源氏山で平和に弁当を食える「異常」
化粧坂を登りきって左に行くと、すぐに明るい広場に出る。真ん中には、鎧を着て烏帽子をかぶり、ドッカリとあぐらをかいた頼朝像。
源氏山はあたり一帯が公園になっていて、あちこちにベンチやテーブルがあったり、公衆トイレがあったりして整備されているが、その中でどこが「源氏山」か?というと、この広場をさすことが多いだろう。よく遠足の子供たちが弁当を広げて賑わっているが、広いし、平らだし、ちょうどいいスポットだ。今日も、団体こそいないが、何組か弁当を広げている。
天気はいいし、桜をはじめ季節の花も咲いているし、のどかで平和な眺め……な、はずなのだが……。
源氏山の広場でモノを食べている人を見ると、なんでそんなことができるんだ?そんなことできるはずがないのに、と思ってしまうのだ。そして、空を見る。ヤツを探す。
なんでいないんだ……そんなばかな……あれだけ、どこで食べていても目ざとく見つけて来やがったのに……。
鎌倉で厄介な「ヤツ」は、なにもカマクラリスだけじゃない。
今、これを読んでいる読者の中で、鎌倉でも、江ノ島の岩場でもビーチでも、平塚とか大磯のあたりでも、とにかく湘南エリアの海岸へ遊びに行ったことがある人にお聞きしたい。
あなたは、そこで何かモノを食べましたか?
YESと答えたあなた、無事最後まで食べられましたか? どんな目にあいましたか?
食べていると、なんかこう、いきなり謎のデカいものが後ろからやってきて、頭をはたかれたり、最悪食べ物を持っていかれたりしなかっただろうか。
そう、湘南エリアでは、どこへ行ってもトビが猛威を振るっているのだ!
みんな、トビという生き物にどんなイメージを持っているんだろう。空の高いところで、ピロピロいいながら、羽を真横に広げて、羽ばたきもしないでくるくる回っている、のどかでおおらかなイメージを持っている人も多いかもしれない。
そんな人は、ぜひ湘南のビーチに行って、メロンパンか何かかじってみてほしい。数分とたたず、どこからともなくヤツがやって来て、奇襲攻撃を仕掛けてくるだろう。のどかでおおらかなイメージなど、木のバットが見事命中したスイカ割りのスイカみたいに、叩き潰されること請け合いだ。
当方、ヤツには今までに2回くらいやられたことがある。1回目はたしか江ノ島だった。
まだそんなこと知らなかった頃、江ノ島に出かけていって、呑気に弁当を食べていたら、不意にバサッと音がして、頭に鈍い衝撃を受けた。手元の弁当は無事だったからよかったようなものの、見ず知らずの他人にいきなり無言で頭をひっぱたかれたような、言いしれぬ屈辱は忘れられない。
2回目は茅ヶ崎だったか。江ノ島だけが特別にひどいもんだと思って、江ノ島じゃないから警戒していなかったんだろう。また頭をやられたか、近くをよぎったかして、ここもダメか!とあきれた記憶がある。
それからも江ノ島にはよく行って、弁当も食べたが、背後に岩壁があるところを選んで座り、ときどき上空に視線をやりながら食べたもんだ。
ヤツらは卑怯にも、たいていナナメ後ろからやってくる。あと、こっちの目を見ているに違いない。ファーストランナーをにらみつけるピッチャーのように、ときどき視線を送ってやれば、頭上をうろつきはしても頭をはたかれる屈辱は味わわずに済む。
べつに、私がことさらにどんくさいから、というわけじゃない……と思う。たぶん。
そういえば、地元FM局のレポーターも、湘南のどこかの海岸にレポートに行って、メロンパンを持っていかれたって言ってたっけ。同じような目にあっている人は、相当いるんじゃなかろうか。
なんで、こんなふうになってしまったんだろう。せっかく湘南のビーチとか源氏山にやってきても、安心して弁当も食べられないとは、なんだかとってもつまらない。
きっと、人がいけないんだ。
いつか、それこそ湘南かどこかで、上をトビが飛んでいて、遊びに来ていたおっさんがスナック菓子か何かを投げ上げると、トビが急降下してそれをキャッチするシーンを見たことがある。その時は、こんなこともできるのか、おもしろいもんだなあ、くらいに思っていたが、ああいうことする人間が多いから、ランナーをけん制しながら弁当を食うハメになったんだ。これは人災に違いない。
でも、今、ここ源氏山には、見渡す限り1羽のトビも見あたらず、弁当を食べている人々も平和そうだ。それはそれは結構なことなはずだが、これまで味わってきた屈辱と脅威の歴史を思うと、なんか素直に喜べない自分がいる。
――そんなはずはない、今、この瞬間だけたまたま運がいいだけで、すぐにどこかからヤツらが飛んできて、穏やかなランチタイムもバッドエンドを迎えるに違いない――などと、縁起でもないことを考えてしまう。
こう言うと、なんだかやたらと底意地悪く聞こえるが、断じて人の不幸を願っているわけじゃない。ついそう思わざるを得ないくらい、さんざん脅かされてきたのだ。かくいう私も、これから、この源氏山公園一帯のどこかで弁当を食べなきゃいけないわけだし……。
やっぱり、今の自分には、源氏山で平和に弁当を食えるこの状況は、「異常」な気がしてならない。




