睡魔と行く福塩線
今日の宿は広島のゲストハウスを押さえてあるのだが、ふつう、福山から広島へ行くなら、そのまま山陽線に乗っていくだろう。途中で1回乗りかえて、接続がよければ2時間くらいで着くはずだ。
だが、そうは行かない。
これから、福塩線というローカル線に乗って、一旦内陸部の三次を目指し、そこから芸備線というこれまたローカル線に乗りかえて広島に向かおうというのだ。このルートだと、福山を昼下がりに出ても広島着は夜になる。山陽線なら直角三角形の底辺で済むところを、わざわざ頂点を回って行こうという格好だ。
なぜ、そんなけったいな遠回りをするのかって?
べつに三次に用があるわけじゃない。ローカル線の旅自体も、鉄道旅行を好む者にとってたしかに魅力的ではあるものの、それとて主たる理由ではない。この遠回りを説明するためには、私のいささかマニアックな性質について聞いていただく必要がある。
私は、近頃の電車が嫌いなのだ。鉄道好きの人ならご存じだろうが、だいたい90年代あたりに、インバーター電車なるものが現れて、それまでの電車たちを押しのけて増殖しつづけ、今や全国的にほとんどがそれになっている。
このインバーター電車だが、なんというか、シュワーとか、ミューンとか、それまでの電車が出さなかったような音を出して走るのが、私には何とも気持ち悪い。なんか背筋を下から上へなぞられているようで、どうにも辛抱ならないのだ。
山陽線でいえば、福山の先の三原から、途中広島を経て山口の入り口の岩国まで、いわば広島アーバンエリアは、すでにコイツに統一されてしまっている。これを避けるとすれば、三原の手前の尾道から高速バスに乗るか、さもなくば三次を回って行くしかない。1日乗り放題の青春18きっぷを使っている今日のこと、選ぶは後者一択。
実は、昨日の関西への移動で、わざわざ不便な関西本線を選んだのも、その理由の1つはこれだ。そんなわけで、福山駅の山陽線ホームの隣にこぢんまりと並んでいる福塩線ホームから、広島内陸ローカル線の旅を楽しむともなく楽しんでいくことにする。
この福塩線、途中の府中までは電気が通っていて、電車が走っている。ホームで待っていると、黄色い2両の電車がゴトゴト入ってきた。これは国鉄時代から走っている電車で、昔ながらの音がする。よしよし。
府中までの電車区間は駅の間がやたらと短く、1~2キロおきに駅がある。あまりスピードも出さずにのんびり走っていくが、モーターのうなり声に包まれながら乗っているのは心地いいひとときだ。そんな時間を40分ばかり味わって、府中駅に到着。
ここから先は電化されていないので、ディーゼルカーに乗りかえるのだが、そのディーゼルカーっていうのが……関西本線でお世話になった、あのミニディーゼルカーだ。こんなふうに、JR西日本エリアの田舎ではいたるところにはびこっている。コイツはJRになってから走りはじめた新参者で、正直いけ好かないが、電車みたいに背筋をなぞられることもないからよしとするか。
電車から乗りかえた客でおおかた席が埋まって、やがてドアが閉まってると、エンジン音をうならせて走りはじめた。
府中を境に、乗り物も変われば景色も一変。ここまではのどかな住宅街だったのが、府中を出ると、途端に小川に沿った山あいの眺めに変わる。今日も天気はイマイチだが、川も山も清らかだ。
もともと渓谷の眺めは、車窓風景の中でもすこぶる好物。せっかくのローカル線、存分に楽しんでやろと思うのだが、よりによってこのタイミングで、ちょっと困ったことになった。
う、眠くなってきた……。
晴れてこそいないものの、昨日の関西本線みたいな暗さはないのだが……。うーん、たしかにゆうべの宿はあまり寝心地がいいとは言えなかった。ちょうど午後の眠くなりがちな時間帯というのもあるだろう。
でも、当然負けるわけにはいかない。またも、目をギュッとつぶってみたり見開いてみたり、頭を振ってみたりして抗う。
だが、その必死の抵抗の前に、新たにもうひとつ、厄介な敵が立ちはだかった。ときどき、なんだかやたらとスピードが落ちるのだ。
ここは山あいとはいえ、それほどシビアな峠越えじゃない。ましてや、都会のラッシュアワーみたいに前に列車がつかえているはずもない。でも、あたかも遅れた鈍行を抜けずにいる急行みたいに、止まりそうなくらいまでスピードが落ちる。しばらくしてもとのスピードに戻ったかと思うと、やがてまた減速。
窓から線路沿いを見ていると、「25」と書かれた標識が立っていて、それがあるとスピードダウンするようだ。
後で知った話だが、これはJR西日本のローカル線に蔓延しているシステムで、万一線路の上に落石があったとき、見通しの悪いところでも、見つけてから急ブレーキをかければその手前で止まれるように、あらかじめゆっくり走っておきましょう、という策らしい。
そう考えるとやむを得ない話なのだが、睡魔の侵攻を受けている身としては、このノロノロは甚だこたえる。いったんノロノロゾーンに入ると、ひとまずそこから脱するまでひたすら苦痛な時間が続く。だんだん、車窓の「25」に脅威を感じるようになってきた。せっかく好物な渓谷の眺めも、これじゃ楽しめない――景色がいいところでスピードダウンするのは、本来最高のサービスなはずなのだが――。
やがて、峠を越えて下りに入り、盆地に出ると、苦痛な渓谷の旅からようやく解放された。汽車は明るい盆地を行くと、いつしか町中に入っていき、終点の三次に到着。
よし、今回も睡魔の猛攻に耐えきった!
とはいえ、昨日といい今日といい、このミニディーゼルカーに乗っていると眠くなる。これから先も、まだコイツの世話にならざるを得ない。
いやー、こいつはトラウマになりそうだな……。




