春の鎌倉でひとりだけの至福の桜
トビのことはひとまず置いといて、この源氏山一帯で、桜を楽しみつつのんびり弁当を食べられる、いいスポットを探そう。
公園として整備されているだけあって、あちこちに桜を楽しめるエリアがあって、ベンチもあったりして「花見弁当」のロケーションには事欠かない。でも、そういうところはたいてい先客がいて賑わっている。
そりゃ若宮大路とか長谷寺あたりと比べればはるかにマシなんだが、なぜか今日は、妙に人の声が気になる。できるだけ静かなところで食べたい気分だ。ちょっと公園をひと回りして、そこそこ桜も咲いていて、人がいなそうなスポットがないか探してみるか。
ああ、あと、空があんまり広すぎないほうがいいよなあ……。
頼朝像広場を後にして、尾根上の広い園路を進む。舗装こそしていないものの、よく整備されて歩きやすい道を歩いていくと、大きなクスノキあり、春の花咲く植え込みあり、ヤマザクラありと、まあよくできている。
お、こっちの土手にはスミレがいっぱい。ちっちゃくてかわいらしいなあ。
この時期は、どうしても桜ばかり目がけて歩いてしまうが、スミレみたいな野の花とか、高山植物とか、ちっちゃくて可憐な花にも目がないのだ。さすがにスミレを見ながら弁当を食べたいとまでは思わないが……。
そんなふうに花に和みながら歩いていると、園路の砂利道をたまにタクシーや原付バイクが通ったりする。そうだ、ここは車でも上がってこれちゃうんだった。
その道をさらにもう少し進むと、ひときわ桜が増えてきて、葛原丘神社がある一角に着く。源氏山公園の北の端にあたるところで、園内でも特に桜もベンチも多く、代表的なお花見スポットだ。
桜以外に椿も並木になっていたりして、花好きにはたまらないところだが、花ありベンチあり、斜面の広場にあずまやありと、公園として充実しているうえに、車でも来れるとなれば、当然人も多い。
特に、広場は子供連れのピクニックスポットになっていて、元気に駆け回るちびっ子の声がこだましている。そりゃ天気もいいし、公園だし、至極真っ当な楽しみ方だわな。でも、鎌倉の桜の名所に来ておきながら、静かに桜を愛でてやろうとたくらんでいるこの旅人とは、どうも相容れないようだ。
腹も減ってきて、そろそろ弁当にしたいところだが、おとなしく来た道を戻って、別のスポットを探すとしよう。
道端の花を愛でたり、時にヤマザクラを見上げたりしながら、また頼朝像のところまで戻ってきた。さっきのところより落ち着いているが、やっぱりそこそこ賑やか。通り過ぎて、さらに先に進む。
たしかこの先にも、園地状のところがあったはずだ。少し行くと、記憶のとおり、公衆トイレがあって、花が植わっていたりする園地に着いた。人もいない。よし、ここで弁当にしよう。
他のスポットと比べると、桜もベンチも少ないが、陽の向きとか桜との位置関係も考えて、よさそうなベンチを選んで陣取る。
ザックから弁当と飲み物を取り出して、ふと空を見上げるが、やっぱり、ヤツは見当たらない。どうしても怪訝に思ってしまうのだが、仮に来たとしても、ここは適度に木の枝が広がっている。障害物が多すぎて、空からダイレクトアタックを食らうこともないだろう。ひとまず安心して、いただきまーす。
今はだれもいないこの庭にだって、桜も咲いていればいくつかベンチもある。そのうち2~3人のグループでもやって来て、別のベンチに陣取って弁当でも食べはじめるだろう。そう思いながら食べていると、やがて、ちょっと離れた園路のあたりから話し声が聞こえてきた。それが遠ざかったかと思うと、少し間があいて、また話し声。
でも、この一角まで入ってきて、腰を下ろして、弁当を広げるような人々は現れない。望みどおりなんだが、それはそれで不思議な気がする。
この一角、ベンチがあるにはあるのだが、他のスポットと比べると数が少なく、道からだと、それがどこにどれくらいあるのか、直感的に分かりにくい。桜の木も何本かあるが、だいぶお年寄りなご様子で、幹が立派なわりに枝ぶりはあまりよろしくない。
要するに、山頂と思しき広場とか葛原岡神社のあたりと比べて、見劣りがするんだろう。そういうおあつらえ向きのスポットを差し置いて、わざわざこんなところまで来て弁当を食おうとするヤツは、私くらいなのかもしれない。
そんなわけで、彼岸ながら早くも桜が見頃入りしたこの時期に、関東有数の観光地鎌倉の、そこそこ知られた桜名所であるこの源氏山公園の片隅で、はからずも、桜を独り占めするひとときを味わうことができた。せっかく吟味して決めたこのベンチだが、弁当を食べている間は、のんびり桜を愛でる余裕はなかったりするもんだ。食べ終えて、あらためて、おもむろに頭上の桜を見上げる。
青空をバックに、ほんのり薄紅の花びらたちが、時にそよ風に揺れたりしながら輝いている。桜は色が淡いので、できればいつも青空をバックに眺めたいところだが、この時期は、いい天気がなかなか続かない。それが、年に一度の鎌倉参りの日に、雲のかけらも見あたらない晴天に恵まれるとは。しかも、寒さの芯が完全に抜けきった、春らしいそよ風付き。
座って上ばかり見ていると、首が痛くなってくる。そうだ、あたりに人もいないことだし、ゴロン……。組み合わせた手のひらを枕にして、ベンチに仰向けに寝転んだ。
旅に行って、高山の岩場とか、湖岸の芝生とか、人のいないシチュエーションで平らなところを見つけると、ときどきこんなふうにするのが、ひそかな楽しみになっている。あー、首がラクだ。
あいかわらず頭上には、水色と薄紅の極上のコントラスト。なんか身体とか心とか、隅々まで満たされていく。そりゃあ、天気のいい日に寝転んで見頃の桜を見上げれば、誰だって満たされるだろう。でも、少なくとも自分にとっては、「あたりに人がいない」っていう要素、これがことのほか大事なのだ。
この状況は、いわゆる「独り占め」だ。でも、「独り占め」っていうコトバには、ちょっと違和感をおぼえる。
べつに、このスポットを誰にも知られたくないわけじゃない。景色と向き合うのに、他人の声とか、行動とか、存在を意識しないで、乱されずに向かい合いたいだけだ。
だいいち、いくら桜の時期だからって、平日の真っ昼間に、いいトシした男が公園のベンチに仰向けに横たわっているのは、はたから見たらあんまりみっともいいもんじゃないだろう。それを心おきなくできるのは、人がいないからこそ。
いやはや、旅2日目にして、メインの旅先でもない神奈川で、至福の桜を満喫してしまった。そろそろ山を下りるとしますか。
山を下りたらそのまま駅へ行って、鎌倉を後にするわけだが、その道すがら、もうひとつ楽しみたいことがある。




