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旧作2-1  作者: 智枝 理子
Ⅲ.王子と姫
21/53

05 王国暦五九九年 ポアソン 九日

 今日は歓迎会。

 みんな講堂の舞台袖に集まっている。

「ねぇ、マリー見なかった?」

 え?

 マリー、居ないのか?

 皆が騒いでる。

 また、どこかで泣いてるのか?

 …そうだ。オルロワール家は光の精霊に祝福された家系。

 もしかしたら。

 控室に入って周囲を見回す。

 誰も居ないのを確認して、光の魔法陣を描く。

「温度を上げる神に祝福された光の精霊よ。黎明の眷属よ。我に応え、その姿をここへ」

『こんなところで、どうしたの、エル』

「ミーア、マリー知らないか?」

『えー?』

「光の精霊なら、わかるんじゃないのか?」

『マリーには惹かれるものがあるけど、契約しているわけじゃないから難しいな』

「そうか…」

『探して欲しいの?』

「探して。お願い」

『もう、その瞳で頼まれたら断れないよ。わかった。探してみるよ。他の精霊にも聞いてみる。…でも、契約はしないよ。絶対見つけてあげられるとは限らないからね』

「わかった」

『次は魔法陣で呼び出さなくても良いよ。いつもみたいに声かけるから』

「ありがとう、ミーア」

 ミーアが姿を消し、魔法陣が消える。

 控室の扉を開いて、みんなのところに戻る。

「…開演時間を遅らせてマリーを探しながら、ここに居る誰かにサンドリヨン役をやってもらうしか…」

 サンドリヨンはマリーにしかできない。

「舞台には俺が立つ。…開演時間は遅らせなくて良い。マリーの役は俺がやる。みんなはマリーを探してくれ。女子は歌の配置」

 マリーが来るまで、劇を潰さないようにする。

「えー。エルがやったら、バイオリンが居なくなっちゃうよぉ」

「マリーが見つかればやるよ。ユリアはレパートリー多いから何とかなるだろ」

「んー。わかったぁ」

「声はどうするんだ?」

「喋らない」

「え?」

「えっ」

「えー」

「ユリア、劇が止まりそうになったら、頼むよ」

「ふふふ。まかせてぇ」

「俺は口だけ動かしてるから。一幕は歌だけ。みんなで歌って」

「あのスプレーで声変えれば良いじゃない」

「だめだ。俺は演技なんてできない。俺がやるのは、マリーの役」

「マリーの役って」

「マリーは必ず見つける」

 きっと、ミーアが。

 それまで、どうにかマリーのふりをするのが俺の役目。

 だから。

「俺はそれまでの代理。良いから早く準備しろ」

「髪はともかく。…それ、どうするのよ。…マリーの瞳はピンクよ」

「あのでっかい帽子をかぶってるよ」

 劇ではきっと使わないって言ってたけど。

 あの三角帽子。

「あれ、使うの?」

「あぁ」

「持って来てないわ。急いで取ってくる」

「…まさかと思うけど、お前、二幕でも喋らないつもりか」

「当たり前だろ?どうにかしろ」

「何言ってるんだよ。サンドリヨンのセリフなしでどうやって劇を進めるって言うんだ」

「やれよ、カミーユ。お前ならエルが喋らなくてもどうにかできるだろ」

 シャルロの言う通り。

 俺も、そう思う。

「マリーは手分けして探す。養成所の外には出てないだろ。二幕の終わりまでには一度戻る。じゃあな」

「おい、監督が居なくなってどうするんだよ!」

「最悪、三幕の剣舞のシーンで引き延ばす。ラストまでにはマリーを引っ張り上げるぞ」

「おー!」

「おー!」

 みんな、気合入ってるな。

「おー、じゃねーよ」

「劇が失敗するか成功するかはお前にかかってるんだぞ、カミーユ」

