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旧作2-1  作者: 智枝 理子
Ⅲ.王子と姫
19/53

03 王国暦五九九年 ヴェルソ 三十日

 今日は午後から講堂を借りて、皆で集まって全体の動きを確認する。

「あぁ、もう、また間違えたわ」

「…あれ、何回目だ」

「全然進まないな」

 マリーが第一幕の独白シーンをずっとやっている。

 何度も繰り返しているせいで、マリーのセリフも大体覚えたけど、何が間違ってるか分からない。何が気に入らないんだ?

 存在感のあるマリーは、広い舞台に一人で立っているとは思えないほど輝いて見えて、綺麗だ。

 とりあえず最後まで見たいんだけど、しょっちゅう止まってるから、いまいち暇だ。

 バイオリンの楽譜を眺めながら、頭の中で音楽を奏でる。

 良い曲。

 愛の悲しみの方が好きかな。


 ※


「次、ラストの歌をやるぞ」

 あれ?

「え?順番に通し稽古じゃなかったの?」

「そこで遊んでる連中も入れ」

 シャルロが最後の合唱のメンバーを呼ぶ。

 俺もバイオリンをやらなければ歌う予定。

「エル、入れよ」

 歌詞を覚えてないから無理。

「聞いてる」

 ユリアの伴奏が始まる。

 そして、シャルロが指揮をして合唱が始まる。

 …あれ?これ、合唱?

 前に皆が練習してたのと全然違う。

 男声はちっとも上手くないし、ばらばら。女声も綺麗に響いてない。

 一つだけ飛びぬけて綺麗な声がマリーだ。

 これなら、マリーが一人で歌った方が良い。

「ちょっと!待ってよ。滅茶苦茶だわ。練習してなかったの?」

「してただろ?音程外した覚えはないぞ」

「そういう問題じゃない。女子の方が少ないのよ。もう少し考えて歌って」

「バランスが悪いって言ってるの」

「はぁ?ちゃんと歌うなってことかよ」

 なんで喧嘩してるんだ?

 上手く行かなかったから?

「落ちつけよ、みんな」

 カミーユが仲裁をしてる。

「つまり、こういうことだろ?男子は人数が多い分、少し抑え気味で歌えって。で、女子はその分、声を張り上げて頑張ってくれれば良いと」

「抑えろって、どうしろって言うんだよ」

「十分歌ってるよ」

「そうだわ」

「おい、エル!そっちにはどう響いてた?」

 響くも何も。

「男子はそろってない。下手。女子はマリーの声しか綺麗じゃない」

 ちゃんと言ったのに、何故か女子から睨まれる。

 なんで、そう攻撃的なんだよ。

「あぁ、だから、…あいつは、ああいう奴だから。怒っても意味ないぜ」

「はぁい!注目ー!」

 ピアノの場所からユリアが声を上げる。

「発声練習やろうよぉ」

「お。良いな。頼むぜ」

「行くよぉ」

 発声練習やったら、余計に男声が目立つんじゃないのか?

 っていうか。

 なんで、前より下手になるんだよ。意味が分からない。


 ※


「…以上、今度の練習の時までにやっておくこと。マリーとカミーユは残れ。他は解散」

 ばらばらなまま歌の練習が終わる。

 舞台上の大道具の位置と役者の立ち位置の確認を終えて、みんなが帰って行く。

 シャルロ、カミーユ、マリーが残る。

 ユリアも、マリーの稽古に付き合うらしく、ピアノの前に座ったままだ。

 もう、夕方。

 講堂を借りられるのって、いつまでだっけ。

「次は第二幕。出会いのシーン」


 マリーが舞台中央に立つ。

 カミーユが左手から登場する。

「あぁ、なんて清々しい日だ。森の空気も気持ち良い。遠出した甲斐があったというものだ」

 役者って、別の人間になりきるんじゃなかったっけ。

あれ、口調だけ変えたカミーユだ。

 マリーがカミーユに気付いて、口を開く。

「あれは誰?この森に人が来るなんて。…話しかけてみる?いいえ。人間と関わってはいけない。あぁ、でも、あのお方。なんて美しい人」

 すごい。

 まるで歌うように言葉が出てて気持ち良い。

 あれは、別人。

 サンドリヨン。

「おや。あんなところに人が…?おかしいな。この森の、こんな最奥に人が居るなんて」

 カミーユがマリーの居る中央に移動し、マリーが振り返って、二人が顔を合わす。

 二人とも、お互いの顔を見続ける。

「なんか、全然だめだねぇ」

 ユリア?

