04 Reste près de moi
朝から、荷物が届いた。
これ……。
ケースを開いて、中身を確認する。
バイオリンだ。
しかも、このバイオリンは……。
なんで?
フラーダリーの手紙を読む。
手紙をありがとう。
返事が遅くなってごめんね。
きっと、不安な想いで過ごしていただろう。
でも、心配しないで。
君へのプレゼントを用意するのに、少し手間取ってしまっただけなんだ。
バイオリンが壊れてしまったことは残念だったね。
君にとっても、長く愛用した大切なものだっただろう。
けれど、形あるものはいずれ壊れる。
残念ながら、あのバイオリンを修理することは非常に難しいということを解って欲しい。
心配しなくても、私は少しも怒っていないからね。
あのバイオリンが君の成長の糧となったのならば、それだけで喜ばしく思う。
何より、私の卒業以来、使われることなく眠っていたバイオリンに生きる機会を与えてくれたことに感謝するよ。
これまで大切に使ってくれてありがとう、エル。
エルがバイオリンを頑張っているという話は良く聞いている。
君には、そろそろ新しいバイオリンが必要な時期だったんだろう。
どうか、親として君にバイオリンをプレゼントさせて欲しい。
今度は、このバイオリンと仲良くしてあげてくれるかい。
追伸
次は、いつ帰って来る?
エルが好きなものを用意して待っているからね。
いつでも帰っておいで。
フラーダリー……。
バイオリンを持って、演奏する。
間違いない。
これ、あの工房で先生と練習してる時に使ってる奴だ。
なんで?
『カミーユだ』
ノックの音がする。
「どうぞ」
返事をすると、カミーユが部屋に入って来た。
「バイオリン、買ってもらったのか?」
頷く。
「良かったじゃないか。どこのバイオリンだ?」
「たぶん、旧市街にあるバイオリン工房のやつ」
「……どこだって?」
そういえば、毎日、行ってるのに、あの工房の名前も、あの職人の名前も知らない。
「まぁ、ユリアに見せたら解るだろ。持って行こうぜ」
「ん」
色々、相談に乗ってくれたから。
ユリアにも報告しないと。
※
朝食を食べてから早めに教室に行く。
「おはよう。エル、カミーユ。早いじゃない」
「新しいバイオリンを貰ったから、見せに来たんだ」
「本当ぉ?良かったねぇ」
「どこの工房のものか解るか?」
職人の顔は知ってるんだけど。
ケースを開いて、ユリアにバイオリンを見せる。
「わぉ。これ、どうやって手に入れたのぉ?」
「今朝、フラーダリーが送ってくれた」
「えぇ……?だって、今から注文しても三年待ちって言われてる職人だよぉ?」
「え?」
「これ、そんなに人気の工房のバイオリンなの?」
「うちで一番人気のバイオリニストが使ってるバイオリンの工房だもん。欲しいって人がいっぱい居るんだぁ」
あいつって、そんなに人気の職人なのか?
本当に?
「それって、旧市街に工房がある?」
「そぉだよぉ。場所は、秘密だけどねぇ」
秘密なのか。
でも、何度も行ってるはずの先生が迷うぐらい変な場所だから、秘密にしたいのかもしれない。
なんか、客に対して愚痴ばかり言ってたし。
「随分、変わり者の職人なんだな」
「でもでもぉ、すごい人なんだよぉ?名工ニコラの弟子の一人なんだぁ。だから、きっと、エルのスタイルにも合ってると思うよぉ」
フラーダリーのバイオリンを作った人の弟子だなんて一言も言ってなかったけど。
使いやすかったのは、それが理由だったんだ。
「名前は?」
「名工ガスパーロ」
ガスパーロ。
「ね。なんか弾いてみてぇ」
まだホームルームまで時間があるから出来そうだ。
「何が良い?」
「スケルツォ・タランテラ。この前、聞けなかったからぁ」
「良いよ」
バイオリンを構えて。
このバイオリンで一番、演奏した曲を弾く。
あの後、先生の指導も受けたから、前よりももっと良くなってるはずだ。
気持ち良い。
先生と練習していたバイオリンが、自分のものになるなんて。
嬉しい。
フラーダリーにお礼を言わなくちゃ。
言うだけじゃない。
きちんと、成果を見せなくちゃ。
それから……。
いつか、バイオリンを弁償しなくちゃ。
最後の一音まで気を抜かずに響かせる。
……おしまい。
「すごぉい」
周りから拍手が沸き起こる。
いつの間にか、他の皆も来てたらしい。
「ほら、全員、席に着け。ホームルームを始めるぞ」
先生が来てたのにも気づかなかった。
急いでバイオリンを仕舞って席に着く。
今日の授業は……。
錬金術の課題はほとんど終わってるから、暇を見て、ユールから教わった薬を作ろう。
座学の時間と昼休みを使えば、まだ終わってない課題も終わるはずだ。
予習しておきたい授業もあるけど、それは夜にやれば良い。
予定は決まった。
放課後は急いで先生に会いに行こう。
ついでに、お土産も買って行こうかな。
※
バイオリンとカフェで買った焼き菓子を持って、外出届を出して、旧市街にあるガスパーロの工房へ。
「先生、居る?」
「おや。早かったね」
居た。
「バイオリンが届いたんだ。ガスパーロの。どういうことか教えて」
いつも通り、バイオリンを作っていた職人がこちらを見る。
「お前、ようやく俺の名前を呼んだな」
「だって、知らなかったから」
「俺の名を知らずに俺の工房に来るとは、良い度胸してるぜ。どうせ、ヴュータンの素性も知らないんだろ」
「プロのバイオリニストだろ?」
「ったく。……それで、調子はどうなんだ。この先は、うちでメンテナンスを請け負うからな」
「調子は良いよ。まだ、ちょっと慣れないけど」
「あんだけ毎日、演奏しといて、まだ慣れないっていうのかよ」
先生が笑う。
「まだ、前のバイオリンの方が慣れているんだろう」
ガスパーロが舌打ちをする。
「そんなに前の女が良いのかよ」
女?
