00 王国暦六〇〇年 カプリコルヌ 二十四日
「中等部一年からは、選択授業が増える。自分が将来進むべき道を考えて、教科を選ぶように。魔法専門科、錬金術専門科、それぞれに進むためのモデルは別紙で配った通りだ。各自、個人面談の時までに作成しておくように」
中等部からは授業を自由に組める。
錬金術のモデルは…。好みじゃないな。好きなのを組もう。
剣術は必修。でも、中等部では剣のタイプがいくつか選べるみたいだ。何にしようかな。
「カミーユ。放課後面談室に来い」
「え?俺一人?」
カミーユだけ?
なんで?
「面談室は説教部屋じゃないからな」
なんだ。説教じゃないのか。
「以上」
※
カミーユは先生と一緒に行ってしまった。
シャルロと一緒に実験室に行こうとすると、ユリア、マリー、セリーヌがついてくる。
「何か用か」
「シャルロ。もう一回勝負しなさい」
「勝負?」
「セリーヌ、シャルロにチェスで負けたのよ」
「チェスなんていつやってたんだよ」
「授業中よ」
「…なんで?」
シャルロを見る。
「勝負を挑んできたのはセリーヌだ。メモ紙で回して来たんだよ」
シャルロが俺にメモ用紙を見せる。
これって、棋譜?
白の勝ちってことは、白がシャルロの手か。
「誰かが評価してる」
棋譜の横に、良い手、悪い手のマークがついてる。
「マリーと一緒に見てたんだぁ」
白のナイトが活躍してる。
クイーンサイドでキング、クイーンとルークを狙ったフォークの後に、キングサイドでキングとルークを狙ったフォーク。
白はクイーンとルークを全く動かさずに、中央でチェックメイト。
「俺も見たかったな」
「お前は授業をさぼってただろう」
「あぁ。あれか」
古代語の授業。
授業は最低限の出席回数さえ確保していれば出なくても良い。
シャルロから学習計画表を借りて計算したら、五回ぐらいはさぼれることがわかったから。
「先生が補習を出すって言ってたわよ」
無断欠席は補習の対象。今まで出されたことないんだけど、連続で欠席したからかもしれない。
「どこに行ってたんだ」
「ちょっと探し物」
その時間は図書館に居た。
書庫は人が来ないから、さぼるのに適してる。面白い本もたくさんあるし。
「また何か悪いことでも考えているの?」
いつも、二言目にはそれだ。
「別に、俺が何しようと勝手だろ」
だって。もうすぐアレクが卒業する。
王族は中等部の二年で卒業。来月、ヴェルソの十五日が卒業式だ。
※
実験室に入るなり、セリーヌがチェス盤を出してチェスを並べる。
「せっかくだから賭けをしましょう」
「賭け?」
「そうよ。私が勝ったら、なんでも一つ言うことを聞いて」
「その類の話しには乗らない。なんでも、なんて中途半端な言い方だ。具体的に言え」
「そうね…」
「良いこと考えたぁ」
「何?」
「エルに、甘いもの食べさせるっていうのはぁ?」
「俺は関係ないだろ」
「却下だ」
「負けるのが怖いの?」
「他人を巻き込む勝負をする気はない」
「もう」
「シャルロは勝ったらどうするの?」
「俺が勝ったら髪を切れ」
「冗談じゃないわ」
「ひどぉい」
「女の子に髪を切れなんて失礼ね」
髪を切るって、そんなに酷いことなのか。
「嫌なら賭けはなしだ。はじめるぞ」
「わかったわよ」
セリーヌがクイーンの前のポーンを動かし、シャルロが向かい合う黒のポーンを動かす。
さっきの棋譜を見る限り、白と黒を入れ替えたところでシャルロが負けることなんてなさそうだけど。
…クイーンとナイトで、キングへダブルチェック。しかも、ナイトはルークとキングをフォーク。また序盤でルークを失ってる。
見ていてもつまらないかもしれない。
「エル、今日は何するのぉ?」
「ん…」
何するかな。
書庫で読んだ実験をしたかったんだけど、あれはマリーとセリーヌが文句を言いそうだし。
「決めてない」
「ね。それなら、シャボン玉しようよぉ」
「シャボン玉?」
「面白いの教えてあげるからぁ、シャボン液作ってぇ?」
「いつものシャボン液で良いのか?」
「うんっ。たくさんねぇ」
たくさん?
