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第30話 サラの力【イラスト付き】


 

「サ……ラ……。聞け……、一か八かだ……」

 

 カイトがよろけながら、私の手を強く握った。





「ああぁクソ……目が痛い。『第三の目』を使いすぎた……」

「『第三の目』?」

「あぁ……俺のスキルでな。けど瞬きの度に白い光が入ってきて、チカチカするんだ。しかも、今はその光だけじゃない…………()()()()()()…………なんなんだあれは…………」


 カイトは目を抑えて、苦しんでいた。

 

「いいか? ……サラの中には、まだ火がついていない『炉』があるだろ……。白金騎士として、理不尽なまでの馬鹿力を引き起こしてきた……()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「私の……スキル……?」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 つまりだ。

 魔力を持たない私が生成する「駆力」を、カイトの二重回路によって「魔力」に変え、再び私の「駆力炉」の熱として供給する。

 それは他人の魔力ではなく、私由来の魔力。それなら駆力回路しか持たない私の体でも、魔力が馴染むのではないかというのがカイトのロジックだった。

 駆力を魔力に、魔力を駆力炉の熱に、駆力炉の熱を駆力に──。


 私とカイトを繋ぐ、終わりのない無限のフィードバック・ループ。

 

「……すごいわ、カイト……やっぱりあなたは、すごい」

「できる? サラ?」

「カイト……初めて会った時、言ったでしょ?『……助けられた借りは、返す。騎士として、よくないから』って!」

 



 私は動けないカイトの頬を両手で包み込み、そのまま顔を寄せた。

 



 そして……


 





 驚きに目を見開くカイトの唇に、吸い付くように自分の唇を重ねた。

 





 一度や二度じゃない。

 あの時、絶望の中で交わせなかった想いをすべて取り戻すように、深く、長く、魂を絡ませる。

 

 (……これは、借りなんかじゃない。私の、わがままだから。……二度と、あなたを離さない)

 

 熱い。

 

 混ざり合う吐息と共に、血の味と暴走寸前の魔力の火花が、堰を切ったように私の中へ流れ込んでくる。

 

 カイトの二重回路が私の「駆力」を吸い上げ、純度の高い「魔力」へと昇華させて突き返してくる。その循環サイクルが加速するたびに、唇の感触はより鮮烈になり、体内の温度が物理的な限界を超えて上昇していく。

 

 情報の過負荷で震えていた彼の体が、私の腕の中で静かに溶けていくのを感じた。

 一秒が永遠に感じるほどの長い抱擁。私たちの命が一つに溶け合い、私の魂の深層にある「駆力炉」が、かつてない轟音を立てて臨界点を突破した。

 

 唇を離したとき、私の瞳にはもう迷いはなかった。


「サラ――聞いてくれ。昔の俺は、何の取り柄もなくて、空虚で、空っぽな男だったんだ。けど……」


 カイトは目を伏して、また向かい合った。


「……けど、今は君がいる。死ぬ前に空っぽな人生だったと思いたくないんだ。そのために君を助けたい。君の力になりたい」

「カイト……」


 カイトは大きく息を吸い直した。


「――全開で『炉』を回せ、サラ!!」

「もちろん! 騎士の名にかけて!」

 

 

絶対防御結界(イージス・スフィア)》が解除された。



 カイトの叫びが、私の魂に点火した。

 ケルベロスが、ブレインズが弾き出した「確実な死の未来」をなぞるように、三つの顎を開いて跳躍した。



 

「おおおぉぉぉっ!!」



 

 私が地面を一蹴した瞬間、私の背中から、肺の奥から、凄まじい「排気音」が鳴り響いた。


 シュアァァァッ!!


 私の心臓が、熱い。全身の血液が沸騰し、細胞の一つ一つが限界を超えて活性化する。身体から噴き出す凄まじい熱気が、一瞬で周囲の空気を焦がすように歪ませた。

 カイトから逆流してきた莫大な魔力が、私の内なる『駆力炉』に火をつけたのだ。

 

 足元に溜まっていた冷たい水の層が、私の放つ熱量に耐えきれず瞬時に沸騰する。激しい水蒸気が爆発的に噴い上がり、視界を真っ白に染め上げた。

 



 溢れ出る――無限の駆力!




 (重く……ない!)


