03 王国暦五九九年 ヴェルソ 三十日
今日は午後から講堂を借りて、皆で集まって全体の動きを確認する。
「あぁ、もう、また間違えたわ」
「…あれ、何回目だ」
「全然進まないな」
マリーが第一幕の独白シーンをずっとやっている。
何度も繰り返しているせいで、マリーのセリフも大体覚えたけど、何が間違ってるか分からない。何が気に入らないんだ?
存在感のあるマリーは、広い舞台に一人で立っているとは思えないほど輝いて見えて、綺麗だ。
とりあえず最後まで見たいんだけど、しょっちゅう止まってるから、いまいち暇だ。
バイオリンの楽譜を眺めながら、頭の中で音楽を奏でる。
良い曲。
愛の悲しみの方が好きかな。
※
「次、ラストの歌をやるぞ」
あれ?
「え?順番に通し稽古じゃなかったの?」
「そこで遊んでる連中も入れ」
シャルロが最後の合唱のメンバーを呼ぶ。
俺もバイオリンをやらなければ歌う予定。
「エル、入れよ」
歌詞を覚えてないから無理。
「聞いてる」
ユリアの伴奏が始まる。
そして、シャルロが指揮をして合唱が始まる。
…あれ?これ、合唱?
前に皆が練習してたのと全然違う。
男声はちっとも上手くないし、ばらばら。女声も綺麗に響いてない。
一つだけ飛びぬけて綺麗な声がマリーだ。
これなら、マリーが一人で歌った方が良い。
「ちょっと!待ってよ。滅茶苦茶だわ。練習してなかったの?」
「してただろ?音程外した覚えはないぞ」
「そういう問題じゃない。女子の方が少ないのよ。もう少し考えて歌って」
「バランスが悪いって言ってるの」
「はぁ?ちゃんと歌うなってことかよ」
なんで喧嘩してるんだ?
上手く行かなかったから?
「落ちつけよ、みんな」
カミーユが仲裁をしてる。
「つまり、こういうことだろ?男子は人数が多い分、少し抑え気味で歌えって。で、女子はその分、声を張り上げて頑張ってくれれば良いと」
「抑えろって、どうしろって言うんだよ」
「十分歌ってるよ」
「そうだわ」
「おい、エル!そっちにはどう響いてた?」
響くも何も。
「男子はそろってない。下手。女子はマリーの声しか綺麗じゃない」
ちゃんと言ったのに、何故か女子から睨まれる。
なんで、そう攻撃的なんだよ。
「あぁ、だから、…あいつは、ああいう奴だから。怒っても意味ないぜ」
「はぁい!注目ー!」
ピアノの場所からユリアが声を上げる。
「発声練習やろうよぉ」
「お。良いな。頼むぜ」
「行くよぉ」
発声練習やったら、余計に男声が目立つんじゃないのか?
っていうか。
なんで、前より下手になるんだよ。意味が分からない。
※
「…以上、今度の練習の時までにやっておくこと。マリーとカミーユは残れ。他は解散」
ばらばらなまま歌の練習が終わる。
舞台上の大道具の位置と役者の立ち位置の確認を終えて、みんなが帰って行く。
シャルロ、カミーユ、マリーが残る。
ユリアも、マリーの稽古に付き合うらしく、ピアノの前に座ったままだ。
もう、夕方。
講堂を借りられるのって、いつまでだっけ。
「次は第二幕。出会いのシーン」
マリーが舞台中央に立つ。
カミーユが左手から登場する。
「あぁ、なんて清々しい日だ。森の空気も気持ち良い。遠出した甲斐があったというものだ」
役者って、別の人間になりきるんじゃなかったっけ。
あれ、口調だけ変えたカミーユだ。
マリーがカミーユに気付いて、口を開く。
「あれは誰?この森に人が来るなんて。…話しかけてみる?いいえ。人間と関わってはいけない。あぁ、でも、あのお方。なんて美しい人」
すごい。
まるで歌うように言葉が出てて気持ち良い。
あれは、別人。
サンドリヨン。
「おや。あんなところに人が…?おかしいな。この森の、こんな最奥に人が居るなんて」
カミーユがマリーの居る中央に移動し、マリーが振り返って、二人が顔を合わす。
二人とも、お互いの顔を見続ける。
「なんか、全然だめだねぇ」
ユリア?
「何が?」
「ここは二人が恋に落ちるシーンだよぉ?」
お互いが好きになるシーン?
