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旧作2-1  作者: 智枝 理子
Ⅵ.恋とバイオリン
41/53

03 Maître et disciple

「おい、お前ら。その辺にして、飯でも食って来い」

「飯?」

「何時だと思ってるんだ」

 もう、こんな時間だ。

 バイオリンを演奏してると、時間が経つのがあっという間だ。

「あんたは?」

「俺はもう食って来た」

「どこで?」

「すぐそこのカフェだよ」

 そういえば、来る途中にあったっけ。

 今ならカフェがやってる時間だ。

「じゃあ、続きは食べてからにしようか」

「ん」

 

 ※

 

 ヴュータンと一緒にカフェに行って、おすすめのクロックムッシュとコーヒーを頼む。

「どうして、バイオリンが壊れてしまったのか聞いても良いかい」

 あれは……。

「先生と喧嘩して。俺が落としたんだ」

「喧嘩か。気分が昂るようなことでもあったのかい」

 変な表現。

「運指が気に食わなかったんだ」

「運指?」

 ここにはバイオリンが無いから、上手く見せられないけど。

「先生は、こう……」

 鼻歌を歌いながら、中指から順に指を動かす。

「こうして欲しいらしいんだけど。俺は、こっちの方が弾きやすいから」

 もう一度、鼻歌を歌いながら、薬指から順に動かす。

 すると、ヴュータンが笑いだした。

「君はもう、自分の演奏法を確立しているんだね」

「どういう意味?」

「君らしい弾き方が出来上がってるという意味だ」

 頷く。

「でも、先生は駄目だって」

「駄目ではないが、基礎学習だからね。学んでおいて損はない。今は不要に思えても、いずれ君の力になるんだよ」

 どっちでも出来るなら、どっちでも良いことに変わりはないはずだ。

「君はまだ、バイオリンを演奏する為の体作りをしている時期なんだ」

「体作り?」

「子供の頃の経験は生涯の助けになる。意地を張る理由があるのかもしれないけれど、前へ進む為には素直であることも重要だよ」

 意地を張る?

 ……そうか。

「八つ当たりだったかも」

「嫌なことがあったのかな」

「嫌なことっていうか……」

 ずっと、気持ちがざわついてたから。

 イライラしてたのは確かだ。

「つまり、溜まっているエネルギーをすべてバイオリンの演奏にぶつけているんだね」

 ぶつけてる?

「君は、内に秘める情熱を音に乗せて発散している。さっき聞いたスケルツォ・タランテラは、まさに情熱の塊だった。おそらく君は、自分のやり方を否定されたことで、自分の情熱を否定されたような気がしたんだろう。若い子には良く起こり得ることだ」