 


 一気に膨張した圧力が、重剣を握る腕を、地を蹴る足を、神の如き速度へと加速させる。

 未来予測をしていたはずのカラスが、その十個の瞳を驚愕に見開いた。予測されていた速度を、私の「爆発」が物理法則ごと置き去りにしたのだ。

 


「ハアァァァっ!!」


 

 ──横一閃。


 切り裂いたのではない。

 増幅された『駆力』が放つ圧倒的な圧力波が、カラスの頭部を、ブレインズが書き込んだ「未来」ごと粉砕し、蒸発させた。

 


「な……っ!?  未来予測を、力ずくで書き換えたというの!? 固有スキルだけで、この領域に達するというの……!?」


 

 玉座のイルレが驚愕に顔を歪め、立ち上がる。

 

 私は、もう震えていなかった。



 挿絵(By みてみん)



 手の中にある「サラマンダーの重剣」は、私の内側から溢れ出す紅蓮の熱を帯び、太陽のように輝いている。




 私の『駆力炉』を燃料に、カイトの魔力を潤滑油にして、無限に加速し続ける――。

 

「カイト……. 守られるのは、もう終わりよ」

 

 剣の排気口から噴き出す炎の翼が、私の背中で猛々しく羽ばたく。

 私は一歩、前へ踏み出した。その衝撃だけで、広間の水面が真っ二つに割れ、ケルベロスがその威圧感に、恐怖で後ずさりをした。

 



「さあ……、イルレ。あなたの計算、私の『駆力』ですべて更地にしてあげるわ!」

 

 





 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■




 



 それは、あのアイドルパーティーと遭遇した時のことだ。


 白状すれば、俺は正直浮かれていた。

 偶然の出会いから彼女たちの窮地を救い、過剰なまでの感謝を浴びせられた。

 目の前には、絵に描いたような五人の美少女たち。

 下卑た話だが、俺は見るからに鼻の下を伸ばして、彼女たちの黄色い声に酔いしれていたのだと思う。


 そんな華やかな喧騒の最中、ふと、視界の端に映ったサラの姿を見た。




 ――彼女は、ひどく悲しそうな顔をしていた。


 いつもなら元気よく、俺の不甲斐なさを叱り飛ばしてくるはずの彼女。

 しかし、その時のサラは、自分の居場所を失ったかのような……あまりに脆い表情を浮かべていた。


 



 その顔が、先ほどの泣き崩れるサラの顔と重なった。


 あんな顔は、二度と見たくない。

 俺が隣に立たせるべきなのは、泣いた女ではなかった。

 だから、俺はサラにすべてを託した。

 

 魔力を、意識を、命を繋ぐパスを――俺から彼女へと。

 それが彼女の細い体に、尋常ではない負荷をかけることは分かっていた。

 それでも、俺は彼女を送り出した。

 誰よりも信頼しているからこそ、俺は見たかったのだ。

 戦場を紅蓮に染め、誰よりも誇り高く咲き誇る、あの騎士の顔を。








 ――そして、現在。

 


 

 

「……あ、……あぁ……」


 声も出ない。

 だが、目の前の光景だけは、網膜に焼き付いて離れなかった。

 そこには、さっきまで絶望に震えていたはずの騎士の姿はなかった。

 全身から噴き出す熱気が周囲の水を一瞬で沸騰させ、視界を真っ白な蒸気で埋め尽くしていく。

 

「ガ、アァァァッ!!」

 

 未来予測を書き込まれたケルベロスとカラスが、死神の如き速度でサラへ同時に襲いかかる。

 だが、次の瞬間、俺は物理法則が崩壊する音を聞いた。

 

「――遅いわ」

 

 サラの冷徹な声。 紅蓮の閃光が一度、二度。

 

 三つの頭を持つ巨犬と、漆黒の魔鳥。

「本物」のはずの魔獣たちが、悲鳴を上げる暇もなく、紙細工のように



 ────真っ二つに裂けた



 切り口からは血ではなく、過熱された蒸気が噴き出している。

 

「な、……なっ!? なぜ予測が当たらないの!? ブレインズ、答えなさい!!」

 

 玉座のイルレが、狂ったように叫ぶ。

 無理もない。彼女の頭上で文字を操る「ブレインズ」たちは、今やパニックを起こしていた。

 サラが発する圧倒的な熱量で水が蒸発し、空間は濃密な霧に包まれている。計算の媒体となる「空気の密度」も「光の屈折」も、サラの移動と共に刻一刻と、予測不能な数値へと書き換えられていく。

 計算が、追いついていない。

 


 「次は、あなたたちの番よ」



 サラが、残る魔物たちを冷徹に見据える。

 その直後だった。


 クラーケンが、力を振り絞って跳ねた。

 断末魔の叫びと共に、山のような巨体でサラを押し潰さんと、その全身を完全に覆い隠したのだ。



  バシャァァッ!!