「なんかこう、ばばーんと、こんな感じ?」
突然、ピアノの音。
すごく華やかな音楽が鳴り響く。
なんて楽しい曲だ。
踊るような音楽。
これが、好きになる感じ。
曲が盛り上がって来たところで、ユリアが演奏をやめる。
「ペトリューシカか。上手く演技に合わせて使っても良いな。…続けろ」
ペトリューシカ。
すごく良い曲だ。
今度、全部弾いてもらおう。
舞台上のカミーユとマリーが演技を続ける。
「なんて美しい人なんだ」
「なんて素敵な方でしょう」
二人が距離を縮める。
「どうか、御名前をお聞かせください」
手を取り合う。
「私の名前は、サンドリヨン。あなたの御名前を伺ってもよろしいかしら」
「私はこの国の王子です。この国の方ならば、私の顔にも見覚えがあるのではないでしょうか」
「王子様…?」
マリーがカミーユの手を離し、後ずさって俯く。
表情が二転三転する。
普通じゃ有り得ない仕草だけど、きっと舞台上では必要なんだろう。
「そんな高貴な方とは露知らず。どうかご無礼をお許しください」
「いいえ。身分などどうでも良いのです。私はあなたの虜になってしまった。どうかその顔を見せて下さい」
カミーユが近づいて、マリーの頬に触れる。
そして、マリーが顔を上げる。
綺麗だ。
「この気持ちを証明する手段はいくつか用意しています。どうかこれを受け取って下さい、愛しい人」
カミーユが胸に手を当てて、マリーに手を出す。
本当は何か持ってるんだろうな。
「これは…?」
「愛しい人に贈り物をするのは我が国の慣習なのです。愛の証として、どうか受け取って下さい」
「私が受け取ってもよろしいのでしょうか」
「受け取ってくれますか?」
マリーがカミーユの手に乗ってるものを、大事そうに両手で受け取る。
「はい。喜んで」
可愛い。
普段もああいう顔すれば良いのに。
マリーは怒ってばかりいるけど、笑えばあんなに可愛いのに。
「サンドリヨン。このブローチにはもう一つの意味があるのを御存知ですか」
ブローチなのか。
「まぁ。なんでしょうか」
「このブローチは将来自分の妻となる女性に贈るものなのです。サンドリヨン。私はあなたを愛している」
「…カミーユ、マリー。間違えてるぞ」
シャルロが劇を中断させる。
なんで?
「え?」
「喜んで、の後に、告白のシーンがあるだろ。まだサンドリヨンの気持ちを聞いてない。ブローチを婚約の証にして、サンドリヨンから靴をもらうのは二幕のラストだ」
「あー」
あーあ。良い感じだったのに。
本番まで、全部通しては見れなさそうだな。
「もう一度、始めから」
そうだ。聞いておかないと。
「なぁ、シャルロ」
「なんだ、エル」
「二幕をペトリューシュカ?にするなら、俺のバイオリンは要らないよな」
「練習はしておけ」
ペトリューシカの方が良いと思うけど。
「カミーユが下手だから悪いのよ」
「はぁ?俺のせいだって言うのかよ」
「もう少しセリフに気持ちを込められないの?全然、愛されてるって感じないわ」
「なんで演技にそんなに感情込めなきゃいけないんだよ。だいたいマリーだってそうだろ?」
そうかな。マリーの演技はすごかったと思う。
「私はちゃんとやってるわ。…カミーユを好きな人だと思って」
「どう考えても、そう思ってないだろ、今の発言」
「お前ら」
「何よ」
「何だよ」
「あまり仲が悪いようだったら劇中にキスシーン入れるからな」
「はぁ?」
「嫌よ!」
「なんで嫌なんだ?」
カミーユとマリーが驚いた顔で俺を見る。
「シャルロが言ってるのは、口を合わせるキスのことだからな。そんなの恋人にしかしない」
「サンドリヨンと王子は恋人じゃないか」
「何言ってるのよ!エルって、どうして、そう変なこと言うの?いくら演技だからって、私にだってキスの相手を選ぶ権利ぐらいあるわ!」
だめなのか。
「俺だってそうだよ」
そこまでは別人になれないらしい。
「二人とも、落ちついたらぁ?」
「最初からやり直しだ」
最後まで見てよう。
マリーの演技はすごく楽しい。




