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無念の「美祢線ショートカット」

 防府・新山口・宇部と、モーターサウンドのマッサージに身を浸す至福の時間を楽しんでいたのだが、進むにつれて、その至福の向こう側から、あるひとつの選択の必要性がジワジワと迫ってきた。


 ――せっかくだから、このまま下関まで乗って行きたいところなんだけどなあ……。


 今宵の宿は、山陰は島根の西の端に位置する、益田。当初、このまま終点の下関まで山陽線の旅を満喫して、そこで山陰線に乗りかえ、こんどは山陰線の旅を満喫しつつ益田へ向かうプランを描いていた。

 ところがこの山陰線、全線にわたってローカルムード満点な中、特に山口県内の区間はなかなか強烈なローカルっぷりで、本数がたいそう少ないうえに、時間もやたらとかかるのだ。手元の時刻表をパラパラめくって数字を追っていくと、このプランだと益田に着くのがかなり遅くなるのが分かる。そいつは大問題だ。なんとしても避けたい。


 何がそんなに大問題なのかって?

 そりゃあなた、海が見えなくなるからですよ。


 この山陰線って路線は、山陽線にも増して海に近いところを走る、全国トップクラスのオーシャンビュー・ラインなのだ。特に山口県内は、ほんとうに胸打つ海岸美の車窓風景が続く。これは全力で満喫しない手はない。

 でも、下関を回っていくと、益田のだいぶ手前で日が暮れて、その先は漆黒の海を眺めながら行くことになる。それはそれでオツなもんかもしれないが、この海の眺めを楽しむために、はるばる山口までやってきたようなところがある。やっぱり青く澄んだ水を眺めながら行きたい。


 ――それに今日は、洗濯もしなきゃいけないし……。


 長旅をすると、当然、旅の途中で洗濯をする必要に迫られる。長旅のときは、だいたいいつも5日分くらいの衣類を背負って旅に出るが、今日は旅5日目。今宵の宿で洗濯を済ます必要がある。

 お天道様のもと、山陰の海を眺めたい。洗濯もしたい。だからなるべく早く益田に着きたい。そのためには……。


 ――「美祢みね線ショートカット」しかないかなあ……。


 そう、方法は、あるにはある。下関の30分くらい手前にある厚狭あさ駅で、美祢線という、山口県の瀬戸内側と山陰側を結ぶローカル線に乗りかえて、ダイレクトに山陰を目指すのだ。このプランなら、日のあるうちに益田に着ける。今突き付けられている要件に応える、ベストソリューションと言えそうだ。

 でも……。


 せっかくの山陽線の旅、終点の下関まで乗り切りたい気分もある。それに山陰線は、下関近辺からオーシャンビュー区間が続くので、できればそこも楽しみたい。一方の美祢線、のどかなローカル線ではあるのだが、当然海は見えないし、かといって山深い渓谷美もさほどなく、正直、下関ルートと比べると数段見劣りがする。

 下関エリアの楽しみを取るか、益田エリアの車窓+時間的余裕を取るか。このジレンマに、電車に揺られながら悩まされていたわけだ。


 うーん……。

 美祢線、かな……。

 下関経由のルートは旅したことがあるし、今年は美祢線ルートで行くとするか!


 やがて電車は、厚狭に着いた。

 電車を降りようとするこの身に幾重にも絡みつき、後ろ向きに引っ張ろうとする、名残惜しさのロープを振りほどいて、ホームに降り立つ。長いことこの旅を進めてきてくれた、我が黄色い相棒は、こともなげにドアを閉じ、無表情で手を振りながらホームを出ていった。

 他の客が足早に去って行ったホームにひとり残り、それを見送るこの私。……まあこれは、鉄道旅行でときどきやる、ちょっとした楽しみなんだけど……。


 美祢線のホームに移動してしばらく待っていると、やってきたのは、ヤツだ。

 そう、ヤツ。

 この旅で早くも3度目の登場となる、あのミニディーゼルカーだ。ここにコイツがいることは、ずっと前から知っている。これもまた、美祢線ルートに気乗りがしない理由のひとつだったのだ。