「…わかったよ、やれば良いんだろ!」

「エル、支度しよう」

「ん」

 セリーヌたちと一緒に控室に入る。

「エルに合わせといて良かったわね」

「衣装、二つ用意できるか?」

「もう一つの方を少し直せば同じのが二つ出来るわ」

「マリーが来たらすぐに教えてくれ」

「もちろんよ。…エル、ありがとう」

「なんで?」

「声を出さないって言ってくれて」

「俺がやるのはサンドリヨンじゃない。マリーだ。…でも、声が出たらまずいから、一応スプレーは使っておくよ。少なくとも女だって思わせておかないと」

 スプレーを取り出して、自分の口に吹きかける。

 三回。

 …少し、きついな。

 でも、長持ちするだろう。

「あー」

「変な声」

 そんなの、俺が一番良く知ってる。


 ※


 第一幕。

 講堂の幕が上がる。

 舞台の中央、観客に顔が見えないように背を向けて立つ。

 ピアノが鳴って、女子の合唱。

 皆がいつも歌っていた歌は、サンドリヨンの歌。

 孤独な歌。

 いつもは楽しそうに歌っているけど、今日は少し悲しい調子で歌う。

 サンドリヨンは森で独りぼっちの魔女だから。

 …きっと、精霊と暮らしてるんだろうな。

 サビの部分に入って、観客の方を向く。顔を伏せたまま、口だけ動かす。

 瞳の色を見られないように。

 喋れなかった時のこと、思い出すな。

 歌が終わって、そのまま第二幕。

 また、観客に背を向けて立つ。


 第二幕。

 舞台の左手から、王子役のカミーユが来る。

「あぁ、なんて清々しい日だ。森の空気も気持ち良い。遠出した甲斐があったというものだ」

 カミーユ。

 俺は一切喋らないから、何とかしろ。

「おや。あんなところに人が…?おかしいな。この森の、こんな最奥に人が居るなんて」

 カミーユが近づいてくる。

 そして、ユリアがペトリューシカを弾く。

 タイミング、合わせて。

 音が花開く瞬間、カミーユの方を向く。

「!」

 サンドリヨンと王子が見つめ合うシーン。

 この曲は、サンドリヨンの気持ち。

 恋に落ちた気持ち。

 愛の喜び。

 全部ユリアがピアノでやってくれる。

 気持ち良い曲。

 ほら、カミーユ。何か言えよ。

「なんて美しい人なんだ」

 一歩下がる。

 カミーユが近づき過ぎると、帽子のせいでカミーユの顔が見えなくなる。

「待って、美しい人。どうか、御名前をお聞かせください」

 あんまり近づくな。

 帽子を上げ過ぎると、俺の顔が、瞳が観客に見えるんだから。

 一歩二歩、間合いを取りながら下がると、ようやく気付いたカミーユが跪く。

 そして、手を差し伸べられる。

 これ、手を取って良いんだっけ?

 覚えてない。

 首を振る。

「では、私が先に名乗りましょう。私はこの国の王子です。この国の方ならば、私の顔にも見覚えがあるのではないでしょうか」

 確か、サンドリヨンは王子の顔を知らない。

 首を振る。

「それは残念だ」

 カミーユの仕草を眺める。

 目を閉じて何か考えた後、立ち上がる。

 そして、胸のブローチを外して、俺の方に差出す。

「王子であることを証明できなくとも、この気持ちを証明する手段はいくつか用意しています。どうかこれを受け取って下さい、愛しい人」

 これ、もらわなきゃいけないんだっけ。

 右手を伸ばして…。

 マリーのやっていた演技を思い出す。

 違う。

 両手で丁寧に?

 帽子を持ってたら無理だ。

 手を引っ込める。

 そして一歩後ずさる。

 もらわないと、ストーリーはどうなるんだっけ?

