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我が菩提寺は観光名所と化して

 旅初日からなかなかなアクシデントが続いているが、気を取り直して春の旅を続けよう。


 途中のスーパーで、予定通りお供えのおはぎをゲット。

 せっかくのお彼岸、ほんとうは現地の地元の和菓子屋あたりで、手づくりのおはぎなどいただきたいところだが、高くつきそうだし、土地勘のないところで地元の和菓子屋を探すことなんか、満員のディズニーランドで迷子を見つけるくらい難しい。


 さあ、準備は整った。向かうは、本日のメインイベント、父方の菩提寺、豪徳寺。


 豪徳寺、ご存じだろうか。

 東京は世田谷区にある曹洞宗のお寺だ。

 戦国時代の初めごろ小さなお寺が建てられて、その後江戸時代に入ると、彦根藩主井伊家の江戸の菩提寺になって整備されたとか。境内の一角に、桜田門外の変で暗殺された大老井伊直弼のお墓など井伊家の墓地があって、国の史跡に指定されている。


 こんなふうに書くと、「そいつはずいぶんたいそうな名刹が菩提寺なんですねえ」なんて声が聞こえてきそうだが、なんだかとっても違和感を覚える。私にとって豪徳寺は、父方の菩提寺以外のなにものでもない。物心ついた時から、墓参りに連れていってもらって親しんできた、「おじいちゃんのお墓」だ。


 小学校の高学年くらいの頃だったか、親父から井伊直弼のお墓があることを聞いて、墓参りのとき寄ってみたことがある。

 我々一般庶民のお墓が並んでいる「現代の墓地」のエリアから、ちょっとした門を入ると、雰囲気が一変。今の「ふつうのお墓」とはひと味もふた味も違う、仰々しい巨大な墓石があちこちにそびえていらっしゃる。そこを進んだ一番奥に、大老井伊直弼のお墓がひっそりとあって、傍らに説明版が立っていた。


 それまでも毎年墓参りに行っていたわけだが、そんな一角があることは、すぐそばを通ってはいても気付きすらしなかった。「おじいちゃんのお墓」でしかなかった豪徳寺が、実はすごいところなんだ、とちょっと誇らしく思ったような気がする。


 でも、そのときだって、他に見にきている人なんかほとんどいなかった。豪徳寺全体で言っても、お彼岸こそ墓参りで賑やかになるが、それはあくまで墓参りの人たちで、他の季節はひっそりしたもんだった。それが、子供のころから慣れ親しんだ豪徳寺の姿だ。

 ところが、最近どうも様子が違うのだ。


 賑やかな世田谷線の上町駅界隈から、世田谷の落ち着いた住宅街を歩いていく。

 道端に咲く早咲きの春の花を愛でながら行くと、古びた門柱と、それに続く松並木が見えてくる。豪徳寺の参道だ。すると、ああ、いるいる……写真を撮っている観光客だ。


 まあ、たしかに立派な松並木なので、写真を撮っている人くらいいたかもしれない。でも、今ここにいるのは、「写真を撮りにきた人」じゃなくて、明らかに「観光に来て写真を撮っている人」だ。松並木を進んでいくと、そんな人がちらほら。こういう光景は、さすがに昔の記憶にはない。


 そう、この豪徳寺、どうもいつの間にか有名観光地になってしまったようなのだ。


 写真を撮っていると通りにくいが、ここはお寺参りのための参道だし、通らせてもらう。

 松並木を抜けると、正面に、それほど大きくはないが雰囲気のいい山門が建っている。ここにも当然、写真を撮っている観光客。

 昔は、この門はたいてい閉まっていて、右手の通路から入ったもんだが、最近はいつ来ても開いている。お彼岸だからか? それとも観光地化したからか??


 境内に入っても、あちこちで観光客が写真を撮っている。なかなかの賑わいっぷりだ。観光客が多いっていうだけならともかく、外国人の率の高さにも驚く。みんな、どこで豪徳寺を知ったんだ? ロンリープラネットにでも載ってるのか?


 山門からまっすぐ進むと、左手に三重塔があって、正面に、世間一般でいう本堂にあたる「仏殿」が建っている。三重塔は最近建ったもので、子供の頃にはなかったが、仏殿は昔のまま。江戸時代前期、井伊家の菩提寺になったころからあるらしい。

 木材のシックなダークブラウンと緑青をふいた屋根の色が落ち着いていて、なかなか雰囲気のいいお堂だ。お賽銭を入れるための小窓からのぞくと、禅宗によくある高い祭壇に3体の仏像が並んでいるのを拝める。手を合わせて、お線香を買いに寺務所へ。


 そういえば、子供の頃は、門の横の通路沿いに古びた花屋があって、そこでお花とかお線香とか買ったっけ。あの店がなくなってから、もうどれくらいになるかなあ……。


 仏殿の右手から奥へ歩いていくと寺務所があるのだが、ここがこともあろうか長蛇の列。観光寺院名物・御朱印行列だ。

 一瞬ひるむが、こちとら墓参りだ。花は上げないがお線香くらい上げないと。幸い、お線香を買うのに窓口に並ぶ必要はないので、御朱印大蛇の胴体が貫いている戸の隣の戸をガラガラっと開けて、窓口には目もくれず、一直線にお線香コーナーへ。お線香は無人販売になっていて、100円入れて山から1束持っていくシステムだ。

 ああ、このシステムでよかった……。


 お線香を取ると、すぐ隣にカセットコンロがある。お寺になんでカセットコンロが?と思うだろうか。公園墓地あたりなら、お線香にマッチが付いていたりするもんだが、このお寺では、昔からこれでお線香に火をつけて持っていくのだ。

 コンロのつまみをカチンとひねって、お線香に火をつける。ついたら、取っ手付きの手づくりの缶が置いてあるので、これにお線香を入れ、煙をたなびかせながら、こともなげな顔で大蛇の横っ腹を通って外へ。


 墓参りに向かう前に、仏殿の真後ろに建つ法堂はっとうにもお参りしていこう。

 禅宗のお寺ってものは、山門・仏殿・法堂が一直線に建ち並んでいるのが定番スタイル。京都の東福寺とか大徳寺あたりの禅宗寺院に行くと、それに加えて勅使門とか方丈なんかも立派に並んでいて、典型的で分かりやすい。ここ豪徳寺も、小規模版ながら同じスタイルになっているのだ。


 法堂は仏殿より大きくて立派だが、新しいらしく風情はない。中をのぞくと、仏殿よりはるかに広々としていて、祭壇の周りは畳敷きになっていて、いわゆる「お寺の本堂」のイメージに近いのは、むしろこっちのほうだろう。実際、檀家の法要はみんなここでやる。

 葬式とか法事とか、何度かこの畳に座ってお経を聞いたもんだ。近頃は親戚付き合いも疎遠だが、今、またここで法要に参加すれば、理解が増しているぶん興味深いだろうなあ。


 お参りを済ませて、お墓へ行く前に、もう1か所寄っていくところがある。

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