06 王国暦六〇〇年 ポアソン 十五日
ここから、三点リーダの扱いが「…」から「……」に変わります。
途中から変わってごめんなさい。
養成所を出て、花屋に行く。
「いらっしゃい」
「白百合のブーケを作って。これで出来る?」
持っていたお金を出すと、花屋が頷く。
「任せて。可愛く作ってあげるわ」
『白百合だって。フラーダリーに渡すのかな』
『そうじゃない?この子、フラーダリーの子供だもの』
精霊の声?……いや。花屋に居るなら妖精かもしれないな。
精霊とは違う種族らしいけど、砂漠には居なかったし、良く知らない。
妖精学の授業で習うだろう。
「はい、どうぞ」
作ってもらったブーケを受け取る。白百合だけじゃなく、色とりどりの花も入ってて可愛い。
それに、良い匂い。
「これもフラーダリーに渡してくれない?」
「何?これ」
「頼まれていた花の種って言えば分るわ」
「ん。わかった」
もう、春だから。
家の庭にも、色んな花が咲き始めているに違いない。
※
家に帰るのは久しぶりだ。
花、喜んでくれると良いけど。
「ただいま」
「おかえり」
「おかえり、エル」
「アレク?」
卒業して城に居るはずなのに、なんで?
「ポアソンの終わりまでは自由にしていられるんだ」
「そっか」
白百合のブーケをアレクに向ける。
「卒業おめでとう」
アレクが驚いた顔をして、笑う。
「姉上の為に用意したんじゃないのかい」
そのつもりだったけど。
「ちゃんとお祝い出来なかったから」
卒業式は、俺が気を失っている間に終わってしまった。
「私の為に花火を上げてくれただろう。嬉しかったよ」
良かった。見てくれたんだ。
でも、本当は昼間にも祝砲を打ち上げる予定だったのに……。
「なら、これを貰おうかな」
アレクがブーケの中から花を一つ取る。
ビオラだ。
アレクはビオラが好きなのか。
「渡しておいで」
頷いて、フラーダリーの方を見る。
「フラーダリー」
……なんて言って渡せば良いんだろう。
「いつも心配ばかりかけてごめん」
フラーダリーが笑って、白百合のブーケを手に取る。
「エルが元気でいてくれるなら、それだけで嬉しいよ。ありがとう」
いつも、それだ。
俺が何をしても怒ったりしない。
フラーダリーが花の香りを嗅ぐ。
……喜んでくれたみたいで良かった。
『もう一つ、渡すものがあるだろう』
そうだった。
「花屋で種を貰ったんだ。フラーダリーにって」
種の入った袋を渡す。
「ありがとう。丁度、取りに行こうと思っていたんだ」
「何の種?」
「春に蒔く花やハーブだよ。エルにもあげようか?」
ハーブなら、錬金術に使えるものもあるかもしれない。
「寮で育てられる?」
「もちろん。持っていける鉢を探しておくよ。育て方も教えてあげるからね」
「ん」
楽しみだ。
「座って待っていて。コーヒーを淹れてあげる」
「それぐらい出来るよ」
フラーダリーと一緒にキッチンへ行く。
けど、もうサイフォンにはコーヒーの粉がセットしてあった。
後は作るだけ。
マッチでランプに火を点ける。
「エル。先にケーキを持っていってくれるかい」
「ケーキ?」
フラーダリーがフードカバーを開く。
ショコラケーキだ。
「アレクのお祝い?」
「そうだよ」
「今日来るって聞いてたのか?」
「うん。エルが帰る日に来たいって言っていたんだ」
俺が帰る日に合わせてくれたらしい。
取り皿を出して、ケーキと一緒にアレクが居るリビングへ持って行くと、アレクが読んでいた本を閉じた。
「勉強?」
「今は、南部の文化を勉強してるんだ」
大陸の北部と南部はテウルギア山脈によって断絶されている為、気候も文化もかなり異なるって聞いたことがある。
「今日のおやつはショコラケーキなんだね」
「アレクの卒業祝いだって」
「私の?」
皿を並べて、アレクの隣に座る。
「アレクが来るって知ってたら、俺だって、もっとお祝いを考えたのに」
ちゃんとアレクの為のプレゼントを用意したのに。
アレクが笑う。
「ありがとう。エルが今日、一緒に過ごしてくれるだけで嬉しいよ」
卒業したから。
今までのようには会えない。
「会いたい時は、いつでもおいで。私が城に居る時なら必ず時間を作るよ」
「城を離れることもあるのか?」
「そうだね。公務で外に出ることも増えるし、忙しくなりそうなんだ」
王族は帝王学を学ぶ為に養成所を中等部で卒業するって聞いてたけど。あちこちに公務で出かけることも含まれてるらしい。
今まで以上に、異国の勉強が必要なんだろう。
「今日は泊まって行く?」
「その予定だよ。何して遊ぼうか」
何しようかな。
とりあえず、チェスかな。
チェス盤を持ってきて駒を並べていると、フラーダリーがテーブルにコーヒーを置いた。
「ふふふ。久しぶりだね。おやつは、一戦してからにするかい?」
「先に食べる」
「そうだね」
アレクとやると、いつ終わるかわからない。
「アレク。卒業おめでとう」
「おめでとう」
アレクが微笑む。
「ありがとう。姉上、エル」
「じゃあ、早速、食べようか」
フラーダリーがケーキを切り分ける。
真っ黒なケーキだけど、果物のような甘酸っぱい香りがする?
