表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/34

山陽線と峠とミツバツツジと

 改札口が1階にあって、その正面にホームが並ぶ、昔ながらの形をした尾道駅。その上りホームで電車を待つ。

 尾道にはこの時期にしか来たことがないが、陽気のいいシーズンだし、18きっぷ期間でもあるし、電車の時間が近付くといつもホームが人でいっぱいになる。そこへ、お待ちかねの黄色い電車が入ってきた。これに乗って、あとはひたすら東を目指すのみ。


 さっきと逆に、坂の町と海に挟まれた中をのんびり抜けた後、海から離れるとスピードを上げて福山へと飛ばしていく。福山から先は、はやこの旅で3回目。昨日の山陰線でも同じことをしたが、18きっぷで長いこと旅してきた中で、これだけ同じところを行ったり来たりしたのは初めてかもしれない。


 1時間ほど国鉄型電車のモーターサウンドを楽しみながら揺られていくと、岡山駅に到着。岡山始発の電車に乗りかえる。ここでの乗りかえは、これまで数限りなく経験してきた。山陽線で旅する旅人の儀式といってもいいだろう。

 また同じ真っ黄色の電車が、ゆっくりゆっくり入ってきて、それにゾロゾロと乗りこむと、姫路へ向けての旅が始まった。


 岡山を出てしばらく走ると、だんだん町並みが薄くなっていって、やがて並んでいた新幹線が離れていき、少しずつ山あいに入っていく。そうして30分くらいすると、やがて大きな川を渡り、それに沿って走るようになる。岡山県を代表する大河のひとつ、吉井川だ。


 初めのうちは、電車が低いところを走るので、広い河川敷の解放感をなんとなく感じるくらいだが、進んでいくと、線路が登っていって、川面を含めて全体を見渡せるようになる。

 この景色が、なんか好きだ。

 低くて親しみを感じる山並みをバックに、広い広い河原の中を、いかにも大河といった豊かな水が、誰にも気兼ねなく、何も気にすることなく、好きなように流れている。眺めていると、こっちの心まで解き放たれていくようだ。その水が、春らしい優しい夕映えに染まっていて、そのセンチメンタリズムも心をなでる。


 そんな吉井の流れが山あいに去っていくと、いよいよ県境が近付いてきた。それにつれて、駅と駅の間が遠くなってくる。この駅同士の遠さっていうのが、個人的に鉄旅心をくすぐるポイントなのだ。

 なぜって? そりゃあ、電車の揺れに長く包まれていられるからですよ。

 鉄旅好き人間にとっては、電車はやっぱり腕利きセラピスト。上手のあんまと駅の距離は、長いほうがいいってわけだ。


 で、岡山県最後の駅・三石みついしを出ると、県境の峠を越えて次の上郡かみごおりまで、その距離、実に13キロ弱。山陽線全線で一番長い。山陽線のみならず、東海道線を端から端まで探してみても、これほど長いところは見当たらない。

 つまり、東は東京から西は下関に至る、千キロを超える道のりの中で、ここが一番距離が長い区間ということになる。これは、たまらない。


 三石の手前あたりから、車窓には山すそが迫り、峠越えムード満点。そして山あいの集落を見下ろす三石駅に電車が止まり、ドアが開き、のどかなひとときが流れて、ドアが閉まると、ひと息ついた電車はおもむろに走りはじめた。

 さあ、最長区間を楽しもう。


 車窓の家並みが後ろへ加速していき、やがて尽きると山すそが寄ってくる。それをぼんやり眺めながら、ときどきフワッと過ぎていくヤマザクラに心を温めていると、それに交じって、ヤマザクラとは明らかに色味の違う、赤紫の塊が目についた。1つ過ぎて、しばらくするとまた1つ。

 ――あっ、ミツバツツジだ!――

 走る電車の窓から、それにほど近い山肌を眺めていると、それぞれがほんの一瞬なのだが、見まちがえるはずはない。かなり好きな花だし、思い出の花でもあるのだ。


 あれはもう、かれこれ20年以上も前。人生2度目の18きっぷ旅行で、初の西日本・四国への旅だった。今回の旅と同じ3月だったが、例年より季節の進みが早くて、かなり暖かい3月だったのを覚えている。

 関西を過ぎてこのあたりにさしかかると、春まだ浅き褐色の山肌に、赤紫の花が目に飛び込んできた。

 まだミツバツツジというものをよく知らなかった私は、へえ、山陽あたりまで来ると、こんな早い時期に、あんな春らしい花がもう咲いているのか、さすが南国だなあ、なんて思ったもんだ。


 それから岡山で瀬戸大橋線に乗りかえて四国へ向かったわけだが、橋で渡っていく瀬戸の島1つ1つの山肌にも、鮮やかな赤紫が点々と浮かんでいた。

 春らしい優しい日差しの中、海は島の緑を映してエメラルド、島々にはヤマザクラの白とミツバツツジの紫。人生初の瀬戸の旅路が、春心地満点のうれしさといっしょに思い出に刻まれている。


 それからというもの、この時期山陽に来るたびに、ミツバツツジと再会するのが大きな楽しみの1つになっている。そんな思い出の花なわけだ。今、峠を越える山陽線の車窓を眺めていても、気付くとそれを探しているし、見つけるたびに、なんか満たされる。

 ああ、今年もまた会えたか……。

 行きにも通った区間ではあるのだが、なぜか印象に残っていない。この暮色の中で、加えて、言わば中国地方の旅の締めくくり……そんな心模様に染みるんだろうか。しかも、これが人生最後の山陽線の旅になるかもしれない。この峠越えも、この13キロも最後かもしれない。となれば、この花たちとも……。


 やがて、短いトンネルをくぐって、電車は兵庫県内へ。ここからしばらくは、片方の車窓に山すそ、もう一方に山間の田園、という風景が続く。

 春の陽がやさしく暮れていく中、延々最長区間を駆けゆく国鉄型電車のモーターサウンドに絶えず包まれながら、そんな車窓を楽しむ極上のひととき。ときに電車がその身を傾けて、田園風景をおおらかにカーブすると、行く先の線路がその景色の中で弧を描いて伸びていく様が目に入り、車窓風景に彩りを添える。


 そのうち、山肌が離れていき、平野の中を走るようになると、上郡駅に到着。最長区間は終わりを告げた。もう2駅、駅同士が遠い田園区間が続くが、その後相生を過ぎ、姫路が近づいてくると、花咲く山は遠くなり、車窓は賑やかになっていく。


 ああ、この愛しの黄色い相棒との旅も姫路まで。その先に、もうコイツと行ける線路はない。1駅、1駅、姫路に近づくと、コイツと過ごせる残り時間も少なくなっていく。

 まるで、ベッドの中で恋人と過ごせる残りの時間を指折り数える、ラブソングの主人公みたいだなあ……なんて言うと、言っているそばから歯が浮いてくるが、でも、そんな愛おしい時間を慈しみながらの、薄暮の旅。


 やがて、都市然としたコンクリートの高架線にさしかかって、恋人のモーターのトーンが下がってくると、終わりの時は近い。そして電車は、姫路駅のホームに止まった。降り際に、ドアの横あたりにポンポンと軽くタッチ。なんだか定番の儀式になっている。


 いつまで走り続けるか分からないけど、最後のその時まで、達者に活躍してくれよ。で、縁があれば、また乗せてちょうだいよ。縁があれば……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