誠に不本意ながらうどんのお好み焼き
時計の針は夜7時を回っている。さあ晩飯晩飯。今宵の宿は広島駅からほど遠からぬゲストハウスだが、向かう前に晩飯を調達しないと。広島で晩飯といえば、そりゃあもうお好み焼き、これっきゃない。
広島の名物というと、みんな何を思い浮かべるんだろう。
カキっていう人が多いのかもしれない。ただ当方、どうも貝類は苦手だし、なにより、いくら産地っていってもいいお値段するんだろうなあ……。その点、お好み焼きはお手頃でありながら、広島ムードも味わえる。ありがたい庶民の味方だ。
そもそも、あちこち旅して歩いていながら、名物に金をかけるっていう了見を持ち合わせていないのだが、そんな旅人にとっても、お好み焼きくらいだったら食べとくか、っていう気になる。
あとは、どこでどう食べるか、だ。
ここ何年か、毎年のように広島に泊まっているが、初めのころ数年は、毎年、安手の店を探して食べに行っていた。そうすれば、目の前で焼いてくれて出来たてをいただけるし、プロの味だし、満足感は高そうなもんなのだが……。
2~3の店で食べてみた結果、味はともかく、なぜかボリュームの面で満足できなかった。ご存じのとおり、広島風お好み焼きといえば、必ず麺が入っていて、関西風のそれよりボリューミーなはずだ。でも、なぜか、あー食った食った、っていう満足感を得られなかったのだ。
そんなある年。その時泊まったゲストハウス近くのスーパーをのぞいてみると、デリカコーナーにお好み焼きが置いてある。麺がはみ出していて、まぎれもなく広島風だ。そして、心なしか、店で食べたそれより大きく見えたのだ。それでいて、値も店より安い。
買って帰って、ゲストハウスのレンジでチンして、ゲストハウスのマグカップに手持ちのインスタントみそ汁を溶いて、充実した晩飯のできあがり。これをいただいてみると、おそらく初めて、広島風お好み焼きで腹いっぱいになったのだ。味も、貧乏舌の身には十分満足。
――なんだ、これでいいじゃん。安いし、大きいし、今後はもうこれでいいや――
そんなわけで、今年も、向かうはスーパー。広島駅すぐのところにスーパーがあることを知ったので、今年はそこで買うことにしよう。
入って、デリカコーナーに直行する。すると、あー、あったあった……けど……ん?……「広島風お好み焼き(うどん)」って書いてある……。
う、うどん?
広島風お好み焼きに入っている麺といえば、何をイメージするだろうか?
当方、中華麺しか知らなかった。恥ずかしながら、うどんが入っているお好み焼きがあることを知らなかったのだ。
そういうパターンもあるんだ……。で、中華麺のヤツは?
私の頭にあるのは、中華麺が入ったお好み焼き。その姿が、この脳裏にはっきりと浮かんでいる。そして私の口は、中華麺が入ったお好み焼きを受け入れる準備が整っている。それを求めて来たのだが……ない。見当たらない。うどんのヤツしか見当たらないのだ。
そこそこ売り場面積の広いスーパーで、デリカコーナーも広いので、ひととおり見て回ってみるが、ない。まあ、お好み焼きをわざわざ2か所に分けて置いてあるスーパーなんてないだろうけど……。
そもそも、デリカコーナー全体的に空きスペースが目立つ。時刻は夜7時半。なるほど、いくら遅くまでやっているスーパーといえども、デリカコーナーはそんなもんかもしれない。うどんのお好み焼き自体も残り少ないし、その隣にも空きスペースがある。きっと、中華麺のヤツが先に売れてしまったんだろう。
残り少ないデリカを買いまわる人々に交じって、うどんのお好み焼きを前に立ち止まり、しばし腕組みしてそれを見つめる。
私の辞書には、うどんのお好み焼きという文字はない。でも、ここにはそれしかない。かといって、まさかお好み焼き自体を諦める手もない。進むべき道は、ただひとつ。
うどんのお好み焼き、か……。
これを買って宿に向かったのは言うまでもない。
宿でチェックインを済ませ、お好み焼きをチンして、みそ汁も用意して、ちょっと遅くなったけど、いただきまーす。お好み焼きを箸で切ると、出てくるのは、うどん。白くて太い、うどん。ひと口ぶん取って口に運ぶと、食感もまた、うどん。
うん、これだって、正真正銘、ホンモノの広島風お好み焼きに違いない。自分がたまたま知らなかっただけで、はるか昔から、うどん入りの広島風お好み焼きというものはあったんだろう。しかも、ボリュームを欲しがっているわけだから、うどんのほうがボリューム感があってむしろ好ましいじゃないか。
でも、でも……。
お好み焼きとうどんが混ざった、この口の中の違和感は半端じゃない。食べきるまでに、いったい何回、今、広島風お好み焼きを食べているんだ、これだって広島風お好み焼きなんだ、と、自分に言い聞かせただろうか。
また広島に泊まることがあったら、その時こそは、次こそは、必ずや中華麺のお好み焼きを食べてやる!
そんな決意を胸にした旅人をひとりゲストハウスに抱えて、広島の夜は更けていった。