まぁ、今日は人数も多いし、たくさん作った方が良いか。
いつも通り準備をして、材料を計量して。シャボン液を作る。
「慣れてるねぇ」
「良く作ってるから」
ミーアたちが喜ぶから、今でもたまに夜に遊んでる。
ストローに切り込みを入れたものを二つ作って、一つをユリアに渡す。
「これで良い?」
「ありがとぉ」
「面白いのって?」
「ふふふ。シャボシャボン玉を作るんだよぉ」
「シャボシャボン玉?」
「シャボン玉の中にぃ、シャボン玉を作るのぉ」
シャボンの球体の中に、シャボン玉?
「大きいシャボン玉を作ってくれるぅ?」
シャボン玉を吹く。
「もっと大きくしてぇ」
「ん…」
シャボン玉にゆっくり空気を入れて、膨らます。
「良い感じに膨らんできたねぇ。…あっ」
割れた。
「もっと優しくしてねぇ?」
「してるよ」
もっと大きくしなきゃいけないのか?
もう一回、シャボン玉を膨らませる。
ゆっくり息を吐きながら…。
「うん。その調子」
大きくなったシャボン玉が浮かぶ。
「ちゃんと見てねぇ?」
ユリアがシャボン玉に向かって息を吹く。
「おぉ」
シャボン玉の中に、小さなシャボン玉が浮かぶ。
二重のシャボン玉。
「ほら、次はエルの番だよぉ」
浮かんでいるシャボン玉に息を吹きかけると、内側に向かってくぼみが出来る。
できそう、と思った瞬間、割れた。
「吹きっぱなしはだめだよぉ。今度は私がやってあげるねぇ?」
ユリアが大きなシャボン玉を膨らませて、浮かべる。
吹くのは一瞬で良いのか?
そのシャボン玉に向かって息を吹く。
あ…。
「できた」
俺がそう言った瞬間、研究室の扉が乱暴に開く。
カミーユだ。
「何やってるんだ?」
「見て分かんないのかよ」
大きなシャボン玉の中に小さなシャボン玉が浮かんでいる。
成功。
「ふふふ。もっといっぱい入れてみよっかぁ?」
「じゃあ、もっと大きくしないとだめなんじゃないか?…あ」
割れた。
「そうだねぇ。じゃあ外でしよっか」
「準備しよう」
もっとシャボン液を作らないと。
「え?待ってよ、私たちも行くわ」
シャルロとセリーヌはまだチェスをやってるみたいだ。
「チェスが終わってからでいいよ。針金で作らなきゃいけないし」
大きいシャボン玉を作るには針金があった方が良い。
「カミーユ、作って」
針金をカミーユに渡し、シャボン液を作る。
「このレシピ優秀だよねぇ」
「なんで?」
「シャボン玉ってぇ、もっと割れやすいんだよぉ」
十分、割れやすいと思うけど。
※
外はすっかり冬の気温だ。風が冷たい。
実験室から持って来た平らな容器にシャボン液を入れる。
「マントを持ってくれば良かったわ」
確かに。制服は長袖だけど、少し寒い。
「くっついてたらあったかいよぉ」
『大丈夫?マリー。無理しないでね?』
ナインシェだ。
「えぇ。…寒くなったら戻りましょう」
カミーユがシャボン液に針金を浸して、引き上げる。
「おぉ」
針金の後を追うようにシャボン玉の膜が張る。
「エル、動くなよ」
「え?」
カミーユが針金の輪を俺の頭上から足元に向けて降ろす。
シャボンの膜に包まれる。
「…綺麗」
触れたら簡単に消えてしまうのに。ちゃんと目の前に存在する。
この膜から、新しくシャボン玉作れるのかな。
ユリアとやっていたみたいに、息を吹きかけた瞬間。シャボン玉の膜が消えた。
「寒いから割れやすいのよ」
本当にあっさり割れる。
カミーユが、今度は針金をシャボン液に漬けた後振り回す。
大きなシャボン玉がたくさん浮かぶ。
今度は割れないように…。
シャボン玉の一つに息を吹きかける。
「できた」
『上手く行ったな』
もっとやろう。
「エル。ストローで小さなシャボン玉をたくさん作れ」
シャルロ。
「わかった」
ストローを出して、小さい容器に入れておいたシャボン液に浸して吹く。
