04 王国暦五九九年 ポアソン 二日
ポアソンの二日から七日まで、ずっと午前授業。
新入生が入学準備で養成所に来るから。先生も忙しいらしい。
シャルロもカミーユも忙しいから、結局ユリアに付き合って音楽室に向かうことになる。
「今日のランチは何にしようかなぁ」
ランチにもつき合わされそうだ。
食後はコーヒーを飲みながら本でも読んでいよう。
廊下をユリアと二人で歩いていると、横をマリーとアシュリックが走り抜けた。
「委員長が廊下走っちゃだめだよぉ?」
「何やってるんだ?あれ」
「追いかけよー」
ユリアがそう言って、二人を追いかけて走る。
しょうがないな。
ユリアと一緒に二人を追う。
そう時間をかけずに、二人が廊下で立ち止まっているのを見つけた。
っていうか。
なんでマリー、泣いてるんだ?
「どぉしたの?マリー」
「何があったんだよ、アシュー」
「マリー、カミーユと喧嘩したんだ」
「え?」
「喧嘩ぁ?」
マリーは泣いたまま何も言わない。
「んー。お腹すいたし、食堂行こうよぉ。ね?」
ユリアがマリーを引っ張って歩く。
「何があったんだ?」
アシューを見る。
「僕も良く見てなかったから…。マリーが急に泣き出して、皆がカミーユに謝れって言ってたけど。原因はわからないよ」
カミーユがマリーを泣かせた?
なんか、イメージが湧かない。
※
泣いてても食事ってできるもんなんだな。
ユリアが持って来たガレットを、マリーが食べてる。
「少しは落ち着いた?」
「えぇ。ごめんなさい」
「なんで謝るんだよ。悪いことしてないんだろ?」
マリーが俯く。
「エルはぁ、しばらく黙っててねぇ?」
ユリアが俺の口にマドレーヌを入れようとするのを、避ける。
「わかったよ」
「ね、マリー、教えてぇ?」
「失敗したら、どうしたら良いの」
失敗?
「私、怖いわ」
怖い?何が?
「マリー、大丈夫だよ。マリーは人一倍練習して来たんだから。失敗なんてするはずないよ」
「そうだよぉ」
「でも、通し稽古で、全然演技できなかったわ。セリフも何度も間違えちゃうし、カミーユがセリフを間違えたのにも気づけなかった。きっと、本番でも上手く行かないわ」
そうか?
マリーの演技は十分見ごたえがあったと思うけど。
舞台ですごく輝いて見えた。
「練習しても練習しても自信なんかつかない。間違えたら?転んでしまったら?…劇が台無しになってしまうわ。私…、どうすれば良いの」
「大丈夫だよぉ」
「大丈夫じゃないわ」
「マリーが次のセリフ忘れちゃったら、私がピアノでごまかしてあげるからぁ」
「…気持ちは嬉しいけど、劇が止まっちゃうわ」
「音楽は何でも解決するよぉ。その間にちょっと舞台袖で確認してくれば良いと思うなぁ」
「そんなこと、できないわ」
「やっても良いよ、マリー。僕らも、マリーに大役を押し付けすぎてるって思ってる」
「引き受けたんだもの。どんな役でもやらなくちゃいけないわ。それはわかってるの。だから一生懸命練習してるの。でも、全然出来ない」
そうか?
あんなにすごい演技をしてるのに?
「どうしたら良いかわからないわ。本番で上手く行かなければ、今までやったこと、今まで皆が準備してくれたこと、衣装も、道具も、歌も、音楽も、演技も、剣舞も、全部が台無しになっちゃう…」
台無しになるか?
「すごいプレッシャーだねぇ。もしかして、カミーユに失敗は許さないって言われたのぉ?」
マリーが俯く。
言われたのか。
「劇が失敗するか成功するかは、サンドリヨン役にかかってる。私…、出来るのかしら」
「マリー」
ユリアは一度俺を見て、視線をマリーに戻す。
もう、喋っても良いらしい。
「俺は、マリーのサンドリヨン、見ていて楽しかった。サンドリヨンはマリーにしかできないと思う」
「……」
「だから、マリーは自由にやって良い。マリーがやったサンドリヨンが、サンドリヨンだ。失敗なんて存在しない。だって、観客にはわからないだろ。マリーが失敗したかどうか。俺はこの前の稽古の時、マリーがどこを失敗したのか全然わからなかった」
「エル…」
「マリーはサンドリヨンの話しを知らないのか」
「知ってるわ。大好きなお話しよ」
「ストーリー知ってるなら、セリフなんてどうとでもなるだろ。間違えたら自分で修正すれば良い。誰にも文句なんて言わせない」
「頭が真っ白になるかも」
「ユリアが演奏してくれる」
「うん。まかせてぇ」
「でも…」
「どうしても困ったら逃げれば良い」
「…逃げて、良いの?」
「いいよ。俺がなんとかする。…でも、必ず帰って来て」
「……」
「サンドリヨンが出来るのはマリーだけだ。俺はマリーのサンドリヨンを見たい」
マリーは泣きはらした真っ赤な目で、頷く。
ほら。
笑った方が可愛い。
※
夜。シャルロの部屋に集まる。
「マリーと喧嘩したんだってな」
「カミーユが泣かせたんだろ?」
カミーユが不機嫌な顔でこちらを見る。
「今日は忙しいって言ってるのに、マリーが稽古をしようって言って来たんだよ。断ったら泣いただけだ」
あれ?