「お気に召さなかったのならば申し訳ありません。愛しい人に贈り物をするのは我が国の慣習なのです」

 帽子を掴んで俯く。

 カミーユがどうにかしてくれるかな。

「あなたのような美しい人に出会ったのは初めてです。いいえ、少し言い方を変えましょう。私は王子として、婚約者を探す為、毎夜催される舞踏会で美しい娘と出会っています。しかし、私の心を揺り動かすような方には、一度も出会ったことがないのです」

 それ、初めて聞くセリフだな。

 面白い。

 王子の愛の告白シーン。

「あなたの、その美しい瞳を見る瞬間まで」

 顔を上げてカミーユを見る。

 王子は、サンドリヨンのことが好き。

 サンドリヨンも、王子が好き。

「どうか私の名を呼んでくれませんか」

 首を振る。

 喋れないって知ってる癖に。

「せめて御名前を教えてください」

 なんで、そんな質問するんだ。

 首を振る。

 一歩下がると、カミーユが間合いを詰めてくる。

「私はあなたの虜になってしまったのです。この先、あなたなしでは生きられない」

 その言葉、すごく嬉しい。

 きっと、サンドリヨンもそうに違いない。

 帽子を掴んで顔を上げる。

「私はあなたに愛を誓いましょう。どうか私の愛を受け取ってはくれませんか」

 カミーユが手を差し伸べる。

「愛しい人。その手を取ってもよろしいでしょうか」

 もちろん。

 マリーは右利き。

 だから、右手を差し伸べる。

 と。

 カミーユが俺の右手を引っ張る。

「あ…」

 抱きしめられた。

 そんなシーン、あったっけ?

「こんな気持ちになったのはあなたが初めてです」

 苦しい。

「私はあなたを妻として迎えたい。是非、このまま一緒に来てください」

 待って。逃げられない。

「このまま連れ去りましょう」

 帽子がずれてる。

 観客側じゃないのが救いだ。

 カミーユを睨む。

「話しが違うぞカミーユ」

 小さい声で言うけど、カミーユは何も言わない。

 サンドリヨンを連れて行かないだろ。

 身分違いの恋に悩むサンドリヨンに、王子は結婚の約束をする。

 そして、国王を説得して正式に迎えに来ることを約束して、サンドリヨンのもとを去るんだ。

 これ、どうすれば良いんだ。


―まだサンドリヨンの気持ちを聞いてない。


 それだ。

 幕引きに必要なこと。

「キスしよう」

 驚いた顔をしているカミーユの首に腕を回し、背伸びをする。

 そして、カミーユの顔の向きを変えて。

 …これで、良いかな。

 腕を離した拍子に、帽子が落ちる。

 まずい。

 目を閉じて、顔を覆う。薄目で方向を確認して走る。

「お待ちください!」

 あっ。

 辛うじて、声を出すのは堪えられたけど、ドレスの裾を踏んで転んだ。

 しかも、受け身が取れなくて顔面をぶつける。

 いってぇ…。

 あぁ、もう、立てない。

 隠し持っていた紫の玉を床で割る。

 煙が立ち込める。

 あ。やばい。

 左手で、自分の顔を押えていると、誰かが俺の腕を引っ張って舞台袖まで引きずって行った。

「大丈夫か?エル」

「鼻血…」

 なんだか周りから抑えた笑い声が漏れてる。

「救急箱!」

「とりあえずこれで押さえてて」

 渡された布で鼻を押える。

「衣装は汚さないでよ」

 わかってるよ。

 舞台を見ると、煙が無くなった場所でカミーユが演技を続けている。


「あぁ。行ってしまわれたのか。…もう一度会えるだろうか」

 カミーユが周りを見渡し、そして何かを拾う。

「これは、あの方の靴?」

 あれ?

 ガラスの靴だ。いつの間に?

「これを持っていれば、あの方にもう一度会える気がする。愛しい人。私の声が聞こえているでしょうか。もう一度会いに来ます。私の心はあなたのもの。次こそは、良いお返事を期待しています」

