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旧作2-1  作者: 智枝 理子
Ⅴ.光の花と贈り物
31/53

01 王国暦六〇〇年 カプリコルヌ 二十六日

「エル、口開けてぇ」

 ユリアに言われて口を開くと、何かを突っ込まれる。

「…甘い」

「そぉかなぁ」

 一口かじって、手に取る。

「ケーキ?」

「キャラメルノアのケーキだよぉ」

 残りのケーキも口に入れて、咀嚼して飲み込む。

 キャラメリゼした胡桃。

 この匂いは好きだけど。

「コーヒーが飲みたい」

「エルは本当に甘いものがだめだよねぇ」

「もう少し甘くなければ好きだよ」

「本当ぉ?じゃあ、もう少し実験してみるねぇ。これ、あげる」

 こんなにあるのかよ。

「貰っても食わないぞ」

「じゃあ、他の人にあげてぇ」

 午後のホームルームの時間を告げるチャイムが鳴って、ユリアが席に戻る。

「カミーユ、」

「自分で食え」

「これ以上は甘くて無理」

「だったら貰うなよ」

「欲しいなんて言ってない。見てたんだから分かるだろ」

「…お前、鈍感すぎるぞ」

「鈍感?」

 教室に先生が入ってくる。

 鈍感なら、甘いのもわからないと思うけど。


 ※


 午後のホームルームが終わった。

「カミーユ、今日は暇なんだろ?」

「あぁ」

「実験室に行こう。昨日、シャルロと一緒にやってた実験があるんだ」

 昨日はカミーユが居なかったから。

 シャルロと一緒にやっていた実験についてまとめたレポートを出そうとすると、シャルロが俺の腕を掴む。

「詳しいことは実験室に行ってからだ」

「じゃあ、早く行こう」

「わかったって」


 やりたかった実験は、養成所に材料がなくて出来なかった。

 ナルセスに手紙は書いたけれど、特殊なものだから用意してもらえるかは分からない。

 その代わり、昨日はシャルロと一緒に炎色反応の実験をしたのだ。

 金属の配合によって微妙に色が変わる実験は楽しい。

 すごく出したい色があるんだけど…。


 三人で実験室に向かうと、実験室の前に誰かいる。

「あ」

 目が合った。まずい。

「エル」

『また捕まったのか』

 絶対に捕まる。

「今日も可愛いね」

「離せよ」

 なんでいつもこうなんだ。

「一緒に出掛けよう」

「嫌だよ。今日はやることがあるんだ」

 ロニーが俺の耳元で小声で囁く。

「アレクの誕生日プレゼントを買いに行きたいんだ」

 誕生日?

「え?いつ?」

 ロニーが俺を離す。

「やっぱり知らなかったんだ」

「知らない」

「付き合ってくれる?」

「いいよ」

「着替えたら正門で待ち合わせ。一人で来るんだよ」

「わかったよ」

 ロニーがそのまま歩いて行く。

「なんで引き受けたんだ」

「アレクの誕生日っていつ?」

「ヴェルソの三日だ」

 もうすぐだ。

「知らなかったのか?」

「知らない。…実験はまた明日。じゃあな、カミーユ、シャルロ」

 急いで支度して行こう。


 ※


 遅れて来たロニーと合流して、養成所を出る。

「なんで先に行ったはずなのに正門に居ないんだよ」

 急いで来たのに。

「ちょっと知り合いに捕まってたんだ。ドロップでも食べる?」

「甘いものは嫌いだって言ってるだろ」

「甘くないのだよ」

 ロニーからドロップを貰って舐める。

 ミントだ。

「美味しい」

 この清涼感が、少し懐かしい。

「どこに買いに行くんだ?」

「決めてないよ。アレクは欲しいものなんてないからね」

 欲しいもの…。

 ないよな、きっと。必要なものは何でも揃えられるんだろうし。

「だから、適当に歩いて、面白いものを見つけたら買うつもり」

「面白いもの?」

「アレクは変わったものが好きなんだよ。ラングリオンでは手に入らないものとかね」

「それ、絶対に王都じゃ探せないってことだろ」

「そうでもないよ」

 ロニーが俺の腕を引いて店の中に入る。

 引っ張られるようにして入った店は…。

「時計?」

 時を刻む音がずっと鳴ってる。

 壁一面に掛け時計。手前にもたくさんの置時計がある。

「エルは時計持ってなさそうだね」

「時計なんて必要ないだろ」

 養成所にはチャイムがあるし、空を見上げていれば、だいたいの時間はわかる。

「時を刻むだけが時計の役割じゃないよ」

 どういう意味だ?