「何が?」

「ここは二人が恋に落ちるシーンだよぉ?」

 お互いが好きになるシーン?

「なんかこう、ばばーんと、こんな感じ?」

 突然、ピアノの音。

 すごく華やかな音楽が鳴り響く。

 なんて楽しい曲だ。

 踊るような音楽。

 これが、好きになる感じ。

 曲が盛り上がって来たところで、ユリアが演奏をやめる。

「ペトリューシカか。上手く演技に合わせて使っても良いな。…続けろ」

 ペトリューシカ。

 すごく良い曲だ。

 今度、全部弾いてもらおう。

 舞台上のカミーユとマリーが演技を続ける。

「なんて美しい人なんだ」

「なんて素敵な方でしょう」

 二人が距離を縮める。

「どうか、御名前をお聞かせください」

 手を取り合う。

「私の名前は、サンドリヨン。あなたの御名前を伺ってもよろしいかしら」

「私はこの国の王子です。この国の方ならば、私の顔にも見覚えがあるのではないでしょうか」

「王子様…?」

 マリーがカミーユの手を離し、後ずさって俯く。

 表情が二転三転する。

 普通じゃ有り得ない仕草だけど、きっと舞台上では必要なんだろう。

「そんな高貴な方とは露知らず。どうかご無礼をお許しください」

「いいえ。身分などどうでも良いのです。私はあなたの虜になってしまった。どうかその顔を見せて下さい」

 カミーユが近づいて、マリーの頬に触れる。

 そして、マリーが顔を上げる。

 綺麗だ。

「この気持ちを証明する手段はいくつか用意しています。どうかこれを受け取って下さい、愛しい人」

 カミーユが胸に手を当てて、マリーに手を出す。

 本当は何か持ってるんだろうな。

「これは…?」

「愛しい人に贈り物をするのは我が国の慣習なのです。愛の証として、どうか受け取って下さい」

「私が受け取ってもよろしいのでしょうか」

「受け取ってくれますか?」

 マリーがカミーユの手に乗ってるものを、大事そうに両手で受け取る。

「はい。喜んで」

 可愛い。

 普段もああいう顔すれば良いのに。

 マリーは怒ってばかりいるけど、笑えばあんなに可愛いのに。

「サンドリヨン。このブローチにはもう一つの意味があるのを御存知ですか」

 ブローチなのか。

「まぁ。なんでしょうか」

「このブローチは将来自分の妻となる女性に贈るものなのです。サンドリヨン。私はあなたを愛している」

「…カミーユ、マリー。間違えてるぞ」

 シャルロが劇を中断させる。

 なんで?

「え?」

「喜んで、の後に、告白のシーンがあるだろ。まだサンドリヨンの気持ちを聞いてない。ブローチを婚約の証にして、サンドリヨンから靴をもらうのは二幕のラストだ」

「あー」

 あーあ。良い感じだったのに。

 本番まで、全部通しては見れなさそうだな。

「もう一度、始めから」

そうだ。聞いておかないと。

「なぁ、シャルロ」

「なんだ、エル」

「二幕をペトリューシュカ?にするなら、俺のバイオリンは要らないよな」

「練習はしておけ」

 ペトリューシカの方が良いと思うけど。

「カミーユが下手だから悪いのよ」

「はぁ?俺のせいだって言うのかよ」

「もう少しセリフに気持ちを込められないの?全然、愛されてるって感じないわ」

「なんで演技にそんなに感情込めなきゃいけないんだよ。だいたいマリーだってそうだろ?」

 そうかな。マリーの演技はすごかったと思う。

「私はちゃんとやってるわ。…カミーユを好きな人だと思って」

「どう考えても、そう思ってないだろ、今の発言」

「お前ら」

「何よ」

「何だよ」

「あまり仲が悪いようだったら劇中にキスシーン入れるからな」

「はぁ?」

「嫌よ!」

「なんで嫌なんだ?」

 カミーユとマリーが驚いた顔で俺を見る。

「シャルロが言ってるのは、口を合わせるキスのことだからな。そんなの恋人にしかしない」

「サンドリヨンと王子は恋人じゃないか」

「何言ってるのよ!エルって、どうして、そう変なこと言うの?いくら演技だからって、私にだってキスの相手を選ぶ権利ぐらいあるわ!」

 だめなのか。

「俺だってそうだよ」

 そこまでは別人になれないらしい。

「二人とも、落ちついたらぁ?」

「最初からやり直しだ」

 最後まで見てよう。

 マリーの演技はすごく楽しい。



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