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出雲の山の不思議と極寒の宍道湖

 ミニディーゼルカーの旅をようやく終えて、たどり着いた出雲市駅。この先は、県都松江を中心とした、島根のメインパートに入るので、ミニディーゼルカーでは力不足と見え、もっと大型の汽車が走っている。

 こんどの旅のお供は……よし、タラコ汽車だ!

 そう、ここまで来れば、またコイツの健在を実感できるのだ。


 レトロムードあふれる車内に乗りこみ、左側の席へ……と言っても、もうこの先にオーシャンビューはない。だが、左のほうが何かと眺めがいいし、正直、条件反射で無意識のうちに海側に座ろうとするところがある。

 荷物を棚に上げて、手元に地図を広げて、さあ準備万端。国鉄型ディーゼルカーと行く島根メインパートの旅、出発進行!


 汽車はおもむろにスピードを上げていき、出雲の町を出ると広い川を渡る。島根東部を代表する大河、斐伊川ひいかわだ。

 中国山地から流れ下ったこの川は、出雲の町をかすめて平野を進み、全国有数のシジミの産地、宍道しんじ湖に流れこんでいる。この水が、かの有名な宍道湖しじみの育ての親というわけだ。


 で、その長い鉄橋から見晴らすと、平野を挟んで山並みが見える。それほど高い山というわけでもないのだが、開けた平野越しなのと、今はまたどんよりと雲が垂れ込めていて、山の色が黒く沈んでいるせいか、異様な存在感を放って目をひく。


 手元に開いた島根県全体の地図を見わたすと、西のはずれの益田から、細かくギザギザしながらもおおむね平坦に続いてきた海岸線が、出雲のあたりで急に海側に出っぱり、そのまま、お隣鳥取の境港あたりまで延びているのが見てとれる。そして、その海沿いのところに、今眺めている山並みが続いている。

 ちょうど、スケート靴を上下逆さにして、サイドから眺めているような格好で、その刃の部分に山のラインが続いていて、刃と靴底の間のゾーンに、宍道湖やら平野やらが収まっているように見えるのだ。


 この山並みは、いったい何なんだろう……。


 中国山地から続く、島根本体の山々からちょっと離れて、海沿いに一直線に並ぶ山並み。こんなもの、島根だけでなくお隣の鳥取の地図を見たって、他には見当たらない。見れば見るほど、不思議だ。意味ありげに思えてくる。

 この山並みがそこにあるから、その手前に平野があり、宍道湖が広がっているんだろう。そして、松江とか出雲とか、島根の主要都市がそこに並んでいるわけだ。


 ひょっとすると、この山々、もともとは島だったんじゃないか? 今平野が広がっているあたりはかつて海で、そこに斐伊川が土砂を運んできて、少しずつ浅くなっていって、やがて陸になり、宍道湖が湖として取り残された……そんなストーリーが浮かんでこないだろうか。


 さらに、この山々の西端に近いところのふもとに、かの有名な出雲大社が鎮座している。今年は寄らないが、かつて何度か行ってお参りした。たしかに、古式ゆかしい社殿のバックには、常盤木ときわぎが青々と茂った斜面が記憶に残っている。

 その時は考えもしなかったが、出雲大社があそこにあるのは、この山があるからじゃないか?

 あの神社は、いにしえの昔には、はるか上空に社殿があって、長い階段がそこへ続いていたという。それは、あの山に届かんとするためでは??

 やはり、この山々、ただの山じゃない。何かただならぬものを感じる。


 ……なんて、毎日あまた多の旅人がこの風景の中を行き交っている中、どれほどの人々が、この山並みにこんなただならぬものを感じているんだろう。たいていは、寝ているか、スマホ見ているか、友達や家族とおしゃべりに興じているかして、景色なんて見てすらいないんじゃなかろうか。その中の一部が景色を見たとしても、「なんか山が見えるなあ」程度が関の山だろう。

 こんなストーリーだの幻想だのに遊んじゃうようなモノ好きは、私くらいかもしれない。だが、そんなとりとめもない幻想に遊ばせるに十分な、趣ある眺めに感じられてならないのだ。


 川を渡った後も開けた平野は続き、山並みの眺めも続く。汽車が進むごとに少しずつ姿を変えていくそれを眺めながら、折に触れて思いを巡らせつつ、出雲路の汽車旅は東へ。


 そうして何駅か過ぎ、その名も宍道という駅を過ぎると、左手に宍道湖の眺めがパッと広がった。

 出雲から東は、オーシャンビューこそないのだが、その埋め合わせでもするかのように、宍道湖沿いに走ってくれるというサービスが待っているわけだ。左側の席に陣取ったのは、このためでもある。


 見渡す限りなみなみと水をたたえた宍道湖、日本海のような透明度も感じなければ、この曇天じゃ水の色を楽しむべくもなく、それこそシジミの貝殻を映したような暗いさざ波で満ちている。でも、そのさざ波の立ちようが海と違って新鮮だし、例のただならぬ山並みも、水面越しに見ると、また一段と趣深い。


 さて、じゃあ今年はどこで降りて、この水面を眺めようかな……。

 そう、このままこの汽車で米子まで行っては、宿に収まるに早すぎる。湖沿いに点在する駅のどれかで途中下車して、汽車1~2本分、湖岸にたたずもうという寸法だ。

 何年か前、玉造温泉駅で降りて水際の眺めを楽しんだが、他にも湖岸に駅はあれど、近くにいいスポットがあるかわからない。地図アプリでちょっと見てみると、どこも駅から湖は近いのだが、ことごとく湖岸に国道が走っているし、公園然としたものも見あたらず、過ごすに環境のいいところはなさそうだ。


 んー、まあ、今年も玉造温泉でいいか。

 あそこは、国道から岬状にちょっと湖に出ていて、その途中に手ごろな園地もある。おあつらえ向きじゃないか。よし、そうしよう。


 車窓に続いていた水面の眺めが途切れると、ほどなく汽車はその駅に着いた。ところが、駅から出た私を待っていたのは……霧雨。

 げ、よりによって、このタイミングで雨っすか……。


 今日これまで一度も雨に降られなかったものが、よりによって、ここで雨。しかも風がめっぽう冷たい。心が折れそうになる。どうしようかな……。

 でも、せっかく降りたし、次の汽車もすぐには来ないし、他に過ごし方も思いつかない。意を決して、折り畳み傘を広げて歩きだした。

 いやー、寒い。昨日は夜に出歩いてもあったかかったのに、なんだこの寒さは。しかも霧雨にこの風じゃ、傘さしても濡れる……。


 そんな中を10分くらい突き進み、湖岸の園地に到着。水際に立つ。

 広大な宍道湖のこと、風はますます容赦ない。黒と白のアヤメ模様を水面に描くさざ波が、霧雨といっしょになって無表情で迫りくる。シチュエーションとしては劣悪だが、でも、はるかに広がる湖を水際から見晴らすと、心を満たしてくるものを感じなくもない。


 彼方まで垂れこめた雲、それと並行に彼方まで満たされた水。その右の果てには、例の山並み。左の水際には、時折小さく列車が過ぎていく。趣深い眺めだ。

 はるか島根までやってきて、かの宍道湖の湖岸に憩う、この上なく贅沢なひととき。心ゆくまで味わいたい、ところなのだが……やっぱりこの極寒じゃ、せっかくのひとときも楽しめない!


 まだ汽車の時間には早いのだが、そそくさと湖岸を後にしたのは言うまでもない。また同じように霧雨に傘を立てて駅へと歩き、ホームで縮こまって汽車を待つ。ようやくやってきて乗りこんだ汽車のあったかかかったこと……。

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