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第23話 港の騒動


 

 

 ドォォォォォォォォンッ!!

 

 

 

 

 鼓膜を直接揺さぶるような、空気を震わせる重低音。

 テーブルに並んだ湧き水のグラスが激しく震え、水面が乱れた同心円を描く。

 

「な、何事……!? 爆発!?それとも魔物!?」

 

 サラが瞬時に騎士の顔になり、腰の剣に手をかける。

 エリーは顔を青くして、隣りにいたヒヨリの袖を掴み、ヒヨリはエリーを抱え込む。

 

「この音……港の方からです! それも、ただの爆発じゃありません。巨大な魔力が弾ける音が聞こえます……!」

「……行くぞ」

 

 俺は最短の言葉で全員を促した。

 まだ足取りが覚束ないミナを、俺は半分抱えるようにして立ち上がらせる。

 

「……あ、カイトさん……。記述の外側から、膨大な『ノイズ』が押し寄せてきます。この振動数、生物的な意志を感じます……」

 

 

 ミナは火照った顔をさらに赤くし、俺の腕に必死に縋り付いている。

 俺たちは魔術学校の廊下を駆け抜け、甲板へと続く長い階段を一気に駆け上がる。

 

 

 

 ――バシャァァァァァァァァンッ!!

 

 

 

 

 重厚な扉を蹴破って甲板に出た瞬間、俺たちの目に飛び込んできたのは、地獄のような光景だった。

 

 

「嘘でしょ……何よ、あれ……」

 

 

 サラの呟きが、激しい波音に掻き消される。

 アクアリアの平和な港が、巨大な「何か」に蹂躙されていた。

 海面から突き出しているのは、一本一本が家屋をなぎ倒すほど巨大な、()()()()()

 吸盤がびっしりと並んだその不気味な腕が、鞭のようにしなって港のクレーンや石造りの建物を次々と粉砕していく。

 

 

「騎士団が応戦しているけど……状況は最悪だね」

 

 ヒヨリが冷徹に状況を分析する。

 港にはアクアリアの正規騎士たちが数十人集まり、必死に剣を振るい、魔法を放っていた。

 

 だが、その奮闘も虚しく、触手が海面から踊り出るたびに、鋼の鎧を纏った騎士たちが一人、また一人と吸盤に捕らえられ、冷たい海の中へと引きずり込まれていく。

 

 

「助けてくれぇっ!」

 

「魔法が……効かない!?」

 

「皮膚が硬すぎて、刃が通らな――がはっ!」

 

 

 

 悲鳴が上がり、水飛沫が舞う。

 海中に引きずり込まれる騎士たちの絶望的な表情。

 海面は暗く濁り、その奥には、都市一つを飲み込みかねないほどの巨大な影が蠢いているのが見えた。

 

 

 

 ……クラーケンか。


 だが、ただの魔獣じゃない。

 

 

 

 

 俺は甲板の縁に立ち、目を細めて戦場を観察する。

 まず、騎士たちの魔法が弾かれている原因。

 彼らが放つ火球や氷弾は、触手に触れる直前で「屈折」しているように見える。

 あれは物理的な硬度じゃない。

 海面全体を覆うような、薄く、しかし強固な魔力の「膜」だ。

 

 そして、騎士たちが引きずり込まれている理由。

 触手の動きが、あまりにも()()()されている。

 騎士が剣を振り下ろす瞬間の隙、魔法が発動するコンマ数秒のラグ。

 それらを完全に読み切ったように、触手が最短距離で彼らの急所を突いている。

 

 

 ――効率化されすぎているんだ。

 まるで、帝国の一族が好むような『無駄のない暴力』そのものじゃないか。

 

 

 

「……ミナ。あれ、やけに『効率的』だよな?」

「カイトさん、鋭いですね……」

 

 俺が隣のミナに尋ねると、彼女は眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。

 

「……あのクラーケンは単なる野生の魔獣ではなく、帝国の高度な魔導演算が組み込まれた『生体兵器』に近い状態にあります。タコには脳が九つあり、それらが並列で演算を行うことで、防御と迎撃を同時に行う極めて合理的な術式を展開しているんです。……帝国の極秘術式、《最適解の拒絶(ロジカル・アイギス)》が刻み込まれた改造生物。無駄な動きを演算で切り捨て、最短の殺意を自動で迎撃する防御結界……」

