05 Après la pluie, le beau temps
「皆……。ごめんなさい」
ユリアが、また泣いてる。
魔法学の授業で、左手を怪我してしまったらしい。
しかも、ただの怪我じゃない。
骨折。
ピアニストにとって生死に関わる怪我だ。
「それ、魔法で治らないのか?」
「駄目よ。ピアニストの手は繊細なの。治療も専門家による細かい観察が必要なのよ」
「その専門家が、ユリアの演奏を禁じたの。無理をすれば一生、ピアノを弾けなくなるかもしれない。だから、ユリアがピアノを演奏することは出来ないわ」
新入生歓迎会まで、後、ひと月を切ってる。
「誰か、ユリアの代わりに入れないのか?」
「ユリアのパートは難しいのよ。一か月弱で覚えるなんて無理」
「他のパートが空くことになる」
「今から編成を変える?」
「そんな時間はないだろ」
「ごめん……。私のせいでぇ……。みんな、頑張ってくれてたのに……」
「ユリアのせいじゃないわ」
「そうよ。無理をしないで」
「怪我は……。仕方ないからな」
ユリアのパートは組曲全体の中心。
あの音がなくなるなんて考えられない。
あれがないなら曲が成立しない。
それに、皆が言う通り、誰もユリアの代理にはなれない。
あ。でも、右手だけなら使えるのか?
左手を誰かがやれば行ける?
……いや。それでも、すべての曲をユリアが教える時間なんてない。
だとしたら……。
「マリー、シャルロ。ちょっと来て」
「何か良い案があるの?」
二人が俺の方に来る。
「二人から見て、最も完成度が高い曲を教えて」
「錬金術コースは炎の精霊だ。あれは知ってる奴も多いから、完成度も高い」
「魔法コースは闇の精霊よ。組曲の中で一番有名な曲だから、聞きごたえもあるもの」
「なら、演奏するのはその二つにしよう」
「曲を絞るのか」
「駄目よ。これは組曲なの。似たテンポの曲を続けたらつまらない印象になるわ。緩急をつけるなら、どちらかを緩やかな曲にした方が……」
「だったら、マリーと俺で水の精霊をやろう」
「えっ?」
「間に印象の違う曲を挟めば良いんだろ?最初にユリアから貰ったバイオリン譜は練習してるから出来る」
「やらないって言ったのに、練習してたの?」
「あぁ」
だって。あれは、先生が書いた譜面だったから。
「ユリアからピアノ譜を貰って練習してくれ。間に合うか?」
「えぇ。間に合わせるわ」
「ユリア!」
手招きすると、セリーヌに連れられて、まだ泣いているユリアが来る。
「エル……」
「歓迎会は、炎の精霊、水の精霊、闇の精霊の順で演奏する」
「え……?」
「水は俺とマリーで完成させて、炎と闇は皆で練習して完成させるんだ。ユリアは、右手は使えるか?」
「うん……」
「じゃあ、誰かに左手を覚えさせてくれ。空いたパートは、他の奴がカバー出来るようにするから」
「なら、指揮はシャルロに任せて、私が入りましょうか?」
ユリアが首を振る。
「マリーは指揮を続けてぇ。ピアノはぁ……」
ユリアが遠くを見る。
「ルシアン!」
ユリアに呼ばれたルシアンが来る。
「何だ?」
「あのねぇ。私がやるピアノ、左手だけ一緒にやって欲しいのぉ」
「左手だけ?」
「右手はユリアが出来るから、左手だけ教わってくれ。やるのは、炎と闇だけで良い」
「まさか、ひと月で覚えろって?」
「無理なら一曲だけでも良い」
もう一人、探せば良いだけだ。
「私の左手のパート……。両手で弾けば難易度も落とせるしぃ、ルシアンなら、出来ると思うのぉ。一緒に、やろぉ?」
「わかった。両方、やってやる」
「ありがとぉ、ルシアン」
良かった。
これで曲が成立する。
「ルシアンが今やってるパートは、バイオリンだっけ?」
「あぁ」
「楽譜を貰って良いか?」