バイオリンは女じゃない。
「このバイオリンも好きだよ」
「大丈夫だよ。すぐに、このバイオリンとも仲良くなれるさ。これは君の為に作られたものなのだから。きっと、生涯の相棒になる」
生涯の相棒……。
「壊れたら、直してくれる?」
「当たり前だ。どれだけ傷が付こうと、根っこがいかれようと、俺が作ったもんだからな。いくらでも、お前に合うように直してやる」
このバイオリンとは、ずっと、一緒に居られるんだ。
「ありがとう。……大切に使う」
「当たり前だろ」
っていうか。
「フラーダリーは、俺がここに出入りしてるって知ってるのか?」
「知るわけないだろ。俺も、お前の名前を聞いてびびったよ。前から注文を受けてた客が言ってた名前だって」
「前から注文……?」
どういう意味だ?
「だから……。要は、お前が欲しい時に間に合うように注文を受けてたってわけだ。お前がそれを手に取るずっと前から、そいつはお前のものだったんだよ」
知らなかった。
フラーダリーが、俺の為に、そんなに前から注文してくれてたなんて。
「もう、バイオリンを辞めようなんて考えるんじゃねーぞ」
頷く。
「もっと、たくさん弾きたい。このバイオリンと仲良くなりたい。もっと、勉強したい。教えて、先生」
「もちろんだ」
「学生ってのは、勉強熱心だな。そんなにバイオリンにかまけてて、勉強は出来てんのか?」
「やってるよ」
「学生は辞めないのか」
「辞めない。今、他にもやらなきゃいけないことがあるんだ」
持ってきた楽譜を出す。
「ポアソンにある新入生歓迎会で組曲をやるんだ。この楽譜を全部、弾けるようにしたい。それから、来年のヴィエルジュにある養成所の音楽祭で、ツィガーヌを演奏したいんだ」
「ツィガーヌを?」
「音楽祭は保護者が来れるから。バイオリンを買ってもらったお礼に、成果を発表したい」
「ふむ。ヴィエルジュか」
あ……。
先生は、バイオリンの巡演があるんだっけ。
「いつまで居られる?」
「春には一度、ラングリオンを離れる予定だ。けれど、夏には戻るよ」
春は先生からバイオリンを習えないのか……。
「細かいスケジュールが決まったら伝えるよ。私が居ない間は課題を出すつもりだから、きちんと取り組むようにね」
「はい」
「良い返事だ。約束していたチケットをあげよう。良い席で見られるようにしておいたからね」
「ありがとう。先生」
後で、フラーダリーに手紙を書こう。
「君は、エウリディーチェ家のユリア嬢と友達なのかい」
「あぁ。ユリアは俺のクラスメイトだよ。たまに、一緒に演奏してる」
「そうか」
先生がくすくす笑う。
「なんで?」
「私は、エウリディーチェ家に所属しているバイオリニストだからね。この楽譜の作成を手伝っていたんだよ」
「先生が?」
そういえば、ユリアも専門家に手伝ってもらったって言ってたっけ。
「養成所には、とても才能のあるバイオリニストが居ると聞いていたんだ。君なら、十分に弾きこなせるだろう。早速、始めるかい」
頷く。
やることがたくさんあって、楽しい。
※
フラーダリーへ。
バイオリン、ありがとう。
すごく嬉しかった。
話したいことが、たくさんあるんだ。
紹介したい人も居る。
今度の休みに帰るよ。
音楽堂で行われるバイオリンの公演チケットを貰ったんだ。
一緒に行こう。
会えるのを楽しみにしてる。
エルロック




