06 Sonate pour violon et piano
シャルロの指揮で、炎の精霊と戦いの詩の演奏が始まる。
錬金術コースの皆がメインを担当しつつ、魔法コースの皆が他の楽器やパーカッションでより盛り上げてくれる構成だ。ソロの響きも輝いてる。
ユリアの左手はピアノを弾けるぐらい治療が進んでいるものの、まだ無理をさせてはいけない状態だから、ルシアンが隣で一緒に演奏している。
安定した良い演奏だ。
次は、水の精霊と翼の詩。
マリーのピアノは、なんていうか……。
可愛い。
どこか子供っぽさが残る感じ。
アルベールとレオナールの気持ちが少しわかるかも。
最後は、闇の精霊と快楽の詩。
魔法コースの皆がメインとなって仕上げた曲だ。こっちも、当初より迫力の出る構成になっていて、楽器ごとの特徴がはっきりわかる曲に仕上がっただろう。
錬金術コースの皆も好きな曲だったらしく、炎の精霊よりも良い仕上がりだ。
マリーの指揮も良かった。
案外、向いてるのかもしれない。
演奏は成功。
組曲をすべてやる予定だった最初と比べたら、かなり縮小してしまったけど。
当初の目的は達成出来たはずだ。
きっと、新入生が自分の楽器を選ぶ上での参考になっただろう。
※
歓迎会の演奏が終わって、解散。
……楽しかったな。
中等部に入ってから、皆と集まれる機会が減っていたから。放課後や休日に集まって皆で一つのものを作り上げる作業は、すごく楽しかった。
その分、先生と一緒に練習する時間が減ったのが残念だったけど。
『まだ練習するのぉ?』
「あぁ」
ピアノ練習室で、バイオリンを出して楽譜を見る。
次は音楽祭に向けた練習をやらないといけない。
先生が出してくれた課題にも取り組まないと。
先生は今頃、ティルフィグンで公演をやってるはずだ。
……あの、公演。
今でも、先生の演奏は鮮明に思い出せる。
広い音楽堂でオーケストラをバックに奏でる音楽は、いつも以上に迫力と広がりがあって、くらくらするほど素晴らしくて。言葉に出来ないほど熱中した。
アンコールでやってくれたツィガーヌも、工房で聴いたものと全く別物に感じるほど美しかった。
あんな演奏を出来るようになりたい。
それには、どれだけの練習と研究が必要なんだろう……。
公演の後、フラーダリーに先生を紹介した。
師弟になったって。
―エルが音楽を愛してくれて嬉しいよ。
俺も。
こんなに好きになるなんて思わなかった。
先生が帰るのは夏の初め。立夏の長雨が終わる頃だって言ってた。
……少し、寂しい。
練習していると、ピアノ練習室の扉が開いた。
「それ、ツィガーヌだねぇ」
「ユリア」
皆でカフェに行ったはずなのに。もう解散したのか?