 …突然、周りから色んな音が鳴る。

「良い時間だと思ってたんだ」

 壁に飾られている時計から、鳥や精霊、妖精を模した飾りが飛び出す。

「時間を知らせる仕掛け?」

「そうだよ。今度は下を見てごらん。少し時間をずらしてあるから、もうすぐ動くよ」

 台に置かれている置時計が動き出す。

 人形や動物が踊る仕掛けや、人が演奏する仕掛け。時計の文字盤から鳥が飛び出す仕掛けのものもある。

「面白い」

 置時計の仕掛けが終わった後、今度はどこかから音楽が鳴る。

「中にオルゴールが入ってるものだよ」

「オルゴール…」

 良い音色。

 そうだ。

「オルゴールを売ってる店に行きたい」

「良いよ。雑貨屋巡りでもしようか。どんなのを探してるの?」

「面白いやつ」

「そうだね…。何処にも売ってないものが欲しいなら、少し遠出しようか」


 ※


 サウスストリートを南下する。

 こんな端まで来たのは初めてだ。南大門が近い。

「初めて来る」

 中央とは雰囲気が大分違う。

 セントラルや中央広場に近い場所は富裕層が多いから、おそらくこの辺りはその逆なんだろう。

「こんなところに店があるのか?」

「サウスストリートの端には職人通りって場所があるんだ。鍛冶屋や大工、細工屋だとか、色んな職人が集まってるんだよ。オルゴールを作ってる職人もいる」

「なんで、そんな端に居るんだ?」

「中央で働けないような人間も雇うからさ」

「中央で働けない?」

「騎士社会のラングリオンは犯罪に厳しいことでも有名なんだよ。犯罪歴が付けば簡単に職を探せないのが王都だ。でも、技術さえ磨けばやっていけるのがこういう仕事。職人通りに居る職人は中央の職人よりも腕が良いって評判だよ」

『エル。不審な人間から尾行されてる』

 尾行?

