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中央分水嶺は一体どこに?

 中国山地のド真ん中みたいなところに開けた、広島県北部の中心都市、三次。かつてここにはユースホステルがあって、何度か泊まった思い出深い町だ。でも今回は、特に寄ることもなく、改札を出ることすらせずに、やがてホームに入ってきた芸備線の汽車に乗りかえて広島を目指す。


 こんどの汽車は、国鉄時代から走っている、全身タラコ色のヤツだ。東日本のJRではもう絶滅してしまった。なんかこの汽車を見るとホッとする。これだったら、多少ノロノロ走っても、多少暗くなっても、睡魔に襲われずに旅できそうな気がするから我ながら現金なもんだ。

 しかも、ワンマン列車だらけのローカル線にあって、この列車には車掌が乗る。これまた、懐古趣味人間にはたまらないポイントだ。そんな愛しのタラコ汽車は、やがて昔ながらの音を立ててドアを閉め、昔ながらの汽笛をひとつ鳴らすと、鋼鉄の巨体をゆっくり動かしはじめた。


 三次から広島まで70キロ弱。さっきの福塩線と同じく、川に沿って登っていき、登り切ったら下っていく。ただ、福塩線のほうは、頂点が峠らしい峠で、トンネルになっているのに対して、この芸備線は峠らしきものがない。のどかな谷あいを登っていくと、のどかな谷あいが開けていて、やがてのどかな谷あいを下っていく。

 しかも、そんなさりげない頂点が、中央分水嶺(ぶんすいれい)なのだ。


 中央分水嶺。

 これを意識しながら旅している旅人は、いったいどれくらいいるんだろうか。個人的には、かなりグッとくるアツいポイントなのだが。

 このコトバを聞いてもピンとこない読者のために、簡単におさらいしておこう。


 本州を流れる川は、北端の青森を除いて、最終的には太平洋か日本海のどっちかしらに流れていくことになる。そうすると、どこかにその境目になる山のラインがあることになる。この山のラインが中央分水嶺と呼ばれているものだ。

 北は青森の八甲田山あたりから、西は下関に至るまで、一筆書きで続いている。曲がりくねってはいるが、絶対に途中で二股に分かれたり、途切れたりはしない。常に一本だ。


 太平洋側に住んでいる旅人が日本海側に行ったり、逆に日本海側の人が太平洋側に旅したりすると、どこかでこの中央分水嶺を越えることになる。自分の住み慣れたエリアとは違う「向こう側」に足を踏み入れることになるわけで、これを意識して旅すると、なかなか味わい深い体験ができること請け合いだ。やったことない人にはおススメしておく。


 で、三次は島根に流れ下るごうの川の上流だから日本海側、広島は太平洋側。この間で一番高いところが中央分水嶺なわけだ。

 関東に住んでいる者にとっては、身近な中央分水嶺というと、谷川岳だとか尾瀬だとか、千メートルを超える峰々が揃っているので、中央分水嶺と聞くと高く険しい山をイメージする人が多いんじゃなかろうか。

 だが、全国を見渡すと、意外と低くさりげないところも少なくない。これから芸備線で越えるソレも、標高500メートルいかないだろう。しかも峠ですらない。これまで何度も通ってきたが、車窓を眺めていても、どこがソレなのか、さっぱり分からない。

 今回こそ、なんとかソレを捉えるべく、車窓に目を凝らすとしよう。


 三次を出て間もないころは、ときどき渡ったり沿ったりする川の幅も広くて水量豊か。当然、向こうからこっちに流れてくる。地図を見ると、ソレは吉田口駅と向原むかいはら駅の間にあるはずだ。

 汽車は、おおらかにたそがれていく山あいを、ほんの少しずつ登りながら進んでいく。


 吉田口駅を過ぎるころになると、川幅がだいぶ細くなってきた。常に水の流れが見えるわけじゃないが、見えたときには流れの方向をチェック。うん、まだこっちに流れてきている。

 山越えというと、たいていは登っていくほど谷が狭まっていくもんだが、ここは逆に谷が広がっていくからおもしろい。たまにこういう天邪鬼な谷もあるにはあるが、谷が広がると、川が自由に曲がりくねりはじめるので、車窓から見えたり見えなかったりでチェックにはちと不都合だ。


 さらに進むと、ときどき見える流れはどんどん細くなり、ついには田んぼの水路程度になってきた。こうなってくると流れの方向も見にくいが、まだ向こうから流れてきている……ような気がするが……。

 もはや、川の蛇行なんてもんじゃなく、田んぼのヘリに沿ってあっちへ行ったりこっちへ来たり、枝分かれもしてどれが本流なのかも分からない。これじゃあ、仮に水の流れの向きが見えたって、線路に沿っていないと、谷のどっちに向かって流れていることになるのか分からないじゃん。あたりの地形のフンイキから察するに、まだ登り続けていると思うんだけど……。


 そんなふうに、地上の流れを探したり谷全体の傾きを探ったりするうち、気がつくと、線路沿いの田んぼの段が前下がりになっているように見えてきた。これって、頂上越えちゃったってことじゃ……。まだはっきりした川は見えないので、流れの向きは分からない。

 だが、そのうち、あたりがにわかに集落っぽくなってくると、汽車のスピードが落ちて、向原駅に到着。ここまで来ちゃえば、もう頂上を過ぎたことは決定。んー、やっぱりここの中央分水嶺はどこなのかよく分からない。


 そんなちょっとした消化不良感はありながらも、汽車は古いし、景色はのどかだし、車窓の優しいたそがれは旅に疲れた眼をなでる。

 さっきの福塩線は、あまりにも本数が少なくて反対方向の汽車とすれ違うこともなかったが、こっちはそこそこ本数があるので、何駅かに1回、すれ違い待ちの停車時間がある。そんなとき、時間が2~3分以上あって雨でもなければ、ホームに降りてあたりの景色を楽しむのが、鉄旅でよくやる楽しみの1つだ。


 どの駅も、山あいのささやかな駅には違いないのだが、町中だったりはずれだったり、谷の真ん中だったり端っこだったり、直線だったりカーブの途中だったりと、その風情にはだいぶバリエーションがある。降りるたび、少しずつ暮色が濃くなっていくのも趣深い。

 線路の行く先を眺めると、ホームを挟む2組のレールが合流して1つになって、たそがれの色を映して続いていく。その線路の上に電線がない景色っていうのも、電車しか走っていない都市部じゃお目にかかれない、鉄旅心をくすぐる好きな眺めだ。


 広島が近づいてくると、車窓はついにとっぷりと暮れきって、車内は少しずつ乗客が増えてきた。汽車の本数も増えるのですれ違い待ちも多くなってくるのだが、もういちいち降りる気にはならない。レトロな汽車の風情を楽しもう。

 そうして、いつの間にか近郊列車へと姿を変えた、我が愛しのタラコ汽車は、大都会広島の宵をくぐって、広島駅のホームに滑り込んだ。

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