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旧作2-1  作者: 智枝 理子
Ⅰ.騎士と紅の瞳の新入生
3/53

01 王国暦五九八年 コンセル 二日

「今日からこのクラスに入ることになった、エルロック・クラニスだ。少し遅れて入学になったが、仲良くするように。…エルロック、空いている席に座れ」

 鞄を持って、空いている席に向かう。

「よぉ。俺はカミーユ」

 隣に座っている奴と目が合う。

 カミーユというらしい。

 クラスの名簿は一通り見せてもらった。

 カミーユ・エグドラ。騎士の家系の名門、エグドラ家の二男。

「おい、なんか言えよ」

 言えないんだからしょうがない。

 席に座る。

「変な奴」

 だって、喋れないから。

 声を出せないのは教師だけが知っている。

 授業を受けるのには支障がないから、言う必要はないと教師に伝えてあった。

 その内、声も出るようになるだろう。

 その方法を、俺の保護者であるフラーダリーが探してくれているから。


 ホームルームが済んで、言語学の教師が入ってくる。

 最初の授業は、ドラゴン王国時代の言語だっけ。

「授業を始めるぞ」

 古い言葉…、ドラゴン王国時代の言語や、古代語の授業は受ける必要がない。

 だから、苦手な教科の予習をする時間に使うと良い。

 そう、アレクが言っていた。

 ここ、ラングリオンの王立魔術師養成所に入るまで、勉強を教えてくれた相手。

 アレクシス。

 二歳年上で、俺の保護者の弟で、養成所の中等部一年。

 養成所は初等部二年、中等部二年、高等部二年で、高等部は錬金術科と魔法科に分かれる。

 次の部に上がる為には、テストを受けて合格点を出さなければいけない。

 失格すれば、もう一度同じ部をやり直すか退学。

 そして、そのテストを受けるためには、定期的に行われるテストで合格点を出すほかに、ある程度の授業の出席率が必要らしい。

 つまり、どんなに必要のない授業でも、授業に出席しなければいけないというわけだ。

 養成所の一日。

 朝のホームルームの後に授業が二時限。ランチの後に、一時限か二時限あって、午後のホームルームがある。

 ホームルームは担任と呼ばれる先生が受け持ち、授業は、専門家の教師、先生が来るらしい。

 大人は全部先生なんだろうか。

 先生だらけの場所だ。

 午前の授業は、言語学と数学。

 数学は得意だから、この時限も自由に使えそうだ。

 苦手というか、予備知識が足りない教科はいくつもある。

 たとえば歴史。まさか、自分がラングリオンの王都で生活するなんて思ってなかったから。一通り本は読んだけれど、歴史の流れを整合性をもって説明するためには、時代考証が足りない。

 言語学だって、他国の言語なんて知らない。今は声を出せないから余計に困る。ラングリオンの言葉とほとんど差異はないらしいけれど。

「…エルロック!」

 呼ばれて、顔を上げる。

「入学早々、俺を無視とは良い度胸してるな。これを訳してみろ」

 先生がチョークを持ったまま、黒板を叩く。

 立ち上がって、黒板に翻訳を書く。

 あれ。

 これって、現代語に翻訳するのか?それとも古代語?

 聞いてなかった。

 二種類書く。

「戻れ」

 正解があれば良いけど。

 席に着く。

「あれ、何の言語だ?」

 ってことは、現代語だけで良かったのか。

「これは古代語だ。後期に学習する。質問があるなら休憩時間に受け付けるから、次のセンテンスに移るぞ」

 あぁ。面倒だな。

 座っていれば良いだけじゃないらしい。

 でも。

 勉強を頑張ることが今の自分の責任だと、フラーダリーに言われたから。

 それから、友人を作ること。

 …今まで一度も友人なんて作ったことないのに。


 昼休み。

 昼食は、校舎の食堂でとる。

 朝食と夕食は寄宿舎の食堂だ。

 寄宿舎は男女別の棟。校舎の東が女子寮で、西が男子寮。

 女子寮に男子は入っちゃいけないのに、逆は自由らしい。

 校舎には、初等部から高等部までの教室や、専門の授業を行う教室、教師の職員室、食堂、中庭…。色んな部屋がある。

 今、自分が居る教室は、中等部の二年までずっと使う。

 他には、校舎の南側に講堂と図書館がある。

 昨日の内に、担任の先生が一通りの施設を案内してくれてた。

「エル、居るかい」

 教室の扉が開く。アレクだ。

「アレクシス様」

 誰かがそう言う。

「こんにちは。失礼するよ」

 アレクが俺の前に来る。

「授業は楽しかったかい?」

 別に、楽しいと思うことはなかった。

「すぐに面白くなってくるよ。おいで。ランチに行こう」

 ほとんど強制的に、アレクが俺の腕を引いて教室を出る。

「午前の授業は、何だった?」

 言語学と数学。

「きっと、エルが学ぶ必要のない授業だったんだろうね」

 アレクは俺が喋らなくても、大体わかるらしい。

 本当に、良くわかるな。

「顔に描いてあるよ。つまらないって」

 描いてる?

 アレクが笑う。

「不便なことはないかい」

 頷く。

 今のところ、喋れなくても困らない。

「アレク」

 廊下に立っているのは…。

「紹介するよ。私の友人の、グリフとロニー」

「こんにちは。俺はグリフレッド。グリフで良いぞ」

 大柄な男。

 これが、幼少期からのアレクの幼なじみ。

「私はヴェロニク。ロニーでいいよ。君がエルロック?可愛いね」

 手を伸ばされて、アレクの後ろに隠れる。

 可愛いってなんだ。男に使う言葉じゃない。

 こっちは、養成所で会ったって言ってたな。

「エル?」

 アレクの後ろから顔をのぞかせる。

「喋れないんだっけ?」

「そうだよ」

「ほら、挨拶も済んだし、早く食いに行こうぜ」

 歩き出したアレクについて行く。

 グリフとロニーは、アレクの前には出ないらしい。

 というか。

 アレクって、この国の王子なのに、従者を一人もつけなくて大丈夫なのか?