 カミーユがガラスの靴を持って退場。


 幕が下りる。


「エル、薬付けるわ」

「薬?」

 セリーヌが布に薬を塗って、俺の鼻を押える。

「すぐに止まると思うけど。あぁ、もう。酷い顔」

「セリーヌ、誰があの靴置いたんだ?」

「シャルロよ」

 衣装に着替えたシャルロが、第三幕の舞台セットの設営を見てる。

「このまま薬付けててね。カミーユ、まだ来ないの?」

 セリーヌたちがばたばたと走り回る。

『エル、見つけたわ』

 ミーア。

『図書館の給湯室。…っていうか、大丈夫?魔法で治してあげようか?』

 首を横に振る。

「どうした?エル」

「…シャルロ」

「まだ止まらないのか。でも、あの場で転んだのは重要だ。ガラスの靴を王子が持っていないと、話しが続かないからな」

 幕引きに必要なのってガラスの靴だったのか。

 舞台の左手に退場していたカミーユが来る。

「カミーユ。及第点と言ったところか」

「シャルロ」

「ちゃんとガラスの靴を見つけて来たな」

「当たり前だ。…大丈夫か?エル」

「あぁ」

「マリーは?」

「…見つからない」

「図書館の給湯室」

「え?」

 みんなが、俺を見る。

「なんで?」

「早く行けよ」

「本当にそこに居るの?」

「たぶん」

「知ってるなら最初から教えてよね!行ってくるわ!」

 なんて言えば良いんだ。

『精霊に聞いたって言うの?』

 首を横に振る。

「なんで?」

「…聞くな」

「だって」

「言いたくない」

「エル…」

「カミーユ、準備しろ。マリーが帰って来るまで剣舞のシーンを引き延ばすぞ」

「はぁ?ふざけんなよ、剣舞のシーンなんてそんなに長くないぞ?」

 カミーユとシャルロが舞台の準備に行ってしまう。

 三幕はサンドリヨンのシーンはない。

『どうして言わなかったの?』

「大切だから」

『え?』

「どっちも大切だから」

 精霊も。人間も。

 でも。

「間に俺が入ると良くないんだ」

 俺が間に入ると、精霊と人間の関係は悪くなる。

『まぁ、人間の考えてることなんてわからないけど。エルが私を大切にしてくれているなら嬉しいな。ありがとう』

 精霊は本当に優しい。

 あ、そうだ。

 カミーユの傍に行く。

「カミーユ、これ、持って行け」

「なんだよ?」

「困ったら割れ」

「煙幕か?」

「違う。闇の魔法。舞台を暗転させる」

 せっかくアレクがくれたけど、四幕でも五幕でも使わないだろうから。

「お前さ、本当に何も言う気ないのか」

 精霊のこと?

「俺のことを詮索するなら、もう口を利かない」

 怒るかな。

「わかったよ。詮索しない。でも言いたくなったら言えよ」

 怒らないのか。

「一生言わない」

 でも。

 いろんな人間が居るから。

 いつか、話してしまうのかもしれない。


 第三幕。

「王子よ、戻ったか」

「はい。国王陛下。…ご報告があります」

「報告?」

「私はとうとう運命の姫君を見つけました。彼女を妻に迎えたいと考えております」

「ほう。今まで誰にも心を開くことのなかったお前にそこまで言わせると言うのか。なんとも喜ばしいことだ。王子よ。そなたが望むと言うのならば、考えてやっても良いぞ」

 あれ?

 シャルロのセリフ、全然違う。

「ありがとうございます、陛下」

「して、その姫君とは何処に?」

「ここにはおりません。遠く東の森に…」

「東の森だと?」

「はい」

「お前は東の森に入ったのか」

「はい」

「あぁ。無知とはなんたる罪か。あの森には人間は立ち入ってはならないのだ。まさかお前の言う姫君とは、森に住んでいる娘だとは言わんだろうな」

「その通りです、国王陛下。私は彼女と森で出会い、一目で恋に落ちました」

「なんだと!お前は知らないのか。あの森に住んでいるのは、炎の魔女サンドリヨンだぞ」

「炎の魔女、サンドリヨン?」

 あ。

 ここで、ようやくサンドリヨンの名前が出るのか。

「そうだ。昔、この国の水源を支えていた神木を燃やした炎の魔女。お前は国の仇であるその魔女を娶りたいと言うのか。…私は許さんぞ。王子よ、お前にはもっと相応しい相手が居る。サンドリヨンは魔女。お前は惑わされただけだ」