「持ってくる」
ルシアンが楽譜を取りに行く。
ルシアンは、魔法コースだから……。
「カミーユ!」
「あぁ?」
カミーユが来る。
「闇の精霊でルシアンがやってるパートを覚えろ」
「は?」
「わからなかったら教える」
「お前なぁ……。ひと月で出来ると思ってるのか?」
「やって」
やるしかない。
「楽譜、持ってきたぜ。カミーユがやるのか?」
「……あぁ。やるよ」
「なら、俺が手こずった場所を教えといてやる」
ルシアンがカミーユに楽譜を見せながら説明してる。
「ユリア。歓迎会は、これで行こう」
最初にやろうとしてたこととは違うかもしれないけど。
形にはなる。
「うん……。ありがとう、エル」
ユリアが涙を拭って、微笑む。
良かった。
笑ってくれた。
「じゃあ、決まったことを皆に伝えましょうか」
残りの時間は少ない。
けど、間に合わせないと。
※
放課後は、教室に残って皆で演奏についての意見交換をしながら練習をする。
今は、期末試験が終わって個人面談をしつつ新学期に向けた準備をする時期だから、皆も時間が取れるらしい。
これなら、集中して進められる。
「闇はもう完璧だから、こっちの楽譜で練習始めて良い?」
「うんっ。お願いねぇ」
「なぁ。打楽器増やさないか?元の楽譜使えるだろ」
「間に合うぅ?」
「いける。俺たちに任せな」
「ありがとぉ。じゃあ、お願いするねぇ」
「ユリア、ピアノの練習はどうする?」
「左手を両手でやる譜面は、まだ出来てないんだぁ。だから、カミーユにバイオリンを教えてくれるぅ?」
「了解」
こういうの、久しぶりだ。
今度はマリーが来た。
「エル。一度、水の精霊の演奏を聞かせてくれる?」
「良いよ」
楽譜を広げて、演奏する。
他にも楽器の演奏をしてる連中が居るから、音がかなり混ざってやかましいけど。仕方ない。
「こんな感じ」
「ありがとう。素敵な演奏ね。……ピアノ練習室で練習してくるわ。後で来てくれる?」
「わかった」
マリーが教室から出ていく。
「エル、すごいねぇ。前より、すっごく上達してない?」
「先生から……。バイオリンの師匠から習ってるんだ」
「えぇ?弟子入りしたのぉ?」
「あぁ」
「そっかぁ……。残念」
「なんで?」
「弟子入りするならぁ、うちのバイオリニストを紹介したかったなぁって」
「俺の先生は、ユリアの家の専属だよ」
「えー?エルを弟子にしたなんて話、誰からも聞いてないけどぉ?」
弟子って、報告義務があるのか。
「誰ぇ?」
なら、先生が言うまで言わない方が良いかも。
「秘密」
「ヒントはぁ?」
「ガスパーロのバイオリンを使ってる」
ユリアが俯いて唸る。
「そっかぁ」
「え?わかったのか?」
「えー?んー。うちも、バイオリニストはたくさん居るから、ねぇ……。あ。ここ、新しく変えたから、弾いてみてくれるぅ?」
「ん。良いよ」
楽譜を見て演奏を始める。
……いつ、先生に会いに行こう。
「用事があったらぁ、そっちを優先させて良いからねぇ?」
「ん……」
先生は、春の巡演に向けてヴェルソの終わりに出発してしまう。
でも。
「なるべく、こっちの時間を優先するよ」
「良いのぉ?」
「あぁ」
「本当にぃ?」
そんなに聞かなくても良いのに。
「諦めたくないんだ」
「え?」
「ユリアのピアノを」
弾きたいのに弾けない。
好きなものを諦めなければならないかもしれないというあの苦しい気持ちを、ユリアは今、抱えてると思うから。
「一緒に演奏しよう」
諦めないで。
ユリアは、俺がバイオリンを諦めずに済む方法を一緒に考えてくれたから。
次は、俺が手伝う番。
「うん。一緒に演奏しようねぇ」
ユリアが微笑む。
良かった。
もう、泣かないで。




