00 王国暦五九八年 コンセル 朔日
サイフォン。
器具とコーヒー豆、水を設置して、ランプに火を灯す。
ランプを水の入った丸いフラスコ部分に近づける。
しばらくすると水が沸騰し、お湯はロート部分を通じて、コーヒー豆の設置された部分へ移動する。
ランプの火を消し、吸い上げられたお湯とコーヒー豆を、木べらでかき混ぜる。
今度は、丸いフラスコ部分にコーヒーが吸い下げられる。
完成。
「面白いかい?」
隣で本を読んでいたアレクを見て、頷く。
「エルは、どうしてこんな現象が起こるかわかるかい」
首を傾げる。
「きっと、それも学ぶことが出来るよ」
これから通う場所。
王立魔術師養成所。
今、教えてくれる気はないのか?
「ヒントはね、真空状態になる」
真空?
吸引される?
丸いフラスコ部分が真空になる?
「さ、冷めない内に飲もう」
サイフォンの上部を外し、三人分のコーヒーカップを並べて、コーヒーを注ぐ。
「エル」
部屋の奥から、俺の保護者のフラーダリーが顔を出す。
「養成所に行く準備は出来てる?」
その質問、何度目だろう。
そんなに心配されなくても。昨日の内に全部終わってる。
アレクが笑う。
「姉上も、緊張していらっしゃるのかな」
「だって、子供の初登校だよ」
「何も心配はいりませんよ」
フラーダリーにコーヒーを渡す。
「あぁ、ありがとう。コーヒーを飲んだら行く時間かな」
養成所には明日から出席だけど。
学内の説明があるから、今日の夕方から来いと言われている。
「お菓子、食べるかい?」
頷く。
「持って来るから待っていて」
フラーダリーがコーヒーをテーブルに置いて、去って行く。
「これじゃあ、どっちが初登校かわからないね」
本当に。
そんなに心配しなくても、良いのに。
「エル、先に渡しておくよ」
アレクが、俺の首に何かかける。
「ポーラータイ」
ひも状のネクタイ?
「制服以外は自由だからね。気分に合わせて変えたら良いよ」
渡されたポーラータイを首にかけようとしたところで、止められる。
「一度に着けるのは一つの方が良いよ」
じゃあ、ポケットにしまっておこう。
「エルは面白いね」
面白い?
「持って来たよ」
フラーダリーがマドレーヌをテーブルの上に置く。
「姉上、座っては?」
「あぁ、そうだね」
全寮制の養成所に入れば、しばらくフラーダリーとは会えない。
アレクは養成所に通っているから会えるかもしれないけど。
「エル、休みには帰って来ようね」
「そうだね。急に居なくなったらさびしいから。帰って来てくれると嬉しいよ」
あ。そっか。休みは授業がないから、帰ってくれば会えるのか。