「ですが、陛下」

「私の言うことが聞けないと言うのか」

「私の愛は本物です。私はあの方を、サンドリヨンを愛している」

「正気に戻れ。あいつは魔女。そしてお前は国の王子。やがて私の後を継ぎ、この国を導いて行く存在だ。それが何故、悪魔に魂を売ったような娘に惑わされる!あれは危険な女。近づく者を焼き殺す。お前もすぐに、その業火に焼かれるだろう」

 シャルロが立ち上がって、カミーユを見下ろす。

「さぁ、王子よ。すべて忘れるんだ。森へ行ったこと、あの娘に出会ったこと」

「忘れるなんて、できません。出会ったことをなかったことにするなんて。私は確かに彼女と出会い、そして…。愛を伝え、口づけを交わしました。私の愛は本物です」

「惑わされおって。…もう、お前の話しは聞けぬ。あの娘とは二度と会うな。東の森に行くことを禁じる。これは命令だ。従わなければ、反逆者としてこの場で斬り捨ててやろう」

 この辺は少し覚えがある。

 ここから、剣舞のシーンに入るはずだ。

 マリー、まだ来ないのか?


「連れて来たわよ」

「マリー」

「みんな。私…」

「支度するわよ」

 セリーヌたちが控室にマリーを引っ張り込む。

 間に合った。


 けど。

 しばらくして、セリーヌたちが出てくる。

「どうしたんだ?」

「…マリー、出たくないって」

「はぁ?」

「このままエルにやってもらいたいみたいよ」

「何言ってるんだよ」

「エル、化粧直すわ」

「待てよ」

「直させて」

「…わかったよ」

「ねぇ、エル。マリーのこと怒らないで。あの子、真面目過ぎるから、プレッシャーに弱いのよ。劇が順調に進んでてほっとしてた。このままエルが続けてあげて」

 冗談じゃない。

 文句を言おうとした時、声が響く。


「射よ!」

 シャルロの声だ。舞台を見ると、倒れている騎士の中央に居たカミーユの背に矢が刺さっている。

 カミーユが膝をつく。

 そして、シャルロがカミーユに近づく。

「しぶといな」

「陛下…」

 カミーユに向かって、シャルロが剣を振り上げる。

「懺悔の言葉があるなら聞いてやろう」

 なんで、こんなことになってるんだ?

