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旧作2-1  作者: 智枝 理子
Ⅲ.王子と姫
20/53

04 王国暦五九九年 ポアソン 二日

 ポアソンの二日から七日まで、ずっと午前授業。

 新入生が入学準備で養成所に来るから。先生も忙しいらしい。

 シャルロもカミーユも忙しいから、結局ユリアに付き合って音楽室に向かうことになる。

「今日のランチは何にしようかなぁ」

 ランチにもつき合わされそうだ。

 食後はコーヒーを飲みながら本でも読んでいよう。

 廊下をユリアと二人で歩いていると、横をマリーとアシュリックが走り抜けた。

「委員長が廊下走っちゃだめだよぉ?」

「何やってるんだ?あれ」

「追いかけよー」

 ユリアがそう言って、二人を追いかけて走る。

 しょうがないな。

 ユリアと一緒に二人を追う。

 そう時間をかけずに、二人が廊下で立ち止まっているのを見つけた。

 っていうか。

 なんでマリー、泣いてるんだ?

「どぉしたの?マリー」

「何があったんだよ、アシュー」

「マリー、カミーユと喧嘩したんだ」

「え?」

「喧嘩ぁ?」

 マリーは泣いたまま何も言わない。

「んー。お腹すいたし、食堂行こうよぉ。ね?」

 ユリアがマリーを引っ張って歩く。

「何があったんだ?」

 アシューを見る。

「僕も良く見てなかったから…。マリーが急に泣き出して、皆がカミーユに謝れって言ってたけど。原因はわからないよ」

 カミーユがマリーを泣かせた?

 なんか、イメージが湧かない。


 ※


 泣いてても食事ってできるもんなんだな。

 ユリアが持って来たガレットを、マリーが食べてる。

「少しは落ち着いた?」

「えぇ。ごめんなさい」

「なんで謝るんだよ。悪いことしてないんだろ?」

 マリーが俯く。

「エルはぁ、しばらく黙っててねぇ?」

 ユリアが俺の口にマドレーヌを入れようとするのを、避ける。

「わかったよ」

「ね、マリー、教えてぇ?」

「失敗したら、どうしたら良いの」

 失敗?

「私、怖いわ」

 怖い?何が?

「マリー、大丈夫だよ。マリーは人一倍練習して来たんだから。失敗なんてするはずないよ」

「そうだよぉ」

「でも、通し稽古で、全然演技できなかったわ。セリフも何度も間違えちゃうし、カミーユがセリフを間違えたのにも気づけなかった。きっと、本番でも上手く行かないわ」

 そうか?

 マリーの演技は十分見ごたえがあったと思うけど。

 舞台ですごく輝いて見えた。

「練習しても練習しても自信なんかつかない。間違えたら?転んでしまったら?…劇が台無しになってしまうわ。私…、どうすれば良いの」

「大丈夫だよぉ」

「大丈夫じゃないわ」

「マリーが次のセリフ忘れちゃったら、私がピアノでごまかしてあげるからぁ」

「…気持ちは嬉しいけど、劇が止まっちゃうわ」

「音楽は何でも解決するよぉ。その間にちょっと舞台袖で確認してくれば良いと思うなぁ」

「そんなこと、できないわ」

「やっても良いよ、マリー。僕らも、マリーに大役を押し付けすぎてるって思ってる」

「引き受けたんだもの。どんな役でもやらなくちゃいけないわ。それはわかってるの。だから一生懸命練習してるの。でも、全然出来ない」

 そうか?

 あんなにすごい演技をしてるのに?

「どうしたら良いかわからないわ。本番で上手く行かなければ、今までやったこと、今まで皆が準備してくれたこと、衣装も、道具も、歌も、音楽も、演技も、剣舞も、全部が台無しになっちゃう…」

 台無しになるか?

「すごいプレッシャーだねぇ。もしかして、カミーユに失敗は許さないって言われたのぉ?」

 マリーが俯く。

 言われたのか。

「劇が失敗するか成功するかは、サンドリヨン役にかかってる。私…、出来るのかしら」

「マリー」

 ユリアは一度俺を見て、視線をマリーに戻す。

 もう、喋っても良いらしい。

「俺は、マリーのサンドリヨン、見ていて楽しかった。サンドリヨンはマリーにしかできないと思う」

「……」

「だから、マリーは自由にやって良い。マリーがやったサンドリヨンが、サンドリヨンだ。失敗なんて存在しない。だって、観客にはわからないだろ。マリーが失敗したかどうか。俺はこの前の稽古の時、マリーがどこを失敗したのか全然わからなかった」

「エル…」

「マリーはサンドリヨンの話しを知らないのか」

「知ってるわ。大好きなお話しよ」

「ストーリー知ってるなら、セリフなんてどうとでもなるだろ。間違えたら自分で修正すれば良い。誰にも文句なんて言わせない」

「頭が真っ白になるかも」

「ユリアが演奏してくれる」

「うん。まかせてぇ」

「でも…」

「どうしても困ったら逃げれば良い」

「…逃げて、良いの?」

「いいよ。俺がなんとかする。…でも、必ず帰って来て」

「……」

「サンドリヨンが出来るのはマリーだけだ。俺はマリーのサンドリヨンを見たい」

 マリーは泣きはらした真っ赤な目で、頷く。

 ほら。

 笑った方が可愛い。


 ※


 夜。シャルロの部屋に集まる。

「マリーと喧嘩したんだってな」

「カミーユが泣かせたんだろ?」

 カミーユが不機嫌な顔でこちらを見る。

「今日は忙しいって言ってるのに、マリーが稽古をしようって言って来たんだよ。断ったら泣いただけだ」

 あれ?