 逃げ場のない圧倒的な質量が、彼女を丸ごと飲み込む。


 「サラ!!」


  俺が叫んだ、その瞬間。

 クラーケンの巨体の隙間から、目に刺さるような紅蓮の光が漏れ出した。  


「……はぁぁっ!!」


  内側から鋭い気合が響く。

 サラがその豪腕で重剣を大きく振りかぶった。



 ドォォォォォン!!




 次の瞬間、巨大な魔獣の肉体が、内部からの爆発的な衝撃に耐えきれず粉砕された。

 辺り一面を焼き尽くすほどの凄まじい爆炎が巻き起こり、クラーケンの肉片を灰へと変えていく。


 激しく燃え盛る爆炎を切り裂いて、一歩、また一歩と誰かが歩いてくる。  

 渦巻く炎の中から現れたのは、真紅の炎を背負ったサラだった。

 重剣を無造作に肩に担ぎ、熱風に髪をなびかせながら歩んでくるその姿は、まさに戦場の女神。



「……ふん……日光浴代わりにちょうどいいわね」

 




 彼女は、震え上がるイルレへ向けて、再びその剣先を突きつけた。


「……嘘。私の魔獣たちが、一瞬で……」

 

 イルレが後ずさり、屈辱と恐怖に包まれていた。

 銀髪を振り乱し、背中のコウモリの翼を必死に羽ばたかせるが、彼女を支配する魔圧は、もうサラのそれとは比べものにならない。

 

「カイト、魔力を全部貸して。――これで、終わりよ」

 

 サラが剣を正眼に構える。

 俺は意識が遠のく中、サラの背中に手を置いた。残った魔力のすべてを彼女の「駆力炉」へ叩き込んだ。

  サラの全身が白熱し、重剣の刀身が超高温のプラズマを纏って輝く。





 

「《獄炎剣プロミネンス・ソード》!!」





 

 焼き切るような、巨大な炎の斬撃。

 逃げ場を失い、未来さえ失った女幹部を、首を捕らえた。

 


 「はぁぁぁっ!!」





 

 サラが紅蓮の翼を激しく羽ばたかせ、一瞬でイルレの懐へと潜り込む。

 彼女が全力で振り抜いた重剣が、爆発的な魔力を纏いながらイルレの首筋を捉えた。




 ドォォォォォォォン!!




 凄まじい衝撃波が広間を駆け抜ける。

 抵抗する間もなく、イルレの頭部は鮮血を撒き散らしながら、紙屑のように虚空へと吹き飛んだ。






 断末魔すら上げられず、その巨体が地響きを立てて崩れ落ちる。


  広間が揺れる。

 爆炎が渦を巻く。

 俺は瓦礫に背を預けたまま、その炎の揺らめきを眺めていた。


 炎の中から、コツ、コツと鎧の足音が響く。

 煙を割り、ゆっくりと歩いてくる人影。

 その手には、もう重さなど感じさせないほど馴染んだ紅蓮の剣。

 サラは俺の前で立ち止まり、剣を背中の鞘に収めると、ふっと柔らかく、それでいてこの上なく頼もしい笑みを浮かべた。

 



「言ったでしょ、私が守るって」

 



 その声を聞いた瞬間、俺の緊張の糸は切れた。


「……まったく、最高にかっこいい騎士様だよ。」


 俺は混濁の意識の中、彼女の暖かい手を感じながら、そう呟いた。








 爆炎が収まり、蒸気の霧がゆっくりと晴れていく。

 

 だが、今の俺の目に映っているのは、ただ一人。

 

「……はぁ、……っ、あ……」

 

 剣を杖代わりに、サラがその場に膝をついた。

 彼女の全身からは、いまだに陽炎のような熱気が立ち昇っている。

 白く透き通るような肌は、限界まで回し続けた『駆力炉』の余熱で、毒々しいほどに赤く火照っていた。

 

「サラ……!」

 

 俺はボロボロの体を引きずり、彼女のもとへ駆け寄った。

 