 

 

 

 レイの声が微かに震える。

 それは恐怖ではなく、あまりに忌々しい過去の記憶に対する嫌悪だった。


 

「騎士たちの攻撃は『正しい』からこそ、九つの脳による超並列演算によってあの結界に読み切られているんです。……このままでは、全滅します」

「なるほどな。正攻法が効かないのか……」

 

 

 俺は瞬時に仲間たちへと視線を向けた。

 

「サラ! 死なないように立ち回りながら、あの触手を攻撃して注意を引け。サラの一トンの本を持ち上げたゴリラ並の筋力なら、あの結界を強引に突破できるかもしれない!」

「分かったわよ! あのタコ野郎、アタシが細切れにしてやるんだから!」

 

 サラがルビーの瞳を燃やし、腰の剣を抜き放ちながら走っていく。

 遠くのサラが「って誰がゴリラよおおおぉぉぉぉぉ……」と叫びながらどんどん小さくなっていく。

 本当に面白い女だ。

 

 

「ヒヨリは負傷した騎士や、逃げ遅れた町人の治療を頼む」

「……了解。……カイトの代わりに、私が、助けるよ……」

 

「エリーは近くに残っている町人を安全な場所まで避難させてくれ」

「は、はいっ! カイト様、お気をつけて!」

 

 三人がそれぞれの役割を果たすべく、荒れ狂う港へと駆け出していく。

 

 

 

 

 

 

「あの私たちは……」

 

 ミナは不安そうに俺に聞く。

 

「俺は、本体を叩きに海へ行く。……いいか、ミナ」

 

 ミナに向かって振り返りながら、その青い瞳をじっと見つめた。

 

「……君の力が必要なんだ」

 

 きょとんと目を見開いた彼女は、その意外な言葉に反応が遅れた。

 

「……へ? 私、ですか?」

「……ミナ、落ち着いて聞け。これから海に入る。だがその前に、お前に頼みがある」

 

 俺の声に、背中のミナは眼鏡の奥の瞳を開きながら、俺の首筋に熱い吐息を吹きかけて頷いた。

 

「……はい、カイトさん。記述の命令を。私は……何を行えばいいのですか?」

 

 俺の袖を掴むミナの指先は驚くほど細く、五年間のブランクのせいか弱々しく震えている。

 

「まず説明する。俺の固有スキル、《二重回路》についてだ」

 

 俺は、自分の体の構造を簡潔に、しかし論理的に説明した。

 魔法を操る『魔力回路』と、身体能力を司る『駆力回路』。

 俺はそれらを完全に独立して並列処理できる。

 だからこそ、他人には不可能な速度と精度で剣と魔法を同時に操れるのだと。

 

「そ……そんな人間がいるんですか……。まさに魔導演算の極致、記述の特異点……」

 

 ミナは信じられないという様子で、口をぽかんとあけている。

 

「……でも、その代償として。俺の魔力回路から出た魔力は、俺自身の肉体を『異物』として弾いてしまう。……つまり、俺は自分自身に強化魔法バフをかけることができないんだ」

「まさに……『記述の矛盾』ですね……」

 

 ミナは俺の言葉に息を呑んだ。

 

「だから、お前の魔法が必要なんだ。ミナ。これから海に飛び込む。俺が本体の懐まで潜れるように、水中でも呼吸ができる強化魔法――《水神の加護(アクア・ブレス)》を俺にかけてくれ」

 

 一瞬の沈黙。

 ミナは俺の袖をギュッと力を込め、震える声を漏らした。

 

「……なぜ、私が『強化魔法』を使えると分かったのですか? 私なんかが、それを使えるとは限らないのに……」

 

 彼女の声には、長年刻み込まれた自尊心の欠如が混ざっていた。

 だが、俺は確信を持って答える。

 

「あの図書館で拾った『原初詠唱体系:全一千巻集成』。あれを引き抜いたのは俺だ。あの情報の重みの中で、五年間も賢者たちの記述と向き合い、膨大な知恵と『対話』し続けてきたミナが、強化魔法を知らないはずがない。それに、初めて会った時からミナには相当な実力があると思ってた。だから、当然覚えてるもんだと思ってただけだ」

