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第26話 水のダンジョンへ【イラスト付き】

 アクアリアの広場は、今日も突き抜けるような青空に包まれていた。

 中心にある巨大な噴水が、陽光を浴びて宝石のようにきらめいている。

 

「……よし、準備はいいか?」

 

 俺は腰の剣を確かめ、三人の少女に向き直った。

 これから挑むのは、この噴水の底に広がる『水のダンジョン』。七大都市の大結界を再起動させるための第一歩だ。





 

「確証があるわけじゃないんだが、俺の直観がそう告げてるんだ。大結界を張るための『台座』が、このダンジョンの最深部にある。そこへ辿り着けば、アクアリアの真の守りを取り戻せるはずだってな」

 

 『大結界』――それは半径五〇〇キロもの広域を覆い、魔獣や魔族の侵入を完全に遮断する結界魔法だ。七大都市の結界をすべて連結して「回廊」を作り上げること、それが今、魔王の脅威からこの世界を救うための唯一の解なのだ。

 

「うん、カイトの直観なら、私はいつでも、信じるよ」

 

 真っ先に俺の右腕に絡みついてきたのは、銀髪のシスター、ヒヨリだ。

 冷たいお香と白百合を混ぜたような、彼女特有の清廉な香りが鼻をくすぐる。

 無表情に近い顔のまま、ライムグリーンの瞳がじっと俺を見上げてくるが、その熱量は尋常じゃない。

 

「ちょっとヒヨリ! 」

 

 真っ赤な顔で怒鳴ったのは、金髪の女騎士サラだ。 深紅の騎士鎧は今日も露出度全開で、豊満な谷間と細いお腹という絶好のプロポーション。誠に超ミニ丈のスカートアーマーから伸びる細い脚が眩しい。 石鹸と日向を合わせたような、彼女らしい健やかな匂いが広場に漂う。

 

「カイトさん……。このダンジョンの構造ですが……ふふ、面白そうです。ほら、この資料にも……あわわっ!?」

 

 資料を抱えて俺の左側に寄ってきた黒髪の魔導書士、ミナが声を上げた。

 知的な赤縁メガネを揺らし、勢いよく地図を広げようとした拍子に、彼女のバッグから中身が地面にぶちまけられたのだ。

 

「す、すみません! すぐに拾いますから……っ」

 

 ミナは慌てて地面に屈み込んだ。だが、それが天国のような破壊力を持っていた。 深く腰を折って資料を掻き集めるたびに、大きく開いたVネックのブラウスの隙間が「こんにちは」どころじゃないレベルで全開になった。

 

 おぉ……

 

 至近距離で、重力に従ってゆらりと垂れ下がる、白く熟れきった果実のような双丘。

 屈む動作に合わせて、その巨大な質量がぶるんと震え、ブラウスの薄い生地の向こう側で淡いピンク色の先端が今にも「脱走」を企てている。

 

「ひ、拾いました……。カイトさん、顔が真っ赤ですよ? どうかしましたか?」

 

 ようやく顔を上げたミナは、はみ出しそうな胸を腕で抱え込むようにして、潤んだ瞳で上目遣いに俺を見てくる。 腕の圧力でむにゅっと左右に押し広げられた肉感的な渓谷。……ダメだ。これ、直視したら俺の何かが「限界突破」してしまう。

 

「い、いや! なんでもない! 全然なんでもないから!」

「もう! ……カイト、鼻の下が伸びきってるわよ! このスケベ!」

 

 サラの鋭い、そして軽蔑を含んだ指摘に、俺は慌てて視線を空へと逃がした。 正直、こんな無自覚エロの絨毯爆撃を受けて、平然としていられる男がこの世界にいるなら連れてきてほしい。

 

「悪い悪い。……あー、そういえば。水のダンジョンって、奥に行けば行くほど冷気が強くなるんだったよな」

 

 俺は動揺を隠すように、少し真面目なトーンで話を切り替えた。

 

「今までケルベロス、カラス、クラーケンと戦った後、なんか俺……いつもひどい寒さに襲われるんだよな」

 

 俺が眉をひそめて漏らすと、三人がそれぞれ異なる反応を見せた。

 

「ふん。なら、その時は私が温めてあげるわよ」

 

 まず口を開いたのはサラだ。騎士らしい使命感を帯びた表情で、少しだけ得意げに胸を張る。

 

「ほら、私は『駆力炉』の排熱でいつも暖かいし。カイトが震えてるなら、私が……あの……ハグ、とかしてあげてもいいんだからね……もちろん後ろからよ!」

 

 次に、ヒヨリがさらに密着度を増しながら、囁くような声で言った。

 

