表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旧作2-1  作者: 智枝 理子
Ⅰ.騎士と紅の瞳の新入生
4/53

02 王国暦五九八年 コンセル 四日

「この問題、解けるか?」

 カミーユから出された問題を解く。

「おぉ」

 これ、今日出された課題だったと思うけど。

「答え合ってるのか?」

 なんで、目の前で解いたのにわからないんだ。

「ここさぁ、なんでこうなるわけ?」

 教科書に公式が乗ってたな。それを見せる。

「これ、まだ先の公式だろ?」

 こんなに便利な公式を後で教える方が考えられない。

「この公式を使わないとどうなる?」

 途中の計算式から横に矢印を伸ばして、解き直す。

「お前、頭良いな」

 別に頭が良いわけじゃない。考え方を知っていれば、後はその応用。

 教科書とノートを閉じようとしたところで、止められる。

「わ、待てよ。今写すから!」

 ノートのページを一枚破いて渡す。

「お。ありがとう」

 鞄に教科書とノートをしまって、席を立つ。

「待てよ。ランチ、一緒に行こうぜ」

 アレクが待ってるかもしれないけど。

 まぁ、いいか。


 ※


「なぁ、聞いてるのか?」

 一応、聞いてるけど。大して面白い話しじゃない。

 読んでる本の方が面白い。

「本当に無口な奴だな」

「カミーユ、やめなさいよ。困ってるじゃない」

「マリー。どうしたんだ?」

「はい。後期にやる室内楽の授業の、調査票よ」

 室内楽?

 マリアンヌが、一枚の紙を渡す。

 ピアノ、バイオリン、ビオラ、チェロ、フルート、オーボエ。

 どれか一つ、もしくは二つを選択すること。

 そういえば、そんなのがあるって聞いたな。

 楽器なんてやったことがない。

「マリーは何にするんだ?」

「ピアノとフルートよ」

「どっちも好きじゃないな。バイオリンなら少しは弾けるけど。お前は何かやったことあるのか?」

 首を横に振る。

「なら、バイオリンにしようぜ」

「勝手に決めないで。…エルロック、今月末までに提出して頂戴ね」

 ピアノはわかるけど。

 他の室内楽の楽器なんてわからない。

 アレクかフラーダリーに聞いてみよう。

「ねぇ、あなたって、アレクシス様とどういう関係なの?」

 どういう関係?

 アレクはフラーダリーと異母姉弟で。

 だから、俺に構ってるだけなんだろうけど。

「ほら、困ってるぞ、マリー」

「悪かったわね。…何かあったら言ってね。私、このクラスの委員長だから」

 それは最初に教師から聞いてる。

「それじゃあね」

 名家のお嬢様なのに、やたらと面倒見が良いんだな。

 この養成所って、ほとんど貴族しか居ないって聞いていたけど。

 思ったよりも皆、偉そうじゃない。

 アレクがあんな感じだからかもしれない。

「お前ってさー、本当に無口だよな。何か喋ろよ」

 声が出せないんだから仕方ない。

「ばーか」

 馬鹿?何が?

「あぁ、やめよう。苛めたなんて言われたら、それこそマリーに殴られるな」

 気に入らないことがあると殴るのか?マリアンヌって。

 カミーユが、じっと俺の顔を覗き込む。

「何か気に入らないことでもあるわけ?」

 別に。

「これ、面白いか?」

 面白いから、読んでるんだけど。

「なんつーかさぁ」

 なんでこんなにしつこいんだ。

「お前、女みたいな顔してるよな」

 誰が、女だ。

 反射的に殴る。

 あ。

 周囲から悲鳴が上がる。

「ふぅん。良い度胸してるじゃねーか」

 力の加減を誤った。

 胸ぐらをつかまれて、殴られる。

 いってぇ…。

 口の中に血の味が広がる。

 くそっ。

 変なこと言う、お前が悪いんだよ!

「何やってるのよ!」

 殴り合い。

「おー。カミーユと新入生が面白いことやってるぜ」

 喧嘩なら慣れてる。

「誰か、止めてよ!」

「やれやれー」

「いっけー」

「先生呼んで来て!」

 誰かが俺の腕を掴んだが、それを振りほどいて殴りかかる。

「泣かせてやる」

 それは、こっちのセリフだ!

 カミーユの一撃をかわし、蹴り上げる。と、その足を掴まれて、放り投げられた。

 机や椅子が背に当たる。

「カミーユ!やめなさい!」

 あぁ、くそ。

 負けるか!

 カミーユの懐に入って、思い切り腹を殴る。

「…っ」

 怯んだところで、わき腹に膝蹴りを入れる。

 膝をついたカミーユを見下ろす。

「いってぇ…」

 血の味がする口元を、服の袖で拭う。

 短剣があれば、もう少し早く片が付いたのに。

「やられるかよ!」

 足払いをかけられて、よろけたところで、腕を引かれて支えられる。

「その辺にしておけ。カミーユ、エルロック」

 赤い髪。

 誰だ?

「シャルロ。庇う気か」

 シャルロ?

