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旧作2-1  作者: 智枝 理子
Ⅲ.王子と姫
16/53

00 王国暦五九九年 ヴェルソ 十五日

 これに、これを混ぜて…。

 少し加水しておくか。原液を飲んだら、やばいだろうし。

「できた」

 実験室でチェスをやっているカミーユとシャルロが顔を上げる。

 完成した薬をスプレーの容器に移して、良く降る。

 チェスの、今の手番はシャルロか。

「カミーユ、口開けてみろ」

「あぁ?」

 カミーユの口にスプレーをかける。

「なにすん…。あーっ、あぁ?」

 成功。

 カミーユの声が変わった。

「また変なものを作ったのか」

「シャルロも口開けて」

「断る」

「なんだよ、面白いだろ?」

 シャルロはチェス盤に視線を落として、黒のクイーンを動かす。

「チェック」

「え?…うわー、フォークかよ」

 フォークは、同時に二つの駒を狙う方法。片方が逃げれば、片方の駒を確実に取れる。

 そしてこの場合、白はキングを絶対守らなければいけないから、キングを動かすか、クイーンの攻撃ラインを防がなければならない。

 白が動かせる駒は…。

 カミーユがキングを動かす。

 あ。そこでキングを動かしたら…。

「チェックメイト」

「あ」

 思った通り、シャルロが黒のナイトを動かして終わり。

「ビショップでラインを防げば良かったのに」

 フォークの状態に戻して、ビショップでクイーンのラインを塞ぐ。

 次のシャルロの手は、クイーンでルークを取る手一択だ。次にポーンを移動させてキングの逃げ道を作っておけば、詰まないだろう。

「もう一回やろうぜ。…っていうか。これ、どうやったら治るんだよ」

 カミーユの声。

 このスプレーは、高い声に変える薬。

 喉に噴射して、効果がある間は声が変わる。

 けど。

「水でも飲めば良いだろ」

 薬を洗い流せば元に戻るだろう。

 カミーユがオランジュエードを飲む。

「あーっ、あーっ。ん。治ったな」

 もう治したのか。

 スプレーを自分の口にかける。

「あーっ」

 変な声。

「難しいな。あっ、あっ、うー」

「お前は何がしたいんだ」

「なんか変な感じだな」

 自分のものじゃないみたいだから、発声の感覚が変だ。

「授業中にいきなり声が変わったら面白いだろ?教師にやっても良いかな」

「懲りない奴だな」

「出せる課題が無くなってきたって教師がぼやいてたぜ」

「え?もう?…つまらないな」

 せっかく、もっと勉強が出来ると思ったのに。

 シャボン玉の時に、かなり色んな勉強が出来たから。

 先生の出す課題は面白くてやりがいがある。補習は錬金術の器具を使わせてもらえるから楽しい。

 書き取りとかどうでも良いのがたまにあるけど。

 だから、つい面白いことを思いつくとやってしまう。

 今日も面白い薬を作れそうだったから試してみたのだ。

 これでどうやって遊ぼうかな。

 養成所は楽しい。

 カミーユもシャルロも俺がやることに付き合ってくれるから。

「学年が上がれば授業が増える。必然的に教師が出せる課題の範囲も広がるだろ」

「そっか。楽しみだな」

 確か、錬金術の授業が始まる。

「いつまで女の声で居るんだよ」

「持続時間を調べてるんだ。スプレー一回で結構持つな、これ」

 唾液で流れると思ってたから、効果が切れるのは、もっと早いと思ってたんだけど。

「喋り続けてないと効果が切れるタイミングが解らないんじゃないか?」