 近づくだけで、肌を焼くような熱気が伝わってくる。彼女の吐息は熱く、苦しげに肩を上下させている。

 湿った髪が首筋に張り付き、鎧の隙間から覗く肌には、珠のような汗が浮かんで光っていた。

 

「あ……カイト……。だめ、来ないで……。今、私……すごく、熱いの……」

 

 彼女が潤んだ瞳で俺を見上げる。

 その視線には、戦いの中の凛々しさはなく、熱に浮かされたような、抗いがたい艶っぽさが混じっていた。

 無理もない。俺が送り込み続けた魔力を燃料に、彼女の体内では未だに「熱」が暴走しているのだ。

 

「……苦しいんだろ。じっとしてろ」




 

 俺は躊躇わず、彼女の背中に腕を回し、その熱い体を強く抱きしめた。

 




「……っ!」

 

 サラの短い悲鳴が俺の胸元で弾ける。

 

 熱い。

 

 火を抱いているような熱量だ。

 

 俺の体は、二重回路を限界まで酷使した代償として、芯から凍てつくような冷気に支配されていた。魔法を限界まで使いすぎると体温が急激に奪われるという、俺の厄介な体質。

 だが、今はその「呪い」こそが、彼女を救うための唯一の手段になる。

 

 沸騰しそうな彼女の体と、俺の氷のように冷え切った肌が、濡れた衣服を隔てて密着する。


 サラが温め、俺が冷やす。

 

「っ、……あ、つめ……たい……」

 

 サラが俺の肩に顔を埋め、力が抜けたようにしがみついてきた。

 俺の冷たさを求めるように、彼女の指先が俺の背中を強く、強く抱く。

 熱気が混じり合い、白い蒸気が二人の間から立ち昇る。

 抱擁の圧力で、彼女の豊かな胸の鼓動が、俺の心臓に直接叩きつけられているようだった。

 

「……こうすれば、少しは楽になるだろ?」

 

 俺が耳元で囁くと、彼女は熱い吐息を俺の首筋に吹きかけながら、くぐもった声で漏らした。

 

「……もう、……こんな時に……このエロカイト……」

 

 その声は震えていて、拒絶の色など微塵もなかった。

 むしろ、もっと深く触れてほしいと願っているような、甘い響きだった。

 

 

 

 

 

 


 

 その時、広間の天井が崩れ、周囲の岩壁に亀裂が走った。

 

「ゴーッ」という不気味な地鳴りと共に、ダンジョンの外から冷たい水の濁流が、部屋の隅々から溢れ出してくる。

 

  空間が崩壊し、出口が閉ざされようとしている。

 



 だが、俺たちは動かなかった。

 


 

 足元を洗う冷たい水も、崩れ落ちる瓦礫の音も、今の二人には遠い世界の出来事のようだった。

 俺は、震える彼女の腰をさらに強く引き寄せ、その熱をすべて吸い取るように抱きしめ続ける。

 

「カイト……。離さないでね」

「……ああ、死んでも離さないよ」

 

 崩れゆくダンジョンの底で、蒸気に包まれた二人の影だけが、いつまでも一つに重なっていた。

 

 

 





 

 だが、その「二人だけの世界」は、爆音と共に強引にこじ開けられた。

 


「いた! カイトさん、サラさん!!」

「……無事そう、だね」

 


 激流が噴き出していた壁の穴から、二人の人影が飛び込んできた。


 ヒヨリと、ミナだ。

 


「ミナ、塞いで」

「……ええ。大地の吐息、不落の盾。我が前にそびえよ!《土の壁(アース・ウォール)》」

 

 ミナが杖を振ると、崩落しかけていた穴が急速にせり出した岩によって密閉される。

 浸水が止まり、広間に一瞬の静寂が戻った。

 すっかり熱が収まったサラが口を開いた。

 

「……制覇したわ……魔王軍の幹部を倒したの。カイトが、頑張ってくれたから」

 

 サラは俺にしがみついたまま、顔だけをヒヨリたちに向けて言った。

 その声はまだ熱に浮かされたように甘く、誇らしげだ。

 

「いや……サラのおかげだよ。サラがなきゃ、あのイルレたちには勝てなかった」

 


 俺がそう返すと、サラは「もう……」と言いながら、より一層強く俺の首に腕を回してきた。

 俺もまた、彼女の腰を支える手を離せずにいる。

 


「サラ……熱は大丈夫? もっと抱きつこうか?」

「もうっ……カイトったら……このエッチ♡」


 

 と俺たちがイチャイチャしていると……

 



