表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/40

こうも宿がなきゃ奈良公園も駆け足になるわ

 途中のスーパーで弁当を調達しながら、歩きなれた古都の繁華街を行く。天気は絶好、気温も暖か。いかにも桜の時期!っていう柔らかな大気に包まれた、極上の花見日和だ。

 今日は平日だが、桜と陽気に誘われてか、通りはなかなかの賑わいっぷり。みんな、春に浮かれた心模様が、オーラになって身体のまわりに漂っている。自分もそんなふうにして、これまでこの通りを幾度歩いてきただろうか。

 だが今日は、なにぶんにも気忙しくて、いまいち春心地に浸りきれないなあ……。


 そのうち、土産物屋が並ぶ観光地らしい通りの先に、見頃の桜並木が見えてきて、ほどなく街並みが切れると、池のほとりに出て視界が解き放たれる。興福寺の猿沢池さるさわのいけだ。

 興福寺へは階段を登ればすぐなのだが、一旦池の反対側に回って、池越しに五重塔を眺める。奈良の町を訪れるたび、必ずやる恒例行事だ。初めて奈良を旅して以来、いったい幾度こうやってこの景色を眺めてきただろうか。

 でも今日は気忙しくて浸りきれないなあ……。


 そこから階段を登って、興福寺の境内へ。まず南大門の跡に立ってから、お堂をひとつひとつ回っていく。回るっていっても、拝観料を払って中まで入ることはしないが、外からお参りだけしながら回るにも、それなりに時間はかかる。

 せっかくの機会、心穏やかにお参りしていきたいところだが、まあ、今日みたいな日はしょうがない。ひととおりサッと回って、さあ次へ。


 興福寺を出て東へ進むと、春日大社の朱塗りの大鳥居が建っていて、ここからが奈良公園のメインエリア。一気に緑陰が濃くなり、大公園らしい豊かな自然環境を楽しめるゾーンに入っていく。

 さらに進んで右手に登っていくと、浅茅あさぢヶ原とか呼ばれるエリアが広がっていて、ゆるやかな尾根上には桜やモクレンなんかが咲き競い、眼下には鷺池のさざ波がきらめいて、ベンチもあって絶好の弁当スポットだ。

 まだまだ奈良公園歩きは序盤なのだが、大阪から移動してきて、コインロッカーに寄ったりなんだりしてからスタートした今日のこと、すでに昼時もいいところだ。ちょうどいい。ここいらで食べちゃおう。


 ベンチに腰かけて、弁当を開く。当然、奈良公園名物の鹿さんたちがそこらをウロウロしていて、ときどき近付いてきては、軽く会釈をしながら、まっすぐな視線を容赦なく浴びせかけてくる。

 でも、ここらあたりの鹿は基本おとなしいので、よほどのヤツに絡まれない限り弁当は安全だ。奈良公園の鹿は、住んでいるエリアによって性格が分かれているので、弁当スポットを間違えるととんでもない目に遭うことがある。


 ランチを済ませたら、さあ次へ行こう。春日大社の参道に戻ると十字路がある。東へ行けば春日大社、北へ行けば東大寺。

 さて、どっちから回っていくと効率がいいかな? 先に春日大社のお参りを済ませてから、東大寺へ回ったほうがよさそうだな。そうしよう。

 ……せっかくの春の奈良旅、ほんとうは回る効率なんか考えずに、心の赴くまま足任せにそぞろ歩きたいところなんだけど……ああ、奈良のゲストハウスに泊まれたあの頃はよかったなあ……。


 ここから春日大社まで、神さびた森の中の参道が、少しずつ登りながら延々続く。心静かにお参りするには好ましい道なのだが、時間が限られる身としては、どうにも気がせいて足が早まる。しかも、本殿エリアが近付くにつれて登りが急になっていくもんだから、最後は軽く汗ばみながら、ようやく到着。見事なシダレザクラが出迎えてくれる。

 しばし見つめてから、雅やかな朱塗りの楼門をくぐってお参り。


 本殿にお参りした後、ほんとうは境内に点在する摂社をひととおり回りたいところだが、今年は省略。またの機会に。楼門を出て、それらがある方を向いて軽く遥拝。

 さあ次は東大寺だ。歩け歩け!