「自らの行いを恥じよ」

 だって、カミーユは王子役だ。

 どんな打ち合わせしてるんだ、これ。

「サンドリヨン。せめてもう一度君に会いたかった」

 カミーユがそう言って、観客に見えないように黒い玉を割る。

「なんだ、これは!」

 周囲が闇で覆われる。

「まさか!サンドリヨン?」


 幕引き。


『これ、アレクの魔法?』

「ん…」

 こうなるのか。

 っていうか、舞台袖まで暗くなってる。

『少し強いわ。この闇、晴らしてあげようか』

「え?」

 でも…。

『私もこの劇の続きが見たいから。劇を最後まで見せて。それが私の願い。その代償に闇を払ってあげるわ』

 お互いの願いを叶えあう。

 それが精霊との契約。

「おい、エル。これ、どうにかしろよ」

 暗闇から声が聞こえる。

「ん…。お願い」

『まかせて』

 光の精霊が遠くで顕現して魔法を放つ。

 きっと誰も気づかなかっただろう。

 カミーユが何か言いたそうに俺を見る。

 それを、見返す。

「はいはい。何も聞かなければ良いんだろ」

「早く第四幕の準備をしろ」

 明るくなった舞台で、みんなが次の準備をする。

「マリーは?」

「一応、連れ出しては来たのだけど…」

 セリーヌが控室を見る。

 ミーアと約束したから。絶対劇を成功させる。

 その為には、なんとしてでもマリーを引っ張り出さないと。

「マリー!聞いてるか!俺、第五幕は出ないからな」

「はぁ?」

「約束しただろ?逃げても帰って来るって!マリーが出なきゃ、第五幕はない。サンドリヨンは死んで終わりだ。この物語を幸せな結末にしたいんだったら舞台に立て!」

 マリー。信じてる。

「おい、エル。四幕でも何も喋らないつもりか」

「喋らない」

「どうすんだよ」

「バイオリンを弾く」

 愛の悲しみ。

 ユリアと一緒に演奏するって約束してたから。


 幕が上がる前に、あちこちに魔法の玉を置いておく。


 第四幕。

 愛の悲しみを奏でる。

 ユリアとずっと練習していた曲。

 きっと、二幕はペトリューシカになるからって。

 大丈夫。

 この曲がサンドリヨンの心情を表してるから俺は何もしなくて良い。

 曲を弾きながら、置いておいた魔法の玉を踏んで歩く。

 火柱の幻影と煙幕。

 そういえば、ラングリオンの東を砂漠に変えた炎の大精霊って。

 なんであの土地を砂漠に帰るほど焼き尽くしたんだろう。

 サンドリヨンのように、愛の為に?


 曲が終わって、幕引き。


 舞台袖に戻ると、マリーがサンドリヨンの衣装を着てる。

「マリー、綺麗だ」

「エルもとっても綺麗よ」

「それ、ちっとも褒め言葉じゃないからな」

「…ごめんなさい」

「楽しみにしてた。マリーのサンドリヨン。いってらっしゃい」

「…いってきます」


 第五幕。

「サンドリヨン。ようやく出会うことが出来ましたね」

 王子が、ガラスの靴を持ってサンドリヨンに近づく。

「王子様。あなたは、私のしたことを責めないのですか」

「私はあなたの愛を信じます」

「私は、あなたを救うためとはいえ、あなたの国を滅ぼしてしまった。あなたに迷惑をかけて…。どうか、選んでください。私がもう片方のガラスの靴を脱げば、私は灰となり、この国を復活させる礎になります。もしあなたが私にガラスの靴を返して下さると言うのならば、私はあなたのものになりましょう」

「サンドリヨン。あなたの気持ちを聞かせて欲しい。私はあなたに愛を誓った。あなたは私を愛してはくれませんか」

「…私は。自分の犯した罪に耐えきれません」

 サンドリヨンが自分の顔を覆う。

「けれど、最後ぐらいは自分の責任を果たそうと思うのです」

「なら、答えをお聞かせください。あなたの気持ちを」

 顔を上げたサンドリヨンは、少し戸惑った後、王子をまっすぐに見つめる。

「愛しています。もし、許されるのならば、あなたと幸せになりたい」

「その言葉を、ずっと聞きたかった」

 王子が跪いて、サンドリヨンにガラスの靴を差し出す。

「どうか、私の妻となって下さい。愛しい人」

「…はい」

 サンドリヨンがガラスの靴を履いた瞬間。

 光があふれる。


「みんな。行こう」

「そうね」


 舞台に皆が並んで、最後の合唱。

 あぁ。すごく良い歌声。

 調和がとれていて。

『素敵ね』

「ミーア。最後も手伝ってくれたんだな」

『だって、素敵だったから』

 歌いながら、皆がお菓子を配る。

『エルは歌わないの?』

「俺、あの歌知らないんだ」

『人間は嘘つきね』

 ミーアが笑う。

 だって。

 こんなに良い舞台なら、観客になって見ていたい。


 ※


「エル、シャルロ、カミーユ。説教部屋に来い」

「え?」

「なんで?」

「…ちっ」

 説教されるようなことしたっけ?

 急いで着替えて、先生について行くと、舞台袖から外に出る扉が開き、前を歩いていた先生が立ち止まる。

「先生、少しお話し、よろしいですか」

「アレク」

「アレクシス様?」

 ここ、関係者以外立ち入り禁止なのに。

「王子殿下。どうかされましたか」

「舞台の演出の件でその三人に罰を与えると言うのなら、私が引き受けましょう」

 演出の件?