 シャルロ・シュヴァイン。

 オルロワール伯爵家と並ぶ名家、代々裁判官を務めるノイシュヴァイン宮中伯の分家、シュヴァイン子爵の二男。

「発端は何だ」

 なんだっけ。

「どっちが先に手を出したんだ?」

 それは、俺に間違いない。

「どっちでも良いだろ?」

「…お前たち、何の騒ぎだ?」

 クラスの先生が誰かに連れられて、教室に入ってくる。

「カミーユとエルロックが喧嘩してるの」

「喧嘩?…カミーユ、エルロック。来い」

「ちっ」

 舌打ちをするカミーユと共に、教室を出る。

 あ。

 授業の開始を告げるチャイムが鳴った。

「カミーユ。なんで喧嘩なんてしたんだ」

「べーつにー」

「発端は?先に手を出したのはどっちだ」

 シャルロと同じことを聞くんだな。

「忘れた」

「まったく…。エルロック、入学早々、何をやってるんだ」

 別に、喧嘩したくてしたわけじゃない。

「フラーダリーに報告するからな」

 それは、まずい。

「フラーダリー?どういうことだ?」

「エルロックの保護者はフラーダリーだ」

「なんだって?…だから、アレクシス様が」

「二人とも、ちゃんと怪我を治して来るんだぞ」

 連れてこられたのは、医務室だ。

 説教でもされるかと思ってたのに。

「終わったら授業に戻れ。放課後は補習をやるからな。第三実験室に来い」

 補習?

「はーい」

 先生と別れて、医務室に入る。

「あら。喧嘩でもしたの?」

 カミーユが俺を引っ張って、白衣の女の前に座らせる。

「先生、痛くしてやってよ」

 これも、先生か。

「何言ってるの。…あら。あなた、珍しい目をしているのね」

 ブラッドアイなんて、この国には居ないから。

「カミーユ。この瞳をからかったんじゃないでしょうね」

「そんなわけないだろ」

「そう。でも、あなたがからかって、この子が殴りかかったんでしょう?」

「なんでわかるんだよ」

「カミーユの顔に、綺麗に殴られた跡があるからよ」

 最初以外は、上手く攻撃が入らなかったからな。

 最初のは、不意打ちだったから。

 少し、悪いことをした。

「さ、治してあげるわ」

 怪我をした場所に、薬が塗られる。

 すごいな。

 見る間に傷が癒えていく。

 傷の跡は残っているけれど、すぐに綺麗になるだろう。

「あなた、噂の新入生ね。薬を見るのは初めて?」

 そんなことはないけれど。こんなに劇的な変化をもたらすのは知らない。

「ここで錬金術を学べば、この薬の正体もわかるわよ」

 次に、顔に手を近づけられる。

 これは、光の魔法…。

 魔法使いなのか。

「はい、おしまい。ここに名前を書いてね」

 医務室の利用名簿らしい。

 名前を書く。

「さ、カミーユと変わって頂戴」

 立ち上がると、カミーユが椅子に座る。

 自分の顔に触れる。

 口の傷も治ってる。

「あ~あ。補習なんて。何やらされるんだ」

「悪いことをした罰よ。学生の本分を思い出して、たくさん学ぶことね」

 もめ事を起こすと、更に勉強が出来る?

 でも、内容は選べなさそうだな。

 棚に入っている薬の瓶を眺める。

 これ、全部、怪我の治療に使うものなのかな。

 錬金術か…。

 魔法に頼らずに、人間が奇跡を起こす方法。

 それが本当なら。

 精霊が傷つくことなんてないだろう。

 確か、養成所は錬金術と魔法を詳しく教えるんだよな。

 ここに居れば、学びたいことを好きなだけ学ぶことが出来るとフラーダリーが言っていた。

「おい、行くぞ」

 カミーユの怪我の治療が済んだらしい。

「あんまり喧嘩なんてしちゃだめよ」

「はーい」

 だから。したくてしたんじゃない。

 カミーユと一緒に医務室を出て、廊下を歩く。

「お前、孤児なのか?」

 頷く。

「どっから来たんだ?ラングリオンじゃないだろ?」

 俺が、ブラッドアイだから、そう思うんだろう。

 出身がどこかなんて言いたくない。

「また、だんまりかよ。それとも無視か?」

 無視してるわけじゃない。

「悪かったよ。少し怒らせようと思っただけだったんだ」

 立ち止まって、カミーユを見る。

 どういう意味だ?

「喋らないし、何やっても反応薄いし。からかって悪かったよ」

 そういえば、怒ったのなんて久しぶりだ。

「同じクラスなんだから、いいかげん仲良くやろうぜ」

 何の話しだ?

「いつまでも一匹狼で居てどうするんだよ?」

 何が?

「あぁ、もう。いつまで無視するんだよ!せめて、何か喋ろ」

 口を動かす。

「なんだって?」

 もう一度。

「…え?」

 喋れない。

「お前、声が出ないのか?」

 頷く。

「なんで、皆に言わないんだよ」

 首を横に振る。

 わざわざ言う必要を感じない。

「先生は知ってるのか?」

 頷く。

「で?皆には言いたくないのか」

 頷く。

「変な奴。俺に知られても良いのか」

 だって。

 しつこいから。

「今、何て言ったんだ?」

 カミーユの手に、文字を書く。

「なんだって?もっとゆっくり書けよ」

 し・つ・こ・い。

「はいはい、悪かったよ。でも、喋れなかったら困るだろ」

 別に、今まで困らなかった。

「決めた。俺はこれからもお前をかまう」

 なんで?

「喋れるようになる方法、一緒に探そうぜ」

 あぁ。それは、ありがたいかも。

 良い奴なんだな。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