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屈辱のコインロッカー

 生まれて初めてネットカフェで一夜を明かして、迎えた今日。

 ひたすら鉄旅に明け暮れた昨日までから一転、ここへ来てようやく、関西に腰を落ちつけて、古都の桜を愛でるフェーズに入る。その手始めとして、これから奈良へ移動して、奈良公園の桜を楽しむことにしよう。


 え? そんな呑気なこと言って、今日の宿はもう押さえてあるのかって?

 いいえ、まだ……。


 そりゃあ、昨日電車の中でそうしたように、さんざん検索しましたよ。目を皿のようにして。でも、出てくるのはあいかわらず、何か検索の設定でもミスっているのかな?と疑いたくなるような、何かの間違いとしか思えない額の宿ばかり。

 こういうのを、貧乏旅行者の用語で「宿がない」という。


 えーい、後は野となれ山となれだ。もちろん、今日の宵くらいまでは、一縷の望みに賭けて悪あがきの検索を続けるが、まあ、なんとかなるだろう。奈良にもネットカフェはあるし……。


 そんなわけで、いろいろあった大阪を脱出し、大阪と奈良を結ぶJR大和路線の電車に揺られて、奈良までやってきた。奈良駅に着いて、まず考えなきゃいけないのは、背中の大荷物をどうするか?だ。なにせ、毎年この時期に奈良公園の桜を見に来てはいるが、奈良に泊まれずに歩きまわった試しはない。

 そう、去年の今頃までは、奈良のゲストハウスに安く泊まれていたのだ。


 2010年ごろだったか、京都に遅れて奈良にもゲストハウスができはじめて、毎年1つ2つと増えていくに及んで、ようやく心置きなく奈良に滞在して、じっくり見て回れるようになった。ちょうど同じころ、京都のゲストハウスがそれまでよりいくらか高くなってきたこともあって、それまで京都をメインに回って奈良はちょっと寄るくらいだったのが、いきおい軸足が奈良に移ったくらいだ。


 もともと田舎のほうが好きなタチなのか、奈良に来はじめたらすっかり気に入ってしまった。特に奈良公園ってものの、京都にはないある種のおおらかさ、これには心をつかまれた。

 そんな奈良公園、ご存じのとおりとてつもなく広大だ。ひとつひとつのんびりお参りしつつ歩きまわれば、丸1日費やすに十分。

 奈良の安いゲストハウスに連泊して、今日は1日奈良公園歩き……なんていうのが旅の恒例になっていった。それなら当然、大荷物は宿に置いて、その日に必要なものだけサブバッグに詰めて宿を出ればいい。


 ところが今年は、そんな奈良のゲストハウスに羽が生えて、どこかへ飛び去ってしまったようだ。宿がないっていうことは、荷物を置いて身軽に歩きまわるスタイルも奪われるということ。

 もともと、荷物を全部背負って歩けるように、バックパックなるものを使っているのだが、宿に置いて歩く身軽さに慣れちゃうと、背負って歩くのがおっくうに感じて困る。我ながら劣化したなあ……トシ取ったなあ……。


 奈良公園歩きだけならまだしも、今日は夜にもう1か所行くところがある。そこにこの大荷物を持っていくことは、ちょっと考えられない。うーん……やっぱり、今日1日、この荷物を持って歩くわけにはいかないなあ。

 仕方ない。向かう先は……駅のコインロッカー。


 その近くで、ちょっと荷物を広げられそうなところを探して、今日必要なものをサブバッグに詰める。漏れがないか、何度も何度も確認しながら――そりゃそうだ、ひとたびカギを閉めたら、夜に取り出すまで二度と開けることはできない。閉めてから詰め忘れに気付いた日には、泣いても泣ききれないだろう。


 忘れ物はないか、幾度となく自分に念押ししてから、バッグパックのフタを閉める。そしてコインロッカーに移動して、いちばん安いボックスに押し込んで、お金を入れてドアを閉め、カチャリ。

 ハアーーー。

 屈辱。


 ……この人は、何コインロッカーごときで屈辱を感じているんだ?

 と、お思いだろうか。


 たしかに、旅で大荷物をコインロッカーに預けるなんて、ごくありふれた旅のワンシーンだわな。でも、この貧乏旅行者は、長いこと旅を趣味としていながら、これまでに1度やったかどうかだ。そんな者にとって、重いのを我慢して背負って歩けば済む荷物を、わざわざ金をかけて預けるなんて、屈辱以外の何物でもないのだ。


 ドアを閉めてカギを閉める瞬間の、あの感触。コインロッカー代が費やされる瞬間の、あの感覚。自らの意思で、自らの荷物を簡単に取り戻せないところへ封印してしまう瞬間の、あの心もとなさ……。

 うーん、やっぱり屈辱だ。仕事ならともかく、プライベートでは、もう2度と世話になりたくない。


 だが、そんな屈辱にいつまでも打ちひしがれている場合じゃない。昨夜はかなり遅くなり、従って今朝の出発も遅く、それから電車で移動もしてきたわけで、もうすでに昼前だ。丸1日かけてでものんびり過ごしたい奈良公園を、これから夕方までに何とか回りきらなきゃいけない。

 さあ、さっそく弁当買って向かおう。

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