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旅人も買い物行けば夜桜に当たる

 今宵の宿は、駅から10分もかからないところにある。その最寄り駅に降り立って、まず考えることは、今日もまた、晩飯。

 かといって、益田には、広島で言うお好み焼きみたいな絶対的な名物があるわけでもなく――もしかしたらあるかもしれないけど、少なくとも私は知らない――貧乏旅行者が気軽に入れるような、安手の店が充実している町でもなさそうだ。


 泊まる宿はゲストハウスではないが、電子レンジとポットはあるようなので、スーパーで何か買ってきて、宿で済ますことにした。洗濯もしなきゃいけないし、食べながら進めたほうが効率がいいだろう。

 さて、スーパーはどこにあるのかな……。

 調べてみると、駅からほど近いところに地場スーパーが1軒。宿から1キロくらい行ったところに、地元でも常々お世話になっている、全国チェーンの超大手スーパーが1軒。まず地場スーパーをのぞいて、目ぼしいものがないようなら、宿にチェックインしてから大手スーパーまで行ってみることにしよう。


 駅から5分ちょっとぶらぶら歩いていくと、スーパーが見えてきた。おお、意外と立派な店構えじゃん。この地場スーパーチェーンの店は萩にもいくつかあるが、どこも小ぢんまりとしていたよなあ。こんな大きな店もあるんだ。さあ、肝心な品ぞろえとお値段はどんなもんかな……。


 入ってデリカコーナーに向かうと、売り場面積と比例して、そこそこ充実している。弁当とか総菜とか、品ぞろえは豊かなのだが……んー、ちょっと高いかな……。スーパーだからたかが知れているのだが、イメージしていた価格帯より、ちょっと高い。メニュー的にも、今日はお魚の気分だが、手ごろなものが見当たらない。


 ここで買い物を済ませちゃえば、宿から出る必要もなくてラクなんだけどな……。

 もう1軒、行ってみるかな……。

 結局、何も買わずにそのスーパーを後にした。


 宿にチェックインして、荷物を置いて身軽になってから、ビニール袋1つ持って宿を出る。日暮れの遅い西国といえども、もうすっかり暮れきった。

 地図アプリによると、町を貫く広い川に出て、川沿いに歩いて橋を渡ると近いようだ。そのおっしゃるとおりに歩いていって、もうちょっとで川に着く、というところまで来ると、川沿いのあたりが何やら妙に明るい。ん? これはもしや……。


 堤防の道に出てみると、果せるかな、桜だ。桜がライトアップされている。

 ここは、町中の大きな川沿いによくあるような、散歩やサイクリングを楽しめる堤防上の小道だ。そして、これまた町中の川沿いによくあるように、桜並木になっている。枝ぶりはなかなかいいし、咲き加減も、もう見ごろと言っていいだろう。


 ついさっきまで、川の存在をかろうじて知っていたくらいで、こんな道があることも、そこに桜があることも知らなかったし、ましてや夜桜を楽しめるなんて夢にも思っていなかった。こいつはなかなかなタナボタだ。ラッキーラッキー。

 道には、ところどころに夜桜見物を楽しむ人々がちらほら。見上げながらゆっくり歩いていたり、写真を撮ったりしている。でも、これだけ見事に咲いていて、ライトアップもしていて、しかも今日は週末。そのわりには、人出がとっても控えめなのだ。これがまた気に入った。


 当方、人ごみは苦手だ。近頃は特に。そこへもってきて、夜桜というと、どうしてもごった返すイメージがある。となれば当然、花好きといえども縁のない春景色ということになる。


 はるか昔、あれはたしか、はじめて京都の桜を見にいったときのこと。今はなき東山ユースホステルに泊まったのだが、宿から近いからって、円山公園に夜桜を見にいくというベタなことをしたことがあった。

 春の円山公園に行ったことがある人は知っていると思うが、公園のド真ん中に、それはそれは枝ぶりの見事なシダレザクラの大木がある。それがライトアップされるという、京に花見に行く旅人ならだれでも憧れるはずの、この上なく上質な春景色のイメージに誘われて、夕食後にのこのこ出かけたわけだ。


 おおかた暮れきった都の小道をたどって、円山公園に着くと、イメージ通りの見事なシダレザクラが、夜空に華やかに浮かび上がっている。

 これはもう、絵だ。狩野派の襖絵だ。うーん、さすがは京の夜桜。たしかに上質、なのだが……。

 そのまわりには、果せるかな、2重3重の人垣。当然、そこらじゅうで写真を撮っている。これだけ人が多ければ、撮影の邪魔になるかと気を使うこともかえってなくなるが、静かに桜を見上げて感慨に浸る、という感じにはならない。


 それだけならまだしも、あたりはとてつもなく耳障りな蛮声に満ちている。そう、この円山公園は、京の街中にあまたある大学の、学生連中の大宴会場と化しているのだ。その騒ぎっぷりたるや尋常ではない。盛り上がっている、なんて生易しいレベルじゃない。

 なぜそんなに大声を張りあげる必要があるんだ?

 そもそも、そんな狂乱の宴に上質な桜が必要か?

 京きっての桜名所が、こんなんでいいのか??

 このあたりが、私にとって、夜桜のイメージを決した原体験になっている。


 それが、ここ益田の川沿いでは、見ごろで、ライトアップしていて、しかも週末でも、まあ落ち着いたもんだ。なんにも気にならず、心静かに夜桜を愛でられるのだ。いやはや、旅をしていると、こういう思いがけないめぐり合わせ、縁の気まぐれないたずらに遭うものか。なかなか粋なことするじゃないか。

 犬も歩けば棒に当たる。旅人も買い物行けば夜桜に当たる、ってとこか。


 できれば早く宿に戻って、晩飯食べつつ洗濯も済ませたいところなのだが、ほんのひととき、後ろ手でそぞろ歩いたり、立ち止まって見上げたりしながら、春心地に酔う。そうしていると、益田の夜空に浮かび上がる桜といっしょに、心も浮き立ってくる……心浮き立つのは、桜のせい、それだけかな?

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