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静岡の旅は川渡り

 皆さんご存じのとおり、静岡っていうのは東西に長い県だ。南は太平洋、北は山々に挟まれていて、その間を左右に伸びている。


 静岡っていうと、海のイメージが強い人が多いと思うが、山もなかなかの一級品揃い。なんせ、あの富士山も南半分は静岡だし、南アルプスも静岡にまたがっているし、三千メートルを超える山をいくつも抱えている。実は、けっこう山国な部分を持った県なわけだ。

 県の輪郭自体が横長なところへもってきて、その北のほうは山また山なので、町のある平野はさらに細長ーく東西に広がっていることになる。


 そこを、新幹線とか東名高速とか、今乗っている東海道線とか、日本の新旧の大幹線が絡み合いながら通っている。しかも、この静岡県、面積は全都道府県中第13位。比較的狭い県が多い本州の中ほどにあって、かなり広い部類に入る県なのだ。


 広くて、細長い。

 そこを長手方向に道が伸びている。

 いつかどこかのユースホステルで会った、日本一周中の若きサイクリストは、それを「終わらない静岡」なんて形容してたっけ……。


 で、北に山が並んでいて、南に海が広がっている、そんな県の地図を思い浮かべたとき、なんかこう、タテに平野を横切る線が見えてこないだろうか?


 そう、川だ。静岡の大きな川は、みんな北から南へ流れている。大きなところだと、東のほうにさっき渡った富士川、静岡市中心部を通る安倍川、真ん中西寄りに大井川、さらに西のほうに天竜川。4本の大河が、北の山から南の海へと、所々で県土を区切って流れている。

 愛知から岐阜にかけて広がる濃尾のうび平野には、木曽川・長良川・揖斐いび川と3本の大河が集まっていて、木曽三川(さんせん)なんて呼ばれているが、それになぞらえて、私はこの静岡の4大河を「静岡四川(しせん)」と勝手に呼んでいる。なんだか麻婆豆腐でも出てきそうな名前だが……。


 東・名・阪といった日本のメインパートを東西に行きかう旅人たちは、観光旅行だろうが出張だろうが、部活の遠征だろうが芸能人の追っかけだろうが、みんなこの大河たちを渡りながら移動していることになる。乗っているものが新幹線でも鈍行でも、高速バスでもマイカーでも、意識するとせざるとにかかわらず、みんな、だ。


 はるか千年の昔から、人は旅をするとき、川渡りを旅のひと区切りと捉えていた。学生時代に古文の授業なんかで聞いた人も多いと思うが、「川をひとつ渡ると、またひとつ故郷から遠くなる」っていうふうに考えていたからだろう。

 伊勢物語の東下りで、在原業平とおぼしき男の一行が、隅田川の渡し船で都鳥みやこどり見ながら泣いたっていうのも有名な話。

 昔は橋なんぞそうそうかけられないし、特に大きな川は渡し船で渡るしかなかっただろう。その渡し船だって、雨で増水したりすれば欠航。川ひとつ渡るだけでも大変だったわけだ。


 それが今となっては、特に広い天竜川だって、居眠りしている間にひとっ飛び。でも、そこは旅人の端くれとして、ひとつ川渡りなるものに旅情を感じつつ、川ごとの風情の違いを味わいながらしみじみ渡っていきたいところだ。

 旅を始めてからこのかた、数え切れないほどこの川たちを渡ってきたが、今回もまた、ひとつひとつかみしめながら渡っていくことにしよう。


 関東から西を目指すとき、静岡四川のトップバッターは、富士川。さっき、富士山が見えない見えない言いながら渡ったところだ。山梨の水を片っ端からひっかき集めて流れてくるような川で、日本三大急流のひとつに数えられている。


 けっこう長い川なのだが、甲府盆地を出てからかなりの距離、深い山あいを流れ下ってきて、ようやっと静岡の平野部に着いてやれやれと手足を伸ばしたところに、東名高速やら東海道線やらが通っているという格好だ。なので、車窓から見ると、富士川君が延々流れ下ってきた山峡が間近に眺められるわけだ。

 山峡の深緑と、そこから解き放たれて、突然広がった河原の印象――これが、他の3河川とは違う富士川の眺めのセールスポイントじゃなかろうか。


 その後、今度は海が見えない見えない言いながら、旅は先へと進んで、県都静岡に到着。さすが政令指定都市だけあって、車窓からでも大都会の迫力を感じる。電車の客も、大半がこの駅で入れ替わった。


 静岡駅を出た電車は、大都市らしい高架線から下りきらないうちに鉄橋に差しかかる。静岡四川の2番手、安倍川だ。ほんとうに静岡の中心街の「出口」に横たわっている感じがする。

 これも大河には違いないのだが、個人的には、他の3本と比べると、どうも印象が薄い。なぜだろう? 