 この二人がアレクの身辺警護をしている人間なわけはないだろうし…。

「どうしたんだい、エル」

「そんなに不信がらないでくれよ」

「心配しなくても、取って食べたりしないよ?」

「人見知りが激しいのか、この坊やは」

「この国に入ってすぐに、瞳のことでからかわれているからね」

 ラングリオンの王都に来て、一人で歩いていた時。

 いきなり石を投げられた。

―おい、見ろよ。吸血鬼が居るぞ。

 吸血鬼種。

 昔、吸血行動を行う人間が居たらしい。今は存在しない種族。

 その種族は、髪の色が黒く、瞳は血のように赤いブラッドアイだった。

 だから今でもその容姿の人間は吸血鬼種と呼ばれる。

 でも。

 吸血鬼種が、ここまで忌み嫌われる種だとは知らなかった。

 俺の髪は黒じゃなくて金髪なのに…。

 あの時。

 石を投げられて、殴られて。周囲に人だかりができて。

 短剣を抜いて戦っていたら、アレクと精霊が助けてくれた。

―そんな小さな子供相手に何をしているんだい。

―アレクシス王子!

 その時、初めて知った。

 フラーダリーの弟と名乗っていたアレクが、ラングリオンの第二王子だと。

 そして、俺の保護者であるフラーダリーが国王の妾腹だと。

「こんなに綺麗な瞳なのにね。…この子は砂漠の出身だっけ?」

「そうだよ」

 アレクが答える。

 アレクは、フラーダリーと同じで何でも知ってるから。

 砂漠で黒髪にブラッドアイは珍しくない。

 ラングリオンで迫害された結果、砂漠に流れ着いた吸血鬼種が多いという話しだ。

 これも、こっちに来てから初めて知った。

「さて。今日は何にしようかな」

 ここが、食堂。

「アレク、誰だ?そいつ」

「エルロック。マリーと同じクラスに中途入学した子だよ」

「あぁ。そういや、マリーが言ってたな。…良く、試験に合格したな」

 金髪に、コーラルオレンジの瞳。

「私が勉強を教えたからね。…エル、マリアンヌとは挨拶を済ませたかい」

 首を横に振る。

 マリアンヌ・ド・オルロワール。

 ラングリオンの二大名家の一つ、代々書記官を務めるオルロワール宮中伯の令嬢。

 たぶん、同じクラスに居たのだろうけど、誰かわからない。

 ってことは…。

 こいつは、アルベール・ド・オルロワールか?

 マリアンヌの兄で、アレクと同じクラスなら。オルロワール家の長男だろう。

「それなら丁度良い。マリー!」

 アルベール?が、声を上げると、呼ばれた相手がこちらに来る。

「アレクシス様、御機嫌よう。…なぁに?お兄様」

「エルロックと挨拶してないんだろ?」

「個人的にはまだしてないわ。こんにちは、エルロック。私はマリアンヌ・ド・オルロワール」

 金髪にピンク色の瞳。

 綺麗な顔立ち。

 この国って、こんなに色んな瞳の人間が居るのか?

「よろしくね、エルロック」

 手が差し出される。

 これ、手を取った方が良いのか?

「エルは人見知りが激しいからね。無理をしなくて良いよ」

 マリアンヌが、無理やり俺の手を掴む。

「同じクラスなんだから、仲良くやりましょう。みんな、あなたが気になってるのよ?」

 気になってる?

「養成所に中途入学なんて、あり得ないからな」

 中途入学するために受ける試験は難関らしい。

 でも、アレクが勉強を教えてくれたから。

「ね、みんなで一緒にご飯食べましょう。アレクシス様、エルロックをお借りしてもよろしいかしら」

 だめだ。

 喋れないのに。

「すまないね。今日は私に預けてくれるかい」

「もちろん、構いませんわ。エルロック、また後でね」

 マリアンヌが手を振って去っていく。

「悪いな、うちの妹は少し強引なんだ。…あ、俺の名前はアルベール。よろしくな」

 やっぱり。

「アルはもう、ランチは終わったのかい」

「やることあるからな」

「相変わらず忙しいね。…エル、行こうか」

 アレクに続いて歩く。

「昼休みは、たいてい食堂か中庭に居るから、会いたかったらいつでもおいで」

 頷く。

 それを伝えるために、わざわざ俺を誘ったのかな。

 アレクの瞳は碧眼。

「ん?…あぁ、この国は、金髪碧眼が多いよ。アルベールとマリアンヌは特殊だ。光の精霊の祝福が強い家系はね、男性にコーラルアイ、女性にピンクアイが生まれやすいんだ」

 そうなのか。

 オルロワール家は光の精霊の祝福が強い家系。

「本当に聞きたかったことなのか?それ」

 グリフの質問に、頷く。

「すごいな、アレク」

「エルは素直だから分かりやすいよ」

 素直?

「アレクはこの子が気に入ってるんだね」

「もちろん」

 なんで気に入られてるのかわからないけど。

「ほら、トレイだ」

 グリフからトレイを受け取る。

 食事はセルフサービス。決められた時間の間に、自分で好きなものを選んで食べる。

 色鮮やかで色んなものがある。

 見たことのないものばかり。

 何にしようかな。

「エル、あまり甘いものばかり選ばないようにね」

 それ、フラーダリーにも言われたな。


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