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旧作2-1  作者: 智枝 理子
Ⅵ.恋とバイオリン
40/53

02 Lampe avec flamme

 今日は休みだ。

 でも。

 バイオリンがないからつまらない。

 他の皆も歓迎会に向けた練習をするだろうから、借りることも出来ない。

 思わず、ため息が出る。

『元気ないわねぇ』

『バイオリンを弾きたいんだろう』

 頷く。

『カミーユから借りたらぁ?』

「あれは使いにくい」

 悪いわけじゃないんだけど。

 ずっと同じバイオリンで弾き続けていたせいか、違うバイオリンに対する違和感がぬぐえない。

『それならぁ、探しに行ったらどぉ?』

「どこに?」

『売ってるところとかぁ』

「買えないのに」

『見るぐらいなら出来るだろう』

 見たところで……。

 でも、もしかしたらフラーダリーのバイオリンと似たものを探せるかもしれない。

「行く」

 ここに居ても仕方ないし。

 出かけよう。

 

 ※

 

 正門の横にある事務所に行って、外出届を出す。

「どこへ行くの?」

「どこでも良いだろ」

「駄目よ。この前、無断外泊をしたでしょう。行き先と今日の予定をちゃんと書かなきゃ許可できないわ」

 行き先は……。

「バイオリンがあるとこ」

「楽器店へ行くの?どこの?」

 楽器店は、いつもメンテナンスを頼んでる店しか知らない。

「楽器店がたくさんあるのって、どの辺?」

「音楽堂や音楽院周辺なら、色んな楽器店が並んでいるわ」

「じゃあ、その辺を見てくる」

「今日の予定は、バイオリンを見に行くだけ?」

 頷く。

「新しいバイオリンを買う予定でもあるの?」

 買いに行くわけじゃないけど……。

 誰かが、受付嬢に何か耳打ちする。

「まぁ。……そうだったの。今、手元にないのね」

 頷く。

 俺がバイオリンを壊したこと、知ってる人も居るらしい。

「わかったわ。ゆっくり見ていらっしゃい。でも、夕方までに帰らなければ探しに行くから、そのつもりでね」

「ん。わかった」

 ようやく外出許可が下りた。

 ちゃんと帰らないと、外出禁止令が出そうだ。

 早めに帰ろう。

 

 ※

 

 二万ルシュ。

 五万ルシュ。

 十万ルシュ……。

 どれもすごく高い。

 それに、ティルフィグン製のものは売ってない。

 きっと、あのバイオリンはフラーダリーにとっても大切なものだったのに。

 どうやって弁償しよう。

 同じものは買えない。

 直せない。

 ……そもそも、どれだけお小遣いを貯めても絶対に買えない。

 学生は働いてはいけないから、お金を稼ぐことも出来ないし。

 どうしよう……。

「さっきから、何を探しているんだい」

「え?」

 声を掛けられて、見上げる。

「誰?」

「私の名は、ヴュータン・ソーレだ」

 ヴュータン。

「君は?」

「エルロック」

 あ。

 バイオリンケースを持ってる。

「バイオリニスト?」

「そうだよ」

「プロの?」

 ヴュータンが笑う。

「そう。プロのバイオリニストだ」

 音楽堂の近くだから、プロのバイオリニストもたくさん歩いてるのか。

「俺に何か用?」

「ずっと、バイオリンを置いている店を巡っているだろう。お目当ての品は何かと思ってね」

 探してるのは……。

「ティルフィグン製のバイオリン」

「ティルフィグン製?ラングリオンの職人が作ったものに興味はないのかい」

「そうじゃなくって。俺のバイオリン……。じゃなくて、俺の保護者から借りてるバイオリン。それが、ティルフィグン製で……。でも、壊して……。特別なものだから、直してくれるところが無くて」

 もう、直らない。

「だから……」

「ふむ。君は、大切な相棒を失ってしまったのか」

「相棒?」

「君がずっと使っていたバイオリンなんだろう?」

 頷く。

 俺がバイオリンをやるようになってからずっと使ってたもの。

 相棒って言われると、確かにそんな存在だったと思う。

「時間があるなら、私と一緒にバイオリン工房へ行かないかい」

「工房って……。バイオリンを作ってるところ?」

「そう。私の知り合いがやっているところなんだ」

「行く」

「ついておいで」

「ん」

『えぇ?付いて行くのぉ?』

『エル。気を付けるんだぞ』

 二人とも、心配し過ぎだ。

 

