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旧作2-1  作者: 智枝 理子
Ⅳ.桜と精霊
23/53

00 王国暦五九九年 ベリエ 六日

「…それから、外出禁止期間を三日間延長する」

 いつも通り。シャルロとカミーユと一緒に先生に呼び出されて説教を聞き流し、課題と補習の説明書きを受け取る。

 外出禁止令が三日追加されると、確か…。

「十六日まで?」

「そうだ」

「まじかよ。桜の季節だってのに」

 桜?

 そういえば、ラングリオンに来た頃、フラーダリーとアレクが言っていた気がする。

 桜を見せてあげたかったって。

「桜は、ラングリオンでベリエの短い期間だけ咲く花だ」

「見に行こうぜ」

「中庭の桜の木で我慢するんだぞ」

「中庭?」

 そんな特別な木、あったっけ?

「行こうぜ」

「いいか、お前たち。妙なことは考えるなよ。外出禁止令を破ったら、禁止の期間が倍になるからな。補習は明日の放課後。さぁ、帰れ」

「はーい」

「ん」

「はい」

 聞き慣れた先生の溜息が聞きながら、三人で応接室を出る。

 先生と個人的な面談を行う応接室は、今や説教部屋で定着してしまっている。

 今回の原因は、俺が作ったゲル状の半固体物質だから、シャルロもカミーユも関係ないはずなのに、一緒に連れてこられた。

「あれ、何が原因でゲルに戻ったんだ?」

「エルが作ったのは、ダイラタント流体なんだろう。時間が経てば戻る」

 強い力を加えた時だけ固まる性質を持ったもの。

「結局取れたのか?画鋲」

「さぁ?」

「天井にはなかったぞ」

「じゃあ成功なのかな」

 今回の発端は、天井に画鋲が刺さったことだ。

 誰かが遊んで吹き飛ばしたらしいけど、経緯は知らない。

 単純に天井から取るのもつまらないから、この前補習で作った粘着液で取ってみようという話しになったのだ。

 目的のものに張り付いて、引っぺがすような粘着物。

 半固体、ゲル状のダイラタント流体を、画鋲のある天井に張り付けたのは良いんだけど。そのまま取れなくなった。

 金属にくっつく性質の粘着液を加えたから、画鋲だけに強く張り付き、ゲルに戻った時に画鋲と一緒に天井から落ちてくるはずだったんだけど。

 思ったより、全体の固まり続けてる時間が長かったのだ。

 そのまま授業が始まって、授業中に先生の頭に落ちたせいで授業が中断。先生の髪の毛にべったり張り付いて、先生が絶叫を上げて。授業どころじゃなくなった。どうせ水で流せば落ちるだろうけど。