「アプリコットジャムが入ってるんだよ」
本当だ。
「ジャムの酸味と、ほろ苦いショコラが香る大人のケーキなんだよ。召し上がれ」
「いただきます」
「いただきます」
ショコラの香りがすごく良い。
「美味しい」
「美味しいね。エルが甘いものを食べているのを見るのも久しぶりだ」
「養成所では食べないのかい」
「養成所のデザートは甘ったるい菓子ばかりだから」
「エルはいつも林檎ばかり食べていたね」
そうだっけ?
「ユリアの菓子は良く貰ってるよ」
「ユリア?」
「ユリア・エウリディーチェ。マリーとセリーヌと良く一緒に居るんだ」
「彼女はお菓子作りが趣味なのかい」
「たぶん。この前、貰ったサブレは美味しかった」
キャラメルノアのサブレ。
「仲が良いんだね」
仲が良い?
「ユリアは、マリーやセリーヌみたいにうるさくないから。それに……」
この前の、あれ。
「それに?」
「魔法学は、精霊と人間が仲良くなる為の学問なんだって。そう教えてくれたから」
「素敵な考えだね。エルも魔法学に興味が湧いた?」
首を振る。
「俺が選んだのは錬金術。カミーユとシャルロもそう」
「カミーユも錬金術を選んだんだね」
「あぁ」
俺の声を治す薬を開発するぐらいだから、錬金術師に向いてるんだろう。
※
夜ふかしをするのも久しぶりだ。
明日も一日休みだから、部屋でアレクとチェスの続きをする。
今日の戦果は二敗。アレクには、なかなか勝てない。
「養成所は楽しいかい」
「楽しいよ」
好きなことがいくらでも学べる。
それに、カミーユとシャルロが居る。
「アレクが卒業したから、少しつまらないけど」
「すぐに卒業の日が来るよ」
「後、四年もある」
「四年で学びたいことのすべてを学べそうかい」
学びたいこと……。
「無理」
アレクがくすくす笑う。
「エルは勉強が好きだね」
本当は、魔法学も学んでみたかった。ユリアの話で魔法学にも興味が湧いてしまったから。でも、両方を学ぶ時間はない。
「将来の夢は決まったのかい」
「夢?」
「卒業後の進路だよ」
「まだ決めてない」
錬金術を学べば、錬金術研究所に所属することになるけど。進路は、それ一つってわけじゃない。
「研究所に興味はないのかい」
「ナルセスの仕事は楽しそうだけど、好きな研究を選べるわけじゃないみたいだし。……でも、学費の返納の為にも、ちゃんと働くよ」
研究所に所属しなければ学費の返納義務が発生する。養成所の学費が無料なのは、卒業生をラングリオンの研究機関で働かせる為だ。
もしくは……。
「学費の返納なら、兵役もあるよ」
兵役。軍に所属することで、返納義務を果たすのだ。
「戦いなんてしたくない」
「姉上を手伝えるかもしれないよ」
「え?」
フラーダリーを?