「だから喋ってるんじゃないか。あー、あー」

「歌でも歌ってろ」

「歌?歌なんて子守唄ぐらいしか知らない」

 ラングリオンに来たばかりの頃、フラーダリーが良く歌ってくれた歌。

「じゃあ、子守唄で良いだろ」

「あ、あと、あれが歌える」

「あれ?」

「ほら、マリーたちがいつも歌ってるやつ」

 タイトルは知らないけど。

 マリーたちが教室で良く歌っている歌だ。歌詞も覚えてしまった。

 少し物悲しい歌詞なのに。

 みんな楽しそうに歌ってる。

 歌っていると、ノックが聞こえた。

 歌うのをやめて扉の方を見る。

「どうぞ」

 シャルロに言われて入って来たのは…。

「やっぱり居たぁ」

 ユリア。

 それからマリーとセリーヌ。

「なんだ、お前たちか」

 マリーに見つかったら怒られそうだな。

 俺が何かやると、いつも怒られる。

 危ない真似をしてるつもりはないんだけど、危ないことはするなって。

「また悪いこと考えてるの?」

「悪いことってなんだ」

「懲りないわね、あんたたち」

「卒業式に参加してたんじゃないのか」

 そういえば、今日は卒業式だったな。

 俺は関係ないし、参加は強制じゃないから忘れてた。

「途中まで参加してたわ。でも、もう私たちがやることは終わったの」

「お兄様の手伝いをしただけだもの。…チェスをしていたの?」

「あぁ」

「チェスならどこでもできるじゃない」

「良いだろ、どこでやったって」

「何の用だ」

「用事はねぇ、ほら、来月は新入生が来るでしょぉ?歓迎会、何やろぉかなぁって」

 歓迎会?

「お前は中途入学だから知らないだろうな。新入生を相手に出し物をするんだよ」

 出し物?って?

「ねぇ、エル、口開けてぇ?」

 隣に座ったユリアを見て口を開くと、何か入れられる。

 …ドロップ?

「甘い」

「え?」

「え?」

 あ。やばい。

「エル?」

「ふふふ。面白いねぇ。さっき歌ってたのはエルだったんだぁ」

「良くわかったな」

 声が治ってないんだからばれるか。

「っていうか、甘いものは嫌いだって言ってるだろ」

 ドロップを噛み砕いて、飲み込む。

 カミーユの薬を飲んで声が出るようになったのは良いんだけど。

 そのせいで甘いものを食べると気持ち悪くなる。

 もう一生分の甘いものを摂取したのかも。

 甘いものなんて二度と食べたくない。

 カミーユのオランジュエードを飲みたいけど、まだスプレーの効果が続いてる。

「ねぇねぇ、もっと可愛い喋り方にしなよぉ」

「可愛いって?」

「にゃーとか」

「なんで猫の真似なんかしなくちゃいけないんだよ」

「ほらほら」

 そうだ。試してみよう。

「ユリア、口開けて」

「あー」

 ユリアの口にスプレーをかける。

 女声はどうなるかな。

「あー。声が高くなるスプレーなのぉ?」

「なんかあんまり変わらないな」

 薬の効果として。ある一定の声の高さまで引き上げるだけなのかな。

「にゃー」

「それ、可愛いか?」

 やるなら、もう少し猫に似せれば良いのに。

「可愛いじゃない」

「ふふふ。これ、面白いねぇ。新入生に配ってみるー?」

「やめなさい。先生に怒られるだけよ」

 やっぱりマリーは怒るよな。

「だって、俺たちが出来ることってそんなにないだろ?魔法を見せることも出来ないし、楽器だって演奏会レベルじゃ弾けないぞ。俺たちの入学式に初等部の二年がやってたことなんて、菓子を配ってたことぐらいだろ」