 まあ仕方ない。乗りこむ。


 車内は、左右両側の窓を背にする長椅子が、短い車両の前から後ろまでズドーンと続いている。よく言えば合理的、悪く言えば無機質。少なくとも、この上なく旅向きじゃない。そこに乗客たちが1人また1人と腰をかけていき、発車するころにはだいたい埋まりきって、集団見合いのフォーメーションができあがった。

 席は埋まったが、立って乗る人まではいないあたり、普通の電車よりずっと短いディーゼルカーが1両で走り続けている、この美祢線の事情が見えてくるようだ。そんな集団見合い列車は、終点の長門ながと市駅へ向けて発車。


 この人たちは、いったいどこまで乗っていくんだろう。乗っている面々を見ると、週末の昼下がりなこともあって学生は皆無。キャリーカートを持っていたり、手土産風の手さげ袋を持っていたりと、「普段使い」ではなさそうな風情の人が大半だ。


 手元の地図をめくってみると、沿線には、途中にその名も美祢市という町があるほかは、終点の長門市まで、まとまった町らしいところは見当たらない。そうなると、美祢市あたりで降りる人以外は、私も含めてほとんどが終点まで乗り通す、ということだろうか。つまり、終点まで1時間、この集団見合い状態が続くということか……。


 考えてみれば、山口を代表する観光地のひとつである萩は、アクセスが恐ろしく不便なところだが、鉄路で行くには、新幹線を厚狭で降りて、この美祢線で行くのが最短ルートなんじゃなかろうか。あと長門市にも、青海島っていう景勝地がある。もともと、乗り通す需要の多い路線なのかもしれない。


 厚狭を出た汽車は、低い山並みを眺めながら明るく開けた山あいを行く。天気は絶好、車窓はのどか。楽しいローカル線の旅なはずだが、なぜか、けだるい。きっと、座席が長椅子タイプなせいだろう。

 長椅子タイプでも、ガラガラだったらいいのだが、席がおおかた埋まっているこの汽車のこと、自分の側の車窓を眺めようとすると、隣に座っている人のほうを見る格好になるし、向かいの車窓は向かいの人越しになる。どうにも景色を楽しみにくい。

 結果、ぼんやりと向かい斜め上方の景色を眺めながら、ぼんやりと座って過ごすくらいしか、しようがない。


 そんなふうに、1つまた1つと駅を過ぎていき、やがて美祢駅に着いた。それまでの駅よりいくらか町中を感じさせるその駅で、何人か降りたが、向かいにも隣にも、あいかわらずの面々。やっぱり、みんな終点まで行くんだな……。


 美祢を出たミニディーゼルカーは、引き続きのどかな山あいを進む。これまで、この汽車に乗るとさんざん睡魔に悩まされてきたが、今日は不思議と眠くはならない。それは幸いなのだが、けだるいことに変わりはなく、気がつくと、景色が目に入っていても見ちゃいない状態になって、旅と全然関係ないことをぼんやり考えていたりする。


 そんなとき、不用意に向かいの誰かのほうに視線を持って行ったりすると、不意に向かいの人もこっちを見て、目が合っちゃって、おお、いけないいけないと、お互いに気まずく視線を逸らしたりするハメになる。向かいの人も、みんなどことなく視線がぼんやりと泳いでいる。みんなもきっと、この時間と空間がけだるいんだろう。


 そんな時間を過ごすうち、車窓がちょっと山深くなってきて、トンネルをくぐる。これはれっきとした中央分水嶺だが、なぜか感慨がわかない。汽車が汽車だと、せっかくの中央分水嶺もこんな程度なものになってしまうのか。

 トンネルを出た汽車は山を下り、やがて平野に下りると、ほどなく終点の長門市に到着。けだるい「美祢線ショートカット」は終わりを告げた。

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