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山笑う鎌倉霊園

 明くる旅2日目は、墓参り2デイズの第2日だ。こんどは、母方のお墓がある「古都の公園墓地」鎌倉霊園を目指す。


 鎌倉霊園は、鎌倉の山の上に広がる、広大な公園墓地。

 横浜最南端の金沢区、八景島とか海の公園がある金沢八景エリアと鎌倉を結ぶ街道の途中に、朝比奈あさひな峠というなかなか険しい峠があって、その頂上にドッカリと乗っかっている。まさに三浦半島の屋根のてっぺんに広がっているのだ。


「朝比奈」というと、鎌倉にちょっと心得のある人から、「朝夷奈あさいなの切通しがあるところでしょ?」とかいう声が聞こえてきそうだ。おっしゃる通り、山に囲まれた鎌倉の出入口「鎌倉七口」のひとつ、朝夷奈の切通しのあるところ。

 鎌倉七口のなかで当時の姿をいちばんよく残していて、国の史跡にも指定されている朝夷奈の切通し――こんなこと言っておきながら、一度歩いてみたいと思ってはいながら、まだ一度も行ってみたことがないのだが――。

 ともかく、そこにお墓がある。昨日は歴史あるお寺のお墓、今日は近代的な公園墓地。甚だ対照的な墓参りのハシゴになるわけだ。


 空は青空、気温は暖か。心地いい墓参りになりそうだ。金沢八景からバスに乗って、いざ出発。


 初めは住宅地を進んでいくが、進むほどに少しずつ山が近づいてきた。今年は早くから暖かかったからか、山には早くも若葉が芽吹いていて、春旅の心をくすぐってくる。

 ん? 今、換気用に少し開けてある窓から、ウグイスの声が聞こえてきたような……。こいつはなかなか粋な出迎えだなあ。いいねえいいねえ……。


 若緑の山がひときわ近づいてくると、有料道路の朝比奈インターが現れて、ここから急坂急カーブの朝比奈峠が始まる。バスはうなりを上げ、ゆっくりゆっくり登っていく。

 この道は古くからの街道だけあって、けっこう交通量もあるのだが、昔ながらのスタイルそのまま。急坂急カーブに加えて、たいそう狭い。カーブでバス同士行き会った日には、ほとんど止まるくらいまでスピードを落とす必要がある。運転手は大変だ。

 乗っているこっちも前後左右に揺さぶられて乗り心地はよくないが、若葉に加えてときどき早咲きの山桜が見えたり、たまに眺めが開けて海が見えたりして、楽しませてもらえるんだから気楽なものだ。


 そんな険しい登りが緩むと、これまでただひたすら山の景色だけだったところに、忽然と公園墓地が現れる。鎌倉霊園エリアに突入だ。

 まず1つバス停があるが、まだ降りない。これだけ広大な霊園ともなると、エリア内にバス停が2つあるのだ。バスは墓石が整然と並ぶ一角を横目に、いったんまた山の景色に戻り、こんどは下りつつさらに少し行くと、目的のバス停「鎌倉霊園正門前太刀洗(たちあらい)」に着いた。


 鎌倉霊園正門前太刀洗。実に10文字。ひらがなだと19文字。これより長い名前のバス停、ご存じだろうか? 私は知らない。


 はるか昔、ここにお墓参りに来はじめた子供の頃は、このバス停は「太刀洗」という名前だった。当時は、1つ手前のバス停のところにある門が正門で、今下りたバス停の近くの門は正門じゃなかったからだ。

 ところが、いつ頃だったか、なぜかこっちの門が正門の座を奪取。それをバス停名に反映させようとして、でも元の名前も残そうとして、こんな長い名前になったんじゃなかろうか。


 そんな日本一かもしれないバス停でバスを下り、霊園に足を踏み入れると、まず庭園風のエリアが広がっている。植木も芝生も丁寧に刈り込んであるし、木には名前を書いたプレートが付いていたりするし、さすが公園墓地。