「俺が知ってるのと違う」

「なんて聞いたんだよ」

「カミーユがマリーに失敗は許さないって言ったって」

「はぁ?」

 違ったかな。

 でも、マリーの話しは、そんな内容だったと思う。

「俺がそんなこと言うわけないだろ」

「じゃあ、何て言ったんだ?」

「…誤解だ」

 だいたい合ってるのかな。

「悪いと思ってるなら謝ればいいだろ」

「謝るよ、明日」

 これでマリーが元気になれば良いけど。

「話しはそれだけか。もう寝る。じゃあな」

 カミーユがシャルロの部屋から出て行く。

 本当に謝るんだよな?あれ。

「シャルロ。そんなに失敗って恐れるものか?」

「恥はかくだろう」

「恥?なんで?」

「なんでって。聴衆の前で失敗すれば…」

 シャルロはそこで言葉を切る。

「バイオリン、音を間違えたらどうする?」

「失敗したらってこと?」

「挽回するチャンスはないぞ」

「…それは困るな」

「そういうことだ」

 だから、マリーはあんなに失敗を怖がってたのか。

「でも、堂々としていれば、ばれないんじゃないか?完璧に弾いてるって」

「誰もがお前と同じ感覚だと思うなよ。考え方は人それぞれだ」

 人それぞれ。

 確かに、そうかも。

 考え方ってみんな違う。

「シャルロ、手に入った瞬間、要らなくなるものってなんだ?」

「誰が出した問題だ」

「…なぞなぞ」

「なぞなぞ?…そうだな。地位じゃないか」

「地位?」

 王族とか貴族とか?

「それさえあれば何でもできると思ってた。でも、好きなことをするには、案外邪魔なものだ」

 確かに、アレクは王族で、特別だけど。

 その分やらなきゃいけないことも多くて忙しい。

「自由じゃないってこと?」

「特権階級は、それなりに自分のやりたいことが出来て、人を服従させられる。でも、その分やらなければいけないことも多くて、しがらみも多い。だったら、そんなの欲しい奴にくれてやって…」

「?」

 何の話しだ?

「悪かったな。例えが長すぎた」

 本当に例えか?

「もっと簡単な例を言うなら、お前が苦手なやつだ」

「苦手なやつ?」

「プロモーションでクイーンにして、ステールメイトになっただろう」

「あぁ…」

 ポーンは一番端まで進むと、プロモーションと言って、クイーン、ルーク、ビショップ、ナイトのどれか、好きな駒に変われる。

 シャルロが言ってるのはたぶん、自分の駒はキングとポーン、相手の駒がキングのみの時。シャルロにもステールメイトに持ち込まれたし、アレクにも同じように引き分けにされた。

 ポーンをクイーンにしてチェックメイトを狙うのだけど、上手くやらなとステールメイトになってしまう。

「ルークにした方が良い」

「クイーンじゃなく?」

「ルークの方がわかりやすいだろ。お前がクイーンで失敗するのは、スリーフォールド・レピティションを警戒してのことだろうが」

 スリーフォールド・レピティション。全く同じ形が盤上で三回見られたら引き分けになるルール。

「クイーンは複雑な動きが出来る分、余計なことを考えがちだ。ルークの方が単純でスリーフォールド・レピティションになりにくいだろう」

 確かにそうかも。

 ルークの詰み手の方がイメージしやすい。

「ポーンは、クイーンの力を手に入れた瞬間、勝てなくなるって?」

「使いたいなら、もう少し上手くやれ。ポーンの方が無限の可能性があるだろ」

「結局、クイーンかルークに変わるのに」

「棋譜では、ナイトになってチェックメイトにする手もあったな」

「あぁ、あれ。鮮やかだったよな」

「…話しを戻すぞ」

「ん?」

 何の話しだったっけ。

「答えは何だ」

「答え?」

「なぞなぞの」

「あぁ。答えは別にないよ。みんな違うことを言うから面白かっただけ」

「お前が考えたなぞなぞか」

「違う。ロニーが、好きな人は、手に入った瞬間要らなくなるものだって言ってたから」

 シャルロがため息を吐く。

「お前はそれを真に受けたのか」

「…考えてる。わかりたくないから」

 手に入った瞬間要らなくなるなら、それは本当に好きなものなんだろうか。

 俺は好きなものを手に入れられたら、二度とそれを失わないようにする。

「他の連中はなんて答えたんだ」

「アレクは、自分の欲しいものしか手に入れようとは思わないって」

「アレクシス様にも聞いたのか」

「アレクは捨てないってことだよな?」

「自分から望んで手に入れようと思ったものは捨てないんだろう」

「ユリアは、お菓子だって。食べたら満足するから」

「…あいつはそればっかりだな」

「満足すれば要らなくなるのか」

「人間と菓子を同列に扱うな。ユリアの食べたかった菓子が、一度食べたら二度と食べられないものだって言うなら、あいつも考えるだろ」

 それは思いつかなかったな。

 今度聞いてみよう。

「カミーユは、夢だって。叶ったら夢じゃないから」

「理想と現実は対義語だからな。カミーユらしいロジックだ。まぁ、的を得てるとも言える」

「的を得てる?」

 正反対の答えが?

 あれ?

「シャルロ、好きな人って、愛の喜びと悲しみ?」

「…あぁ。わかったよ。お前の話しがようやく」

「わかった?」

「ヴェロニクの奴。変なこと吹き込みやがって」

「何が?」

「ロニーに愛の喜びと悲しみを教えてくれって言ったんだな」

 そうだったかな。

 そうかもしれない。

「そういうのは人に聞いても仕方ない。どう考えるかなんて人それぞれ。要は、自分がどう思うかだ」

「自分の目で見たもの、感じたことがすべて?」

「そうだ」

 なんだ。

 最初にアレクが言ったことが答えだったのか。


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