「俺が知ってるのと違う」
「なんて聞いたんだよ」
「カミーユがマリーに失敗は許さないって言ったって」
「はぁ?」
違ったかな。
でも、マリーの話しは、そんな内容だったと思う。
「俺がそんなこと言うわけないだろ」
「じゃあ、何て言ったんだ?」
「…誤解だ」
だいたい合ってるのかな。
「悪いと思ってるなら謝ればいいだろ」
「謝るよ、明日」
これでマリーが元気になれば良いけど。
「話しはそれだけか。もう寝る。じゃあな」
カミーユがシャルロの部屋から出て行く。
本当に謝るんだよな?あれ。
「シャルロ。そんなに失敗って恐れるものか?」
「恥はかくだろう」
「恥?なんで?」
「なんでって。聴衆の前で失敗すれば…」
シャルロはそこで言葉を切る。
「バイオリン、音を間違えたらどうする?」
「失敗したらってこと?」
「挽回するチャンスはないぞ」
「…それは困るな」
「そういうことだ」
だから、マリーはあんなに失敗を怖がってたのか。
「でも、堂々としていれば、ばれないんじゃないか?完璧に弾いてるって」
「誰もがお前と同じ感覚だと思うなよ。考え方は人それぞれだ」
人それぞれ。
確かに、そうかも。
考え方ってみんな違う。
「シャルロ、手に入った瞬間、要らなくなるものってなんだ?」
「誰が出した問題だ」
「…なぞなぞ」
「なぞなぞ?…そうだな。地位じゃないか」
「地位?」
王族とか貴族とか?
「それさえあれば何でもできると思ってた。でも、好きなことをするには、案外邪魔なものだ」
確かに、アレクは王族で、特別だけど。
その分やらなきゃいけないことも多くて忙しい。
「自由じゃないってこと?」
「特権階級は、それなりに自分のやりたいことが出来て、人を服従させられる。でも、その分やらなければいけないことも多くて、しがらみも多い。だったら、そんなの欲しい奴にくれてやって…」
「?」
何の話しだ?
「悪かったな。例えが長すぎた」
本当に例えか?
「もっと簡単な例を言うなら、お前が苦手なやつだ」
「苦手なやつ?」
「プロモーションでクイーンにして、ステールメイトになっただろう」
「あぁ…」
ポーンは一番端まで進むと、プロモーションと言って、クイーン、ルーク、ビショップ、ナイトのどれか、好きな駒に変われる。
シャルロが言ってるのはたぶん、自分の駒はキングとポーン、相手の駒がキングのみの時。シャルロにもステールメイトに持ち込まれたし、アレクにも同じように引き分けにされた。
ポーンをクイーンにしてチェックメイトを狙うのだけど、上手くやらなとステールメイトになってしまう。
「ルークにした方が良い」
「クイーンじゃなく?」
「ルークの方がわかりやすいだろ。お前がクイーンで失敗するのは、スリーフォールド・レピティションを警戒してのことだろうが」
スリーフォールド・レピティション。全く同じ形が盤上で三回見られたら引き分けになるルール。
「クイーンは複雑な動きが出来る分、余計なことを考えがちだ。ルークの方が単純でスリーフォールド・レピティションになりにくいだろう」
確かにそうかも。
ルークの詰み手の方がイメージしやすい。
「ポーンは、クイーンの力を手に入れた瞬間、勝てなくなるって?」
「使いたいなら、もう少し上手くやれ。ポーンの方が無限の可能性があるだろ」
「結局、クイーンかルークに変わるのに」
「棋譜では、ナイトになってチェックメイトにする手もあったな」
「あぁ、あれ。鮮やかだったよな」
「…話しを戻すぞ」
「ん?」
何の話しだったっけ。
「答えは何だ」
「答え?」
「なぞなぞの」
「あぁ。答えは別にないよ。みんな違うことを言うから面白かっただけ」
「お前が考えたなぞなぞか」
「違う。ロニーが、好きな人は、手に入った瞬間要らなくなるものだって言ってたから」
シャルロがため息を吐く。
「お前はそれを真に受けたのか」
「…考えてる。わかりたくないから」
手に入った瞬間要らなくなるなら、それは本当に好きなものなんだろうか。
俺は好きなものを手に入れられたら、二度とそれを失わないようにする。
「他の連中はなんて答えたんだ」
「アレクは、自分の欲しいものしか手に入れようとは思わないって」
「アレクシス様にも聞いたのか」
「アレクは捨てないってことだよな?」
「自分から望んで手に入れようと思ったものは捨てないんだろう」
「ユリアは、お菓子だって。食べたら満足するから」
「…あいつはそればっかりだな」
「満足すれば要らなくなるのか」
「人間と菓子を同列に扱うな。ユリアの食べたかった菓子が、一度食べたら二度と食べられないものだって言うなら、あいつも考えるだろ」
それは思いつかなかったな。
今度聞いてみよう。
「カミーユは、夢だって。叶ったら夢じゃないから」
「理想と現実は対義語だからな。カミーユらしいロジックだ。まぁ、的を得てるとも言える」
「的を得てる?」
正反対の答えが?
あれ?
「シャルロ、好きな人って、愛の喜びと悲しみ?」
「…あぁ。わかったよ。お前の話しがようやく」
「わかった?」
「ヴェロニクの奴。変なこと吹き込みやがって」
「何が?」
「ロニーに愛の喜びと悲しみを教えてくれって言ったんだな」
そうだったかな。
そうかもしれない。
「そういうのは人に聞いても仕方ない。どう考えるかなんて人それぞれ。要は、自分がどう思うかだ」
「自分の目で見たもの、感じたことがすべて?」
「そうだ」
なんだ。
最初にアレクが言ったことが答えだったのか。