「姉上は、魔法部隊を国の機関として認めて貰う為に頑張っていらっしゃるだろう。きっと、エルが卒業するまでには結果が出ると思うよ」
「結果って?」
「正式な部隊として認められるかどうか」
そういえば……。
―お前はフラーダリーの子供だ。
―魔法部隊に反対してる連中の嫌がらせだよ。
「魔法部隊の設立に反対してる連中って、結構居るのか?」
「居るよ。騎士が率いているわけでもないのに一軍として扱われることに反対する者も居れば、魔法研究所があれば軍に魔法使いなんて不要だという人も居るね」
「え?研究所は研究機関だろ?」
「そう。研究所は戦う為の訓練などしていない。姉上が目指しているのは、目的を遂行する為に統率の取れた関わりが出来る魔法使い部隊だからね」
目的の為。
つまり、戦う為……。
「力とは、戦いばかりに使われるものじゃないよ。例えば、火事が起きた時に水の魔法を使うとするだろう。この場合、複数人が好き勝手に魔法を放つのと、力を合わせて効率良く魔法を放つのとでは、結果が全く違うね。上手くやれば人命救助率が上がり、建物の損壊も防ぐことが可能だ」
「確かに」
魔法の使い方は個人差が激しいから。その差をすり合わせ、協力して魔法を放つ訓練をしておけば、結果的に平和的な利用も可能なのかもしれない。
でも……。
「無理にとは言わないよ。好きなことをやれば良い。やりたいことが見つからないのなら、私の元においで」
「アレクの?」
「私がエルの上司になれば軍属と変わらないからね。兵役をこなせることになる」
アレクは王子だから?
でも、アレクに頼ってばかりじゃ駄目だ。
「心配しなくても、自分の仕事ぐらい自分で探すよ」
研究所か、兵役か。
それ以外か……。
錬金術の道に進むと決めたし、そろそろ先のことも考えないといけないのかもしれない。
「楽しみだね」
「楽しみ?」
「エルの将来が」
今はまだ、イメージがつかないけど。
「アレクは?」
「私?」
「なりたいもの」
「私は国の為に働くことが決まっているからね」
王子だから?
「王子じゃなかったら、何になりたい?」
アレクがチェス盤に視線を落とす。
あれ。
止まるなんて珍しいな。
盤面は互角。
……ここから、どう攻めるかな。
「花屋かな」
「花屋?」
「花を貰うと人は必ず喜ぶから」
アレクもフラーダリーも花が好きだっけ。
「でも、私には向いてないんだ」
「なんで?」
「花を育てるのが苦手なんだ。大切に世話をしているつもりだけど、すぐに枯らしてしまう」
意外だな。
アレクにも苦手なものがあるのか。
でも、忙し過ぎるアレクが花の世話をするのは難しいのかもしれない。
「だったら、やっぱりアレクは人を動かす方が向いてるんじゃないのか?」
「そうだね。人には向き不向きがあるから……」
「そうじゃなくて。花屋を働きやすくしたり、花を手に入れやすくしたり。異国から珍しい花を集めたり、国中を花いっぱいにする事業をしたり。そうやって、誰もが花で喜べる環境を作るんだ。……これだって、やってることは花屋と同じだろ?」
アレクが驚いた顔をした後、肩を震わせて、腹を抱えて笑い出す。
……始まった。
アレクが本気で笑う時は、いつもこう。
収まるまでどうにもならない。
「エルは……、可愛いね」
「は?」
なんで?
まだ笑いが収まってない。
こんなんじゃ、チェスに集中出来ない。
……あ。良い手がある。
「チェック」
クイーンをキングに寄せる。
盤面を見たアレクの笑いが止まった。
収まる時も、急に収まるんだよな。
「良い手だね。でも、甘いかな」
アレクがキングを動かす。
そこから数手動かした後に、勝敗が決まった。
「チェックメイト」
また負けた。
「強くなったね」
「今日は一度も勝ててない」
「でも、私は楽しいよ」
アレクと勝負になってるってことは、前よりも強くなってるってことなんだろう。
「ありがとう」
ありがとう?
「私も夢が出来たよ。どの季節も花が溢れ、誰もが花を見て笑顔になれるような国を目指すんだ」
「良い花屋じゃないか」
「エルも手伝ってくれるかい」
「もちろん。手伝いが必要なら、いつでも手伝うよ」
「ありがとう、エル」




