、西南諸国にも足を伸ばしたいから、ゆっくりしてる暇はないかな」

「西南諸国なんて、大丈夫なのか?」

「情勢が悪ければ寄らずに帰るよ」

 西南諸国は、西の大国・グラシアルの南にあるヴェストリ荒野に点在する国々だ。ラングリオンと同盟を結ぶ国もいくつかあるけど、国が乱立してるだけあって、諍いが絶えない地域でもある。

「それよりも、南の方が気がかりだからね」

「南って……。セルメア?」

「そう」

 セルメアとラングリオンは国境ラインが複雑で、定期的に揉めている。度重なる軍事衝突の末、現在の国境ラインの維持を前提とした停戦協定が成立しているものの、国境ラインには常に軍が常駐していて、いつ、再燃してもおかしくないほどの緊張状態が続いている。

「大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。セルメアではルマーニュ公爵軍が常に付き添う予定だから。その後は港へ行って国軍の迎えを受け、海路で南部を目指す予定なんだ」

 ルマーニュ公爵は、ジュワユーズ地方の公爵だ。

「その後の公爵軍の予定は?」

「まだ私が使う港の選定も始まっていないけれど……。早々にラングリオン領へ赴き、橋を渡ってデュランダル領からジュワユーズ地方に帰還することになるだろうね」

 揉め事を起こさない為に、さっさとラングリオン領に戻るらしい。

 と言っても、あの辺の国境ラインは本当に複雑だから何が起こるかわからない。

 危ないことに巻き込まれなきゃ良いけど……。

『エル。渡さないのか?』

 ……渡すよ。

 持ってきた箱をアレクに渡す。

「誕生日プレゼント」

「ありがとう」

 今日は、アレクの誕生日だから。

 箱の中のブレスレットをアレクが手に取る。

「変わった石だね。これは、ターコイズ?」

「ターコイズと、銅と貝殻を合わせて作った石だって」

 オルロワール家に遊びに行った時に、異国の商人が売っていた品だ。

「ブレスレットにしてくれたんだね」

「俺が作ったって解るのか?」

「もちろん。エルは器用だからね。それに、錬金術の素材で作るブレスレットは珍しいから」

 アレクがブレスレットを腕に嵌める。

 錬金術で作った素材は、魔力に反応して伸縮するように出来ている。だから、少しぐらい大きく作っても、腕に嵌めれば、ぴったりと肌にくっ付くように出来ているのだ。

 その特徴から、細かいサイズの調整が必要な指輪に使われることが多い素材だっていうのは知ってるけど。

「知ってるかい。ターコイズは旅のお守りに使われる石なんだよ」

 知らなかった。

「じゃあ、旅に持って行ってくれる?」

「もちろん。旅の間、身に着けているからね」

 アレクが微笑む。

 良かった。気に入ってくれたらしい。

「エル。帰ったら、またチェスをやろうね」

「ん……」

「バイオリンも楽しみにしてるよ」

 頷く。

 次は、いつ会えるかわからない。

 アレクが俺の顔を覗き込む。

「元気がないね。お土産は何が良い?」

「お土産?」

「何か買ってくるよ」

「欲しい物なんてない」

「珍しい本かな」

 あ。それはちょっと欲しいかも。

「エルの興味が湧くようなものを探してくるよ。だから、楽しみに待っていて」

 待ってる。

 アレクの手を引く。

「無事に帰ってきて」

 アレクが微笑む。

「心配しなくても、私は居なくなったりしないよ」

 頷く。

 大丈夫。

 心配なんか要らない。

 アレクだから。

 アレクが俺の額にキスをする。

「半年なんて、すぐだよ」

 だと、良いけど。

「気をつけて。……いってらっしゃい」

「いってきます」

 どうか、アレクを守って。

 

 


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