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第9話 魔王軍幹部 イルレ





「いい男……ね。殺すには惜しいわ」


 聞こえてくる低い声。


「私は魔王軍の幹部。傀儡魔将・イルレよ」


 闇の中から現れたのは、黒マントに身を包んだ、魔族軍の女性幹部だった。

 顔に白い仮面を付けている。

 長い銀髪を携え、背中にはコウモリのような大きな羽。


 オークと戦いながら、サラは叫んだ。


「カイト! 気をつけて! そいつかなり強い!」


 彼女は細く長い指先で自身の豊かな胸元をなぞりながら、舐め回すような視線を俺――カイトに向け、ゆっくりと近づいてくる。


「私のペットになるなら、命だけは助けてあげてもよくてよ?」

「……断る」

「つれないわねぇ。なら、調教してあげる!」


 女幹部の目が怪しく光った瞬間、彼女の姿が掻き消えた。



 ──速い。



 次の瞬間、俺の喉元に鋭利な漆黒の爪が迫る。


 俺は無言で首を傾け、それを紙一重で回避する。


 だが、攻撃は終わらない。


 ヒュンッ!

 ガキンッ!


 見えないほどの高速連撃。

 俺は《装備最適化》によって、剣でそれを弾き続けるが、衝撃が重い。

 

 一撃一撃が岩をも砕く威力だ。


「どうしたの? 防ぐだけで精一杯?さっきまでの威勢はどこへ行ったのかしら!」


 女幹部のイルレが嘲笑う。

 俺は表情を崩さず、ただ淡々と剣を振るう。

 傍目には完全に防戦一方だ。

 徐々に俺の足元が削られ、後退していく。


「あははは! 遅い、遅い! 私のスピードについてこれていないわよ!」


 女幹部は完全に調子に乗っていた。

 俺の頬を爪が掠め、一筋の血が流れる。

 それを見た彼女は、嗜虐的な笑みを深め、勝負を決めるべく大きく跳躍した。


「これで終わりよ!」


 彼女のコウモリのような羽で高く飛ぶ。

 10メートルほどの高さだ。


 ──そして一気に急降下。

 魔王軍の幹部、イルレは爪を立てて俺を襲いかかる。


「死になさい!」


 彼女の全魔力が右手に集中する。空気を切り裂く必殺の一撃が、俺の脳天へと振り下ろされ――






 ピタリ、と。

 俺の左手が、彼女の手首を掴んでいた。


「――え?」


 空中で静止した女幹部の顔が凍りつく。

 俺は無表情のまま、掴んだ腕に力を込めた。ミシミシと骨のきしむ音が響く。


「な、なんで……私の動きが……!?」

「単調なんだよ、お前の動きは」

「なっ……!?」

「それに、俺はずっと『待っていた』んだ。お前が空中に逃げ場をなくす、この瞬間をな」



 女神様から貰った『略式模倣』──相手のスキルや特徴を模倣する能力──によって、俺は四本腕のドラゴン、ヴォルドガムから『第三の目』を奪った。


 これによって行動の最適解を出し続けることによって対応した。

 あのドラゴンと最初に会ってて本当によかった。

 しかし相変わらずその代償として、瞬きをするたびに()()()()のようなものが見える。

 使いすぎる度に、それが強くなる気がする。



 しかし、イルレが「罠だったのか」と気づいた時にはもう遅い。

 俺の瞳に魔力が宿る。相手はスピードタイプ。

 ならば、相性はこれだ。


「《重力崩落(グラビティ・コラプス)》」




 ズドォォォォォン!!