「私が、祈りと……肌の温もりで、呪いを溶かすよ」


 次に、ミナが口を開いた。


「それは興味深い……カイトさんの温度が奪われるのは、二重回路が一時的に干渉されているからかもしれません……物理的な熱量が必要なら……その、私も協力します。私、体温が高いほうですし……密着すれば、すぐに温まるかと……っ」

 

 三人のヒロインが、それぞれの方法で俺を「温める」権利を主張し合う。

 

「よ、よし、一度ステータスを確認しておくか。連携の確認だ」

 

 俺はこれ以上変な想像を膨ませないよう、強引に話を戻した。


「ステータスオープン」




ステータス


────────────────────────

NAME:カイト

LEVEL:2

────────────────────────────────────

■基礎能力(表示形式:現在値/潜在上限)


[筋力]1322

[敏捷]1599

[体力]1210

[知力]1706

[精神]1558

[幸運]1885

[魔力量]2355

────────────────────────────────────

■固有スキル

[二重回路]Lv.1

[装備最適化]Lv.1

[略式模倣]Lv.1

[領域同期]Lv.1

[幸運の印]Lv.1

[大結界]Lv.1




「「おお!」」

「あら……あなたLEVEL一つ上がってるわね」


 ヒヨリとミナが感嘆の声を上げた。

 二人の視線は、カイトの前に浮かぶ半透明のステータスボードに釘付けになっている。


「カイト……これ、本当にLEVEL2の数値なの……っ!?」


 ヒヨリが震える指先でボードを指した。

 そこに並ぶのは、初期レベルとは到底思えない四桁の数字の羅列だ。

 ミナも驚愕の表情を浮かべていた。


「信じられない……筋力も敏捷も、普通の冒険者が一生かけて到達するかどうかって領域ですよ!? それをたった一回のレベルアップで……。この『魔力量』! 2355なんて、ポムタンだって青ざめるレベルです!」

「まぁね。次はミナだね」


 「ポムタンってなんだよ」って思ったけど、ミナに次を促した。

 

「わかりました。ステータスオープン。私は魔導知識と魔法攻撃がメインです。カイトさんのサポートに徹しますね」





ステータス

────────────────────────────────────

NAME:ミネルヴァ・フォン・アイゼンロゴス

ORIGIN:ガイア帝国出身

LEVEL:18

────────────────────────────────────

位階(共通):①銅②銀③金④白金⑤黒曜⑥星冠⑦神域

────────────────────────────────────

■戦闘位階

[火]:金「獄炎士」

[水]:白金「深水導師」

[土]:金「鉄地士」

[風]:銀「翠嵐士」

[聖]:銀「癒光士」

[闇]:銀「冥闇士」

[無]:銅「零手」

────────────────────────────────────

■基礎能力(表示形式:現在値/潜在上限)

[筋力]   11

[敏捷]   15

[体力]   22

[知力]   320

[精神]   290

[幸運]   92

[魔力量]  882 

────────────────────────────────────

■固有スキル

[賢者の代筆]Lv.1


 

 ミナのステータスは、魔法に関する項目が極端に高い。

 特に魔力量882はかなり高い方だ。



「本名がミネルヴァ・フォン・アイゼンロゴスなんだな」

「はい……ミナは愛称なんです」

「固有スキルの《賢者の代筆》ってなんなんだ?」

「それが……全く分からないんです……」


 生まれつきあるスキルだが、ミナにはその使い方が全く分からないらしい。



 サラも渋々といった様子で、自分のウィンドウを開く。

 この前見たステータスと全く一緒だった。




ステータス

────────────────────────────────────

NAME:サラ・フォン・アイゼンガルド

ORIGIN:ガイア帝国出身

JOB:ガイア帝国騎士団第二部隊所属

LEVEL:22

────────────────────────────────────

位階(共通):①銅②銀③金④白金⑤黒曜⑥星冠⑦神域

────────────────────────────────────

■戦闘位階

[剣] :白金「剣導師」

[拳] :銀「剛拳士」

[弓] :銅「弓手」

────────────────────────────────────

■基礎能力

[筋力]   330

[敏捷]   220

[体力]   164

[知力]   105

[精神]   148

[幸運]   92

[魔力量]  82

────────────────────────────────────

■固有スキル

[駆力炉]Lv.1


 

