第3話 圧倒
『貴様、何者だ……! その力、ただの人間であるはずがない。私の『第三の目』を持ってしても、捕らえられぬ!』
「うるさいよ」
カイトが一歩、踏み出す。
ヴォルガドムは焦燥に駆られ、残された五本の腕を同時に振り下ろした。大地を粉砕し、逃げ場を奪う絶命の連撃。
《領域同期》
カイトの視界の中で、ヴォルガドムの動きが粘ついた泥のように「遅く」なった。
空気の抵抗、重力の法則、そのすべてがカイトの意志に味方している。
カイトはダンスでも踊るかのような軽い足取りで、巨岩のごとき拳の雨をすべて紙一重でかわしていく。
『…………くっ! 『第三の目』による最適化をもってしても……対応されるのか!?』
「嘘だろ……避けてる……四臂龍の連撃を……全部……」
騎士の顔から血の気が引いていく。
自分たちが束になっても一撃すら防げなかった死神の腕を、あの虫のような存在が笑いながら翻弄している。
『調子に乗るなよ、虫ケラがぁ!!――獄炎槍!!!』
ヴォルガドムの顎が裂けるほどに開き、その奥から極大の火炎放射が放たれた。
森を灰に変えるほどの高熱。逃げる暇などないはずの至近距離。
しかし、カイトはその場から動かなかった。
ただ左手をかざす。
「聖魔法――《金剛障壁》」
カイトの直前に展開されたのは、極小かつ極厚の魔力壁。
ヴォルガドムの放つ灼熱の奔流は、その見えない壁にぶつかった瞬間、まるで滝が巨大な岩に当たったかのように左右に激しく分かれ、カイトの髪一筋さえ揺らすことなく完全に遮断された。
『……っ!』
「……そろそろ、こっちも『魔法』を試していいか?」
『……何……!?』
カイトの身体から、先ほどとは全く異質の、しかし同等に巨大な魔力が噴き上がった。
剣を握ったまま、その指先に巨大な火球が形成される。
《二重回路》発動。
『ば、馬鹿な……!! 剣技と魔法を、同時に最大出力で使うだと!? そんなこと、人間ではあり得んッ!貴様、貴様は何者なんだ!!』
ヴォルガドムが、死を悟った絶叫を上げる。
「さあな。お前が言うところの……『スライムでも狩ってるモブ』だよ」
カイトが剣を振り下ろし、同時に魔法を放つ。
たしかにヴォルドガムの肉体は頑丈だった。
硬い殻のような外骨格。
しかし、それさえ打ち破れば大丈夫だろう。
「終わらせる――《天焦がす浄化の炎》!!」
『…………お前まさか……女神様の…………』
轟。
爆発、という言葉すら生ぬるい。
光と熱の奔流がヴォルガドムの巨躯を呑み込んだ。
岩石の皮膚も、残りの腕も、冷徹な第三の目も——最強の龍は、断末魔すら上げる暇もなく、一瞬にして消し炭となって崩れ落ちた。
静寂が、戦場を支配する。
残されたのは、巨大なクレーターと、炭化した龍の残骸。返り血一つ浴びずに立つ、一人の青年。
「…………」
生き残った騎士は、ガチガチと歯の根が合わないほどに震えていた。
さっきまで「ゴミクズ」と呼び、「身の程を知れ」と罵倒した相手が、自分たちが逆立ちしても勝てなかった神話級の怪物を、赤子をひねるように殺したのだ。
「あ、あ、ああああ……っ!!」
カイトがふと、こちらを振り返った。
その瞳に宿る圧倒的な「強者」の光を見た瞬間、騎士のプライドは完全に砕け散った。
「ば、化け物……化け物だあぁぁぁ!!」
騎士は叫び声を上げ、転がるようにして森の奥へと逃げ出していった。自分の仲間が死んでいることも、騎士としての誇りもすべて投げ出して。
カイトはそれを追うこともしなかった。
ただ、自分の手のひらを見つめ、静かに息を吐く。
「……ふぅ。……女神様、これ、加減がめちゃくちゃ難しいんですけど」
苦笑いしながら、カイトは剣を鞘に収めた。
胸の奥で、まだ二つの回路が心地よく脈打っている。
空っぽだった人生は、もう遠い過去の話だ。
鳥が鳴き始め、葉が擦れ合い、遠くの滝の音が聞こえる。
静寂が、生命のざわめきに変わった。
俺は剣を下ろし、深く息を吐いた。
息が白く、熱い。
でも、手応えは妙に静かだった。
配線に、触れただけ。
世界のルールに、手を置いただけ。
それが、この力の正体だと——もう分かってしまった。
俺は剣を鞘に戻し、倒れたヴォルドガムを見下ろした。
胸の奥で、高揚がまだ収まらない。
笑みが、自然に浮かぶ。
俺は歩き出した。
高揚を胸に、力いっぱい。
満点の星空の下、異世界の宇宙に思いを馳せていた。
ふと、カイトの口から旋律が漏れ出す。
「……んん、んんん、ん、んんんー……」
最初は小さな鼻歌だった。
ホルストの組曲『惑星』より「木星」。
誰もが知る、あの荘厳で包容力に満ちたメロディだ。
カイトはこの曲が好きだった。
異世界の広大な空を眺めていると、自然とこの雄大な旋律が頭に浮かぶ。
彼は日本語バージョンの歌詞を思い出しながら、少しだけ声を大きくして歌い始めた。
「……Every day I listen to my heart……ひとりじゃない……」
歌いながら、ふと視線をさらに高くあげた。
超高い木々のその先、天頂へと向けた時だった。
カイトの足が、ぴたりと止まる。
「……なんだ、ありゃ」
そこには、元の世界では絶対に見ることのできない「異質な美」があった。
漆黒の宇宙を背景に、土星のリングを巨大化させたような光の輪が二本、空を横切るように架かっている。
一つは、燃えるような情熱を宿した――赤。
もう一つは、凍てつく静寂を湛えた――青。
その二色のリングは、まるで天を切り裂く刃のように鋭い角度で交差し、巨大な『X』の文字を描き出していた。
その圧倒的な存在感に、異世界の夜空が震えているような錯覚さえ覚える。
森の木があまりにも巨大すぎて、隠れていて気づかなかった。
科学も常識も通用しない、魔法に満ちた世界の象徴。
カイトはしばし言葉を失い、その光り輝くXの字に見惚れていた。
「……本当に、別の世界に来たんだな」
改めて込み上げる確信。
彼は再び歩き出し、途切れていた旋律を、今度は確かな足取りと共に再開させた。
「……深い胸の奥で、つながっている……」
——もっと、やりたい。
この力で、もっと世界を見たい。
守りたいものを見つけて、守りたい。
誰かに必要とされて、必要とする。
空っぽだった人生の続きが、ようやく、本物の物語になった気がした。
そして――
『最後は、君と一つになりたい』
「……むふふふふふ」
女神様、やってやりますよ。
森の風が、優しく頰を撫でた。
カイトは歩き出す。
次は、どんな出会いが待っているのか。
胸の奥で、二つの回路が、静かに、でも確実に、脈打っていた。
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