 俺を中心とした空間に、局所的な超重力が発生した。

 女幹部の身体が、見えない巨大な掌に叩きつけられたかのように地面へめり込む。

 彼女の仮面がひび割れて、彼女の青い瞳が見える。




「あ、が……っ!? 重、い……指一本、動かせな……ああ……()()()()()()……」

「終わりだ」




 俺は黒剣に青白い雷を纏わせる。


 ──《迅雷黒斬(クロノス・スラッシュ)


 重力で磔にされた彼女へ、慈悲なき一閃。


 轟音と共に地面が割れ、女幹部は悲鳴を上げる間もなく吹き飛んだ。








■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■








 静寂が戻るかと思われたその時、周囲の瓦礫の陰から無数の影が溢れ出した。


 ──残党だ。


 それも、百や二百ではない。


 幹部が倒されたことで統制を失い、暴走した魔物の群れが、四方八方から雪崩のように押し寄せてくる。



「数が多すぎる……!これをいちいち斬っていたらキリがないな」



 俺は瞬時に判断した。広範囲殲滅魔法で、このエリアごと消し飛ばすしかない。

 だが、ここにはサラや、逃げ遅れた美少女生徒たちがいる。

 彼女たちを巻き込むわけにはいかない。


「みんな、俺のそばに集まれ!絶対に離れるな!」


 俺の叫び声に、サラと7人の女子生徒たちが慌てて駆け寄ってくる。

 俺は詠唱を開始し、同時に全員を守るための結界術を起動する。


「くるぞ……! 《絶対防御結界(イージス・スフィア)》!!」


 黄金の光が俺たちを包み込む。




 だが――その瞬間、俺はミスを犯した。

 広範囲殲滅魔法に魔力リソースの大半を割いたせいで、防御結界のサイズ制御が甘くなってしまったのだ。


 シュンッ。

 展開された半透明のドームは、想定よりも遥かに小さかった。


「えっ」

「きゃあっ!?」

「ちょ、狭っ!?」


 本来なら余裕を持って全員が入れるはずの空間が、わずか半径1メートルほどに圧縮されてしまったのだ。

 その極小の空間に、俺とサラ、そして7人の美少女たちが無理やり押し込められる形になる。


「うわっ、カイト様、近いです……っ!」

「きゃんっ、誰かのお尻が……!」

「ううっ、押さないでぇ……!」


 ぎゅうぅぅぅッ。


 狭いドームの中は、まさにすし詰め状態。

 俺の四方八方から、柔らかい感触が容赦なく押し付けられる。


「くっ……すまん、サイズを間違えた……!」

「ちょ、カイト! あんたの腕、どこさわってんのよ!」


 サラの抗議が聞こえるが、身動き一つ取れない。

 俺の右腕は誰かの豊かな双丘の谷間に埋まり、右足には別の生徒の柔らかな太ももが密着している。

 目に見えて俺は顔が真っ赤になる。

 動こうとすればするほど、ふにゅ、ぷるん、とした極上の弾力が全身を刺激する。


(や、やばい……これ、当たってる……!)


 鼻腔をくすぐるのは、汗と混じり合った女子特有の甘酸っぱい香り。

 目の前には、上気した生徒の顔が至近距離にある。

 彼女の吐息が首筋にかかり、背筋がゾクゾクする。


「カイト様……あの、何か固いものが……」

「き、気にするな! 剣の柄だ、たぶん!」


 俺の理性が、この極限のラッキースケベ状況に悲鳴を上げている。

 全方向から圧迫してくる、暴力的なまでの「女子の柔らかさ」。


 胸。

 太もも。

 お尻。


 動揺で心臓が早鐘を打つ。

 顔が熱い。

 



 しかし、結界の外では魔物の群れがドームを叩いている。


「くっ、狭い……!けど、もう撃つしかない……!みんな、耳を塞げ(塞げるなら)!」


 俺は邪念を振り払うように叫び、解放待機状態だった殲滅魔法を解き放つ。




「《天焦がす浄化の炎(ファイア・バースト)》!!」




 カッ!!!!