 否定されたことに腹が立ったのは確かだ。

 でも。

「俺に、情熱なんかある?」

「あるとも。バイオリンが好きなんだろう?」

 頷く。

「保護者は、君がバイオリンを弾くことに否定的なのかい」

 首を振る。

「好きなことをやれって。たぶん、バイオリンが欲しいって言ったら、すぐに買ってくれると思う」

 フラーダリーは、俺を甘やかしたがるから。

「君は、それが嫌なんだね」

 頷く。

「お待たせ致しました」

 テーブルに、湯気の立つクロックムッシュとコーヒーが並んだ。

 良い匂い。

「いただきます」

 早速、クロックムッシュを食べる。

「美味しい」

 それに、コーヒーにも合う。

「エルロック。私の弟子にならないかい」

「弟子?」

「師弟契約を行うんだ。そうすれば、君は新しいバイオリンを手に入れられる」

 なんか、ユリアが出した条件と似てる。

「弟子って、何をするんだ?」

「私と共に各地を巡りながら音楽活動を行うんだ。もちろん、望みどおりにバイオリンも教える」

「無理」

「何故?」

「俺はプロのバイオリニストになるつもりはないから。学生を辞めるつもりもない」

「それは残念だ」

 思ったより、お腹が空いてたかも。

 美味しい。

「なら、学生のまま、私の弟子になるのはどうかな」

 それなら、出来るかもしれないけど……。

「私が王都に居る間だけ、君にバイオリンを教えることにしよう」

 つまり、バイオリンを続けられる。

 養成所だけがバイオリンを学ぶ場所じゃないんだ。

 でも、弟子入りしてバイオリンを教われるのは、師匠の音楽活動を手伝うからだろう。

 何の手伝いもせずに学生のまま教わるだけなんて。

「それって、あんたにメリットがあるのか?」

「あるとも」

「どんな?」

「君のバイオリンを聞くことが出来る」

 意味が解らない。

「あんたは教える側だろ?」

「私は君のバイオリンが気に入ったんだ。もっと、様々な曲に挑戦して欲しいと思っている」

 俺も、もっと色んな曲を知りたいし、もっと演奏したい。

『どうするのぉ?』

『勝手に決めて良いことなのか?』

 わからない。

「弟子って、保護者の許可が必要?」

「本来は必要だが、君の身分は学生のまま変わらないからね。私に教わりたいかどうかという君の意向だけで構わないよ」

 弟子入りしたからと言って、現状が変わるわけじゃなさそうだ。

「ツィガーヌを教えてくれる?」

「もちろん」

「なら、弟子になる」

『やるのか』

『えぇ?本当ぉ?』

 だって、弟子になればバイオリンを続けられる。

「では、後で、君のバイオリンを作ってもらうよう頼むことにしよう」

「それは、待って」

「何故?」

「俺の保護者と話したいんだ。まだ、壊れたって手紙を送っただけだから……。弟子になったことを伝えて、バイオリンをどうするのか、ちゃんと相談しようと思う」

 前より気持ちが落ち着いたから、今なら、会って話せそうな気がする。

 バイオリンを壊してごめんなさいって。

 バイオリンを続けたいって。

「では、私も君の保護者に挨拶に行かなければならないね」

 挨拶……。

「次の休みは暇?」

「ちょっと待ってくれるかい」

 ヴュータンが手帳を開く。

「丁度、音楽堂で私の公演があるんだ。家族で見に来ないかい」

「行きたい」

 さっきみたいな演奏が聴けるんだ。

「では、チケットを用意しよう。家族は何人だい」

 家族は……。

「保護者と俺の二人だけ」

「そうか。では、二人分用意するよ」

 どうして、聞かないんだろう。

 普通は親を保護者なんて呼ばない。

 母とか父とか、そうやって呼ぶ。

 だから、俺が保護者と言い続けることは違和感があったはずなのに。

「あのさ」

「なんだい」

「留学生でも、良い?」

「どういう意味かな」

「俺はラングリオンの人間じゃない。留学生なんだ。だから、家族は俺の後見人であって、本当の親じゃ……」

「それは、故郷の家族も呼びたいと言うことかな」

「違う」

 ヴュータンが笑う。

「君が何者でも構わない。君だって、私が何者であるか知らないだろう」

 知らない。

 でも。

「俺の先生だ」

 先生が優しく微笑む。

「そうだね。君は私の弟子だ」

「続きを教えて」

「もちろん」

 

 ※

 

『エル。そろそろ日が暮れる』

 やばい。

「もう帰らないと」

 外出禁止令が出る。

「また明日もおいで」

「明日は授業があるから、来るのは午後になる」

「わかった。また、ここで会おう」

 良いけど。

「先生、一人でここに来れるのか?」

 職人が先生を見てため息を吐く。

「お前、まさか、初めてここに来る子供に案内してもらったのか?」

 先生が笑う。

「いつも辿り着けているからね。何とかなるだろう」

 本当に?

 

 ※

 

 走って、走って……。

 正門に着いたら、受付嬢が居た。

「間に合った?」

 受付嬢がため息を吐く。

「しょうがないわね。ぎりぎり間に合ったことにしてあげるわ」

 良かった……。

「明日も外出して良い?」

「どこへ行くの?」

「同じとこ」

「同じところって?」

「セントラルの……。旧市街にあるバイオリン工房」

「え?旧市街?」

 そういえば、あの職人の名前を聞くの忘れてたな。

 受付嬢と一緒に事務所へ向かう。

「今日は、楽器店に行ったんじゃなかったの?」

「バイオリン工房に連れて行ってもらったんだ」

「誰に?」

 今日のことをそのまま話せば、あの職人みたいに怒られる。

「バイオリンの師匠」

「あなた、バイオリンの師匠が居たのね」

 頷く。

『連れて行かれた時はぁ、弟子じゃなかったけどぉ?』

 でも、今はもう弟子だ。

「あなたの師は誰なの?」

「ヴュータン・ソーレ」

「え?」

「知ってる?」

「えぇ、もちろん。今度、音楽堂で公演を行うバイオリニストでしょう?」

「そう。次の休みに見に行くんだ」

 楽しみだ。

「それなら、外出禁止令が出ないように気を付けなくちゃね」

『そうねぇ』

『大人しくしてられるか?』

 大丈夫。

 だって、フラーダリーと行く予定だから。

 保護者の許可があるなら、外出禁止令があったって外に出られる。

 

 

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