 ※

 

「変な道」

 真っ直ぐな道が全然ない。

「ここは旧市街だからね」

「旧市街?セントラルだろ?」

「セントラルは複雑でね。王城以北は貴族街が、メインストリート近辺は公共施設が計画的に建設されたのだが、その間は手付かずのまま取り残されてしまったんだ。つまり、ここはラングリオン建国当初の姿を残す古い地区なんだよ」

 そんなに古い時代からある地区なのか。

 あれ?

「あれは、他のより新しそうに見えるけど」

「良く観察しているね。ラングリオンの長い歴史を見れば、新しく建っているものもあるそうだが。今はもう、建物を新しく建設することも取り壊すことも禁止されているんだよ」

「なんで?」

「建国初期の建物が国の保護対象となっている為だ」

「じゃあ、近代のは壊せるんじゃないか?」

「近代の建物も、保護対象の建物を増築して作られていたり、壊す際に保護対象を傷つける恐れがある為、結局、現状を保つしかないと言う話だね。おかげで……」

 行き止まりだ。

「このように、袋小路に良く入ってしまうんだよ」

 新旧入り乱れた建物が立ち並ぶ場所で、しかも、取り壊しも道の整備も出来ないから、こんなに複雑な地形のまま放置されているのか。

 っていうか。

 行き止まりは何度目だ。

 もしかして。

「迷ってるのか?」

 ヴュータンが笑う。

「ここは、いつ来ても迷ってしまってしまうんだよなぁ。確か、あのカフェを曲がったところだったような……」

「あれはカフェじゃなくて、服屋だぞ」

「おかしいな。昔はカフェだったと思ったが」

 建物はそのままでも、中身は変わるものらしい。

 ……本当に、この人の記憶通りの建物なら。

『この人に任せて大丈夫なのぉ?』

 駄目。

『元の場所に戻れるのか?』

 それは、大丈夫だと思うけど……。

「地図とか持ってないのか?」

「あぁ、地図はある」

 ヴュータンがメモを出す。

 解りにくい地図だ。

 今、ここをこうやって来たから……。

「たぶん、この道で間違えたんだ」

「おぉ。君は賢いな」

「ここまで戻れば、すぐだ」

 

 ヴュータンと一緒に戻って、カフェを曲がる。

「さっき言ってたのって、ここ?」

「そうだ。クロックムッシュが美味い店なんだが、まだ閉まってるようだな」

 カフェの営業時間は、カフェタイムだけ。朝もやってるカフェがあるけど、ここはやってないらしい。

『これ、さっきの店に似てるかしらぁ?』

「似てない」

 せいぜい、角にあることが共通してるだけだ。

 曲がった先を進むと、行き止まりに店らしきものがあった。

「ここがそう?」

「あぁ。ここがバイオリン工房だよ」

 看板も何もないし、表には良くわからない資材が放置されているし。

「ただのボロ屋にしか見えない」

 ヴュータンが笑う。

「でも、私が贔屓にしている職人なんだよ」

『中に人が居るようだな』

 人が居るのは間違いないらしい。

 

 扉を開くと、ドアベルが軽やかに鳴った。

 良い音。

 来客を知らせるベルがあるってことは、店だと思うんだけど……。

 店らしき場所には、バイオリンの設計図や弓が置いてあるだけで、バイオリンが置いてない。

「ここ、本当にバイオリン工房?」

「そうとも」

 そうは見えないけど。

「おぉ。ヴュータンじゃないか。メンテナンスか?」

 ようやく工房の職人らしき男が出て来た。

「そうだよ。それから、この子にバイオリンを見せてあげて欲しいんだ」

「へぇ。ようやく弟子を取る気になったのか」

 弟子?

