ところで吉田松陰って誰?
墓参りを済ませておはぎをいただけば、本日の予定はクリア。明日の予定に備えて、泊まる横浜に移動するだけだ。
とはいえ、まだ宿に直行するには早いなあ……横浜に特に用もないし……せっかく世田谷まで来たんだし、ちょっとブラブラしていこうか……どこ行こう?……久しぶりに松陰神社でも行ってみるか。
というわけで、1キロ弱の道のりをブラブラ歩いて、松陰神社まで足を延ばすことにした。
松陰神社。
言うまでもなく、吉田松陰をまつった神社だ。子供のころから、その存在は知っていた。世田谷線の駅に「松陰神社前」ってのがあるからだ。でも、たしか子供のころに行ったことはなかった。ん? あったかな? なかったと思うけどなあ……。
ともかく、学生のとき、世田谷区役所に用があったついでに寄ったのは確かだ。ただ、それとてはるか昔のこと。行ったこと自体は覚えていても、どんなところだったかの記憶はひとかけらも残っていない。
どうも自分にとって、松陰神社ってのはその程度の存在らしい。でも、まあ、時間もあるし、手頃な寄り道じゃなかろうか。
さて、どうやって行けばいいのかな……こんなとき頼るのは、やっぱり地図アプリ、こいつしかない。
旅人たるもの、こんなものに頼らずに、自力でナビゲーションをビシッときめたいところだが、豪徳寺だけは来慣れていても、世田谷自体の土地勘はないに等しい。しかもここ世田谷ってところは、狭い道が入り組んで分かりにくいのだ。
ん? なになに? 門を出て左に行って……はい、仰せのとおりに……。
あいかわらず観光客で賑わう境内を出て、手元のアシスタントの導きどおりに、お寺の敷地沿いに東へまわって、あとは世田谷の閑静な住宅街を抜けていく。特に風情もなく、歩いて楽しい道じゃないが、車もめったに通らないので、そこは快適。
しばらく住宅街の道をたどると、ちょっと雰囲気が変わってきて、洗練された大きな建物が建つところにさしかかった。国士舘大学らしい。ほう、あの有名な国士舘大学ってのはここにあるのか。
そこを過ぎると公園があって、その先にあるはずだが……ああ、鳥居が見えてきた。松陰神社に到着……なのだが、あれ、こんなに狭かったかな……。鳥居はたしかに立派なのだが、境内が、イメージの中のそれよりだいぶ狭く感じる。
もっとも、それは当方の勝手なイメージの問題だし、ここが松陰神社なことは間違いない。お参りすべく境内へ。
今日は祝日だからか、境内にはお参りの人がちらほら。そこそこ有名なところなんだな。境内では、吉田松陰の名前には必ず「先生」の2文字が付いていて、ところどころに「お言葉」も書いてある。
そのとき、ふと、素朴だがなかなか重大な疑問が浮かんだ。
そもそも吉田松陰って、誰?
そうだ、私は吉田松陰って人をほとんど知らないんだった!
吉田松陰について知っていることといえば、「幕末のえらい人で、山口の萩にゆかりのある人」。たったこれだけ。これが全知識だ。いつどこにいて、何をして、何を考え、どんなことを言ったのか、何も知らない。
そもそも、幕末っていう時代にそれほど興味がなく、従って知識もないのだ。思えば去年、この恒例の春旅で山陰をたどったとき、初めて山口の萩を歩いたが、町歩きは楽しんでも吉田松陰絡みのスポットには行かなかった。
ときどき考えるのだが、歴史上の時代の人気ランキングなんてものがあれば、トップに来るのは、まず戦国時代か幕末だろう。だが、このどっちにも、どうも心惹かれないのだ。
え? そんなヤツがなんで松陰神社や萩なんか行くのかって?
松陰神社は、墓参りで世田谷に来たついでに寄ったまでのこと。萩は、山陰の旅の途中で風情ある町歩きを楽しみたかったから。断じて幕末や吉田松陰に興味があるからじゃない。なんか文句あるか!
……とはいえ、萩はともかく、ここは「松陰」神社。ここに来て「吉田松陰って誰?」っていう状態は、さすがに自分に呆れなくもない。
さあ、この境内に、この根本的に欠落した知識を補える情報源が何かないかな……。
当然、神社には必ずある由緒書きに頼るが、神社自体の由緒はあっても、「吉田松陰とは誰か」なんてことまでは書いていない。ところどころに見かける「お言葉」のところにも、やっぱり書いていない。けだし、疑問があまりにも初歩的すぎるのだ。
結局、吉田松陰さんご自身に関することは分からずじまい。なんだか、この境内でひとりだけ取り残されたようで気後れがするが、まあ、ここは神社なことだし、とりあえずお参りお参り。パンパン。
この境内、広くはないながらも、よく整っている。ところどころに早春の花も咲いている。なんとも言いしれない消化不良感はあるのだが、旅初日のひととき、趣深い印象を残すお参りになった。