「剣舞を披露してたのは初等部の二年だったぞ」

「まじか。知らなかった」

 出し物って、何か面白いことをやるってことか。

「で?お前たちは何か案があってここに来たのか」

「カミーユなら剣舞出来るんじゃない?」

「俺一人でやれって言うのか」

「一人でやれとは言ってないわ。動きを教えられるじゃない」

「時間がない。歓迎会って、ポアソンの九日だろ?」

「無理なの?」

「難しいな」

 確か、新入生の入学式がポアソンの八日だ。

 入学式の次の日が歓迎会なのか。

「ねぇ、ねぇ、劇にしようよぉ」

「劇?」

「劇?」

「サンドリヨンならぁ、皆、知ってるでしょぉ?」

 サンドリヨン。

 会長のテストでやった物語だ。

ラングリオンの東を焼き尽くし、砂漠に変えた炎の大精霊をモデルにした、魔女と王子の恋物語。

 あれなら知ってる。

「今から衣装の準備をして…。道具を準備して?」

「サンドリヨンなら、既存の衣装を改造すればどうにかなるんじゃない?」

「どうにかなるんじゃない、って。誰も炎の魔法なんて使えないのに、どうするのよ」

 サンドリヨンは、炎の魔女だっけ…。

「どうにか、してみるか」

 魔法陣を使って、精霊に頼めばどうにかなるかも。

 自分の魔力の使い方を教えてもらったから。

「あれだろ?サンドリヨンが魔法で全部焼き尽くすシーン。見た目に炎が発生してるように見えれば良いんなら、どうにかできるかも」

「どうにかって、魔法使えるの?」

「使えない。…けど。ちょっと試してくる」

「試す?」

 光の精霊に頼めば、幻術的な効果で炎の魔法を見せることができる気がする。

 実験室を出ようとしたところで、カミーユが追いかけて来ているのに気付いて振り返る。

「ついてくるな」

「何するつもりだ?」

「実験」

 実験室を出て、自分の部屋に向かう。

 …言いたくない。

 精霊の友達が居るなんて。

 言えばまた。

 でも、ここならそんなことには…。

 わからない。


 ※


 光の魔法陣を描く。

 そして、魔法陣の本に書いてあった言葉を紡ぐ。

「温度を上げる神に祝福された光の精霊よ。黎明の眷属よ。我に応え、その姿をここへ」

 魔法陣に自分の魔力を乗せる。

『どうしたの?エル。何か用事?』

 いつも遊びに来てくれる光の精霊。

「ちょっと相談があるんだけど」

『相談?』

「炎の魔法を疑似的に作るような幻術ってできるか?」

『んー。難しいな。それって合成魔法でしょ?』

「合成魔法?」

『炎の魔法と光の魔法の合成魔法。私一人じゃ無理かな。炎の精霊が居なくちゃ』

「炎の精霊の知り合いなんて居ないよ」

『エルが呼びかけたら応えてくれるかも』

「呼びかけるって、魔法陣で?」

『うん』

 炎の魔法陣のページを開いて、炎の魔法陣を描く。

「温度を上げる神に祝福された炎の精霊よ。熱気の眷属よ。我に応え、その姿をここへ」

 来てくれるかな…。

 魔法陣が輝き、炎の精霊が姿を現す。

『こんにちは、エル』

「こんにちは」

 俺の名前、知ってる?