 振り返ろうとしたところで、肩を掴まれる。

「気づいても相手にしてはいけないよ」

 ロニーは尾行に気付いてたのか。

「なんで?」

「向こうから仕掛けてこない限り、ほっとけば良いんだ。こっちから仕掛けたって良いことはないからね。ほら、見えてきた」

「どれ?」

 看板も何もない家が続いてる。

 あちこちから工具を扱う音は聞こえて来るけど…。

 ロニーに案内された家に入る。

「こんにちは」

「いらっしゃい」

 机に向かって細かい作業を続けてる人間がたくさん居る。

 ロニーが棚に置いてある何かの部品を手に取って、音を鳴らす。

「オルゴールの部品だよ。何処にも売ってない面白いものなら、自分で作った方が早いと思ってね」

 確かに。

「どんな曲が欲しいの?」

 考えてなかった。

 そもそも、選べるほど曲を知らない。

 いくつか音を鳴らして聞いてみる。

 オルゴールの音色は優しくて良い。どれにしようかな…。

「これ」

「ベルスーズだね」

「ベルスーズ?」

「子守唄だよ」

「どんな歌?」

「歌詞はないよ」

「子守唄なのに?」

「アレクに頼めば、バイオリンで弾いてくれるんじゃないかな」

 バイオリンの曲なら理想的だ。

 きっとアレクも好きに違いない。

「私はこれにしよう」

「それは?」

「月の光」

 ロニーが音を鳴らす。

「俺が知ってるのと違う」

「月を題材にした曲なんてたくさんあるよ。興味があるなら、もう少し音楽を真面目に勉強したら?」

 音楽か。

 選択授業であったっけ。

 バイオリンはもう少しやりたいから、取ってみても良いかもしれない。

 アレクみたいに上手く弾けるようになるかは分からないけど。

 …バイオリン。

「あのさ、ここって木材のカットとかもしてる?」

「さぁ?聞いてみたら?」

 店の奥で働いている人の傍に行く。

「何だ、坊主」

「バイオリンって作れる?」

「ここは楽器屋じゃないぞ。邪魔をするな」

 追い払われた。

 メモ帳を出して、絵を描く。

「こんな感じのオルゴールを作りたいんだ。この辺にオルゴールを入れる」

「…必要な寸法を計れば、木材のカットぐらいしてやるぜ。そっちの作業台を使いな。好きな木材に直接書き込んでも良い」

「わかった」

 オルゴールの大きさがこれぐらいだから…。

「バイオリンの形にするなら、この木にしたら?木目の方向はこっち。仕上げは補修用のニスが養成所にあるからそれを使うと良い」

 こんな感じで…。それから…。

「良くそこまで細かく描けるね」

「でも、あの渦巻の辺りがどうなってたか思い出せない」

 胴体とのバランスも難しい。

「大まかにカットしてもらって、後は自分で削るんだね」

「ん。わかった」

 そうしよう。


 オルゴールの材料を買って店を出ると、店先に子供が一人うずくまっている。

「どうし…」

 ロニーが俺の腕を引く。

「構っちゃだめだよ」

「なんで?」

「乞食なんて相手にしてどうするの」

 そんな言い方…。

「離せ!」

 ロニーの腕のを振りほどいて、子供の傍に行く。

「大丈夫か?」

「…お腹が空いて」

 食べるもの…。

 そうだ。ユリアから貰った菓子があったはず。

 菓子の包みを出すと、子供が俺の手から包みを取って菓子を食べる。

『エル。一人じゃないぞ』

「え?」

 近づいてきた子供が俺の服の裾を掴む。

「ちょうだい」

「これしかないんだ」

 落胆したように俯いた子供の手に、酷い火傷の痕がある。

「これ…」

「さわらないで」

 まだ痛いんだ。

 薬…。

 確か火傷に効く薬も持ってた。

「手を貸して。この薬を塗れば良くなる」

「くすり…?」

 薬を出すと、子供が俺の持っていた薬を乱暴に取る。

「本物?」

「あぁ」

「他にも薬持ってるの?」

「持ってるけど…」

 囲まれてる。

 後ろから来た子供たちが急に短剣を出したのが見えて、慌てて立ち上がって一歩下がると、子供たちが…。

「え?」

 何、してるんだ?

「怪我したよ。薬、ちょうだい」

 子供の腕から、うっすらと血が滴る。

「僕も」

 なんで?

「私も」

 自分の腕に傷を?

「ねぇ、持ってるんでしょ?」

 なんで…?

「それ以上近づいたら容赦しないよ」

 後ろに立ったロニーが俺の視界を手で覆う。

「!」

『光の魔法だ』

 魔法?

「やめろ、ロニー」

 手を払うと、子供たちが散り散りに逃げていくのが見える。

「何したんだ」

「怪我を治してあげただけだよ」

『癒しの魔法を使ったようだな』

「癒しの魔法…?」

 ロニーは光の精霊と契約してるのか。

「ほら、行くよ。また絡まれたら困るからね」

 ロニーに促されて、来た道を戻る。

「相手が子供だから簡単に追い払えたけど。金目のものを持ってるって思われたら、身ぐるみはがされて終わりだからね」

「金目のもの?」

「まだわからないの?日々の食べ物を手に入れるだけでも大変な彼らにとって、薬はとても高価なものだよ。ほっといても治る傷に使うぐらいなら換金する方が良いってことを知ってる」

 俺のせいだ。

「少しは懲りた?」

 俺が安易に薬を渡そうとしたから。

 だから…。

「ロニー」

「何?」

「癒しの魔法を使ってくれて、ありがとう」

 俺じゃ、何もできなかったから。

「……みたい」

「え?」

 今、なんて言ったんだ?