「俺は弟子じゃない」

「この子とは、今日、初めて会ったんだよ」

「はぁ?」

「バイオリンを見せて」

「図々しい奴だな。俺が子供が嫌いなんだ。うちの子は天才なんだからバイオリンを作れだのなんだの一日中無駄話を聞かされる身にもなってみろ。勝手に店に入り込んで金だけ置いて出ていく貴族はいるわ、大事なバイオリンを振り回して遊ぶ餓鬼はいるわ。しかも、この間のやつは、信じられねぇ壊し方して寄越したんだぜ?貴族なんかと仕事をするもんじゃねぇ。餓鬼は余計に嫌いだ。だいたい子供ってのは……」

 ぶつぶつと文句を言う職人の横をヴュータンが歩いて行く。

 付いて行こう。

 奥の部屋では、天井付近の壁沿いにバイオリンがたくさん吊るされていた。

 すごい。

 バイオリンが、こんなにあるなんて。

「あんた、本当にバイオリンを作ってたんだな」

「あぁ?お前、俺が誰か知らないって言うのか」

「知らない」

 ランプに照らされた作業台に乗っているバイオリンを見る。

「おい、ヴュータン。バイオリンも知らねーような餓鬼を何しに連れて来たんだ」

 綺麗。

 すごく、輝いて見える。

「彼は、きちんとバイオリンを学んでいる子だよ」

 これはもう完成してるバイオリンだ。

「これ、使って良い?」

「はぁ?」

「良いとも」

 やった。

 バイオリンを弾ける。

「おい、俺は許可してねーぞ」

 弓は……。

 確か、あっちの部屋にあった。

「てめぇ。どこ行くんだ!」

「弓を取って来る」

 さっきの部屋に戻って、普段使ってるのに近い弓を持って、二人が居る工房へ戻る。

 軽く音を鳴らしてみる。

 綺麗。

 きらきらしてる。

 何を弾こうかな。

「好きな曲を弾いてごらん」

 今の気分は……。

 あれ。

「練習中の奴で良い?」

「もちろん。何を弾くんだい」

「スケルツォ・タランテラ」

 バイオリンを構える。

「楽譜は必要かい」

「要らない」

 全部、覚えてるから。

 あぁ。

 体が震える。

 バイオリンが弾けることが嬉しくて。

 たまらなく嬉しくて。

 落ち着け。

 頭にメロディとリズムを刻む。

 弦を押さえて、軽く音を鳴らす。

 良い音だ。

 大丈夫。

 呼吸を整えて……。

 弾く。

 

 ……すごい。

 これ、すごく弾きやすい。

 良い音。

 楽しい。

 すごく楽しい。

 もっと、早く。

 もっと、音を重ねて。

 集中して。

 高く。

 もっと、高く。

 激しく。

 ……ここからは、緩やかに、甘く官能的に。

 あぁ、すごく良い音。

 気持ち良い。

 思ってる以上に音が滑らかに伸びる。

 心地好い音色。

 このバイオリン、すごい。

 フラーダリーのバイオリンとは違うけど。

 すごく馴染む。

 今まで上手く出来なかったところまで上手く出来る。

 すごく楽しい。

 踊るように弾ける。

 思い描いたように音が乗る。

 弾きたい。

 もっと、弾きたい。

 フラーダリーのバイオリンが壊れてから今まで、まともに弾けなかったから。

 先生のも駄目。

 カミーユのも駄目だった。

 でも、これは違う。

 ようやく、まともに演奏できるバイオリンに出会えた。

 嬉しい。

 いける。

 このバイオリンなら最後まで完成する。

 

 ……あぁ。

 楽しかった。

 もっと弾きたい。

 拍手が二人分鳴る。

「素晴らしい。君は、一体、誰の教えを受けているんだ?」

「養成所の先生」

「養成所?君は、養成所の学生なのか」

「そうだよ」

「おい。学生が、なんでヴュータンのところに居るんだ」

 なんでって。

「さっき、道端で声をかけられたんだ」

「は?」

「熱心にバイオリンを眺めていたから、連れて来たんだ」

「おい、それ、誘拐だろ?」

 誘拐?