『挨拶が出来るなんて偉いね』

 ずいぶん落ち着いた性格の炎の精霊だな。

 炎の精霊って、もう少し気性が荒いイメージだけど。

『僕の名前はロジェ』

『あ、私の名前はミーアよ』

「よろしく、ロジェ、ミーア」

『合成魔法をやりたいんだったね』

 ここで俺の話し聞いてたのか。

 精霊は人間の目では見えないし、声も聞こえない。

 そして、精霊が顕現していない状態で、精霊の呼びかけに気づけるのは魔法使いの素質を持った者だけ。

 素質のない者が精霊の存在に気づけるとしたら、精霊が顕現した時だけだ。

『ここで発動して欲しいの?』

「いや。劇をやるんだ。だから、劇で使いたい」

『劇か。だったら僕の力は抑えないとね。…エルは、魔法の玉を使える?』

「魔法の玉?」

『錬金術師が魔法の力を封印する玉よ』

「知らない。どんなやつ?」

『初等部の一年じゃ知らないか。丁度持ってるから、あげるよ』

 ロジェがそう言って、机の上に透き通った小さな丸い玉を二つ転がす。

『その魔法の玉に、僕たちが作った魔法を封じ込めるんだ。穴が開いているの、わかるかい』

 一つ手に取ると、一か所だけ穴が開いている。

『それが入口。そこに魔法を込めたら、自分の指で塞ぐんだ』

『エルなら上手くやれると思うな』

 感覚で身につければ良いのか、これ。

『じゃあ、ロジェ。やってみようよ』

『行くよ、ミーア』

 二人の精霊が手を取り合って魔法を使う。

 すると、目の前に火柱が現れる。

 慌てて後ずさると、二人の精霊が笑う。

『触ってごらん』

『大丈夫よ』

 炎に触れる。

 熱くない。

「なんで?」

『合成魔法は、主となる魔法の属性に準ずるの。光の魔法で炎を視覚的に見せているだけだから、熱くないよ』

 面白い魔法。

「蜃気楼みたいだ」

『あれと似たようなものかな』

『さぁ、魔法を封じ込めてごらん』

 魔法の玉の入口を魔法に向けると、魔法が吸い込まれる。

 入り口を指で塞ぐ。

 けど、まだ魔法は発動したままだ。本当に吸い込んだのか、これ。

 指を外すと、穴が消えている。

『上手く行ったみたいだね。錬金術師は自分の魔力で穴を塞ぐらしいよ』

『一つで良いの?』

 もう一つの玉に、同じように魔法を込める。

 魔法が消えて、ロジェとミーアが手を離す。

『玉を割ると、魔法が発動するよ』

 軽く爪先で叩いても、割れる様子はない。

『簡単には割れないよ。思いっきり衝撃を加えると良い』

 地面に叩きつけたりすれば良いのかな。

「またお願いするかも」

『いいわよ』

『エル、それだけじゃつまらないから、これも持って行くと良い』

 今度は紫色の玉。

「これは?」

『爆炎の煙を抽出した玉。これを作るのは少し難しいから、アレクに頼むと良いよ』

「アレクの知り合いなのか」

『うん』

「ミーアも?」

『私がアレクと知り合いになったのは、エルと会った後よ』

 知り合いなのか。

「アレクはなんて言ってたんだ?」

『エルの友達になってくれてありがとうって。呼び出されたから何かと思ったら、それだけ。エルって本当に色んな人に守られてるね』

「フラーダリーもアレクも、心配性なんだよ」

『そうだね。でも、エルって不思議。疲れないの?』

「疲れる?」

『魔法使いって、こんなにのんびりお喋りしてくれないよ。用事が終わったら、すぐに魔法陣を消して、ばいばい』

『エルは普通の魔法使いよりも魔力が強いんだろうね』

 ロジェの言う通り。

 俺の魔力は強い。

 普通の人間とは比べ物にならないぐらい、強いらしい。

「そろそろ、行かないと」

『うん。またいつでも呼び出して』

『僕も協力するよ』

 精霊が消えて、魔法陣も消える。

 透明な玉が二つ。紫色の玉が一つ。

 持って行って皆に見せよう。


 ※


 走って、実験室に戻る。

「できた」

「エル」

 とりあえず、透明な玉を床に叩きつける。

「え」

「!」

「わぉ」

 さっき見た魔法だ。

 火柱の幻影。

「何、危ないもの投げてんだよ!」

「触っても平気だ。演出用。光の魔法だから熱くない」

「光の魔法?火柱なのに?」

「光と炎の合成魔法。光の力の方が強い。こっちは煙幕」

 紫の玉を割る。

 と、そこから煙が溢れて床に広がる。

 確かに、二つ合わせれば炎の魔法が発動して燃やされてる感じになりそうだ。

「この二つを使えば、疑似的に炎の魔法の演出が出来るだろ?」

「どうやって作ったんだ、そんなもの」

「どうでも良いだろ」

 出来たんだから。

「どうでも良くないわよ。どういうこと?合成魔法なんて…」

「エル。アレクシス様に手伝ってもらったのか」

 そんなに理由が必要か。

「あぁ」

 どうせアレクにも手伝ってもらう予定だ。

「で?どうなったんだよ。劇の話し」

「カミーユに聞け。行くぞ、マリー」

「わかったわ」

「私も行くわ。裁縫、手伝ってくれる人探さなきゃ」

「俺だって、剣舞のメンバー探さないといけないんだぞ」

 なんだか慌ただしいな。

「あたしが説明しておいてあげるよぉ。みんな、いってらっしゃぁい」

「頼んだぞ、ユリア」

 ユリアと俺を残して、みんなが出て行く。

「…で?」

「うん。サンドリヨンはね、マリーがやるのよぉ」

 ユリアが用紙に書き込んでいく。


 サンドリヨン…マリー

 王子…カミーユ

 王…シャルロ

 騎士?…四人(未定)


「配役、これだけなのか」

「うん。ストーリーはシャルロが練り直すみたいだよぉ」

 それでマリーと一緒に行ったのか。

「セリーヌは衣装係で、お菓子係。女子の皆でやるんじゃないかなぁ」

「お菓子係?」

「最後に配ろぉって。カミーユは剣舞のメンバーを探しに行ったみたいだねぇ」

「剣舞、やるのか」

「真剣じゃないなら大丈夫みたいだよぉ。剣舞のメンバーがぁ、騎士役ね?」

「演出に使う魔法って、さっきので良いのか?」

「んー。良いんじゃないかなぁ?劇の構成はぁ、こんな感じだよぉ」


 第一幕…サンドリヨンの独白

 第二幕…サンドリヨンと王子の出会い(ガラスの靴を渡す)

 第三幕…国王対王子。婚約話を断って剣舞

 第四幕…サンドリヨンが国を炎で燃やす(エルの魔法はここ)

 第五幕…サンドリヨンと王子が結ばれて大団円(お菓子を配る)