「ひとつ教えてあげようか」

「何?」

「アレクにプレゼントを渡すなら、ヴェルソの三日じゃ遅いよ」

「なんで?」

「アレクはこの国の王子。毎年自分の誕生日は城に戻ってるんだ」

 近くに居過ぎて、たまに忘れそうになる。アレクが王子だってこと。

 アレクが養成所に居るのは今年で最後。今までの様に会えることはどんどん減るかもしれない。

「間に合うように自分で仕上げられる?」

 アレクが帰る日は…。

 きっと晦、朔の連休の前。カプリコルヌの二十九日の放課後だ。

「大丈夫だと思う」

 これから加工するものは多いけれど、木材は必要な形にカットしてもらったし、集中して作れば何とかなるはず。

「難しかったら手伝ってあげても良いよ。アレクはきっと、エルからプレゼントを貰えたら喜ぶだろうからね」

 喜んでくれるかな。


 ※


 養成所に戻って、ロニーと別れて部屋に戻る。

「あ」

『どうした?』

「工具がない」

 実験室にあるかな。…いや。カミーユかシャルロが持ってるかもしれない。

 ついでに、カミーユに実験ノートを見せよう。

 オルゴールの材料とノートを持って部屋を出て、近くにあるカミーユの部屋をノックする。

『部屋の中には誰も居ないぞ』

「居ない?」

『あっちだ』

 あっち?

 廊下の先から二人が歩いて来るのが見える。

「カミーユ、シャルロ」

 あれ?シャルロは制服で、カミーユは私服?

「出かけてたのか?」

「出かけてたのはカミーユだけだ」

 二人でどこかに行ってたわけじゃないのか。

「何か用か?」

「工具を持ってないか?」

「工具?」

 持っていたオルゴールの材料を見せる。

「なんだこれ?」

「オルゴールの材料」

「…細かい作業に使う工具なら俺が持ってる。貸して欲しいなら部屋に来い」

 良かった。シャルロが持ってるのか。

「わかった」

「じゃあな、カミーユ」

「あぁ」

 カミーユと別れて、シャルロについて行く。

 あ。ノート。

 …また後で良いか。


 ※


 思ったよりも本物に忠実に作れなさそうだ。

 時間もないし、ある程度は簡略化するしかないだろう。

 その代わり、比率だけはなるべく忠実に再現しよう。

 パーツさえ綺麗に仕上げれば、後は組み立ててニスを塗って仕上げ。

 でも、アレクの誕生日には渡せないんだよな。

 アレクは誕生日は城で過ごす。

 何かできることないかな。

 アレクの誕生日に。

 …あれなら、城からでも見えると思うんだけど。


「エル」

「ん…?」

 顔を上げると、カミーユが居る。

「カミーユ?」

 なんで?

 ここ、シャルロの部屋だよな?

「土産。ナルセスからエルに渡してくれって頼まれたんだ」

「ナルセスから?」

 今日はナルセスに会いに行ってたのか。

 カミーユから渡されたのは、白い粉の入ったラベルのない瓶。

「何?これ」

「硝石」

「!」

 それって。

「シャルロ、これで実験が出来る?」

「出来る」

「やった!」

 これがあればアレクの誕生日にもプレゼントが出来る。

「せっかくだから、一発でたくさん出る奴を作りたいんだ。色は二色の予定」

 考えていたものをまとめたノートを出す。

「あの綺麗な菫色を出したいんだ」

「菫と碧にするつもりか?」

 その通り。

 アレクの瞳の色と同じ色にしたいんだけど。

「でも…。今から準備して間に合うかわからない」

 アレクの誕生日はヴェルソの三日。

 オルゴールを二十九日に完成できたとしても、アレクの誕生日まで四日しかない。

 これから、あの綺麗な菫色の配合を探して、本番に向けた実験をして…。

「ナルセスからレシピも聞いて来たし、大丈夫じゃないか?」

「炎色反応の実験ぐらいならやっておいてやる」

 二人が手伝ってくれるなら、なんとかなるかもしれない。

「作業がひと段落したなら夕飯を食べに行こうぜ」

「…その前に、その瓶は部屋に置いて来い」

「わかった」

 大丈夫。出来る。


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