「エルはぁ、ヴュータン・ソーレの弟子になったんだよねぇ?」
「あぁ」
先生から聞いたのかな。
「今、ツィガーヌを教わってるんだ。次の音楽祭でやりたくて」
一通り弾けるようになったから、もっと技術を磨いて、表現力を高めるように言われてる。
「もしかしてぇ、音楽祭が終わったら、卒業しちゃうのぉ?」
「なんで?」
「だってぇ……。弟子になったからぁ……」
「俺は、プロのバイオリニストにはならないよ」
「プロの弟子になったのにぃ?」
「先生にも学生は辞めないって言ってる。先生が王都に居る間だけ習う約束なんだ」
「ふふふ。変なのぉ」
変なんだろうな。
弟子なら、今頃、一緒に付いて行ってるはずだから。
……先生。
「付いて行かなくて、本当ぉに良かったのぉ?」
―こちらの道に進む気はないのかな。
先生が出発前に言った言葉。
これに、少しだけ惹かれたのは事実だ。
「行かないよ。養成所で学びたいことがたくさんあるから」
「エルは、勉強が好きだもんねぇ」
錬金術は、精霊の力に頼ることなく奇跡を起こす方法だ。ユールが知ってる古い時代の錬金術も試したいし、やってみたい実験もたくさんある。もちろん、他の勉強もたくさんしたい。
―学びは人の力になる。
―あらゆる経験を積むことが、君の人生に彩りを与えるだろう。
―成長した君の音を楽しみにしているよ。
一つの季節が巡ったぐらいじゃ、成長なんかしないと思うけど。
次に会う時までに、もっと勉強しないと。
「手の調子はどうだ?」
「うん。かなり良いよぉ」
ユリアが手を見せる。
良かった。後遺症もなく、順調に良くなってるみたいだ。
「ユリア。俺と一緒に音楽祭に出てくれないか?」
本当は、もう少し仕上がってから頼むつもりだったけど。
今、頼もう。
「どぉして、私に頼むのぉ?」
「ずっと、ユリアとやって来たから。ユリアの伴奏が一番、弾きやすい」
音楽祭は納得する仕上がりにしたい。
それには、ユリアのピアノが必要だ。
「マリーとも、ずっと練習してたでしょぉ?」
「マリーはピアノよりフルートが得意だろ?それに、マリーのピアノは、なんか子供っぽくて合わない」
ユリアが笑い出す。
「ちょっと、わかるかもぉ。マリーのピアノって、可愛いよねぇ」
ユリアもそう思ってたらしい。
「それに……」
「それに?」
「バイオリンを辞めなかったのは、ユリアのおかげだから」
「えぇ?私のぉ?」
「だって、俺がバイオリンが好きだってことを教えてくれたのは、ユリアだろ?」
ユリアが気づかせてくれなかったら、こんなにバイオリンに執着することはなかった。
セリーヌに言われた通り、フラーダリーのバイオリンが壊れた時点で諦めて辞めていたかもしれない。
でも、諦めなかった。
好きだから。
手放したくない。
「そっかぁ。じゃあ、責任、取らなきゃねぇ」
「責任?」
「好きに気付かせちゃったぁ、責任」
ユリアが俺を見上げる。
責任なんて。
だって、これは、元々あった俺の気持ちだ。
「でもなぁ。私も、音楽祭は別の曲で出る予定なんだよねぇ」
ユリアは、毎年、一人で演奏してるんだっけ。
でも、複数の発表に参加しても良いはずだ。
「一緒に演奏しよう」
他の人なんて考えられない。
「んー。……私のお願い聞いてくれるならぁ、引き受けても良いかなぁ?」
「お願いって?」
代償が必要らしい。
「甘いもの食べて貰うとかぁ?」
「は?」
なんだそれ。
そういえば、前にも似たようなことを言われた気がする。
「ふふふ。今ねぇ、キャラメルを作るのにはまってるんだぁ。だから、毎日、食べて貰おっかなぁ」
ユリアが楽しそうに笑ってる。
何が楽しいのか全然わからない。
でも。
「食べるよ」
「本当ぉ?」
「俺好みのも作ってくれるんだろ?」
あのサブレみたいに。
毎日。
「だから、付き合って」
砂糖の塊みたいなキャラメルが、どう変わるのか想像つかないけど。
「うんっ。良いよぉ」
ようやく返事がもらえた。
「手が治ったら、いっぱい作るからぁ……。いっぱい演奏しようねぇ」
「あぁ」
楽しみだ。
バイオリンを構えて、もう一度、音を奏でる。
「ねぇ、エル」
「ん?」
「好きだよ」
好き。
「俺も好きだよ」
ユリアが微笑む。
可愛い。
Ça veut dire quoi ?:どういう意味?
En pincer pour:ピンチ。恋に落ちる。
Brisé et tombé:壊れて落ちた。
Il ne pleut jamais mais il pleut à verse:(英語)It never rains but it pours:降れば土砂降り。泣きっ面に蜂。
Lampe avec flamme:炎の入ったランプ。情熱のランプ。
Maître et disciple:師弟。
Reste près de moi:(英語)Stand by me:そばに居て。
Après la pluie, le beau temps:止まない雨はない。
Sonate pour violon et piano:バイオリンソナタ。バイオリンとピアノの為のソナタ。