 俺が居ない間に、ここまで決めたのか。

「これで全部?」

「んー。でも、舞台の大道具とか小道具とかも作らなきゃいけないよねぇ。台本が出来たら、他の子にも色々頼まなくっちゃ」

 結局、クラス全員でやりそうだな。

「あたしはピアノを頼まれたのぉ」

「ピアノ?」

「ほら、音楽がないと寂しいでしょぉ?」

「そうだな」

「だから、エル、一緒に音楽係やろうよぉ」

「音楽係?俺はバイオリンしか弾けないぞ」

「うん。あたしがピアノで、エルがバイオリン」

「弾ける曲がそんなにない」

「大丈夫だよぉ。明日、楽譜用意してくるね」

「どんな曲?」

「愛の喜びと、愛の悲しみ」

「知らない」

「ふふふ。エルって知らないことばっかりだねぇ」

 みんな、そう思ってるのか。

「教えてあげるからぁ、何でも聞いて、ね?」

 ユリアが笑う。

「あぁ。頼むよ」

 みんな、優しいから。

 俺が想像つかないぐらい。

―エルって本当に色んな人に守られてるね。

 本当に。

 守られてる。

 ここに居られるのは、過去を捨てたから?


 ※


 夜。

 アレクの部屋の扉をノックする。

「どうぞ」

 鍵、かけなくて良いのかよ。

 扉を開いて中に入る。

 珍しい。眼鏡かけてるなんて。

 机に向かっているアレクの隣に座る。

「何やってるんだ?」

「勉強だよ」

 アレクのノートは…。

 魔法の勉強かな。少し難しそうだ。

「はい、どうぞ」

「わっ」

 アレクがたくさんの玉を俺に渡す。

 落とさないように、慌てて両手で受け取る。

「紫は煙の玉。赤いのは火柱の幻影。黒は暗転の闇魔法。白は、割った箇所を基点に周回する光魔法」

「もう作ったのか」

 頼んでないのに。

 ロジェかミーアから聞いたのかな。

「エル。まだ魔法も錬金術も習っていないのだから、危ないことはしないようにね」

「してないよ。…なんでこの玉、色がついてるんだ?」

「魔法を込めても玉の色は変わらないよ。何の魔法を込めたかわかりやすくするために、後から着色しているんだ」

 だから、魔法を込めても透明なままだったのか。

「エル。この辺りに居る精霊が協力的な精霊ばかりとは限らない。悪戯好きの精霊も居るんだから、無暗に精霊から物をもらってはいけないよ」

「悪い精霊が居るのか?」

「悪い精霊なんてこの世に存在しない。でも、人間が自分の魔法であっさり死ぬとは思っていないかもしれないよ。たとえば、ロジェから渡された紫の玉が、本当は麻痺の魔法が込められたものだったらどうするのかな」

 皆が居る前で割っちゃったからな…。

「エルは簡単に人も精霊も信用するからね」

「人間が簡単に嘘を吐くことぐらい知ってるよ」

「まるで精霊みたいな言い方だ」

 精霊も、良くそう言っていたな。

 精霊は嘘を吐かないから。

「赤と黒の魔法の玉は、舞台でだけ使うんだよ。誰かに渡してはいけない」

「なんで?」

「通常、込めるべき魔法は色によって決まっている。他のものと混ざったら見分けがつかなくなるからね」

「そっか」

「白と紫は、その基準をクリアしてるから何に使っても構わないよ。光の玉は、夜道で役立つ」

 アレクが手元のランプを消して、ランプのシェードに白い玉…、光の玉を当てて割る。

 すると、光の玉がランプを基点にして、その周囲を回る。

「便利だな」

「錬金術とは、魔法を使えない市民が魔法を使えるようになるためのものだからね」

 それ、錬金術の本の冒頭には必ず書かれてることだ。

「アレク、愛の喜びと悲しみって知ってるか」

 アレクが俺の顔を見て、少し悩む。

 あれ。

 アレクが悩むなんて珍しい?

「曲のことかな」

「あぁ。ピアノとバイオリンの曲」

「弾けるよ。でも今は夜だからね。明日にしよう」

 明日も休み。

「泊まって良い?」

「いいよ」

「本読んで良い?」

「本棚から出すのは一冊にすること」

「なんで?」

「エルはすぐ散らかすからね」

 散らかしてるつもりはないんだけど。

 一冊…。

 何にしよう。

 たいてい本を読んでる時になることが出来て、他の本も探してしまう。

「エル。チェスをやろうか。そっちの棚にあるはずだよ」

 アレクの指した棚からチェスボードを出して、机に置く。

「勉強してるのに?」

「良い頭の体操になるよ」

 駒を並べる。

 アレクが勉強しながらやるなら、勝てるかな。


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