「西成難民」ふたたび
ひとまず、あの西成に行ってみなけりゃ始まらない。大阪駅で環状線に乗りかえて、目指すは輪っかの反対側、新今宮駅。電車は夜の都会をぐるっと回って、20分くらい走ると、その駅に着いた。
西成。ご存じの方も多いだろう。全国有数の「ドヤ街」だ。
昔から、日雇い労働者が全国から集まってくる町で、その宿とか下宿が所狭しと建ち並んでいる。朝ともなれば、町のあちこちに、勤務条件が書かれた紙を貼ったワゴン車が止まっていて、労働者がそれに乗りこんで仕事場に向かっていく。
よく、道端に座り込んで弁当を食べていたり酒を飲んでいたりするのを見かけるが、よその町ではギョッとするようなそんな光景も、この町に溶け込んだ、ごく自然な光景だ。
関西の人、特に年配の人は、みな口をそろえて、あそこは行っちゃいけないところだ、と言う。たしかに、昔は相当治安が悪かったようなうわさを聞く。だが、近頃はだいぶ変わってきたんじゃなかろうか。
ここに泊まりに来はじめたのは、たぶん15年くらい前だと思うが、そのころにはすでに、駅に近い北側のエリアから、一般の宿泊客を相手にする「安いビジネスホテル」化するところが増えてきていた。だから泊まりにくるようになったわけだが、その後、ネット予約が普及するにつれて、もうちょっと南のエリアも含めて、予約サイトで取れるところがだいぶ増えて、今に至る。
インバウンド禍がやってきて、この町でも、外国人旅行者が大きなキャリーバッグをガラガラ言わせて闊歩するのが、もはや見慣れた光景になった。労働者の高齢化も進んだ今、ドヤ街は安宿街へと変貌を遂げつつある。個人的には、この町を歩いていて、身の危険っていうほどのものを感じたことはない。
それでいて、元がドヤ街だけあって、どこの宿もみんな安い。ほかのエリアとは比べ物にならないレベルだ。ほかのエリアで最安クラスでも、ここでは高級な部類に入ってしまう。
おかげで、これまでどれだけお世話になってきただろうか。宿の数自体も多いので、混む日でもどこかしら泊まれたもんだ。
それが今日は……。
予約できずにこの町まで来た以上、やることはただひとつ。飛び込みで直談判だ。過去、そうやって泊まったこともある。これだけ宿があれば、どこか1か所くらい泊まれるだろう。どこか1か所、1か所だけ空いていればいいんだ。さあ、気合を入れて、知っている宿のリストから、泊まりたい順に当たっていこう。
まず1か所目。入っていってフロントに声をかける。
「あのー、予約してないんすけど、1人泊まれますでしょうか?」
「あー、今日はもう満室です。すいません」
んー、ダメか。じゃあ次。
幸い、宿は近いところに固まっている。次の宿に着いてのぞいてみると、無情にも「本日満室」の張り紙。これはさすがに聞いてみるに及ばない。
次の宿に移動すると、ここも「本日満室」。さらに次に行ってみると、ここはもうフロント自体が閉まっている。たしかに、もうだいぶ遅い時間だ。クローズする宿も増えていくだろう。
うーん、これはちょっとマズいかも……。
こんな状況にもかかわらず、この期に及んで、値段とか立地とかクオリティーとか、まだ宿をえり好みする意識を捨ててはいないのだが、そのレベルがだんだん下がっていく。それを下げながら、引き続き脳内リストに従って宿を回るが、あいかわらずの満室回答か、張り紙か、クローズか。
ああ、だんだん心が折れてきた。気合の風船に穴が開いて、音を立てながら何か漏れていく……。
この感じ、この心模様。これはまさに、コロナ禍前の、あの地獄のインバウンド禍で味わったやつだ!
あのときも、事前にネットで宿を取れず、なんとかなるだろうとこの町までやってきた。そして宿に当たっては断られ、張り紙に退きながらさまよっていた。
折れる心、漏れる気合。
そうしてついに、もうえり好んじゃいられないやと、飛び込んだ見知らぬ宿で、なんとかOKをもらえたものの、まあすごいものを見ることになった。
その宿賃、なんと千五百円。それほど広い宿でもないのだが、館内は迷路になっていて、階段がいくつもあり、間違った階段を上ると部屋にたどり着けない。3畳の和室は煙草のヤニで全面真っ茶色、加えてそのたばこのにおいと肉体労働者の体臭が、強力なタッグを組んで鼻を突く。まさに筋金入りのドヤだった。
仮に泊まらせてもらえたとしても、安く済んだとしても、もうあそこへは帰りたくない。だが、もう頭の中のリストも尽きてきた。さあ、どうするか。
ネカフェ、しかないかなあ……。
そう、長いこと貧乏旅行を続けていながら、これまでネットカフェというものに一度も泊ったことがなかったのだ。
これまで、私の脳内世界では、ゲストハウス・健康ランド・キャンプ場が、「貧乏旅行三種の神器」として君臨していて、長いことお世話になってきた。最近は、このどれもがだいぶ高くなってきて閉口しきりなのだが、ここにネットカフェがまだ仲間入りしていなかったわけだ。
考えてみれば、ネットカフェ泊なんて、貧乏旅行者にとってはすでに定番になって久しいだろう。某大手ネカフェチェーンは、一部の旅人の間では「実家」なんて呼ばれていると聞く。何を今さら、なんて声が聞こえてきそうだが、正直、そこがどんな世界なのかイメージがわかないこともあって、まだ踏み込めていなかった。
今、まさにその時が来たんじゃなかろうか。
実は、快速電車の車内で宿の無さに悶え苦しんでいたとき、新今宮界隈のネットカフェについて調べはじめていた。どうも、通天閣のふもとに広がる新世界エリアのただ中にあるらしい。鍵付きの個室があって、お値段もリーズナブル。そんな情報が、今、頭の中で存在感を増してきた。
このまま宿を探し続けて、ひどいところでも妥協するか、ネカフェという未知の世界に飛び込むか……。
よし、ここでいっちょ、ネカフェデビューをかましてやるか!




