04 王国暦五九九年 スコルピョン 二日
今日からアレクは研修旅行で居ない。
十八日までずっと。
おまけにフラーダリーも忙しくて、休日には居ないと言われてしまった。
手紙は書くから、養成所で良い子にしていて、と。
フラーダリーが家に居ないことはたまにあるけど…。こんなに長いのは初めてだ。
休みに会えない時は必ず手紙が来る。
フラーダリーからの手紙は、心配することばかりが書かれてるから困る。
この前も、カミーユの薬を飲んでることを心配された。
フラーダリーには言ってないのに。教師から聞いたらしい。
別に危ない薬を飲んでるつもりはないけど。
甘くて美味しいし。
俺も何か作れないかな。
養成所の図書館の、錬金術関連の本棚を眺める。
錬金術とは、魔法を使えない人間でも、魔法のような奇跡を使えるようになる手段を研究する学問。
薬学以外にもいろんな分野があるらしい。精霊に力を借りて作る魔法のアイテムとか。
その歴史も面白い。
もともと医学の分野だったものがくっついたり離れたり、全く効果のないものを効果があるような気分で使っていたり。今では絶対に作れないものもあるが、それが実在したかも怪しい。…なんて。あやふやで怪しい学問だ。
…ん?
なんだこれ。
これなら簡単そう。すぐに作れそうだな。
メモ紙に、そのレシピを写す。
カミーユを誘って実験室に行こう。
カミーユは多分、教室でロニーの出した課題をやってるはずだ。
※
教室に戻ると、思った通り、まだカミーユが勉強してる。
他に誰も居ない。
問題を解いているカミーユの前の椅子に座って、それを眺める。
…まだかかりそうだな。
区切りがつくように思えない。
カミーユの問題用紙に、文字を書く。
今日は実験室に行かないのか?
「しばらく実験は休み。ロニーから止められてる」
なんでロニーの言うこと聞かなくちゃいけないんだ。
しばらくって、まさか研修旅行が終わるまで?
冗談じゃない。
早く終わらせろ。
カミーユは俺が書いた文字を見た後、課題に戻る。
無視された。
課題が終わるまでは、待ってなきゃいけないのか。
カミーユのペン先を追う。
あ。それ、間違ってる。
間違ってる箇所をチェックして、正しい式を書き直す。
…証明完了。
答えの横に、文字を書く。
ちょっと試したいことがある。
「何やるんだよ」
簡単なもの。
さっきのレシピ。作ってみたい。
そう書こうと思ったところで、教室の扉が開く。
「まだ残ってたのか。そろそろ教室閉めるぞ」
やった。
「はーい」
カミーユが課題を鞄の中にしまう。
実験室に行こう。
自分の荷物を持って、教室を出る。
あ。シャルロだ。
「あ」
「シャルロ?」
「くそ。教室閉められたか」
丁度良い。シャルロも誘おう。
「何か用事か?」
「図書館で借りた本、教室に忘れたんだ」
それぐらいなら明日で済む用事だ。
「まだ教師居ると思うぜ」
「そうか。なら…」
シャルロの腕と、カミーユの腕を掴んで歩く。
「なんだ?」
「おい、実験は禁止って言われてるだろ」
カミーユが実験を禁止されてるだけで、俺は禁止されてない。
「実験?」
「何かやりたいらしい」
「何やるんだ?」
「さぁ?」
面白いことに決まってるだろ。
※
実験室に入って、材料をそろえる。
ストロー…。
あった。
「これ、洗剤だろ?」
レシピに書いてある通りに混ぜていく。
っていうか、どれから混ぜてもいいのか?これ。
砂糖って何の作用があるんだろう。飲んでも平気なように?
「何作ってるんだよ」
洗剤は飲んだらまずそうだけど。
よし、出来た。
この液体にストローを浸す。
そして、ストローを吹く。
「おぉ」
綺麗。
ストローから飛び出したいくつもの透明な球体が、ふわふわと浮く。
「シャボン玉か」
「懐かしいなー。俺も遊んだぜ」
え?
知ってる?
「やったことないのか?」
頷く。
これ、そんなに知られてるものなのか。
せっかく驚かせようと思ったのに。
周りのシャボン玉が全部はじけて消える。
あ~あ。
「たくさん作って、明日、教室に持っていくか」
シャルロ?
「そうだな。教室でやって、教師を驚かせようぜ」
カミーユ。
それ、すごく楽しそうだ。
こんなに綺麗なんだから、みんなで飛ばせばもっと綺麗だろう。
外に飛ばせば、もう少し泡の形を保ってられるだろうか。
窓を開いて、シャボン玉を飛ばす。
外に飛ばされたシャボン玉は、ふわふわ風に吹かれて昇って行く。
本当に綺麗。
※
部屋の窓からシャボン玉を吹く。
カミーユとシャルロと一緒にたくさん作って、それから夕食をみんなで食べて部屋に戻って来たところだ。
カミーユもシャルロも、俺に付き合ってくれる。
きっと、二人とも気づいてるはずなのに。
俺が、知っていて当然のことを知らないってこと。
そして、どこから来たのか…。
聞かれたら、どうすれば良いんだ。
答えることを拒否したら?
…やめよう。
せっかく、何も聞かないでいてくれるのに。
今は楽しい。
人間と接することが。
みんな、俺の知っている人とは違う。
それは、精霊とも大して変わらないように思える。
だめ。
やめよう。昔のことを考えるのは。
今度の休みはどうしようかな。
フラーダリーが居ないなら家に帰っても仕方ない。
アレクも居ないからつまらない。
そうだ。王立図書館に錬金術の本を探しに行っても良いな。養成所の図書館よりも広くて大きい図書館だから。
『綺麗ね』
え?
顔を上げる。
『あぁ、見えないよね』
目の前に精霊が現れる。
光の精霊。
アレクに紹介してもらったのとは違う。
『もっとやって』
シャボン玉を吹く。
『ふふふ。楽しいね』
俺も楽しい。
でも、夜中に光の精霊を見るなんて珍しいな。
シャボン玉を吹く。
『ねぇ、精霊が珍しくないの?』
頷く。
『たいてい、驚かれちゃうんだよね。姿を現すと。私たち、ずっと養成所に住んでるのに』
そうなのか。
養成所を守ってる精霊?
土地につく精霊は、その土地を守るらしい。
精霊とは自然そのもの。その土地に精霊が住んで居れば、土地は豊かになる。逆に精霊が消えると、その土地の自然は壊れてしまうらしいから。
『君、喋れないんだよね』
頷いて、シャボン玉を吹く。
『不思議な子。なんだか傍に居ると安らぐな』
俺と一緒に居て、安らぐ?
『また会いに来ても良い?』
もちろん。
『じゃあ、またね』
精霊を見送る。
名前聞くの忘れたな。
あぁ。
喋れないから、意味ないか。