 結界の外側すべてが、白熱の光に包まれた。

 俺たちのいる極小のドームを除き、周囲360度すべてが大爆発を起こす。

 魔物たちの断末魔すら、轟音にかき消されていく。


 圧倒的な熱量と衝撃波が世界を薙ぎ払う中、俺たちは狭い結界の中で、互いの体温と鼓動を確かめ合うように密着し続けていた。









 やがて光が収まると、そこには塵ひとつ残っていない荒野が広がっていた。



 完全勝利だ。



「……た、助かった……」

「カイト様……すごいです……」


 結界を解除すると、女子生徒たちがへたり込む。


 俺もまた、別の意味で消耗しきっていた。


 勝利の余韻よりも、今しがた全身に刻まれた柔らかい感触の残滓に、俺はしばらく顔の赤みが引くのを待つしかなかった。



 というか、体に妙な違和感がある。


 なんというか……()()というか…。









 激闘の余韻が、まだ肌にまとわりついている。


 焦土と化した大地。

 鼻を突くのはオゾンの匂いと、焼け焦げた土の香りだけ。

 俺の放った広範囲殲滅魔法は、視界を埋め尽くしていた魔物の群れを、文字通り塵へと変えていた。


「……信じられない」


 隣でへたり込んでいたサラが、呆然と口を開いている。

 彼女の視線は、何もない荒野と、剣を収める俺の背中を何度も往復していた。


 その瞳には、かつて向けていた「変な服装の男」を見る色はもう欠片もない。


「ねえ、カイト……。あんた、本当に人間なの?」

「どういう意味だよ」

「だって!あの剣と、魔法……あんなの人間業じゃないわよ! 凄すぎるっていうか、デタラメにも程があるわ!」


 サラが興奮のあまり、俺の肩をバンバンと叩く。

 痛い。

 けど、その痛みこそが生還した証だった。


「俺も必死だったんだよ。サラやみんなを守らなきゃってな」

「……っ! そっか、ありがと……」


 サラが金髪の髪をいじりながら、顔を赤くして俯く。

 強がりではなく、本音だ。


(……かわいいな、こいつ)






 そんな俺たちの空気を切り裂くように、今度は弾むような声が響いた。


「カイト様ぁ! 今の、今の見ました!? 凄すぎますっ!」


 真っ先に飛び出してきたのは、赤髪ショートを揺らしたチナツだった。

 彼女は萌え袖の指先を口元に当てて、目をキラキラと輝かせている。


「あの雷の剣も、最後の大爆発も……! 私、感動して腰が抜けちゃいました! カイト様は、世界で一番かっこいい無敵の英雄様です!」


 チナツは俺の左腕に、ギュッとしがみついてきた。

 セーター越しでも伝わってくる、彼女の健康的な体温と、押し付けられた豊かな胸の弾力。




「ええ……本当に。まるでおとぎ話の救世主様を見ているようでした」


 反対側から、とろけるような微笑みを浮かべた最初に治療した青髪の女の子、アヤが歩み寄る。

 彼女は俺の右腕をそっと、しかし逃がさないように両手で抱え込んだ。


「あんなに大勢の魔物を、たった一撃で……。カイト様の背中があまりに頼もしくて……」


 アヤは頬を染め、うっとりと俺を見上げてくる。

 至近距離から注がれる、長いまつ毛に縁取られた熱い視線。

 そして、二の腕を挟み込む柔らかい双丘の感触が、俺の脳を麻痺させようとしていた。



挿絵(By みてみん)




「チナツ、アヤ! あんたたち、またベタベタして!」


 サラが慌てて立ち上がり、嫉妬剥き出しで俺たちを引き離そうとする。


 けれど、チナツは「えへへ」とはにかみ、さらに俺に密着した。


「だって、カイト様は私たちの命の恩人ですから! 褒めても褒め足りないくらいです!」

「そうですよ。サラ様だって、本当はカイト様にうっとりしていたのでは?」



 アヤの鋭い指摘に、サラが「なっ、そんなわけ――っ!」と言葉を詰まらせる。






 遠くの方ではパーカーを貸した銀髪の少女、エリーはなぜか漠然としながら、爆発のあとを眺めていた。



 しかし俺の周囲は、女の子たちの甘い香りと、熱烈な称賛に包まれていた。

 モブだった俺が、美少女たちに腕を奪い合われ、英雄として崇められている。

 正直、悪い気なんてするはずがなかった。




 だが、結果として俺たちは生き残り、勝利した。



 ようやく張り詰めていた気が抜け、安堵の息を吐こうとした――その時だ。










 ――カッッ






 と世界が反転し、白い光に覆われた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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