「……私はこれ。剣の位階は『白金』の『剣導師』よ」


 この世界の強さの指標である『戦闘位階』は、全部で七段階に分かれている。ガイア帝国が戦闘力のあるものをこのようにランク付けしているのだ。

 下から①銅、②銀、③金、そしてサラのいる④白金。その上には国家級の実力者とされる⑤黒曜、英雄の領域である⑥星冠、そして伝説の存在である⑦神域。

 白金位というのは、帝国の騎士団でもエリート。サラの実力は、一般人から見れば雲の上の存在だ。

 ミナも水魔法では白金位である。


例えば剣なら

【剣の銅位「刃士」】

【剣の銀位「鋼剣士」】

【剣の金位「斬鉄士」】

【剣の白金位「剣導師」】

【剣の黒曜位「剣侯」】

【剣の星冠位「剣王」】

【剣の神域位「天剣神」】という感じだ。

 

 サラのステータス画面。ひときわ高い『筋力』の値。

 白金位の騎士としてもトップクラスだが、ミナの特化性能と並べると、どうしても「正統派」という印象が拭えない。

 

「まあ普通のステータスね」

「そんなことないと思うけどな」


 サラは自嘲気味に眉を下げ、すぐにウィンドウを閉じてしまった。




「ヒヨリ、ステータスを見せてくれ」

「…………やだ」

「「「……え?」」」




 思わず三人とも素っ頓狂な声が出た。


「なんで嫌なの?」

「弱くて恥ずかしいから」


 うーん。

 別にそんなヒヨリって弱くないと思うけどな。


「……じゃあ固有スキルだけでも教えてよ」

「……『()()()()()()()()()()()()』スキル、だよ」

「……え?  むちゃくちゃすぎるだろ、その性能」

「ま、魔力がめちゃくちゃ増える……? 概念を無視しています……っ」

 

 ミナが驚きのあまり眼鏡をずらしながら呟く。サラも呆気に取られた様子だ。

 

「とにかく、そういうスキルなの」

 

 ヒヨリはそう言って話を打ち切った。




「カイト……あなた油断してない?」

「え?」


 サラが腕を組んで、訝しそうな目で見ている。


「……自分が最強だからって、なんでもできるわけじゃないんだからね。今回はダンジョンなのよ。何が起きるか……わからないわ」


 真面目な彼女の視線が、俺に突き刺さる。


「まぁでも……大丈夫でしょ。俺にはみんながいるし」

「……あんたね」


 サラは呆れつつも少しうれしそうだった。


 なんかこういうシリアルな空気があんまり好きではなかった。




 よし……


 景気づけにちょっとかましたるか……


「まぁサラ…………だいじょうブイ!」

「ふん………ばかね」


 サラがちょっとだけ笑ってくれた。



 挿絵(By みてみん)




 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■





 

 私の胸には劣等感が渦巻いていた。

 

「……ヒヨリは治療魔法と、よくわからないけど異常な魔力。ミナは、あの若さで多く魔法と圧倒的な魔力量を持つ本物の天才」

 

 自分のステータスウィンドウを閉じた後、私の手には不快な汗が滲んでいた。

 

 (……私だけだ。私だけが、この中で一番普通なんだ)

 

 カイトは『神』に届くような領域にいて、ヒヨリは底知れない秘密を持っていて、ミナは博覧強記を体現している。

 その中で、私にできることなんて、剣を振るうことだけ。

 それだって、カイトがいれば十分すぎるほど足りている。

 

 (……私は、ただの剣士。カイトを温めるだけの……人間カイロ?)

 

 口から出た自嘲の言葉は、私の胸の奥をチリチリと焼いた。

 騎士として、アイゼンガルドの誇りを背負って、カイトの隣を歩きたい。

 今の私に、そんな価値があるのかしら。

 

「サラ?」

 

 カイトが心配そうに私を呼ぶ。

 自分の弱さを見透かされているような気がして、私はわざと大きな声を張り上げた。

 

「なんでもないわよ! ほら、さっさと行くわよ!」

 

 強引に歩き出そうとした私の腰を、カイトの大きな手が引き寄せた。

 グイッと引き寄せられた衝撃で、私の背中が彼の胸板に触める。

 その安心感さえ、今の私には「依存」しているように感じられて、胸が苦しくなる。

 

「……なあ、サラ。その……」

 

 急に声のトーンを落としたカイトが、気まずそうに、けれど真剣に私を見つめてきた。

 彼は指先でポリポリと自分の頬をかきながら、泳ぐ視線を無理やり私に固定させる。

 


「入る前に……その、景気付けに……キ……『幸運の印』とか、しなくていいか?」

 


 顔を真っ赤にして、絞り出すように言ったカイト。

 カイトが天使様からもらった『幸運の印』は、対象とキスをすることで、相手の幸福度を上げるスキルである。

 いつもの自信満々な彼じゃない。不器用で、ひどく照れくさそうで――私を気遣ってくれているのが痛いほど伝ってくる。

 

 でも――。

 

 私は精一杯の力で、カイトを突き飛ばした。


 