シャボン玉は外でやった方が断然楽しい。
「カミーユはそれを掬え」
シャルロに言われた通り、カミーユが小さいシャボン玉を、針金で掬う。
大きなシャボン玉の中に、小さなシャボン玉がたくさん。
「わぁ、いっぱいできたねぇ」
『見て、メラニー。面白いよ』
『そうだな』
「綺麗ね」
「初めからこうしてれば良かったじゃない」
「室内では無理だ」
もう一度、小さいシャボン玉をたくさん出す。
「カミーユ、もう一回」
「私もやるー」
『あ、誰か来るよ』
「?」
『正門だ』
マリーと一緒に正門の方を見る。
「誰かしら」
あれは。
「ナルセスだ」
俺が喋れなかった時に何度か診てくれた、錬金術研究所に居るフラーダリーの知り合い。
「久しぶりだな、エルロック」
「久しぶり」
「その後、変わりないか」
ナルセスに最後に会った時は、まだ喋れなかったと思うけど。
喋れるようになったことぐらい誰かから聞いてるだろう。
「見ての通りだよ。何しに来たんだ」
「給水塔を見に来ただけだ」
「給水塔?なんで?」
歩き出したナルセスに続く。
「仕事だ」
ナルセスは水の専門科だっけ。水質検査?にしては何も持ってないよな。
「エル、待てよ」
「誰なの?」
「錬金術研究所のナルセス」
シャルロと会ったことあるのか?
「シュヴァインの坊やはなんでも詳しいな」
「……」
「俺もお前たちのことは知ってるぞ。養成所の不良三人組、エルロック、カミーユ、シャルロと、マリアンヌ、セリーヌ、ユリアだな」
「同列に扱わないでくれる?私たちは悪いことなんてしてないわ」
「悪いことをしてるのか。エルロック」
「してないよ」
「毎回叱られてるんだろう」
「少し」
何でも詳しいのはナルセスの方じゃないのか。
「錬金術と魔法、どっちを極めるか決めたのか」
「錬金術に決まってる」
「えっ?そうなの?」
「なんでマリーが驚くんだよ」
「魔法専門科を目指すのだと思ってたわ。だって…」
俺が魔法陣を描けるから?
「魔法は好きじゃない」
「フラーダリーは魔法研究所だよねぇ?」
「そうよ。フラーダリーを手伝うんじゃないの?」
「エルロックが錬金術研究所に来るなら歓迎だ」
別に、研究所で働くことを目指してるわけじゃないけど。
「先のことなんてまだ決めてない」
「そうだな。お前が何を目指すのか楽しみにしておこう。今、私が一番欲しい人材はカミーユだからな」
「え?俺?」
俺の声を取り戻す薬を作ったのがカミーユだってことも知ってるのか。
「カミーユは騎士になるのよ。錬金術なんて勉強するわけないじゃない」
充分、ロニーと勉強してると思うけど。
「君が入ってくれると助かるんだが。…考えておいてくれ」
「こら。ここは立ち入り禁止だぞ」
怒られて顔を上げると、警備員が立っている。
この前は居なかったのに。
「お前たち、何かしたのか?」
「虹を作ろうと思って、給水塔の上から水をばらまいたら怒られたんだ」
「相変わらず面白いことをやってるな」
結局、俺は見られなかったんだけど。下からは見えたって誰かが言ってた。
「水の実験をしたいならこれをやる」
ナルセスが巾着を俺に渡す。
中に入ってるのは…。
「魔法の玉?」
水色に着色されてる。
「水の玉が入ってる。割ったら水が大量に出て来るから気をつけろよ」
「ん。わかった」
それって、あの実験が失敗した時にも使えそう。
「あのさ、聞きたいことがあるんだけど」
持っていたメモを出してナルセスに見せる。
ユリアたちが来たせいで出来なかった実験。
「材料を揃えるのは難しいぞ」
「難しい?」
「そんなに作りたいのか」
頷く。
アレクの卒業式に、何かしたいから。
「仕方ないな。…今日は忙しい。聞きたいことがあるなら俺に手紙を寄越せ」
「わかった」
たぶん、先生には聞けないことだし。手紙を書いてみよう。