 ついさっき登ってきた道をこんどは足早に下って、森の参道を抜けて東大寺のほうへ。

 奈良公園に広がる、興福寺・春日大社・東大寺の「奈良公園3大名所」の中で、東大寺は面積的にも充実度的にもダントツだ。全体の半分か、それ以上を占めている。楽しみな桜スポットもあまただが、さて、夕方までにどれくらい楽しめるかな?


 南大門をくぐって大仏殿に至るメインストリートは、人の数も鹿の数も奈良公園でトップだろう。そこを、人波と鹿波をぬって足早に抜けて、まずは大仏様にごあいさつ。とはいえ、例によって拝観料を払って入るまではせず、中門から大仏殿の威容と向きあって遥拝して、ついでに中庭の桜を愛でる。


 ごあいさつを済ませたら、戒壇院→勧進所→講堂跡と、大仏殿の左から裏手のほうへ回っていく。毎回お決まりのコースだ。

 東大寺はお寺なのだが、広大だし、公園としても整備されているし、桜も紅葉もあちこちで楽しめる。四季に浸りたい旅人にはほんとうにありがたいスポットだなあ。気忙しいけど……。


 そうして道すがらの桜を愛でつつ、境内でも一番高い山すそのエリアまで登ってきた。そのひときわ高いところに、有名なお水取りの舞台・二月堂が建っている。

 お水取りと言えば、二月堂の回廊のところで火がついたたいまつを振り回す、ニュースでよく見かけるやつだ。石段を登っていってお参りする。


 この二月堂、京都の清水寺みたいに舞台造りになっていて、眺めがすこぶるいい。眼下には花咲く境内、画面中央に大仏殿の屋根、その向こうには奈良の街並みと遠く生駒いこまの山並みまで見晴らせて、奈良見物の絶好の展望台だ。

 みんな写真を撮っているが、個人的には、そんな大展望よりも、画面右手すぐの花咲く斜面に心惹かれる。その横に屋根付きの石段があって、花を眺めながらそこをゆっくり下るのが、なぜか妙に好きなのだ。


 階段にさしかかると、青空をバックに春色満点の世界がパッと開ける。それほど広い庭でもないのだが、ソメイヨシノの大木あり、色の濃いあでやかなシダレザクラあり、梅の残り花ありと、春の代表選手が咲きついで、春心地の杯に酒を次から次へと注いでくる。そりゃあもう、そんなに酔わせてどうするつもり?ってな勢いだ。


 1歩降りては眺め惚け、2~3歩降りてはまた眺めて浸り……。真面目に下れば30秒くらいのところ、何分かけても去るのが惜しい。

 ああ、でも今日は、時間がないんだよなあ……。

 昔のスポ根アニメでよく出てきた、ローラーとかタイヤみたいに、旅の心にロープをかけて全力で後ろ向きに引っ張ろうとする、そんな名残惜しさに抗って、なんとか次へ行く。


 法華堂とか手向山たむけやま八幡宮とか、途中の建物にお参りしながら、ひとつ階段を下ると、一気に満開の桜の園が開けた。春日野園地と呼ばれるエリアの一角で、東大寺境内のみならず奈良公園全体でも最大の桜名所だろう。

 芝生が広がり、ベンチもある。弁当を食べてからというもの、気忙しさのあまりひたすら歩き詰めだった。こここそが、今日の奈良公園花見ウォークの最終目的地みたいなもんだ。ベンチに腰かけて、時間が許す限り桜に浸るとしよう。


 奈良公園のおおらかな大気の中、盛りの桜たちは、この世に時計なんてないものかのように、静かに、落ち着いて咲いている。それに引きかえこの貧乏旅行者は、ほんとうにせせこましい1日を過ごしたもんだ。ここが最終目的地とか言っておきながら、この期に及んでまだ時計が気になって仕方ない。


 いやー、宿がないと、奈良公園歩きはこんなにも駆け足になっちゃうもんなんだなあ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