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やっぱり島の眺めはたまらん!

 次の日は、ここ2日と打って変わって朝からいい天気。ゲストハウスをチェックアウトして、向かうは広島駅……といきたいところだが、否、そこから2キロちょっと行ったところにある、広島バスセンター。

 そうだ、広島の山陽線を支配する、あの背筋をなぞる電車を避けるために、高速バスで岩国まで行こうというのだ。

 昨日は福塩線―芸備線という迂回ルートがあったが、この先にはない。今日だって青春18きっぷを使うというのに、わざわざ余計なバス代を払ってでも、ヤツを避けようという魂胆だ。


 朝の広島の町を移動して、バスに乗ってバスセンターを出ると、一般道でいくつかバス停に止まった後、高速道を走りはじめる。しばらく山の中を走るが、そのうち左手がパッと開けて、眼下の海と、黒い宮島の眺めが広がった。

 山陽線の線路は海にほど近い平地に伸びているので、かつて、電車でここを通っていたころは、車窓間近に海を眺め、宮島の峰々を見上げながら旅したもんだ。高速道路だと、それよりだいぶ高いところから見下ろす感じになって、海は遠くなるが、宮島の山の趣きがまた違って、これはこれでおもしろい。


 進むごとに刻々と趣きを変えていく、宮島の眺めが左後ろに遠ざかると、また山の中に戻って、ほどなく岩国インターで高速を降りる。そして、雄大な流れに沿って山あいを走っていくと、やがて右前方に、桜咲く河原と、かの有名な錦帯橋きんたいきょうが見えてきた。そう、このバスは、岩国きっての観光地・錦帯橋のすぐそばを通って、最寄りのバス停に止まるのだ。


 電車でのアクセスがいいとは言えない錦帯橋のこと、このバスは、広島からのベストルートといえるかもしれない。今日も、観光客風の人が降りていく。そして車内には、高速バスを使って電車に乗りにいこうというこの旅人以外、誰もいなくなった。どうやら、これはそういう乗り物らしい。

 錦帯橋はたしかに魅力的なスポットだが、かつて何度か歩いたし、今回はバスから眺めるだけで満足としよう。今日の、そしてこの旅でもトップクラスの楽しみは、この先に待っている。

 バスは岩国の町を抜け、岩国駅に着いた。改札口で今日の日付のスタンプを押してもらって、ようやく本日の鉄道旅行、スタート。


 ホームに降りると、真っ黄色の4両の電車が、ドアを開けてあくびをしながら待っていた。コイツは国鉄時代から走り続けている電車で、安心して身を預けていられる。

 昔はこんなカラーリングじゃなかったが、今や山陽エリアの国鉄型電車はみんなヤマブキがかった黄色一色に塗られてしまった。まあ、乗っちゃえば色は気にならない。コイツといっしょに、しばらく山陽線の旅を満喫するとしよう。


 乗りこんで荷物を棚に上げ、座ってしばらくくつろいでいると、隣のホームに広島からの銀色した電車が着いた。するとほどなく、乗りかえ客が足早に入ってきて、のんびりムードだった車内がにわかに賑やかになる。乗りかえが済むと、ドアが閉まって、黄色い山陽の生き証人は、ひと息ついてから、おもむろに動きはじめた。


 今日これからの鉄旅の何が楽しみかって、それは、車窓いっぱいに広がる瀬戸の海の眺めだ。

 山陽線も東海道線と同じく、海に近いエリアを走っていながら、なぜか広島あたりまでは海を眺められるところが少ない。それが広島を過ぎると、宮島あたりを中心にオーシャンビューが増えてきて、岩国を過ぎて山口県に入ると、瀬戸の海を存分に満喫できる区間が続くのだ。山陽線全線のうち、海が見えるところのほとんどが山口にあるといっても言い過ぎじゃないかもしれない。


 岩国から何駅かは、まだ海は見えない。でも、春らしいうららかな青空に、南国の海沿いムードを感じる。そして、2~3駅目だったろうか。車窓に、ついにソレが広がった。この旅初めての、電車から見る瀬戸の海だ。

 ここの海は、バイパス越しだとか、橋の下にチラっとだとか、そういうしみったれた代物じゃない。すぐそこにドーン!だ。しかも時折、道路より海側を走るところもあるという好サービス。車より何より、電車に乗っている者が一番近くで海を眺められるのだ。窓枠に左ひじを載せ、ときどき頬杖をついたりしながら楽しむ。


 さざ波立つ海面は春の陽を砕いてまばゆく、その向こうには、まろやかな瀬戸の島々が、重なり合って思い思いに浮かんでいる。あるものはおおらかにそびえていたり、また別のは控えめに水面近くに尖っていたり。それらが、電車が進むにつれ、少しずつ重なり方や表情を変えていく。