「えっ……」

「こんな広場で……するわけないでしょ。バカイト」

 


 勢いよく突き放されたカイトが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まる。

 大きく見開かれた瞳に、あからさまなショックの色が浮かんだのを見て、私の胸がチクリと痛んだ。

 

 そう思って、謝ろうと顔を上げたその瞬間だった。




 カイトの口元が、わずかに緩んでいた。




 ショックを受けていたはずの瞳が、なぜか私の胸元や、隣で唇を尖らせているヒヨリ、もじもじしているヒヨリを順番に「鑑定」するようにねっとりと舐め回している。

 その表情には、隠しきれないスケベ心がこれでもかと溢れ出していた。

 

 (……この男、絶対にエロいこと考えてた)

 

 さっきまでの罪悪感が、一瞬で冷ややかな殺意に変わる。

「ごめん」なんて言葉、喉の奥に力ずくで押し戻した。

 

「な、なによその顔……! やっぱりあんた、ただキスしたかっただけでしょ!」

「ち、違う! 俺はただ、幸運度を上げようと……!」

「嘘おっしゃい! 顔に『キス最高』って書いてあるわよ、このエロカイト!」

 

 気まずさを誤魔化すように怒鳴り散らす私の横で、待機していたヒヨリが静かに、けれど確実な足取りでカイトに歩み寄った。

 

「サラが、拒否するなら……次は、私の番だね」

 

 ヒヨリは無表情のまま、けれどそのライムグリーンの瞳には陶酔しきった熱を宿し、カイトの首に細い腕を回した。

 背伸びをして、カイトの唇を正面から塞ぐ。

 ぷちっ、と小さな音が聞こえそうなほど、深く、熱烈な幸福の印。

 

「…………ぷはっ。カイトの幸福、ちゃんと私が、受け取ったからね」

 

 唇を離したヒヨリが、満足げに頬を薄く染める。その横でカイトは、まんざらでもない……どころか、完全に鼻の下が伸びきっただらしない顔でデレデレしていた。

 

「あ、あの……! 次は私です!」

 

 さらに追い打ちをかけるように、ミナが眼鏡を曇らせながら割り込んできた。 彼女ははみ出しそうなほど豊かな胸を腕で抱え込み、プルプルと震えながらカイトの服の裾を掴む。

 

「ミ、ミナまで……っ」

「幸運値は……多い方がいいですから……っ」

 

 ミナは目を瞑り、勢いよくカイトの顔を引き寄せた。 ぶつかるような、けれど柔らかいキス。ノーブラの胸がカイトの胸板にむにゅっと押し潰される。

 

「…………っ! ふぅ、ふぅ……。カイトさん、温かいです……」

 

 肩で息をするミナ。カイトの顔がこれ以上ないほど幸福そうに歪む。

 その隣で、カイトはもう「ぐへへ」と言わんばかりの、スケベ全開なニヤけ顔を晒していた。

 

「どうかな……ふたりとも、幸運値のほうは……ぐへへ」

 

 あ、ほんとに言った。

 

 きしょ。

 

 (……なによ、なんなのよ。カイトったら……!)

 

 それを最前線で見せつけられた私の心は、ドロドロとした嫉妬と、情けない後悔でぐちゃぐちゃになった。

 

「本当は……私が、最初にやるはずだったのに」

 

 唇を噛み締めて、小さく呟いた言葉は水飛沫の音に消される。

 意地を張って突き飛ばしたのは私。

 彼を拒絶したのは私。

  なのに、あんなに嬉しそうに他の子の体温を受け入れている彼を見ると、胸の奥がギュッと雑巾みたいに絞られる。

 

 (……置いていかれる。実力も、愛情も)

 

 ヒヨリの底知れない魔力や聖魔法、ミナの圧倒的な知性と魔法。

 それに比べて私は、ただ剣を振ることしかできない、取り替えの利く「普通の」騎士だ。 カイトがあんな幸せそうな顔をしてあの子たちと笑い合っているのを見ると、自分の場所がどんどん削り取られていくような恐怖に襲われる。

 

「……いつか、本当に置いていかれちゃう」

 

 嫉妬で胸がざわざわするのに、それ以上に自分が惨めで、悲しくて。広場の噴水から溢れ出す水飛沫が、今の私の心みたいに冷たくて、痛かった。

 

「よし、それじゃあ行くか。水のダンジョン、噴水の底へ!」

 

 カイトの号令に合わせて、私たちは水柱の中へと飛び込んだ。

 足元から感覚が消えていく。暗い水の底へ沈んでいく感覚が、私の未来を暗示しているようで――私はただ、腰に差した剣の柄を、折れそうなほど強く握りしめた。





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