「名前を教えて貰ったし、プロのバイオリニストだって言うから」

 職人が、何故か頭を抱える。

「お前、こいつが誰か、知らなかったんだろ?」

 頷く。

「知らない奴に付いて行くなって、ママに教わらなかったのか」

 母親は……。

「世の中には、貴族や金持ちの子供を誘拐して売っぱらおうって連中も居るんだ。知らない大人に付いて行くもんじゃねーぞ」

「でも、名前を聞いた」

「それがダメだっつってんだよ。嘘だったらどうすんだ。親の許可のない大人に付いて行くな。そもそも、安全の確認出来てない奴に付いて行くな。わかったか?」

『そうだな』

『そうよぉ』

 メラニーとユールもこいつの意見に賛成らしい。

 でも、本当のことを話しているか判断する材料がないのは確かだ。

 もう少し、気をつけよう。

「わかったよ」

「で?お前は、なんで知りもしない子供なんか連れて来たんだよ」

「この子が大切な相棒を失ったと聞いたからだよ」

「失った?盗まれたのか」

「違う。……壊れたんだ」

「なら、持って来てみろ。直せるかもしれないぞ」

 本当に?

「ティルフィグン製なんだ。しかも、作った職人はもう引退してて……。なんか、壊れたままでも取っておきたいってコレクターが居るから、修理を引き受けてくれるところなんかないって」

「お前……。名工ニコラのバイオリンを使ってたのか」

 頷く。

「直せる?」

「どんな状態なんだ」

「外も内も傷があって、根柱も倒れてるって」

 職人がため息を吐く。

「諦めろ」

 やっぱり、直らないのか。

「で?新しいバイオリンを探してるのか」

「……わからない」

「わからない?」

「俺は養成所に通ってるけど、貴族の子供じゃないんだ。バイオリンは高いし、保護者に迷惑を掛けたくない。でも、バイオリンを壊したのは俺だから……」

 現状で一番良い選択が何かは、解ってる。

「お前、まさか、あれだけ楽しそうに弾いておいて、バイオリンを辞めるか悩んでんのか?」

 頷く。

 ……辞めたくない。

 好きだって気付いたから。

 でも、フラーダリーに負担をかけてまで続けるべきかどうか……。

「エルロック。ここに居る間は、好きに弾いて構わないよ」

「本当?」

「おい、勝手に決めるな」

「良いだろう?」

「そいつは、もうすぐ納品予定の……。ん?お前、名前はなんだって?」

「エルロック・クラニス」

 職人が俺を見下ろす。

「貸しな。調整してやる」

「調整?」

 バイオリンを渡すと、職人が台に乗せて何か始める。

「では、待っている間、私も演奏するとしようか」

 演奏してくれるらしい。

「聞きたい曲はあるかい」

 聞きたい曲……。

「ツィガーヌ」

「ほぉ。ツィガーヌが好きなのか」

 首を振る。

「知らない曲なんだ。でも、この前、楽譜を見せてもらって、面白そうだったから」

「良いだろう」

 ヴュータンが楽譜を準備して、バイオリンを出した。

 綺麗なバイオリン。

 きっと、ここの工房で作った奴だ。

 ヴュータンが演奏を始める。

「……!」

 

 突然、別の世界に放り出された。

 この場所を俺は知ってる。

 月明かりが静かに照らす夜の砂漠のど真ん中。

 とても寂しい風景だけど、俺にとっては慣れた場所だ。

 落ち着いて見渡せる。

 綺麗。

 大丈夫。

 安心出来る。

 道を失うことはない。

 ……不思議。

 

「ほら、出来たぞ」

「え……?」

 職人からバイオリンを受け取る。

『ようやく気づいたぁ』

『大丈夫か?』

 いつ、演奏が終わったのかわからない。

 こんな音。

 こんな演奏、初めてだ。

 これが、プロのバイオリニストの演奏。

 ツィガーヌ。

 楽譜を見る。

 全く知らない曲なのに、どこか懐かしい曲だった。

 さっきの演奏を思い出して……。

 楽譜の音を辿る。

 さっきより滑らかに音が出せる。

 震えが上手く伝わる。

 ……調整したから?

 すごく使いやすい。

 でも、ヴュータンの演奏とは全然違う。

 全然、上手くいかない。

 難しい。

「ここの弓の使い方をもう一度見せて」

「良いとも。隣においで」

 この曲を弾けるようになりたい。

 

 


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