 

 ……まあ、本当のことを言えば、最初に全裸で抱き合った時、その肌から伝わってきた尋常じゃない魔力の密度と揺らぎで、ミナの真の実力は確信してたんだけどな。


 ……それはミナに対しては墓場まで持っていく秘密だ。

 

「だから、ミナなら、俺を完璧に補完できる」

「…………っ」

 

 ミナは、ぼさぼさの黒髪を俺の肩に預け、蕩けるような甘い声で囁いた。

 

「……カイトさん。ありがとうございます。……私の全存在を、あなたの記述の一部に。一文字も、一音も、無駄にせず……あなたに捧げます」

 

 

 

 

 ふわりと、青い蝶のような魔力の粒子が俺たちの周囲に舞い始めた。

 

「《――銀の栞に綴られた五年の静寂を、今、あなたの鼓動へと翻訳します。

 一文字の無駄を許さぬ冷徹な世界に、私は愛しき冗長さを以て抗いましょう。

 青き深淵、光届かぬ水底に、失われた古の凪を記述します。

 あなたの肺に宿るのは、千年前の風の残り香。

 それは強制ではなく、調和。

 窒息を拒み、溺死を笑い、逆巻く潮流さえもあなたの記述の一部と成さん。

 この水はもはやあなたを拒む壁ではなく、あなたの翼を支える揺り籠。

 さあ、私の言葉を食べて、私の魔力を纏って。

 青き墓場を、祝福の道へと書き換えなさい――》」

 

 

 それはうつくしい詠唱でだった――。

 耳元で奏でられる鈴の音のような歌声だった。

 

 

「《――水神の加護(アクア・ブレス)!!!》」

 

 

 

 

 ザシュゥゥゥゥンッ!



 

 冷たい海水が全身を叩き、一瞬にして視界が蒼に染まる。

 

 ……すごいな。苦しくない。どころか、水の抵抗さえ味方についているような感覚だ。

 

 ミナの詠唱による《水神の加護(アクア・ブレス)》は完璧だった。

 

 俺の肺の奥は常に清涼な空気が満たされ、水中特有の視界の歪みも補正されている。

 

 

 

 

 俺は、触手の主を確認した。

 

 それは、単なるクラーケンではなかった。

 

 漆黒の巨躯には、鈍い銀光を放つ魔導金属のプレートが何枚も埋め込まれ、九つの巨大な目玉の周囲には不気味な管が走り、明滅する青い術式が脈打っている。

 生物としての滑らかさと、兵器としての冷徹さが混ざり合った、帝国の狂気の結晶――生体兵器『九頭王(クラーケン・レギオン)』。

 

 

 

 懐まで一気に詰めるぞ!

 

 

 俺は身体回路を加速させ、水の壁を切り裂いて突進した。

 だが、本体まで残り十メートルの距離に達した瞬間。

 

 

 

 ――ガツンッ!

 

 

 

 目に見えない「硬質な空間」に叩きつけられたような衝撃。

 

「なんだ……!? 弾かれた……?」

 

 俺は即座に剣を抜き、水の抵抗を無視した神速の横一閃を叩き込む。

 さらに、俺の風魔法――《風の一閃(エア・スラッシュ)》を至近距離で発動させた。

 一瞬だけ極低圧の領域を作り出し、発生した気泡が弾ける際の凄まじい衝撃波で対象を内側から破壊する、科学と魔術の融合技だ。

 

 

 

 ドォォォォンッ!

 

 

 

 水中で爆音と共に衝撃が走る。

 

 

 だが、クラーケンの結界は微動だにしない。

 俺の放った衝撃波も,剣筋も、触れる直前で「ぐにゃり」と軌道が逸れ、無意味な方向へと霧散していく。

 さらに《略式模倣》でカラスから奪った《腐食の灰》を吹き付ける。

 しかし結界が崩れることはなかった。

 

 

 

 硬いじゃない……魔法そのものが、曲げられているのか!?

 

 くっ、一旦引くぞ。

 

 

 

 クラーケンの触手が、意思を持っているかのように俺たちの「回避先」を正確に予測して突き出される。

 俺は間一髪でその包囲網を抜けると、爆発的な加速で海面へと急浮上した。

 

 

 



最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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