 まず、川幅が他と比べると控えめな感じ。それはたしかに無視できないファクターではあるのだが、それより何より、東海道線の橋の配置がいけないんだと思う。東海道線は安倍川を渡るとき、新幹線と国道に挟まれて渡るのだ。左を見れば新幹線、右を見ると国道。まるで由比の海を彷彿とさせるシチュエーションだ。これじゃ川の眺めなど楽しめるはずもない。

 今回も、「今、静岡四川のひとつを渡ってるんだ!」と自分に言い聞かせながら、隣の橋を眺めて、通過。そのうちまた、高速バスでこのへんを通ることもあるだろう。その時に楽しむとするか。


 安倍川を渡ってしばらく走ると、だんだん右に山が近づいてきて、長いトンネルをくぐるのだが、その直前、ほんの一瞬だけ、左に海が見える。ここはよく知っているスポットなので、身構えてその時を待つ。こんどは大した道路もないので、さっきみたいなフラストレーションは感じないのだが、そのかわり、ほんの一瞬。

 あ、見えた、ゴオオオ……。

 東海道線と駿河湾とのつれない関係性を象徴するようなシーンではある。


 トンネルを抜けると広々した平野に出て、しばらくにぎやかな街中を走っていく。その先、富士と並ぶ製紙業の町、島田を過ぎると、電車はおおらかにカーブして、車窓に大河っぽいにおいが漂ってくる。

 そしてほどなく、3番目の大井川の鉄橋に差し掛かった。ここは隣の橋も遠いので、心ゆくまで川の眺めを楽しめる。


 この大井川の河原は、ほんとうに広い。何百メートルあるんだろう。1キロくらいあるかもしれない。一面に砂利の野が広がる中を、何本かの水量豊富な流れが、放し飼いの犬みたいに気の向くまま流れている。春先のこの時期に通りかかると、まだ山肌は冬のままなのに、いつも気の早いヤナギが若葉を輝かせていて、春旅ムードを盛り上げてくれるからありがたい。


 この川を渡るとき、いつも浮かんでくる文句がある。

 ――箱根八里は馬でも越すが 越すに越されぬ大井川――


 考えてみれば、これは箱根馬子(まご)唄の一節だから、舞台は大井川じゃなくて箱根なんだよなあ……。でも、どういうわけだか、いつもここで浮かんでくる。それくらい、大井川は広いってことなんだろうな。

 あの天下の険とうたわれた箱根でさえ、馬でも越えられるというのに、大井川はそうはいかない。普段でもなかなかの水量だが、ダムもない昔のこと、ちょっと雨でも続いたらどんなことになってしまうやら。それは、この広い広い河原が語って余りある。この石たちは、みんなきっと、南アルプスの高嶺からやってきたんだろう。やっぱり、川は越えがたいのだ。


 そんな大井川を渡りきって、金谷を過ぎてトンネルをくぐると、こんどはのどかな山里を小川に沿って下っていく。ところどころ茶畑の緑が目に入ったりして、静岡ムード満点だ。静岡に茶どころ多しといえど、この先の菊川とか掛川あたりが代表選手じゃないだろうか。車窓にもやたらと茶畑が目につく。


 城下町掛川から、袋井・磐田いわたと、また平野の町が続く。その先、なんか視界が開けてきて、線路がにわかに高くなったとみるや、静岡四川の大トリ、天竜川の鉄橋に突入。信州は諏訪湖からはるばる流れてくる、静岡四川で最長の川だ。


 大井川の河原も広かったが、天竜川の河原は輪をかけて広い。4川の中でもダントツの広さだろう。大井川は、そこそこ開けていながらも片岸に山も近いような地形だったが、天竜川はおもいっきり平野のど真ん中をズドーンと流れてくる。それはもう、この世をば我が世とぞ思うっていうくらいの勢いだ。

 東海道線から見たとき、4本の中で、これだけ山が遠い川は他にない。それがこの広大さの生みの親だろうし、天竜川の眺めのアイデンティティーにもなっている。


 普通電車とはいえ、それなりのスピードで走っているのだが、じっくり眺めを楽しめるくらいの時間がかかる。大井川以上に、砂利の野は広がり、水の流れは自由奔放。

 この広大な河原を見ていると、いつも「茫漠ぼうばく」の2文字が浮かぶ。ひょっとするとこの言葉は、この河原のためにあるんじゃないか?? そんな中に、巨大な流木もおおらかに転がっていたりする。これだけの木を運ぶ水のパワーは相当だろう。増水したときの恐ろしさが伝わってくる。


 天竜川を過ぎると、「静岡・川渡りの旅」は幕となる。あと車窓のお楽しみは、大都会浜松を過ぎた先に満々と水をたたえる浜名湖だろうか。

 東海道線は、浜名湖と海との間を、ときどき湖水が海にそそぐ水路を渡りながら、また新幹線・国道と仲良く並んで走っていく。橋を渡っていくわけだから、これも大河と捉えて、静岡五川としてもいいのかもしれないな……。


 例によって、新幹線やら道路やらが並んでいて眺めにくいが、不思議と安倍川のときのようなストレスを感じない。天竜川にもまして山は遠く、それに川ではないので、大河の持っている、ある種の厳しさみたいなものもなく、ただただおおらかな、満たされた景色を楽しめる。ところどころにヤシの木かなんか生えていて、南国ムードを味わえるのもいい。


 浜名湖の眺めを楽しんだら、長い長い静岡の旅はめでたく完結。旅路はさらに西へと続く。

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