「…………」

「…………」

 


 助けに来たはずの二人の視線が、急激に冷え込んでいくのを感じた。

 

 いわゆる、完全な「ジト目」だ。

 


「あの……お二人さん? 状況、わかってますか?」

 

 ミナが、引きつった笑顔のまま一歩踏み出してくる。

 

「魔王軍の幹部を倒した直後に、こんなダンジョンの底でいちゃいちゃ……。サラさん、いつもの凛々しさはどこへ行ったんですか?」

「べ、別にいちゃついてなんて……っ。これは、その、熱を冷ますための騎士としての……」

 

 

 サラが慌てて弁明しようとするが、俺の胸に顔を埋めたままで説得力は皆無だった。

 

 ヒヨリは溜息をつき、俺の前に膝まづく。

  いつもなら「カイト、怪我してますね」と抱きついてくるはずの彼女だが、今は俺とサラの間に流れる、踏み込めないほど濃密な「事後」のような空気を感じ取ったらしい。

 彼女はどこか寂しげに、でも少しだけ呆れたように微笑むと、静かに手をかざした。

 

「……仕方ないね。特別に、二人まとめて癒してあげる。《聖域の慈雨(ヒール・レイン)》」

 

 温かな光が俺たちの体を包み込む。

 

 

 肉体の傷が塞がり、体力が回復していく。ヒヨリは必要以上に俺に触れようとはしなかった。

 彼女なりに、今の俺たちの間に流れる絆の正体を悟ったのだろう。

 てか触らなくても治療できんじゃん!


 

「……終わったら、ちゃんと説明してね。カイト」

 

 光の中で、ヒヨリがポツリと呟いた。

 ミナは無言のまま、呆れたように眼鏡のブリッジを押し上げている。

 

 サラは俺を見て笑いながらこう言った。


「……カイト……もう『大丈夫よ』」

「……おう」


 どこかで聞いたことがあるような、懐かしい響きだ。

 サラの声と、俺の記憶の母親の声が重なった。


 ――『大丈夫よ』


 妙に声の波長というか、雰囲気が似ている気がした。

 いや声は、間違いなく違う。

 似ていない。


 しかし、なぜか母親の記憶の声とサラの声が一致してしまった。

 それはそれで少し気持ち悪い気がして、この考えを振り払った。


 

 サラはまだ少し名残惜しそうに俺の腕に顔を埋めていたが、その穏やかな時間は、瓦礫の山から響いた「音」によって無惨に引き裂かれた。

 

 ガラガラ、と岩が崩れる音。

 





「……う、……あ……っ」




 

 俺はサラを庇いながら、音のした方を見据えた。


 そこにあったのは、切り落とされたイルレの頭部だった。


 爆炎に焼かれ、翼は千切れ、誇り高かった銀髪も無惨に焦げ付いたイルレの頭部からうめき声が聞こえる。





「……っ!? まだ生きていたのか!」

 

 その執念は、もはや生物としての限界を超えていた。

 頭部だけになってまで生きているとは

 

「しぶといわね……。カイト、下がって。私がトドメを――」

 

 サラが重剣を再び構えようとした、その時だった。

 

 


 ───白の仮面が、割れた。




 イルレを覆っていた仮面が、乾いた音を立てて、床の水面に落ちる。


「…………え?」

 

 背後でヒヨリが息を呑む音が聞こえた。


 ミナが杖を落とし、乾いた音が静まり返った広間に響く。


 隣に立つサラの体が、これまでにないほど激しく硬直した。

 




 俺もまた、声が出なかった。


 剥き出しになったその素顔。


 そこにいたのは、魔族の禍々しい顔などではなかった。



 

 ()()()の面影を残しながらも、俺の記憶にある彼女よりもずっと大人びた、彫りの深い整った鼻筋。


 そして、吸い込まれるほどに深く、冷ややかな輝きを湛えた青い瞳。


 その周囲を、月光を反射する氷の糸のような、特徴的な銀髪が縁取っている。

 

「…………嘘、だろ」

 

 俺の視界が、激しく歪む。


 脳内に、この凄惨なダンジョンとは無縁な、陽だまりのような記憶な優しい笑顔が蘇る。

 

「…………なんで……」

 

 俺の喉が、熱い塊を飲み込んだように締め付けられる。


 震える唇を無理やり動かして、俺はその名を呼んだ。












 

「お前…………エリー……なのか? 」




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