 どれだけ眺め続けても、いつまでも飽きる気がしない。なんか、ものすごくうまいマッサージでも受けているみたいに、とてつもなく心地いい。いつまでもこの時間が続いてほしく思えてくる。

 今、私は、いわゆる多島海の美を満喫しているのだ。


 ひとくちに海の眺めといっても、全国津々浦々、バリエーション豊かな景色が揃っている。海原以外何も見えない豪快なオーシャンビューとか、奥深い湾の眺めとか、白砂青松の浜とか。

 それぞれに捨てがたい魅力があるが、その中でも、多島海ってヤツには、なんでこんなに心惹かれるんだろう。風光明媚っていうコトバはこのためにあるんじゃないかと思うくらいだ。そういえば、日本三景の松島も多島海だなあ……。個人的な好みじゃなくて、昔から多くの日本人に愛されつづけてきた、由緒正しき絶景のパターンだっていうことじゃなかろうか。


 この、海原に島浮かぶ風景の、どこがそんなに心地いいんだろう。

 島ひとつ見えない大海原の眺めは、広がった瞬間は思わず歓声を上げるくらい感激するが、変化に乏しいし、広さの感覚もマヒしてくるし、しばらく見ていると飽きてくる気もする。そこにいくつか島があると、近くの島が向こうの島の手前を横切って過ぎていくので、眺めが変わり続けて飽きないし、島っていう目標物があると、かえって海が広く見えるかもしれない。


 あと、島がいくつも重なって見えると、その向こうはどうなっているんだろう、なんて考えたりする。

 ここからは見えないが、島と島の間にも海があるはずだし、向こう側の島のさらに先にも海があるだろう。目と心が遠くへ遠くへ誘われていく。そうすれば、さらに海の広がりを感じるし、景色がにわかにストーリー性を帯びてもくる。

 それと、こういううららかな春の日に眺めれば、島の遠さによって色の濃淡がまちまちなのもいい。――こんなふうに、心地よさってヤツになんとか説明をつけようとしても、どれもこれも決め手に欠ける気がするんだが、ともかく、やっぱり島の眺めはたまらん!


 そのうち行く先に、ひときわ大きな周防すおう大島が近付いてきた。島とを結ぶ橋も見えてきて、ここだけはちょっとした海峡の趣。こんな変化もまたうれしいサービスだ。

 大島を過ぎて、またひとしきり海に島浮かぶ眺めが続くと、その先の柳井やないでいったん海沿いを離れる。オーシャンビューはしばらくおあずけだが、好天のもと、のどかな田園風景も十分心地いいし、この先にもう1か所、海の絶景が待っているのを知っている。


 低い山に囲まれた平和な里をいくつか経て進むと、しばらくぶりの海沿いに出るのだが、こんどは工業地帯風の趣で、広い道路とかグリーンベルトばかりが目について、海の眺めはよくない。そんな車窓が、新幹線の駅を擁する主要都市・徳山を挟んでしばらく続く。

 徳山から何駅か行くと、ようやく都市然としたエリアを過ぎて、のどけさが戻ってきた。そしてほどなく、左手に海の眺めも戻ってきた。


 ここは海との間に小道の1本もなく、思う存分海原と向き合える――というか、あまりにも海岸沿いに何もなさすぎて、周辺に道路自体がないんじゃなかろうか。

 柳井までは、多島海の眺めがメインテーマだったが、こっちは海岸美。窓から前のほうを眺めると、さざ波の寄せる海岸線に合わせて、行く先の線路がしなやかにカーブしていて、そこを電車は、水族館の大水槽にいるマンタみたいに、身を悠然と左右させながら走っていく。


 岸は岩場がメインだが、時折、ちょっとした入り江然としたところに小さな砂浜があったりする。道もなければ人がいることもなく、プライベートビーチといった趣だ。さっきは島の重なり合いにストーリー性を感じたが、次々と現れては過ぎていく、ささやかな入江や岬たちにも、それはそれで語るべきストーリーがあるらしい。

 空の色も、水面の表情も、寄せる波も、目にするものすべてが穏やか穏やか。それを見ているこっちの眼差しもまた穏やか。おととい、江ノ電を魔法使いだと言ったが、瀬戸の海もまた魔法使いなのかもしれない。


 そんな魔法の時間は、やがて線路が大きく右にカーブして、ついに終わりを告げた。もうこの先、下関に至るまで、山陽線の車窓から海を望めるところはない。

 でも、山陽線の旅はまだまだ続く。あとは、国鉄型電車のモーターサウンドという腕利きセラピストのマッサージに身を預けながら、山口の穏やかな町と野とをのんびりたどっていく時間が続くのだ。これまた、鉄道旅行者にとって至福の時間。

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