 そしてほどなく、見事な桜並木が目に飛び込んでくる。ここ鎌倉霊園は、真ん中を突っ切って流れる川を中心に、浅い谷状のところに広がっているのだが、この川沿いが延々桜並木になっているのだ。

 川沿いだけでなく、川の両岸に沿った道の反対側も並木になっていて、都合4本の桜の列が、まっすぐ敷地の奥まで続いている。これが春には満開になるんだから、花好き人間にしてみたら、もう桜に魅せられてお墓参りどころじゃなくなる勢いだ。


 鎌倉で桜というと、町の中心、駅から八幡宮に至る若宮大路の並木が有名だが、規模でいうとこっちのほうが上じゃなかろうか。ここは霊園でありながら、知る人ぞ知る、鎌倉きっての桜名所というわけだ。


 まだお彼岸だし、山の上なだけあって街中と比べると見頃がちょっと遅いのだが、今年は季節の進みが早く、木によっては十分楽しめるくらい咲いている。上機嫌で眺めながらそぞろ歩き、ときどき立ち止まったりしながら、まずはお線香を買うべく売店へ。

 そしてまた、眺めながらそぞろ歩き、橋の上でしばしたたずんで眺めたりしながら、お墓へ向かう。昨日の豪徳寺みたいな風情は当然カケラもないのだが、逆にこういう楽しみ方は、古刹じゃ望めないだろう。


 並木の道から階段をひと登りして水道で水を汲み、またひと登りしてちょっと歩くと、お墓に到着。

 とてつもなく場違いな背中のザックを、敷地の縁石のところにドッカリと下ろしてから、今日もまた、お墓に水をかけて、線香をあげて、おはぎとお茶を供えて、手を合わせる。ここのお線香はラベンダーの香り。さすが公園墓地だけあって洗練されている。

 お参りが済んだら、縁石に腰かけて、お待ちかねのおはぎタイム。なんだかこのためにお墓参りに来ているような気もするのだが……。


 おはぎをほおばりながら眺めると、視界の真ん中を左右に、咲きはじめの桜の雲が横切っている。川沿いからちょっと登ったエリアなので、桜並木をいくらか見下ろすアングルになって、なかなか気分がいい。

 その春色の雲を、川沿いに谷の奥のほうまで目で追っていくと、まわりにスタジアムのスタンドのように並んだ墓石の果てに、芽吹きたての若緑の雲が、空との境にフワッと浮かんでいる。桜の雲も、できたてのメレンゲみたいに軽やかだが、若葉の雲はもっと軽い。ヘリウムが入った風船よろしく、眺めている者の心をそれにぶら下げると、空に浮かびあがらせてくれる。

 そんな景色を眺めていると、ふと、ひとつ言葉が浮かんできた。


 山が、笑っている。


 この時期の俳句の季語に、「山笑う」というのがある。俳句にはとんと疎いし、ましてや歳時記なんぞ読んだこともないが、こういうのを言うんじゃないだろうか。

 この時期に鎌倉に来ると、まわりを囲んでいる山がことごとく若緑に包まれている。杉とかヒノキみたいな植林とか、シイとか椿みたいに真冬でも青々とした常緑樹も多いのだが、なんかやたらと新緑が目について、心にヘリウムを吹き込んでくる。「山笑う」という言葉は鎌倉のためにあるんじゃないか、とさえ思えてくる、この季語の教科書みたいな景色だ。


 今、座っておはぎを食べているここは、まぎれもなく墓地なのだが、公園墓地には、お寺の墓地みたいなものものしさや湿っぽさがない。広くて明るくて、名前どおり公園みたいだ。

 そこへもってきて、目の前には桜が咲いて、まわりの山は笑っている。なんてよくできてるんだろう。こんなところへ墓参りに来られることに感謝だ。


 笑う山と、薄紅色の雲と、ラベンダーの香りと、おはぎの甘さ。そんな春心地満点のひとときを楽しんだ後、また来させてくださいよ、とひと挨拶してから、気合いを入れてザックを背負う。

 さあ、旅に戻ろう。

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