「殿下」

「舞台の演出は私が監督しました」

「どういうことでしょうか」

「先生もご存じでしょう。あの魔法は初等部が使えるようなものじゃない。私が協力しました。安全上問題ないよう配慮しましたが、先生に内緒にし過ぎたのは、反省しています」

 舞台であんなに魔法を使うのって駄目だったのか。

「殿下。あまりこの三人を庇われないよう」

「私が養成所に居られるのも後一年だから、大目に見て下さると嬉しいな」

「…三人とも。勝手に魔法を使ったり錬金術の技を使うな。そういう時は、必ず、事前に、教師である俺の許可を取れ。良いな?」

 許可を取れば良いのか。

「はーい」

「ん」

「…はい」

「反省する気がない奴らだな。…舞台の片付けに戻れ」

 先生がアレクが入ってきた扉から出て行く。

「エル。少しやりすぎたね」

『ごめんね、アレク』

 やりすぎたって、ミーアの力を借りたことか?

「怒ってる?」

「怒ってないよ。でも、周りはびっくりしているだろうね。…カミーユ、シャルロ。君たちが見た奇跡は、私の精霊が引き起こしたものだよ」

「え?」

「私は自分の精霊をエルに預けているんだ。エルには私の精霊を使わせた実験を許可してる」

 アレク…?

「劇は素晴らしかったね。面白い解釈だったよ。エルも頑張ったね」

 アレクが俺の頭を撫でる。

 庇ってくれたのか。俺とミーアのこと。

「アレク、なんで舞台に立ってたのが俺だってわかったんだ」

「愛の悲しみは上手だったよ」

「それで気づいたのか」

 アレクが教えてくれた弾き方だから。

「それじゃあ、三人とも。困ったことがあったらいつでもおいで」

 言った後、アレクが俺の耳に口を寄せて、囁く。

「姉上もいらっしゃっていたよ」

「え?」

「とても楽しんでいたよ」

 フラーダリー…。

 劇、見てくれてたんだ。

 だったら、もう少しまじめにやったのに。

 …あれ?今日って平日なのに?なんで?

 まさか、わざわざ休んで?

「では、またね」

 アレクが微笑む。

 わざわざ、来てくれたんだ…。

 アレクを見送って振り返ると、マリーがサンドリヨンの衣装のまま立っている。

「ごめんなさい」

「マリーの馬鹿」

「エル、サンドリヨンをやってくれて、ありがとう」

「謝罪も礼も要らない。なんで、来なかったんだ」

「舞台に立つ自信がなかったの」

「なんで?マリーは舞台の主役だ。主役は何やったって良いんだぞ。マリーに合わせなくちゃいけないのは周りの方だ」

「お前、そんなこと考えて舞台に立ってたのか」

「だってそうだろ?俺が演技しなくても、喋らなくても、舞台は進んだぞ。一幕では皆が歌を歌ってくれたし、二幕ではカミーユがずっと喋ってくれたし、転んでもみんなが助けてくれたじゃないか。三幕ではシャルロが滅茶苦茶になったストーリーをまとめてくれただろ?…四幕ではマリーが出てくれると思ったのに、出てくれないからバイオリンを弾くことになったけど。あれもユリアが居てくれたから上手く行った」

「そこまで舞台に出ていたなら、最後まで出ても良かったわ」

「なんで俺が女の役なんてやらなくちゃいけないんだ」

 急に笑い声が響く。

 みんな、片付けやってたんじゃないのか。

「ここまでやっておいて?」

「お前、今さら何言ってるんだよ」

「うるさいな。俺はサンドリヨンじゃない。サンドリヨンは最初からずっとマリーだ。あれだけ一生懸命練習してたのに、マリーが一度も舞台に立たないなんて勿体ない。俺はずっと楽しみにしてたよ。マリーのサンドリヨン」

 マリーが泣く。

 本当に泣いてばっかりいる。

「ありがとう、エル」

「謝罪も礼も要らないって言っただろ。そんなに言うなら、後で俺の為にサンドリヨンを見せて」

「え?」

「見たい」

「あの…」

「じゃあ、これが終わったら、教室でもう一回やるか」

 カミーユ。

「え?」

「王子役が居ないと始まらないだろ」

「そうだな。今度は王子が斬られるってのもありじゃないか?」

「どうせ観客はクラスメイトだから何やってもありだよなー」

「俺を斬れるなんて思うなよ」

「アシュー、やっちまえ」

「えっ。僕には無理だよー」

 皆が笑う。

 色んな人がいるけど。

 皆、良いやつばかり。


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