 そして、担任の先生に呼び出され、いつも通りの説教を受けることになったのだ。

 課題は古い時代の文献の書き取り。書き取りは好きじゃない。

 補習は楽しみだけど。

「ほら、桜の木、ここからも見えるぜ」

「どれ?」

 窓から中庭を見るが、どの木かわからない。

「いつも昼休みにアレクシス様が居るところなんだけどな」

 じゃあ、あのベンチのところかな。


 ※


 春は一年で一番、色んな色の花が咲く。

 中庭の花壇の花は、赤、白、黄色、ピンク、青、紫。色とりどりだ。

 これはチューリップ。

 こっちは菫。薄い紫は、アレクの右の瞳と同じ色だ。

「この青い花は?」

 初めて見る。

「アヤメだ」

 空に向かってまっすぐ伸びてる。

 凛々しくて、すごく綺麗。

「どこかの国では虹の御使いの化身と言われているらしいな」

「虹の御使い?」

「そういう物語があるんだよ。…花言葉は愛のメッセージ。好きな人に、他の花と混ぜて贈るんだ」

 女性に花を贈るのは、この国の風習なんだろうな。

 フラーダリーに花を渡した時も喜んでくれた。

「ほら、これが桜の木」

「これが?」

 他の木と、大した差はなさそうだけど。

「満開になると、すごく綺麗だぜ。ピンク色の花なんだ」

「ピンク色?チューリップみたいな?」

 ピンクのチューリップを指すと、カミーユとシャルロが首を横に振る。

「もう少し優しい色だな」

「花も可愛いんだぜ」

 どんな花だろう。

「楽しみだな。花が咲くの。…短い期間しか咲かないんだっけ?」

「早ければ八日ぐらいから咲き始める。それから三日から五日で満開になって、満開から四、五日で見頃を終えたら、後は散るだけだ」

「え?」

 そんなに、短いのか。

 じゃあ二十三日の休みには、きっと花は終わってるだろう。

 中庭の花が咲けばアレクと一緒に見られるだろうけど、フラーダリーと一緒に見られないだろう。

 …少し、残念だ。

「抜け道を探してみるか」

「抜け道?」

「養成所を抜け出す方法があるかもしれない」

「方法って。外出許可は下りないぜ。正門で門前払いだろ?」

 先生が、俺たちの外出禁止を伝えているはずだから。

「こっそり抜け出すのか?」

「そんな危ないことはしない。…門番が俺たちを通す方法を考えてみよう」

「門番を脅かすのか?」

「正門を守っている奴らが子供だましにひっかかるとは思えないな」

「じゃあ、どうやるんだよ」

「それを今から考えるんだ」

 門番が俺たちを通してくれるケース…。

 どんなのがあるかな。

 養成所から出る時は、必ず正門脇にある事務所で外出届を書かなければいけない。

 宿泊する場合は、外泊届も。

 細かく記入する場所があったけれど、いつも帰省としか書いてないから、詳しい項目については見てないな。

「ちょっと行ってみよう」

 案外、気にせず通してくれるかもしれない。


 ※


 正門まで行き、門の横にある事務所の中に入る。

「外に行きたいんだけど」

 事務所の中の人たちが、驚いた顔で俺を見る。

「エルロック・クラニス。君には外出禁止令が出ているわ」

「もう終わったと思うけど」

 受付の女性事務員が苦笑する。

「おかしいわね。今日、三日延長の知らせを受けたばかりよ?」

「その書類、間違ってるんじゃないのか」

「見てみる?」

 事務員から書類を受け取る。


 カミーユ・エグドラ

 シャルロ・シュヴァイン

 エルロック・クラニス

 上記三名の外出禁止期間を三日間延長する。


 教師のサインの横に、養成所の紋章を描いたホログラムがある。

「ホログラムが、なんで?」

「仮にも王立魔術師養成所だもの。ホログラム技術の向上のためにも、正式な文書にはすべてホログラムを入れているのよ」

 そういえば、外出届や外泊届にも必ずついてたっけ。

 公文書には必ず入れられるホログラム。

 俺の身分証にも使われている。

 …そういえば、身分証。

 あれには、俺の出身は砂漠のオアシス都市・ニームだって書かれてる。

 本当は違うけど、消失して再発行された時は、何故かそうなっていたのだ。

 というか、この書類だって本当は変わるはずだった。

 ラングリオンで俺はフラーダリーの養子になるはずだったから。でも、年が近過ぎるという理由で裁判所は認めなかった。ラングリオンの法律上、フラーダリーは俺の母ではなく、砂漠から来た留学生の後見人になる。

 どちらにしろ、養成所を卒業すればラングリオンの市民権を得られるから問題はないんだけど。

 そうすれば俺の拠点はラングリオンになり、砂漠の出身って項目は身分証から消えるはずだ。

「納得した?」

 何の話ししてたっけ。

「桜が綺麗な場所ってどこ?」

「え?桜?桜と言ったらグラム湖よ」

 グラム湖って、確かラングリオン初代国王が、神から啓示を受けた聖地だ。

 王都から近いはず。

「桜が満開になるのはいつ?」

「毎年十三日辺りが満開ね」

「じゃあ、十五日か十六日に出かけても良い?」

 相手は、手元の資料に目を通す。

「外出禁止は十六までね。残念だけど、許可は出来ないわ。どうしても行きたいなら、君の保護者に頼んでみたら?」

 フラーダリーには頼めない。

 外出禁止になってしまったのは自業自得だ。こんなことでフラーダリーに迷惑はかけられない。

「他に方法はない?」

「かわいそうだけど、決まりは決まりだからね」

 決まりか…。

「外に出なきゃいけない決まりっていうのはない?」

「変わったことを聞くのね。うーん。…研修旅行ぐらいじゃないかな」

 アレクがスコルピョンに行ったやつか。

「授業の一環なら許可されるってこと?」

「そうね」

「ん。わかった」

「また何か悪戯をする気?」

「そのつもり」

「君たちは本当に懲りないのね」

「怒るのは先生だけだ。本当はみんな、楽しんでるんじゃないのか?」

 相手は微笑んで、少し俺に顔を寄せて小声で言う。

「ちょっとだけね」

 やっぱり。

 俺だって楽しいんだから、きっとみんなも楽しいはず。


 事務所を出ると、カミーユとシャルロが門の前に居る。

「カミーユ、シャルロ」

「終わったか」

「何か面白い話しでも聞けたか?」

「授業の一環なら外に出られる」

「研修旅行のことか?そんなのまだまだ先だ」

「違う。何か、外に出ないと出来ないような授業を考えよう」

「養成所の中ではできない授業か…」

 今のところ、ちっとも思いつかないけれど。

「グラム湖に行きたいんだ。桜が綺麗だって」

「…誰に聞いたんだ?」

「事務所の人に」

「お前、俺たちがこれから何かやるってばらして来たのかよ」

「楽しみにしてるって言われたけど」

「楽しみにしてるって?」

「誰が?何を?」

「事務員の女の人が、俺たちの悪戯を」

「は?」

 そんなに驚くことか?

「ほら、図書館に行くぞ。とりあえず課題を片付けないと何もできないからな」

 今日中に課題を終わらせて、明日は補習。

 明後日が休みだから、その日の内に計画を立てないと。


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